古今東西のアートのお話をしよう

日本美術・西洋美術・映画・文学などについて書いています。

小説 “黄色い写真” 川上未映子

2023-03-24 11:51:37 | 本(レビュー感想)



宣伝のため黄色の服を着た川上未映子、“あのちゃん”かと思った…


あらすじは、(ネット記事より)
『2020年春、伊藤花はニュース記事に吉川黄美子の名前を見つけ、20年前のあの日々を思い出す。中学生だった花は、スナックで働く母親と古く小さな文化住宅で暮らしていた。15歳の夏、母の友人である黄美子と出会う。高校卒業を前に、貯めたバイト代を母の元恋人に盗られた花は家を飛び出し、「黄色い家」で黄美子、加藤蘭、玉森桃子と暮らしはじめた。少女たちは生きるため、いつしか犯罪に手を染めていくが、歪んだ共同生活はある事件をきっかけに瓦解へ向かい……』

“黄色い家”は、川上未映子初めての「読売新聞」連載小説です
2021年7月から2022年10月まで掲載されています
話のテーマは“夏物語”で予告された(主人公は小説家)「犯罪」で、1992年3月に施行された「暴対法」の数年後、偽造キャシュカード、偽造クレジットカードによる「カード詐欺」の“出し子”になった少女たちの物語です

“ヘヴン”が、イジメを題材にした哲学的小説 “すべて真夜中の恋人たち”は、アラフォー女性の仕事と恋愛に関する詩的表現 “夏物語”は、人間の生殖、生命の意味を問う壮大なテーマという前3作に比べると、「カード詐欺」に加担する少女と取り巻く大人という設定はなんとも卑近で浅薄で、そこからジャン・ジュネの“泥棒日記”にように、自己を客体化し人間存在の闇を深掘りしようというも意志も感じられない

それに、キャシュカード、クレジットカードを取り巻く環境は、90年代半ばからインターネット、Eコマース、スマートフォンの出現で様変わりしており、デジタルテクノロジーの陳腐化は小説のモチーフとなるには致命的である


★★★☆☆

残念ながら “夏物語” “すべて真夜中の恋人たち” “ヘヴン”とは比較出来ません

伊藤花の一人称で語られる物語は、読者に共感されない違和感をギャグとして表現したかったのあろうが、成功しなかったようだ


【参考】ネット画像

金持ちの家出娘“玉森桃子”が実家から持ち出した“クリスチャン・ラッセン”の絵は、この時代、フェイクを描く「黄色い家」の象徴なのだろう



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下の3冊は推します




現代思想入門 千葉雅也

2023-03-06 13:27:40 | 本(レビュー感想)



現代思想の入門書は今まで何冊も読んできた。その時はわかった気になっても、時が経つと、何だっけと??…


この本は、哲学書特有の難解な語彙や衒学的表現を筆者独自の解説で分かりやすく再構築している。

例えば、『「Aという映画と、Bというマンガと、Cというテレビドラマでストーリーが同じ構造になっている」、と言うとき、ここでの「構造」という言葉の使い方はある程度通じるでしょう。構造主義というのはそういう話です。構造とは、おおよそ「パターン」と同じ意味だと思ってください。』すとーんと腹に落ちます。しかも忘れないですね。

筆者は哲学の大学教授でありながら、芥川賞の候補作品にもあがった小説家であることが大きいですね。

現代思想を机上の知識としてひけらかすのではなく、逸脱的で芸術的に生きるためのアクチュアルな指針となる入門書であると思います。


『本書は、「こうでなければならない」という枠から外れていくエネルギーを自分に感じ、それゆえこの世界において孤独を感じている人たちに、それを芸術的に展開してみよう、と励ますために書かれたのでしょう。』「おわりに 秩序と逸脱」より


★★★★★
お勧めします


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小説 夏物語 川上未映子

2023-02-23 01:20:09 | 本(レビュー感想)


2019年7月 発刊

あらすじは、文庫版ブックカバー
より

『大阪の下町で生まれ小説家を目指 し上京した夏子。 38歳の頃、 自分 の子どもに会いたいと思い始め る。子どもを産むこと、 持つこと への周囲の様々な声。 そんな中、 精子提供で生まれ、 本当の父を探 す逢沢と出会い心を寄せていく。 生命の意味をめぐる真摯な問いを 切ない詩情と泣き笑いの筆致で描 く、全世界が認める至高の物語。』

「ヘブン」2009年「すべて真夜中の恋人たち」2011年「夏物語」2019年と話題作を読んでみた。

川上未映子の小説は、詩人が書く小説のイメージだったが、「夏物語」はそのイメージを大きく裏切り、関西弁を入れた文体は、谷崎潤一郎の「細雪」下巻を思わせ、先に先に進ませるリズムがあり、ラディカルなテーマにも関わらず、読むことに快感を覚えた。

男と女、親と子、人間の生殖に切り込む物語は、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」にも通じる。

舞台は、第一部(2008年夏)と第二部(2016年夏〜2019夏)で構成される。
第一部は、作者の芥川賞作品「乳と卵」を下敷きにして、大阪の下町で姉巻子とその娘緑子を中心に妹夏子が絡み、第二部は小説家を目指して上京し、小説を一冊発刊した30代半ばになった夏子の物語。

38歳になった夏子は、子どもを持つことにとり憑かれる。
しかし、夏子は長くセカンドバージンであり、セックスには昔から嫌悪感を持っていた。
精子提供で子どもを産む(AID)という方法に行きついた。

AIDへの興味から、精子提供で生まれた逢沢と出会い、デートするようになる。


逢沢と一緒に見た「ナビ派」の展覧会で、二人が一番気に入った作品がヴァロットンの「ボール」だった。

フェリックス・ヴァロットン
“ボール” 1899年 

明るい広場にボールで遊ぶ少女、奥の暗い森では男女が何やら話している…


逢沢と同じく、精子提供で生まれた女性が、夏子に語る。

『子どもを生む人はさ、みんなほんとに自分のことしか考えないの。 生まれてく る子どものことを考えないの。子どものことを考えて、子どもを生んだ親なんて、この世界にひとりもいないんだよ。ねえ、すごいことだと思わない? それで、たいていの 親は、自分の子どもにだけは苦しい思いをさせないように、どんな不幸からも逃れられ るように願うわけでしょう。でも、自分の子どもがぜったいに苦しまずにすむ唯一の方法 っていうのは、その子を存在させないことなんじゃないの。』
衝撃的文章です…


★★★★★

大げさではなく、傑作です
しかも、歴史的









A2Zについて

2023-02-17 11:19:37 | 本(レビュー感想)

山田詠美と川上未映子。



山田詠美の「A2Z」と川上未映子の「すべて真夜中の恋人たち」を続けて読んだ。どちらも小説に関わる主人公だ。編集者と校閲者。川上未映子の作品はあるいは、「A2Z」から何らかのインスパイアを受けたのかもしれない。“冬子”という名前、“交通事故”、“春分・秋分”と“夏至・冬至”など類似点がいくつもある…



2つの小説は資質の違いを表している。山田詠美は文章家でストーリーテラーだ。川上未映子は詩人で読み手の想像力を喚起させる。

日本の巨匠なら、三島由紀夫と川端康成にたとえられる。



三島由紀夫の代表作「金閣寺」の冒頭は『幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。』

「雪国」は、『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。』

文章家と詩人の資質の違いをしめしている。



山田詠美の「A2Z」の冒頭はこうである。『たった二十六文字で、関係のすべてを描ける言語がある。』題名の「A2Z」すなわちアルファベットの説明だ。

「すべて真夜中の恋人たち」は『真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。』詩の冒頭から始まっている。



高山真の「エゴイスト」は、恋愛のエゴイズムが一つのテーマだが、山田詠美は「A2Z」で次のように書いている。


『恋愛が いかに身勝手な自分を正当化しながら進行するものかを知らないようだったから。相手を思 うふりして、皆、自分の都合で動いてる。本当に相手の都合を第一に考えられるようになった時、その恋は、いつのまにか形を変えていたりする。 退化する。あるいは、進化する。』

山田詠美の文章家ぶりがよくわかる。



さて、「A2Z」ですが、2001年に読売文学賞を受賞しているそうですが、知りませんでした。

ミーハーな私は、深田恭子主演でドラマ化されるという情報で手に取ったわけです。



ドラマは観ませんが、小説は大変面白かった。AからZすなわち26話に区切られて進行する物語には、1話ずつ、“a”なら“accident”という英単語が仕込まれています。オシャレですね。

物語は“相関図”を見ていただければわかる通り、編集者夫婦にそれぞれ恋人がいるという設定です。


本作より、山田詠美の文章家ぶりを少しご堪能ください…

『恋愛小説の主人公は、いつだってその気だ。照れることを知らない。私たちは照れる。けれど、そうしながらも、主人公の役を降りない。』


・ある人妻のブログみたいです


『恋が上手く行って いる時には仕事も上手く行く。けれど、仕事を上手く行かせようとすると、なかなか恋は上 手く行かなくなる。そんな時、男はいいなって、ちょっぴり思う。あの人の仕事ぶりに惚れ ましたなんて、平気で女の子に言われてる。 彼女の仕事ぶりに惚れました、なんて恋を仕 掛けてくれるなんて、ほとんどいない。仕事に対する厳しさを垣間見せると、少なからぬ 男たちが後ずさりしてしまうのだ。』


・恋愛と仕事、あるあるですね


『「男に手入れされている自分の体が、私は好きなのよ」
今日子は、風呂上がりの脚にローションを塗る私を見て言った。ふん、悪かったね。でも、私は、 男のために自分で手入れした体も好きなのだ。当てのない自分磨きなんてものは、 女性向け雑誌で微笑んでいるいい女とやらにまかせておけば良い。私は、好きな手で触 れられることを思うのが好きだ。』


・いさましい!


『世の中、恋愛だけではないだろうという意見は正しい。 しかし、恋愛抜きで良いというものでもないだろう。どんな高価な化粧品より、男の体は時に有効。一万円の美容液より、好きな男に吹きかけられる息の方が、保護の才能に絞り ることもある。』


・科学的にも正しそうです



★★★★☆


「すべて真夜中の恋人たち」と一緒に読まれる事をお勧めします



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小説 すべて真夜中の恋人たち

2023-02-14 15:40:34 | 本(レビュー感想)
2022年 
イギリスの「ブッカー国際賞」の
最終候補6作に残った「ヘブン」

2023年 
全米批評家協会賞の小説部門の
最終候補5作品にノミネートされた「すべては真夜中の恋人たち」



川上未映子の快進撃は続く…

「ヘブン」は中学生のイジメを舞台に対立する宗教、哲学的な思考というと形而上学的小説だったが、「すべて真夜中の恋人たち」は、校閲(こうえつ)を仕事にする三十代半ばの独身女性の仕事と恋愛という身近な物語だ。
山田詠美は当代一名文の小説家だと思うが、川上未映子は「詩人」であり、小説家である。
「ヘブン」ではシャガール、「すべて真夜中の恋人たち」はショパン、目に見える絵画より音楽の方がより詩的表現が輝くようだ。


『…のぼりながら、あるきながら、わたしはそのひとつひとつの音の輝きを指のはらでそっとなで、それを連ねて首飾りにして胸にかけ、それからその光の輪を両手でにぎって足を入れて何度も何度もくぐりぬけ、おおきく息を吸いこめば透きとおってしまった胸がまるで何万光年もむこうの星雲を飲みこんだようにうっすらときらめいているのがみえた。…』とショパンの音のつぶを表現する。

五反田の名店「ヌキテパ」が「ヌレセパ」と店名を変えて出てくるのも身近だ。

全米批評家協会賞の受賞を期待
しましょう!!

★★★★★
お勧めします