河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

歴史30 明治――川面の渡し①

2022年12月14日 | 歴史

瓦当ての事件があってから三日ほど経った日。
学校からの帰りに春やんの家の前を通ると、春やんが自転車のパンクを直していた。
大工はもちろん機械や電気なども自分で修理する器用な人だった。
「パンクしたんかいな」と言うと、
「可難こっちゃ、ほれ見てみ! こんな釘が入とった」
3センチほどの曲がり釘だった。修理は終わっていたのか、空気入れを押しながら、
「ほんで、みな仲ようやってるか?」
「そらそや、僕ら川面のわたしなんやから」
「わたし(私)? 私と違うて舟で川を渡る渡しやで!」
「わかってるがな、戦艦大和ほどある船やろ!」
「解ってるやないかい。可難奴っちゃなぁ」
「そやそや、聞こ聞こ思てたんやけど、河南町にあったら河南橋でええねんけど、喜志にあるのに何んで河南橋というねん?」
「そんなん、簡単なこっちゃ。ちょっと待っときや」と言って春やんは奥に入って行った。
しばらくするとなみなみと酒を入れたコップと一枚の地図を持って、そろりそろりとやって来た。コップの冷酒を一口飲んで春やんが話し出した。

――この地図はなあ明治30年頃の喜志の地図や。明治いうてもわからんやろうから、今は昭和の39年やさかい、大正の15年と、明治の45から30を引いた・・・、〈39+15+15〉やさかいに69年前や。
ほれ、地図を見てみい。69年前にはすでに河南橋があるやろ。
ええか、河南町ができたのは8年前の昭和31年や。石川村・白木村・河内村・中村が合併した時に「河南」という名前を付けたんや。
そやから、河南町より河南橋の方が60年ほど先(前)というわけや!
ほな、何んで河南橋という名前にしたかというと、地図のここ見てみい。電車が走っとる。今の近鉄電車や。
そやが、当時は「河南鉄道」という名前あった。河南鉄道の喜志駅あったんや。
ほやから、喜志の者は橋を渡らんでも駅に行けるけど、太子や他の村々は河南橋を渡らんと河南鉄道の喜志駅には行かれへん。
ほんで、河南鉄道につながる橋やというんで「河南橋」という名前を付けたんや!
ところがや、河南橋が出来たことで川面はえらいことになったんや! ええ? 解るか?――
そう言って、春やんはまた奥に入って行った。しばらくすると、一升瓶と色鉛筆を持ってきた。
「わかった! 渡し舟が必要なくなるんやろ!」と私が言うと、
「そやそや、①が逃げれば、③がまくって④が差す、というやっちゃ」と言って、コップに酒をつぎ、春やんが話をつづけた。

「明治22年(1890)に木の河南橋が造られるんや。それに合わせて出来たんがこの道や」
春やんはぐびりと酒を飲んで、赤の色鉛筆で地図に矢印を書いた。
「お前らが学校行く時に通ってる道や。新し出来た道やさかいに新道と皆言うてる道や。川面を抜けて新道に入る所にタンス屋がある。ちょっと行ったら下駄屋のうどん屋、それから自転車屋や。お前らはここを右に曲がって学校へ行くけど、曲がらんと上って行くと左手に郵便局、隣に正いったんとこの寿司屋や。高野街道とぶち当たるとこに火の見櫓があって、向かいに駐在所、隣がおたふくのパン屋や。ほれ、ここ、良う見てみ!」
また、ぐびりと酒を飲んで、小学校の近くに黄色の鉛筆で丸を書いた。
「小学校を出た前にある木戸山に下りる道が無いやろ! 当時は大深(おおけ)の墓の南側を通って木戸山に行ってたんや。ほれ、こっちも見てみ!」
またまた、ぐびりと酒を飲んで、駅の近くに黄色の丸を書いた。
「喜志デパート(現在のサンプラ辺り)の横の細い道が新家に抜けるメーンロードあったんや。今のような大きな道が出来るのは鉄道のおかげや」
ぐびりと酒を飲んで、コップに酒を注いだ。表面張力で盛り上がっている。
「明治30年(1897)に河陽鉄道という会社が柏原から道明寺、古市の間に鉄道を開通させよった。その頃は蒸気機関車や。次の年の明治31年には、古市から富田林まで線路が延ばされて喜志駅ができるんや。次の年の明治32年に河南鉄道と名前が替わるさかいに、この地図はその頃の地図や」
春やんは、コップに口を迎えにやって、表面張力の酒をすすり、ふーっと息を吐いてゴクリと一口飲んだ。
「鉄道のおかげで河南橋や新道、大きな道が出来たのはええんやが、そのために川面の渡し場は無くなりよった」
春やんは、ごくりと飲んで、ふーっと息を吐いて、ぐびりと酒を飲んだ。
「それどころか、鉄道で物を運ぶようになって、川面の船着き場も必要なくなり、みやてでんも宿屋ものうなってしまいよった・・・」

春やんがうつむいたまま何も言わなくなった。
何か寂しいのだろうかと、下から顔を覗き込んだ。
眠っていた。
遠くで汽笛の音がした。
ポー、がたーんごとごと、がたーんごとごと・・・。

②につづく(補筆)
※スケッチは鶴島さんのもの

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする