新潟県を舞台にした映画「十一人の賊軍」を見てきました。この映画は、新潟県出身の元関取・豊山の小柳亮太さんが役者デビューした映画ということで、小柳さんが共演の”千原せいじ”さんとともにアルビのゲームの際にビッグスワンにPRに来ていたことがあったんですよ。その時には「へぇ〜そんな映画ができたのか?」「新潟県が舞台の映画なら見てもいいかな?」程度の思いしか、ボクにはなかったんです。
ところが少し調べてみると、この映画の舞台が北越戊辰戦争の頃の新発田藩であることがわかりました。この時代の新発田藩って、ボクら長岡人にとっては特別な思いがあるんですよね(まぁボクの住む地域は山形の上山藩の領地だったので長岡藩ではないのですがね)。
戊辰戦争時に譜代大名だった長岡藩は旧幕府軍(賊軍)。藩としては「武装中立」を目指していましたが、河井継之助が官軍との交渉に臨んだ小千谷・慈眼寺の談判で、その願いは土佐藩の岩村精一郎に一蹴され、長岡藩は北越戊辰戦争に突入せざるを得なくなりました。その結果、長岡城は落城し、長岡の城下は焦土と化します。そのリアルタイムに、奥羽越列藩同盟を結んでいた新発田藩の裏切りがあったことは、長岡人にとって忘れられない「新発田との因縁」なんですよ。
この映画「十一人の賊軍」は、この時代の新発田藩が舞台というではありませんか。しかも少なからず長岡藩との因縁も映画の中で描かれるとの情報も得て、「こりゃぁ見ないわけにはいかない!」と、勇んで映画館に足を運んだしだいです。
地元の映画館「Tジョイ長岡」には、こんな「『十一人の賊軍』コーナー」も設置され、新潟県が舞台のこの映画を大々的にPRしていました。まずは映画のウエブサイトに掲載されていた映画のPR文を紹介します。
1868年、鳥羽・伏見の戦いをきっかけに、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍と、旧幕府軍による戊辰戦争が勃発する。そんな中、新政府に対抗するため、奥羽越列藩同盟が結成。その同盟にやむなく加わった新潟の小国・新発田(しばた)藩は、官軍の進撃を食い止める起死回生の一手として、藩に捕らえられていた死罪になるべき11人の罪人たちを、決死隊として砦を守る任に就かせる。
いやぁ〜ボクが予想していた以上に、新発田藩と長岡藩の因縁に関わる内容の映画でした。なんと映画の場面設定は、北越戊辰戦争の長岡城落城から長岡城奪還までの数日間なんですよ。映画には慈眼寺(小千谷)で河井継之助を一蹴した岩村精一郎が登場しますし、映画の後半で新発田藩家老の溝口内匠(阿部サダヲ)が切腹直前に免れるのは、「一度落城した長岡城が八丁沖から奪還された」という報を受けた官軍が、新発田城から長岡に急遽向かったからです。長岡藩旗の「五間梯子」も、映画の中で重要な役割をもって登場します。
それにしてもこの映画の重要な登場人物の一人である、阿部サダヲが演じる新発田藩家老・溝口内匠の卑怯で卑劣な行動には、この映画がある程度創作されたフィクションだということを理解しながらも、腹立ちまくりでした。正直言ってこの映画を見た長岡市民の間違いなく全員が、新発田に対する印象を(さらに)悪くすることでしょう。新発田藩、卑怯だぞ!ズルいぞ!ひどいぞ!ってね。(現・新発田市民の皆さん、ごめんなさい)
ネタバレになるので「いかに新発田藩が卑怯か」についての詳細をここには書きませんが、映画を見ながら「人はここまで卑劣になれるか?」っていう憤りで胸がいっぱいになりました。結果的に戦禍を免れた新発田藩の町民が、「長岡みたいにならんでいかったて(新発田は長岡のように焼け野原にならなくてよかったです)」なんて言っているセリフにも腹が立ちました。まぁ映画の意図としては「卑怯なことをしても町民の平和な生活を守った」という、政治的なメッセージだったんでしょうけどね。
まぁいろいろ厳しいことも書きましたが、ボクが本気で腹を立てて映画の世界にのめり込んだほど、この映画の出来がよかったということは間違いありません。2時間半を超える超大作でしたが、一瞬たりとも気を抜かずに映画の世界に浸りきることができました。エンターテーメントとしての映画の出来は、とてもヨカッタと思います。
主要登場人物の一人、新発田藩士・鷲尾兵士郎を演じた仲野太賀は最高にカッコよかったです。いい役者ですね。殺陣も素晴らしかったです。他の出演者たちも、味のある演技でボクらを魅了してくれました(元豊山の小柳さんもね)。殺陣のシーンを含む映像の迫力も満点でした。ただ映画の性質上、首を跳ねるシーンや爆弾で人間が吹っ飛ぶシーンなども多くありましたから、隣の席の妻はときおり目を覆っていましたね。心臓の弱い方は気をつけてご鑑賞ください。