河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

茶話162 / 歩く

2024年12月27日 | よもやま話

一日に朝夕の二回、バイクで畑へ行く。
そのうちのどちらかを歩くことにした。
約700mで1000歩、往復すると2000歩になる。
 65歳~74歳だと一日に7,000歩以上は歩く必要があるという。
毎日続けると死亡リスクが50%減るのだそうだ。

先月からお世話になった掛かりつけ医へ月一の診断に行った。
まずは、血圧。
前回は180あったのが138。
血糖血はさほど変わらないがA1cが-0.5減少。
やはり薬はたいしたものだと実感。
気分良くしてインフルエンザのワクチンも打ってもらった。
その後にあったのが特定保健指導とやら。
お決まりの塩分控えめ、野菜を多めの食事の話。
酒は控えめに……というのは無くて、医師には我が気持ちが伝わっているのだと安心。
「何か運動されていますか?」というので、「畑仕事くらいです」と答える。
「それは運動にはならないでしょう」と素っ気ない返事。
畑で6時間も作業したら、どんなけ辛どいか解ってんのか……と頭の中で反論する。
「一日に1万歩は歩いてください」というので、一段落で書いた説明があった。
にべなくも、「ハイ」と応える。

まあ……歩けるうちに歩いた方がよさそうだ。
とりあえずは一日7000歩が目標。
畑までの2000歩を除いた5000歩は、家から500m圏内は歩くことにした。
それで3000歩くらいはカバーできる。
7000歩にはとどかないが、それでいい。
途中で挫折して下手に妥協するより、最初から妥協しておいた方が気が楽だ。
人生なんぞは理想と現実との永遠の妥協なんだから。

歩きたくても歩けなくなるまで歩くのが人生なんだから。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

茶話161 / 終う

2024年12月24日 | よもやま話

昼でも一桁の温度、明け方には0度近くなる季節になってきた。
耐えかねて湯たんぽを出した。
寝る30分前に布団の中に入れる。
寝る段になって布団にもぐり込み、まず、湯たんぽを抱いて、膝を立てて空間をつくり、布団全体に温かさがいきわたるようにする。
5分もすると暖かくなるので、湯たんぽを足の方に移動して冷えた足を温める。
その後は、湯たんぽを抱きかかえて寝る。

湯婆(タンポォ)」という。
「婆」は〈妻〉を指し、お湯の妻の意味になる。
なんとも懐かしい暖かさだが、当の湯婆は午前3時ころには冷たくなり、現実に引き戻される。
最期はやはり、自分の体温だけが頼りなのだと勘念して耐えて寝る。

 ――○○様におかれましてはお健やかに新年を迎えられていると存じます。
 さて、私も高齢になり文字を書くのが億劫になってきました。
 つきましては、毎年の年賀状も今年限りで失礼させていただきます。
 なお、私の日々の様子につきましては「gooブログ」をご覧ください――

郵便料金が値上がりしてハガキが85円になった。
こう何もかもが値上がりしたのでは生活に耐えかねない。
そこで、来年からは「年賀状終い」することにした。
      ★
寒さにも、生活にも、そして、自分の体にも耐えることが増えてきた。
それでも、自分の身体終いまでは、まだしたくない。
あちらの医者、こちらの医者めぐりして、年末年始の薬だけは確保しておかないといけない。
今年ももうすぐお終い。
なにかと慌ただしい年の瀬である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

茶話160 / 古い奴だとお思いでしょうが

2024年12月16日 | よもやま話

四、五年ほど前までは、ほとんどなかったのに、最近、方向指示器(ウインカー)を出さない車が増えてきた。
出しても右左折するのと同時に出す。
こちらが直進しようとしている時に、対向車が突然右折してくると大きな事故につながる。
ウインカーを出さない奴もそれがわかっているのだろう、左折する時に出さない。
こちらが右折する(対向車と同じ方向に回る)時なら、少し待つだけで、事故にはなる可能性は低いからだ。
めんどうくさい、かっこ悪いからウインカーを出さないらしい。

右左折する30m手前から、ウインカーを出すことが義務付けられている。
ウインカーを出さずに右左折をした場合、合図不履行違反となり、違反点数1点と反則金6000円(普通車)が科せられる。
立派な交通違反、ルール違反なのだ。
にもかかわらず、規則なんか守っているのはダサイと思っている人間が増えてきた。

イオンモールに買い物に行った。
平日だというのに、けっこう人が多い。
広い通路を右側通行していると、前から若い女の子が3人、話しながら歩いて来た。
よろよろと歩いている年寄りを見たら、当然、女の子たちが避けるだろうと思っていたら、そんな素振りがみえない。
思わず年寄りが道を開ける。
私のような古い人間からすると、自分より年上の人が前から来たら道を譲るのが礼儀でありマナーである。
にもかかわらず、個人が皆と平等に行動できる空間では、礼儀なんぞは必要ないと思う人間が増えてきた。

ウインカーを出さないルール違反や道を譲らないマナー違反の阿保に対して、いちいち目くじら立てていては、正直者が馬鹿をみる世の中になったのかもしれない。
それだけ日本社会が正常に向かいつつあるのだろう。
戦前のような、個人は社会に従い、それがために個人の意思が翻弄される時代は終わった。
今は、個人は社会に従う必要はなくなり、個人の意思が尊重される時代になった。
だからといって、それに甘んじることなく、新しいものを求めていかないといけない。

 「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。どこに新しいものがございましょう。生まれた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」
 ♪何から何まで真っ暗闇よ
 すじの通らぬことばかり
 右を向いても左を見ても
 ばかと阿呆のからみあい
 どこに男の夢がある♪
(平成10年 『傷だらけの人生』 歌:鶴田浩二 詞:藤田まさと 曲:吉田正)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

茶話159 / 朝湯

2024年12月12日 | よもやま話

朝、目覚めて、まず、コーヒーをドリップして外に出る。
玄関に据えた置き配用の椅子に座ってコーヒーをすする。
山茶花の蕾が赤くなつているのにふと気づく。
短い秋もそろそろ終わりか……。
薄い墨で描いたようなちぎれ雲がいくつも西から東へ流れていく。
やがて、雲の上端がうっすらと明かみをおびてくる。
山の端から太陽が昇り、日の出を告げてくれる。
そして、この朝日をいっぱい浴びる。
それを日課にしている。

太陽の上辺が地平線に一致する時刻を日の出という。
しかし、我が地は東に1000m級の金剛山地に囲まれているので、山の端から太陽が現れる時刻は20分ほど遅く、それを日の出とよんでいる。
早い話が、朝日を浴びる時間だ。
春夏秋は、ほとんど畑で迎えるが、冬場は玄関の椅子に座って、コーヒーをすすりながら迎える。
雨や曇りの日でも、それを日課にしている。

インターネットの受け売りで言うと、朝日を浴びると幸せホルモンのセロトニンとやらが活性化され、体内時計がリセットされて副交感神経から交感神経への切り替えがうまくいき、自律神経のバランスが整うのだという。
英語では「Bask in the morning sun」という。
そこで、朝日を浴びる毎日の日課を「朝日のバスクリン」と言っている。
もちろん、これは冬場の呼び名で、夏場は「ホルモン焼き」と言っている。
民謡『会津磐梯山』の小原庄助さんは、「朝寝 朝酒 朝湯が大好きで それで身上つぶした(破産した)」だが、
我が朝日の「ホルモン焼き」と「バスクリン」は無料だから、身上つぶすことはない。
今日も今日とて、のんびりと朝湯に どっぷりとつかるとするか。
♪笹に黄金がなりさがる♪

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

茶話158 / 明日こそは

2024年12月11日 | よもやま話

二十代の半ば頃だったろうか。
祖母が、「そろそろ結婚したら」というので、ある日の夕方、遠い親戚の女性を家に連れて来た。
非のうち所の無い、実に整った顔立ちの、まことに綺麗な女性だった。
「これからよろしくお願いします」
か細い声だが、はっきりとした口調で女性が言った。
しかし、当の私はまったく結婚なんぞする気がない。
「結婚はまだ早いので」と、女性との話もそこそこに自分の部屋に閉じこもった。

8時頃に、風呂に入ろうと風呂場に行った。
裸になって、ドアを開ける。
すると、あの女性が湯船につかっていた。
「アッ!」という微かな声が漏れた。
私は慌ててバスタオルを腰に巻いた。
そして、声も出ずに、ドアも閉めずに、一目散に自分の部屋へ逃げ戻った。
   
二、三分もしないうちに、ドタドタと足音がした。
バァーンと私の部屋のドアが開いた。
あの女性が立っていた。
それも、胸にバスタオルを巻いただけの姿だ。
こんな時、男の視線は顔よりも脚に向く。
『プレーボーイ』や『週間平凡』のグラビアでも見たことのない綺麗な脚だ。
その女の脚が静かに私の方へ向かって来る。
そして、二人の足の指が触れるような距離で止まる。
女の手が私の肩にからまってくる。
長いまつ毛の女の瞳の中に、男の顔が映っている
風呂上がりの薄紅の唇から切ない声が漏れる。
「私のすべてを見たでしょ。結婚してください」
 
そこで、目が覚めた。
ああ、夢だったのか。
トイレに行って、再びベッドに入る。
あの夢の続きを何とかして視たいものだ。
必死に眠ろうとする。
しかし、眠れない。
結局、朝までうとうとのままで……終わった。
次の日の夜、昨日の夢の続きを絶対に視るぞとベッドに入った。
だが、寝不足のせいで朝まで熟睡した。
明日こそは……!
なんともわくわくする夢の話である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする