弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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自律的な判断ができず指示された仕事しかしない。

2014-08-22 | 日記

自律的な判断ができず指示された仕事しかしない。

1 「指示待ち人間」とは
 今から30年以上前の1981年にも,言われたことはこなすが言われるまでは何もしない新入社員を表現する造語として,「指示待ち世代」「指示待ち族」といった言葉が流行したことがあります。当時から30年以上経った現在においても,命令したことしかしない,あるいはしようとしない若者の対応に頭を悩ませる管理職 は多く,そういった若者は「指示待ち人間」等と呼ばれることがあるようです。
 新人社員が,上司から言われたことしかできないといった程度の話であれば,昔からよくあることで,大きな問題ではありません。今後,経験を積んでいく中で,社員としてあるべき心構えを身につけ,仕事を覚えてもらえばいいだけの話です。
 しかし,新入社員でもないのに,いつまでたっても上司が指示しないと行動しないような社員は,戦力として多くを期待することはできません。このような社員が増えてしまったのでは,会社が競争を勝ち抜いていくことは困難でしょう。会社としては,自律的に自分の頭で考え,行動することができる社員を育成していかなければなりません。

2 「指示待ち人間」への具体的対応
 「指示待ち人間」を減らす最も有効な方法は,社員が取るべき行動規範を明示することです。社員の従うべき行動規範が明確であればあるほど,社員は自律的に論理的な判断がしやすくなります。他方で,社員が従うべき行動規範が不明確であればあるほど,社員が論理的な判断をすることは困難となり,その都度,上司の指示を仰がざるを得なくなってしまいます。
 社員が取るべき行動規範を明示する具体的方法としては様々な方法が考えられますが,例えば,社内の問題の解決方法について決定する会議に社長や役員だけでなく,できるだけ多くの管理職も参加させるようにし,会議で決定された解決方法の結論や決定プロセスについて把握できるようにすることなどが考えられます。会議に参加した管理職は,会議で決定された結論とその決定プロセスを前提として,部下の指導教育を行っていくことになります。
 定型的な事項については,マニュアルを作成するとよいでしょう。マニュアルは何か融通が利かず役に立たないものであるかのように思われがちですが,そうではありません。マニュアルが存在することにより,定型的な事項の判断に迷うことがなくなり,大幅に時間や労力を節約することができます。定型的な事項について時間や労力を節約することができれば,実質的判断が必要な難しい重要問題に時間や労力を集中させることができるようにもなります。マニュアルを作成する過程で議論することにより,より良い結論を導くこともしやすくなりますし,マニュアルを紙に書いて文書化することにより,マニュアルの内容の妥当性を検証しやすくもなります。
 自律的な判断ができる部下を育てるためには,部下に自律的に判断して仕事をする経験を積ませる必要があります。会社が明示した行動規範から結論を論理的に導くことができるような社内システムができているのであれば,自律的に考えて行動することがしやすくなります。もちろん,最初はちぐはぐな対応になってしまうこともあるとは思いますが,人は間違えながら憶えていくものです。部下の相談に乗りつつも,できるだけ部下が自分の力で仕事をこなせるよう導いてあげて下さい。
 部下の提案が採用できない場合は,論理的な理由を明示した上で,不採用として下さい。不採用の理由を明示してあげられれば,そこから部下は論理的に考えて,上司に採用してもらえる内容の提案をしやすくなります。上司が,部下の提案の採用不採用の理由を論理的に説明することができず,上司の判断がブラックボックスのようになっていると,部下に判断基準が伝わりませんから,いつまでたっても部下は自律的に判断することができないことになってしまいがちです。
 部下が指示された仕事しかしようとしないという管理職の愚痴は,ずいぶん前からありました。いちいち指示しなくても,部下が自分の頭で考えて仕事をできるようになって欲しいという上司の思いは,いつの時代も変わらないようです。他方で,部下が自律的に判断できるようにする管理職の努力が十分であるかというと,必ずしも十分ではないように思えます。管理職としては,どうしても,部下が自分の努力で自律的判断ができるようになって欲しいと考えがちです。部下が自律的判断をすることができるよう導いてあげることも上司の仕事,責任だということを,再確認する必要があります。
 自律的な判断ができないことを人事考課上考慮することはできますが,企業秩序を乱したわけではないので懲戒処分に処することはできませんし,通常は解雇 することもできません。


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営業社員が営業中に仕事をサボる。

2014-08-22 | 日記

営業社員が営業中に仕事をサボる。

1 営業中に営業社員が仕事をサボっている情報を入手した場合の対応
 営業中に営業社員が仕事をサボっている情報を入手した場合,まずは当該営業社員が何月何日の何時頃どこでどのようにサボっていたのかといった事実関係を整理するとともに裏付け証拠を収集します。
 それが会社として容認できない程度のものである場合は,当該営業社員から事情を聴取して下さい。事情を聴取するのは気まずいとか,職場の雰囲気が悪くなるとかいった理由で,当該営業社員から事情も聞かずに放置してはいけません。
 当該営業社員が仕事をサボっていることを認め,反省の態度を示した場合は,基本的には勤務時間中は仕事に集中するよう注意指導して改善を促せば足りるでしょう。もっとも,何度注意指導してもサボり癖が直らない場合は,本気で反省しているとは考えられませんので,懲戒処分も検討せざるを得ません。
 他方,当該営業社員が仕事をサボっていることを認めなかった場合は,より慎重な対応が必要となります。日報の記載内容について当該営業社員に質問したり,当該営業社員が担当している顧客から情報収集したりして,当該営業社員の説明に矛盾や不自然な点がないかをチェックします。当該営業社員が仕事をサボっていることを証拠により立証できない場合には,当該営業社員に対して強い注意指導や懲戒処分をすることはできませんが,当該営業社員が仕事をサボっていることを証拠により立証できる場合には,当該営業社員が正直に事実を説明した場合よりも厳しく注意指導していく必要がありますし,懲戒処分に処せざるを得ないケースも多くなるのではないかと思います。
 懲戒処分を繰り返してもサボり癖が改まらない場合は,最終的には退職勧奨 又は解雇 して辞めてもらうことも検討せざるを得ません。


2 営業中に営業社員がサボるのを防止する方法
 まずは,新規採用時によく選んで営業社員を採用することが重要です。履歴書や職務経歴書の書き方がルーズで,短期間で転職を繰り返しており,採用面接時にだらしない印象を受けた応募者を採用すれば,仕事中にサボる可能性が高いことは容易に予測できることです。
 事業場外労働のみなし労働時間性(労基法38条の2)を適用している営業社員については使用者の具体的な指揮監督が及びませんので,営業中にサボっているのかどうかを厳密にチェックすることは困難です。営業中にサボっているのかどうかを厳密にチェックする場合は,営業社員を事業場外労働のみなし労働時間性の適用対象から外し,使用者の具体的な指揮監督が及ぶようにする必要があります。
 場合によっては,営業社員を事業場内の部署に配置転換して仕事をサボれないようにするといったやり方も考えられなくはありませんが,営業社員以外の人員は既に足りていて事業場内の配転先がないことも多いものと思われます。また,営業社員の職種が限定されていないとしても,主に営業に従事させる目的で採用した営業社員を営業以外の仕事に就けるのは,社員の適正配置の観点から現実的でない場合もあります。
 一概に言えることではありませんが,営業中にサボっている営業社員は営業成績も悪い傾向にあります。営業成績の悪い営業社員については,営業中にサボっていないかのチェックを特にしっかり行う必要があります。
 毎日,営業の時間,場所,面会者,面談内容等を具体的に日報に書かせて下さい。日報には毎日目を通し,疑問点が見つかった場合には,その都度営業社員に問い合わせて,疑問点を解消するようにして下さい。サボっていることが疑われる営業社員については,営業社員の説明をその都度,記録に残しておいた方がいいかもしれません。
 毎日数回,営業社員からどこで何をしているのか電話で報告させ,報告内容をメモに残しておいてもいいかもしれません。自分がどこで何をしているのか,何度も会社に報告しなければならないことを意識していれば,仕事をサボりにくくなるのではないかと思います。
 ときには上司が自ら,営業社員が担当している顧客のところへ営業に赴くというのも,虚偽報告を予防する上で有効なやり方です。上司が顧客と直接話して営業社員の営業状況を確認する可能性があるとなれば,営業社員は虚偽の報告をしにくくなります。顧客に電話で問い合わせる方が楽かもしれませんが,実際に顧客と会って話した方が実態をつかみやすいと思います。信頼できる営業社員がいるのであれば,その営業社員に同様のことをさせることも考えられます。
 営業車やスマートフォンにGPSをつけて営業社員の位置情報を管理するという方法も,サボり防止には有効なのではないかと思われます。日報や電話等であれば,営業社員は自分の行動を虚偽報告することもできますが,GPSでは会社は客観的に営業社員の位置情報を把握することができます。GPSの記録から日報等の内容が虚偽であることが判明することもあるかもしれません。
 サボり防止に直結するわけではありませんが,賃金に占める歩合給の比率を高めることで,営業成績を向上させることに対する営業社員のモチベーションを高めることができます。仕事をサボっていたのでは営業成績を向上させることはできませんから,結果としてサボり防止に役立つことがあります。もっとも,このやり方は全ての営業社員について有効なわけではありませんし,営業成績向上に直結しない仕事を怠る風潮を助長しかねないといった問題点もあります。

 3 営業社員に求める優先順位の検討
 営業社員の中には,結果が出せるかどうかが問題なのであって,どこでどれだけ息抜きするかは大きな問題ではない,仕事をサボった結果は最終的には自分に跳ね返ってくる,といった発想を持つ人がいます。このようなタイプの人は,仕事をサボって結果を出せなければ高い給料は稼げないということについては納得してくれやすいのですが,営業社員の行動に対する管理を強めようとすると強く反発することがあります。個々の営業社員が結果を出すことを最も重視するのか,それとも,営業社員がサボらずに誠心誠意会社のために仕事をすることを最も重視するのか,営業社員に求める優先順位をよく検討し,優先順位に合致したやり方で営業社員の管理を行っていくとよいでしょう。


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合同労組に加入して会社オフィス前や社長自宅前で街宣活動をする。

2014-08-22 | 日記

合同労組に加入して会社オフィス前や社長自宅前で街宣活動をする。

1 合同労組との団交応諾義務
 三井倉庫港運事件最高裁第一小法廷平成元年12月14日判決が,「ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,右の観点からして,民法90条の規定により,これを無効と解すべきである(憲法28条参照)。」と判示していますので,社内の過半数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されている場合であっても,ユニオン・ショップ協定を理由に,社内の労働組合を脱退して社外の合同労組に加入した社員を解雇 することはできません。
 社内組合が唯一の団体交渉 である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはならず,団交拒否は不当労働行為となります。
 社外の合同労組からの団体交渉申入れであっても,原則として応じる必要があります。

2 懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等
 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできませんが,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められます。
 労働組合が組合員の経済的地位の向上をはかる目的で,会社の経営方針や企業活動を批判する場合,文書の表現が激しかったり,多少の誇張が含まれているとしても,なお正当な組合活動といえ,そのために会社が多少の不利益を受けたり,社会的信用が低下することがあっても,会社としてはこれを受忍すべきものとされやすい傾向にあります。しかし,組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。ビラ配りがなされた場合は,ビラを確保して内容をチェックして下さい。

3 企業の物的施設を利用した組合活動
 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。他方,会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないとされる事案が多いものと思われます。


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解雇した社員が合同労組に加入して団体交渉を要求する。

2014-08-22 | 日記

解雇した社員が合同労組に加入して団体交渉を要求する。

1 団交応諾義務
 解雇 された社員であっても,解雇そのものまたはそれに関連する退職条件等が団体交渉 の対象となっている場合には,労働組合法第7条第2号の「雇用する労働者」に含まれるため,解雇された社員が加入した労働組合からの団体交渉を正当な理由なく拒絶した場合,団交拒否の不当労働行為となります(労組法7条2号)。
 多数組合との間でユニオン・ショップ協定(雇われた以上は特定の組合に加入せねばならず,加入しないときは使用者においてこれを解雇するという協定)が締結されていたとしても,ユニオン・ショップ協定は多数組合以外の組合に社員が加入することを禁止するものではありませんから,社員が合同労組の組合員となった場合に,合同労組が社員を代表することができないことにはなりません。
 社内組合が唯一の交渉団体である旨の規定(唯一交渉団体条項)のある労働協約が締結されていたとしても,団体交渉拒否の正当な理由とはなりません。

2 会社オフィス付近での街宣活動
 会社オフィス付近での街宣活動が正当な組合活動と評価される場合には,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等をすることはできません。他方,正当な組合活動を逸脱するようなものについては,懲戒処分,差止請求,損害賠償請求等が認められます。
 労働組合が組合員の経済的地位の向上をはかる目的で,会社の経営方針や企業活動を批判する場合,文書の表現が激しかったり,多少の誇張が含まれているとしても,なお正当な組合活動といえ,そのために会社が多少の不利益を受けたり,社会的信用が低下することがあっても,会社としてはこれを受忍すべきものと判断される可能性が高いです。しかし,組合活動としてなされる文書活動であっても,虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して,会社の利益を不当に侵害したり,名誉,信用を毀損,失墜させたり,あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には,組合活動として正当性の範囲を逸脱すると評価することができ,懲戒処分,損害賠償請求等の対象となります。ビラ配りがなされた場合は,ビラを確保して内容をチェックして下さい。

3 企業の物的施設を利用した組合活動
 労働組合またはその組合員が,使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは,原則として使用者の施設管理権を不当に侵害するものであり,正当な組合活動とはいえません。他方,会社敷地内での組合活動であっても,一般人が自由に立ち入ることができる格別会社の職場秩序が乱されるおそれのない場所での組合活動は,使用者の施設管理権を不当に侵害するものとはいえないと評価される可能性が高いものと思われます。

4 企業経営者の私生活の領域における組合活動
 労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及びません。労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には,企業経営者の住居の平穏や地域社会における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて,表現の自由の行使として相当性を有し,容認されることがあるにとどまります。

 


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再雇用後の賃金が定年退職前よりも下がることにクレームをつける。

2014-08-22 | 日記

再雇用後の賃金が定年退職前よりも下がることにクレームをつける。

1 再雇用後の賃金水準に対する規制
 高年法上,継続雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,パート労働法8条,労契法20条,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。
 定年後に再雇用された社員の賃金水準が定年退職前よりも下がるのはむしろ通常の話であり,社会通念に照らし,直ちに不当ということはできません。定年の延長や継続雇用の場合は手順を間違えると労働条件の不利益変更(労契法9条・10条参照)の問題となってしまうリスクがありますが,再雇用の場合はいったん定年退職し新たな労働契約を締結するわけですから,定年退職前の労働条件との関係では労働条件の不利益変更の問題とはならないと考えられます。
 もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合はそれが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。

2 再雇用後の適正な賃金水準
 年金支給開始年齢が引き上げられていることを考慮すれば,賃金原資に余裕がない企業であっても,同業他社と同水準の賃金が払えないから再雇用自体を拒絶せざるを得ないといった発想で対処するのではなく,再雇用自体は認めた上で,体力に応じた金額の賃金を支給するようにすべきでしょう。
 再雇用後の業務の内容,当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が定年退職前と変わらないにもかかわらず,再雇用後の賃金が定年退職前よりも大幅に下がったのでは高年齢者の不満が大きくなりますから,賃金額を大幅に下げる場合は,再雇用後の勤務日数や勤務時間数を減らすとか(例えば週3日勤務にするとか1日4時間勤務にするといったことも考えられます。),業務の内容を正社員でなくてもできるような難易度の低いものにするとか,責任の軽い仕事を担当させるとか,職種や勤務地を限定するとかした上で,賃金額を下げる必要があります。
 高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきであり,賃金原資に余裕がない会社であっても,「時給1000円,1日8時間・週3日勤務」程度の賃金額にはしておきたいところです。一定規模以上の会社の場合は,再雇用後の賃金水準は,定年前の50%~70%程度になることが多いようです。賃金原資に余裕があるのであれば,同業他社よりも高めの賃金設定でも構いません。 

3 定年退職者に提示した賃金水準での再雇用を高年齢者が拒絶した場合
 高年法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではありません。事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,定年退職者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に定年退職者が再雇用されなかったとしても,高年法違反となるものではありません。
 企業が定年退職者に提示した賃金水準での再雇用を高年齢者が拒絶した場合は,再雇用されなかったとしてもやむを得ないところです。企業ができることは,自社の体力,定年退職者の能力,再雇用後の業務の内容,当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲等に見合った適正水準の賃金等の労働条件を提示するところまでであり,当該労働条件での再雇用を希望するかどうかは,定年退職者の選択に委ねられることになります。


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有期契約労働者が正社員と同じ待遇を要求する。

2014-08-21 | 日記

有期契約労働者が正社員と同じ待遇を要求する。

1 問題の所在
 有期契約労働者の労働条件は個別労働契約又は就業規則等により決定されるものであり,正社員と同じ待遇を要求することは認められないのが原則です。しかし,有期契約労働者が正社員と同じ仕事に従事し,同じ責任を負担しているにもかかわらず,単に有期契約というだけの理由で労働条件が低くなっているような場合には,「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」を定めた労契法20条に違反,正社員と同じ待遇を要求することができるのではないかが問題となります。
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
 労契法20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない。

2 労契法20条の趣旨
 労契法20条は,使用者に対し,有期契約労働者と無期契約労働者の間の均等待遇を義務づけるものではありません。また,条文の表題からも明らかなように,労契法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間で「期間の定めがあることによる」不合理な労働条件の相違を設けることを禁止する趣旨の規定であり,期間の定めを理由としない労働条件の相違については射程の範囲外です。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」でも,「法第20条は,有期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合,その相違は,職務の内容(労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう。以下同じ。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,有期契約労働者にとって不合理と認められるものであってはならないことを明らかにしたものであること。」「したがって,有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件の相違があれば直ちに不合理とされるものではなく,法第20条に列挙されている要素を考慮して『期間の定めがあること』を理由とした不合理な労働条件の相違と認められる場合を禁止するものであること。」とされています。

3 労契法20条の禁止内容
 ア 期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,
 イ 有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違は,
   ① 労働者の業務の内容
   ② 当該業務に伴う責任の程度
   ③ 当該職務の内容(=①+②)及び配置の変更の範囲
   ④ その他の事情
を考慮して,不合理と認められるものであってはならないとされています。
 有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が期間の定めを理由としている場合に初めて労契法20条違反が問題となりますので,訴訟や労働審判においては,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理と認められるものかどうかだけでなく,有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が期間の定めを理由としたものかについても問題となります。
 ①労働者の業務の内容,②当該業務に伴う責任の程度,③当該職務の内容及び配置の変更の範囲,④その他の事情は,それぞれ独立した要件ではなく,不合理性を判断する上で考慮される要素です。
 比較の対象となる「無期契約労働者」は正社員とは限らず,正社員以外に無期契約労働者がいる場合は,無期契約労働者が比較の対象となることも考えられます。また,労契法20条は,同一の使用者に雇用されている有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違に関する条文ですから,使用者が異なれば比較の対象にはなりません。
 不合理性の解釈にあたっては,「本条の『不合理と認められるものであってはならない』とは,有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件に比して単に低いばかりではなく,法的に否認すべき程度に不公正に低いものであってはならないとの趣旨を表現したものと解される。」(『労働法(第十版)』235頁)との有力な見解があります。

4 労契法20条違反の効果
 労契法20条は,違反の効果について「不合理と認められるものであってはならない。」と規定しており,使用者の行為規範としての性質を有することは明らかであり,使用者と労働組合との間の団体交渉等で活用されることが予想されますが,本条違反の効果について明確に規定されていないこともあり,裁判規範たり得るかについては検討を要します。
 本条が使用者の行為規範として作用する以上,同条に違反した場合に使用者が不法行為法上の義務違反ないしは労働契約上の債務不履行が認められ,他の要件を充たせば損害賠償責任を負う可能性があるとまではいえるものと思われます。問題は,本条に違反した労働条件を無効と解すべきか否か,無効となるとすると,無効とされた労働条件はどのような内容となるのかです。
 この点,平成24年8月10日付け基発0810第2号「労契法の施行について」は,「法第20条は,民事的効力のある規定であること。法第20条により不合理とされた労働条件の定めは無効となり,故意・過失による権利侵害,すなわち不法行為として損害賠償が認められ得ると解されるものであること。法第20条により,無効とされた労働条件については,基本的には,無期契約労働者と同じ労働条件が認められると解されるものであること。」としています。しかし,立法の際参考にされた特許法35条が,まずは3項において従業員等は一定の場合に「相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と定めた上で,同条4項において「契約,勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には,対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況,策定された当該基準の開示の状況,対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して,その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。」と定めているのとは異なり,労契法20条には,特許法35条3項に相当する条項(一定の労働条件を請求する権利を有する旨直接規定した条項)が存在しません。また,本条は,無効となった労働条件をどのように補充するのかについて具体的に規定しておらず,労働協約,就業規則,労働契約の解釈により,無効となった労働条件を補充する労働条件を導き出すことができる事案であれば,有期契約労働者は,当該労働条件の無効及びあるべき労働条件を主張立証していけばよいとも考えられますが,無効となった労働条件を補充する労働条件を導き出すことができない場合は,同条に違反した場合の労働条件を直ちに無効としてしまうと,不合理ながらも存在していた労働条件に関する合意すら効力がなくなってしまい,かえって有期契約労働者にとって不利益となりかねません。正社員等の無期契約労働者の労働条件が職務内容等に照らし高過ぎるような場合には,有期契約労働者の労働条件を引き上げたらかえって不合理に高い労働条件になってしまいますので,有期契約労働者の労働条件を引き上げるのではなく,不合理に高い労働条件となっている無期契約労働者の労働条件を引き下げた方が合理的な場合もあり得ます。
 労契法20条違反の効果に関しては,「労働条件分科会での議論をみれば,本条は,訓示規定にとどまるものではなく,私法上の効力をもつことを想定して構想されたといえる。つまり,『不合理』と認められた労働条件の定め(労働協約,就業規則,労働契約)は無効とされよう。」としつつ,「不合理性の判断に際して比較対象となった無期契約労働者の労働条件を定める就業規則等の基準が存しており,その合理的な解釈によって同基準を有期契約労働者にも適用できるような場合でなければ,無効と損害賠償の法的救済にとどめ,関係労使間の新たな労働条件の設定を待つべきであると考える。」(『労働法(第十版)』238頁~239頁)との有力な見解が存するところですが,本条違反の効果について明確に規定されていない以上,本条は単なる訓示規定に過ぎず,本条違反の労働条件も無効とはならないという解釈も成り立ち得るところです。


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賃金減額に応じない社員の対応方法

2014-08-21 | 日記

賃金減額に応じない。

1 賃金減額の方法
 賃金減額の方法としては,
 ① 労働協約の締結
 ② 就業規則の変更
 ③ 個別合意
によることが考えられます。

2 労働協約の締結による賃金減額
 労働組合との間で賃金に関する労働協約を締結した場合,それが組合員にとって有利であるか不利であるか,当該組合員が賛成したか反対したかを問わず,労働協約で定められた賃金額が労働契約で定められた賃金額に優先して適用されるのが原則です(労組法16条)。したがって,労働者が賃金減額に反対していたとしても,当該労働者が加入している労働組合との間で賃金を減額することを内容とする労働協約を締結すれば,賃金を減額することができます。労働協約の規範的効力が及ぶ範囲は原則として組合員との範囲と一致し,労働協約締結後に組合員となった者にも組合加入時から労働協約の規範的効力が及びますが,労働組合を脱退した場合には離脱の時点から労働協約の規範的効力は及ばなくなります。労働協約が締結されるに至った経緯,当時の会社の経営状態,同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らし,同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合には,その規範的効力を否定され(朝日海上火災保険(石堂・本訴)事件最高裁平成9年3月27日第一小法廷判決),賃金減額の効力が生じません。
 労働協約締結による賃金減額の効力が及ぶのは,原則として労働協約を締結した労働組合の労働組合員に限られることになりますが,労働協約には,労組法17条により,一の工場事業場の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは,当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められており,この要件を満たす場合には,賃金減額に反対する未組織の同種労働者に対しても労働協約の効力を及ぼし,賃金を減額することができます。労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容,労働協約が締結されるに至った経緯,当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし,当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは,労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼし,賃金を減額することはできません(朝日海上火災保険(高田)事件最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決)。少数組合に加入している組合員に対しては,労組法17条の一般的拘束力は及びません。
 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約により処分又は変更することは許されません(香港上海銀行事件最高裁平成元年9月7日第一小法廷判決)。
 労働協約を締結することができない場合や労働協約の効力が及ばない労働者の賃金を減額する方法としては,就業規則変更又は個別同意による賃金減額が考えられます。

3 就業規則の変更による賃金減額
 就業規則の変更により賃金を減額する場合は,就業規則の不利益変更に該当するため,就業規則の変更が有効となるためには,以下のいずれかの場合である必要があります。
 ① 労働者と合意して就業規則を変更したとき(労契法9条反対解釈)
 ② 変更後の就業規則を周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(労契法10条)
 ①に関し,「就業規則の不利益変更は,それに同意した労働者には同法9条によって拘束力が及び,反対した労働者には同法10条によって拘束力が及ぶものとすることを同法は想定し,そして上記の趣旨からして,同法9条の合意があった場合,合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解される。」(協愛事件大阪高裁平成22年3月18日判決)との見解が妥当と思われますが,労働者の同意があれば合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないとの見解に立ったとしても,合意の認定は慎重になされるのが通常であるため,労働者が就業規則の変更を提示されて異議を述べなかったといったことだけでは不十分であり,最低限,書面による同意を取る必要があります。また,合理性に乏しい就業規則の規定の変更については,書面による同意を取ったとしても,労働者の同意があったとは認定されないリスクが高いものと思われます。
 ②に関し,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるとされています(大曲市農協事件最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)。
 具体的に発生した賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されません(香港上海銀行事件最高裁平成元年9月7日第一小法廷判決)。

4 個別合意による賃金減額
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在する場合には,それらの効力が個別合意に優先するため(労組法16条,労契法12条),個別合意だけでは賃金減額の効力は生じず,労働協約,就業規則を変更して初めて賃金減額の効力が生じることになります。
 個別合意よりも社員に有利な労働条件を定めた労働協約,就業規則が存在しない場合は,個別合意により賃金減額の効力が生じることになりますが,賃金減額に対する社員の同意の認定は慎重になされることが多いため「口頭」での同意では同意なしと認定されるリスクが高いものと思われます。賃金減額に対する社員の同意は「書面」で取るようにして下さい。
 「既発生の」賃金債権の減額に対する同意の意思表示は,既発生の賃金債権の一部を放棄することにほかなりません(北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決参照)。労基法24条1項に定める賃金全額払の原則の趣旨に照らせば,既発生の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するには,それが社員の自由な意思に基づいてされたものであることが明確でなければなりません(シンガーソーイングメシーン事件最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決参照)。既発生の賃金債権を放棄する意思表示が,社員の自由な意思に基づいてされたものであることが明確なものではなく,社員の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したということができない場合には,既発生の賃金債権を放棄する意思表示としての効力を肯定することはできません。
 「未発生の」賃金債権の減額に対する同意についても「賃金債権の放棄と同視すべきものである」とする下級審裁判例もありますが,「未発生の」賃金債権の減額に対する同意は,労働者と使用者が合意により将来の賃金額を変更した(労契法8条参照)に過ぎず,賃金債権の放棄と同視することはできないのですから,通常の同意で足りると考えるべきであり,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確であることまでは要件とされないものと考えます。
 北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決が,「原審は,上告人が平成13年7月25日に減額された賃金を受け取り,その後同年11月まで異議を述べずに減額された賃金を受け取っていた事実によれば,同年7月1日にさかのぼって賃金が減額されることも,上告人はやむを得ないものとしてこれに応じたものと認めることができると認定した。すなわち,原審は,上告人が平成13年7月25日に同月1日以降の賃金減額に対する同意の意思表示をしたと認定したのであるが,この意思表示には,同月1日から24日までの既発生の賃金債権のうちその20%相当額を放棄する趣旨と,同月25日以降に発生する賃金債権を上記のとおり減額することに同意する趣旨が含まれることになる。しかしながら,上記のような同意の意思表示は,後者の同月25日以降の減額についてのみ効力を有し,前者の既発生の賃金債権を放棄する効力は有しないものと解するのが相当である。」と判示し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定しているのは,既発生の賃金債権の減額(放棄)に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件と未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件を明確に区別し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件としては,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確でなければならないことを要求していないからであると考えられます。

5 定期昇給凍結
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められている場合に定期昇給を凍結するためには,定期昇給を凍結する旨の労働協約を締結するか,定期昇給を凍結する旨就業規則の附則に定める等の就業規則の変更が必要となります。
 労働協約を締結できず,定期昇給を凍結する旨の就業規則の変更に関し同意が得られない場合は,就業規則変更により一方的に労働条件の変更をせざるを得ませんが,その合理性(労契法10条)の有無が問題となります。
 就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められておらず,使用者に定期昇給の努力義務が課せられているに過ぎない場合は,定期昇給をしなくても法的問題はありません。

6 ベースアップ凍結
 ベースアップは労使交渉により特段の決定がなされない限り行う必要がありません。

7 賞与不支給
 個別労働契約,就業規則,労働協約で一定額・割合の賞与を支給する義務が定められていない場合には,使用者には賞与を支給する義務がないため,賞与を支給しなくても法的には問題がありません。
 一定額以上の賞与支給が労使慣行になっているとして賞与請求がなされることがありますが,労使慣行の成立が認められるケースは多くありません。民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには,
 ① 同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと
 ② 労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと
 ③ 当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること
が必要であり,使用者側においては,当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことが必要です(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件最高裁平成7年3月9日第一小法廷判決,同事件大阪高裁平成5年6月25日判決参照)。
 他方,一定額・割合の賞与を支給する義務が定められている場合は,賞与を支給する義務があります。就業規則の定めを変更して賞与不支給とする場合には,就業規則の不利益変更の問題となるため,就業規則変更の高度の合理性の有無が問題となります。

8 諸手当の廃止,支給停止
 賃金規程で定められた諸手当を廃止したり支給を停止したりする場合は,賃金規程を変更したり附則に支給を停止する旨定めたりする必要があり,就業規則の不利益変更の問題となります。

9 年俸額の引下げ
 年俸制を採用した場合に,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるか,次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額がどうなるかは,当該労働契約の解釈の問題です。トラブルを予防するためにも,労働契約上明確にしておくべきでしょう。
 一般的には,年度途中で年俸額を一方的に引き下げることはできないケースが多いものと思われます。
 次年度の年俸額引下げを求めたところ合意が成立しない場合における次年度の年俸額については,使用者の提示額を超えては請求できないとされた裁判例,前年度実績の年俸額を支給すべきものとされた裁判例等があり,事案により結論が別れています。

10 休業時の賃金カット
 会社の業績が悪いことを理由とした休業がなされた場合は,通常は使用者の責めに帰すべき事由があると言わざるを得ないため,平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります(労基法26条)。
 労基法は労働協約,就業規則,個別合意に優先して適用されますので(労契法13条,労基法13条・92条),使用者の責めに帰すべき事由による休業がなされた場合における休業手当(労基法26条)の支払義務は,労働協約,就業規則,個別合意により排除することはできません。
 民法536条2項は任意規定であり特約で排除することができますので,民法536条2項の適用を排除し平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨の労働協約が締結された場合には,当該労働組合の組合員については,平均賃金の60%の休業手当を支払えば足ります。
 民法536条2項は任意規定であり特約で排除することができますので,民法536条2項の適用を排除し平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨就業規則や労働契約に定めた場合には,理論的には平均賃金の60%の休業手当を支払えば足りるはずですが,裁判所は,就業規則等による民法536条2項の適用除外について慎重に判断する傾向にあります。
 例えば,いすゞ自動車(雇止め)事件東京地裁平成24年4月16日判決は,休業手当に関し,就業規則に「臨時従業員が,会社の責に帰すべき事由により休業した場合には,会社は,休業期間中その平均賃金の6割を休業手当として支給する。」と定められている事案において,「被告は,本件休業に係る休業手当額を平均賃金の6割にすることについては,第1グループ原告らとの間の労働契約及び臨時従業員就業規則43条により,その旨の個別合意が存在し,この合意は本件休業の合理性を基礎付ける旨主張する。しかし,上記の規定は,労働基準法26条に規定する休業手当について定めたものと解すべきであって,民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」による労務提供の受領拒絶がある場合の賃金額について定めたものとは解されないから,被告の上記主張は,その前提を欠くというべきである。」 と判示しており,民法536条2項の適用除外を認めていません。
 就業規則や労働契約により民法536条2項の適用を排除するためには,単に休業期間中は平均賃金の60%の休業手当を支払うとだけ就業規則や労働契約に規定するのではなく,民法536条2項の適用を排除する旨明確に規定しておくべきでしょう。もっとも,就業規則や労働契約に民法536条2項の適用を排除する旨明確に規定したとしても,就業規則の合理性や合意の効力が問題とされる可能性は残されています。
 少数組合の組合員など労働協約の効力が及ばない社員に対し平均賃金の60%の休業手当を超えて賃金を支払う必要があるかどうかについては,従来,民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」の存否の問題として争われてきました。
 例えば,いすゞ自動車事件宇都宮地裁栃木支部平成21年5月12日決定は,使用者が労働者の正当な(労働契約上の債務の本旨に従った)労務の提供の受領を明確に拒絶した場合(受領遅滞に当たる場合)に,その危険負担による反対給付債権を免れるためには,その受領拒絶に「合理的な理由がある」など正当な事由があることを主張立証すべきであり,その合理性の有無は,具体的には,使用者による休業によって労働者が被る不利益の内容・程度,使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度,他の労働者や同一職場の就労者との均衡の有無・程度,労働組合等との事前・事後の説明・交渉の有無・内容,交渉の経緯,他の労働組合又は他の労働者の対応等を総合考慮して判断すべきものとしています。


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管理職なのに残業代を請求する。

2014-08-21 | 日記

管理職なのに残業代を請求する。

1 管理職 ≠「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)
 管理職であっても,労基法上の労働者である以上,原則として労基法37条の適用があり,週40時間,1日8時間を超えて労働させた場合,法定休日に労働させた場合,深夜に労働させた場合は,時間外労働時間,休日労働,深夜労働に応じた残業代 (割増賃金)を支払わなければならないのが原則です。
 当該管理職が,労基法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当すれば,労働時間,休憩,時間外・休日割増賃金,休日,賃金台帳に関する規定は適用除外となるため,その結果,労基法上,使用者は時間外・休日割増賃金の支払義務を免れることになりますが,裁判所の考えている管理監督者の要件を充足するのは,本社の幹部社員など,ごく一部と考えられます。中小企業の場合,管理監督者の実態を有する管理職は,取締役とされていることも多いところです。
 通常は,管理監督者扱いとすることで残業代の支払義務を免れることができると考えるべきではありません。

2 管理監督者と深夜割増賃金
 管理監督者であっても,深夜労働に関する規定は適用されますので,管理職が管理監督者であるかどうかにかかわらず,深夜割増賃金(労基法37条3項)を支払う必要があることに変わりはありません(ことぶき事件最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決)。

3 管理職からの残業代請求に対するリスク管理
 管理監督者としていた社員から労基法37条に基づく割増賃金の請求を受けるリスクを負いたくない場合は,管理監督者とする管理職の範囲を狭く捉えて上級管理職に限定し,その他の管理職は最初から管理監督者としては取り扱わずに残業代(割増賃金)を満額支給し,基本給や賞与等の金額を抑えることで,総賃金額を調整したほうが無難です。

4 管理職本人が残業代不支給に同意していたり,就業規則で管理職には残業代を支給しない旨定めたりした場合
 労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効となり,無効となった部分については労基法で定める基準が適用されます(労基法13条)。したがって,就業規則等で管理職には残業代(割増賃金)を支給しない旨規定したり,管理職本人が残業代(割増賃金)不支給に同意したりしていたとしても,直ちに残業代(割増賃金)の支払義務を免れるわけではありません。

5 管理監督者の判断基準
 管理監督者は,一般に,「労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ,管理監督者であるかどうかは,
 ① 職務の内容,権限及び責任の程度
 ② 実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度
 ③ 待遇の内容,程度
等の要素を総合的に考慮して判断されます。
 ①職務の内容,権限及び責任の程度を検討するにあたっては,労務管理を含む事業経営上重要な事項にかかわっているか,事業経営に関する決定過程にどの程度関与しているか,現場業務(管理監督以外の仕事)にどの程度従事していたか,他の従業員の職務遂行・労務管理に対する関与の程度,管理監督者として扱われている社員の割合等が考慮されます。
 ②実際の勤務態様における労働時間の裁量の有無,労働時間管理の程度を検討するにあたっては,タイムカード等による始業終業時刻管理の有無,欠勤控除の有無等が考慮されます。
 ③待遇の内容,程度を検討するにあたっては,役職手当や賃金の額が役職に見合っているか,社内における賃金額の順位,管理職になった後の賃金総額と管理職になる前の賃金総額との比較等が考慮されます。

6 従来の一般的な判断基準とは異なる判断基準を用いて管理監督者該当性を判断する見解
 『労働法 第十版』(菅野和夫著)340頁は,「近年の裁判例をみると,管理監督者の定義に関する上記の行政解釈のうち,『経営者と一体の立場にある者』,『事業主の経営に関する決定に参画し』については,これを企業全体の運営への関与を要すると誤解しているきらいがあった。企業の経営者は管理職者に企業組織の部分ごとの管理を分担させつつ,それらを連携統合しているのであって,担当する組織部分について経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあることが『経営者と一体の立場』であると考えるべきである。そして,当該組織部分が企業にとって重要な組織単位であれば,その管理を通して経営に参画することが『経営に関する決定に参画し』にあたるとみるべきである。最近の裁判例では,このような見地から判断基準をより明確化する試みも行われている。」としています。
 ゲートウェイ21事件東京地裁平成20年9月30日判決,プレゼンス事件東京地裁平成21年2月9日判決,東和システム事件東京地裁平成21年3月9日判決は,結論としてはいずれも管理監督者該当性を否定していますが「管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理につき,経営者と一体的な立場にあるものをいい,名称にとらわれず,実態に即して判断すべきであると解される(昭和22年9月13日発基第17号等)。」とした上で,具体的には,以下の①②③④の要件を満たすことが必要であるとしています。
 ① 職務内容が,少なくともある部門全体の統括的な立場にあること
 ② 部下に対する労務管理上の決定権等につき,一定の裁量権を有しており,部下に対する人事考課,機密事項に接していること
 ③ 管理職手当等の特別手当が支給され,待遇において,時間外手当が支給されないことを十分に補っていること
 ④ 自己の出退勤について,自ら決定し得る権限があること

7 平成20年9月9日基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』
 平成20年9月9日基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』は,下記のとおり,店舗の店長等の管理監督者性を否定する要素について整理しています。同通達の否定要素がなければ店舗の店長等の管理監督者性が肯定されるというわけではないことに留意して下さい。。

1 「職務内容、責任と権限」についての判断要素
 店舗に所属する労働者に係る採用、解雇、人事考課及び労働時間の管理は、店舗における労務管理に関する重要な職務であることから、これらの「職務内容、責任と権限」については、次のように判断されるものであること。
(1) 採用
 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む。)に関する責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(2) 解雇
 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(3) 人事考課
 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため労働者の業務遂行能力、業務成績等を評価することをいう。以下同じ。)の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
(4) 労働時間の管理
 店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
2 「勤務態様」についての判断要素
 管理監督者は「現実の勤務態様も、労働時間の規制になじまないような立場にある者」であることから、「勤務態様」については、遅刻、早退等に関する取扱い、労働時間に関する裁量及び部下の勤務態様との相違により、次のように判断されるものであること。
(1) 遅刻、早退等に関する取扱い
 遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
 ただし、管理監督者であっても過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理が行われることから、これらの観点から労働時間の把握や管理を受けている場合については管理監督者性を否定する要素とはならない。
(2) 労働時間に関する裁量
 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合にそれらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 部下の勤務態様との相違
 管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。

3 「賃金等の待遇」についての判断要素
 管理監督者の判断に当たっては「一般労働者に比し優遇措置が講じられている」などの賃金等の待遇面に留意すべきものであるが、「賃金等の待遇」については、基本給、役職手当等の優遇措置、支払われた賃金の総額及び時間単価により、次のように判断されるものであること。
(1) 基本給、役職手当等の優遇措置
 基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められるときは、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(2) 支払われた賃金の総額
 一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
(3) 時間単価
 実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。


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残業代込みの給料という約束で入社したのに残業代を請求する社員の対応方法

2014-08-21 | 日記

残業代込みの給料という約束で入社したのに残業代を請求する。

1 残業代 (割増賃金)は支払わない旨の合意の有効性
 残業代(割増賃金)の支払は労基法37条で義務付けられているところ,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となります(労基法13条)。したがって,残業させた場合であっても労基法37条に定める残業代を支払わないとする合意は無効となり,残業させた場合には労基法37条で定める残業代の支払義務を負うことになるため,残業代を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから残業させた場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れることはできません。
 この結論は,年俸制社員であっても,変わりません。


2 残業代(割増賃金)に当たる部分を特定せずに月例賃金には残業代が含まれている旨の合意の有効性
 残業代(割増賃金)に当たる部分を特定せずに月例賃金には残業代が含まれている旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができず,残業代(割増賃金)を支払わないのと変わらない結果となるので,労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
 モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,割増賃金に相当する金額が特定されていないにもかかわらず,基本給に残業代が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,労働者が自らの判断で営業活動や行動計画を決めることができ,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の残業代の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。


3 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払ったといえるためには,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う旨の合意や賃金規程等の定めは最低限必要となります。「契約書の記載も賃金規程の定めも存在しないが,口頭で説明した。」では,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払うことが労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です。
(2) 時間外・休日・深夜労働させた場合の基本給等自体の金額の増額又は通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
 時間外・休日・深夜労働させた場合に,基本給等自体の金額が増額されるのであれば,増額部分が時間外・休日・深夜割増賃金と評価することができますので,増額部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 また,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるのであれば,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができますので,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められることになります。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえるためには,労働契約において,何を明示する必要があるか
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ,法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」と結論付けています。この考え方に従えば,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必要となります。
 しかし,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを法が要請しているという結論に結びつくものではありません。
 また,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の法廷意見も,高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決も,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを要求していません。仮に,櫻井龍子補足意見の言うとおりであったとすれば,その旨,法廷意見の判旨から読み取れるはずです。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 したがって,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必須の要件となるものではないと考えます。
 もっとも,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決が,「月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれないこと」を考慮要素の一つとして,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきであると結論付けていることからすれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるかの判断に当たっては,賃金の一部が他の部分と区別されて労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金とされていることが重要な考慮要素となると考えられ,原則的には,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示する必要があるものと考えます。
 時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該時間外・休日・深夜割増賃金が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし,定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
(4) 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といったように,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」については明示せず,「時間外・休日・深夜労働時間数」のみを明示した場合,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められるか
 時間数を明示しただけでも,方程式を用いれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる金額と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる金額を算定することができ,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができることから,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえなくもありません。
 しかし,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくいことも多いところです。給与明細書・賃金台帳の時間外勤務手当欄・休日勤務手当欄・深夜勤務手当欄が空欄となっていたり0円と記載されていたりすることが多いため,残業代は支払済みと言ってみても説得力が今一つなこともあります。労基法上,通常の時間外労働の割増賃金単価(25%増し)は,深夜の時間外労働の割増賃金単価(50%増し)や法定休日労働の割増賃金単価(35%増し)と単価が異なりますが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外労働分だけが含まれており,深夜割増賃金や休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 予定されている残業時間以上の残業をした場合に不足する残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)が追加で支給されているような場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすい傾向にありますが,残業代の精算がなされていない場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクが比較的高いと言わざるを得ません。
 定額(固定)残業代制度を採用する場合には,基本的には定額(固定)残業代の「金額」を明示することをお勧めします。
(5) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨の合意は,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件ではないと考えます。
 ただし,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことで労働者と合意しても害はありません。また,労基法所定の計算方法による額が定額(固定)残業代の額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件と考える裁判官もいます。
 小糸機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決は,「傍論」において,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる」と判示し,東京地裁判決とほぼ同じ理由で会社側の控訴を棄却した東京高裁昭和62年11月30日判決の認定判断を最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決が是認しています。
 阪急トラベルサポート事件(派遣添乗員・第2)事件最高裁平成26年1月24日判決の原審の東京高裁平成24年3月7日判決においても,「仮に時間外手当を加えて基本給を決定する旨の合意がなされたとしても,時間外手当部分に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合のみその予定時間外手当分を当該月の時間外手当の一部又は全部とすることができると解すべき」としています。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見においても,「さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」としています。
 したがって,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(6) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要か
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。」としており,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,時間外・休日・深夜労働の時間数及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が雇用契約上明確にされているだけでは足りず,「賃金支給時」にも労働者に対し明確に示されていることが必要となるようにも読めます。
 しかし,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要である理由が明らかでありません。仮に,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものである」ことを理由としているとしても,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要と結論付けることはできません。
 仮に,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要であるとすると,労働契約書で賃金の内訳が明示されていて,通常の労働時間・労働日の賃金と時間外・休日・深夜割増賃金の金額が明らかであるにもかかわらず,給与明細書を交付しなかったり交付が遅れたりしただけで,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払っていないことになりかねませんが,このような結論が不合理なのは明らかです。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決法廷意見も,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,賃金支給時において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを要求していません。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 櫻井龍子補足意見のこの部分の文末が「であろう。」という表現を用いていることも勘案すると,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件とするまでの意図はなかった可能性もありません。
 したがって,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます。
 もっとも,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきと考えます。
 また,支給された金額が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考える。


4 基本給や他の手当等の通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で金額を明示して支給した場合は,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 他方,「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合は,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがない限り,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
(2) 当該手当が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であること
 「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがある場合であっても,実質的に時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であるとは認められないとして,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクがあります。
 例えば,営業手当はその全額を時間外割増賃金の趣旨で支払う旨の賃金規程の定めがある事案において,反対尋問において,「営業手当はどういった趣旨の手当ですか?」と労働者側弁護士から質問されると,「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨の手当です。」等と回答しがちです。このような趣旨の手当では,時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当とはいえないので,時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスクがあります。
 模範解答どおり,「時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当です。」と回答したとしても,「営業手当の全額がそうなんですか?」「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含むんじゃないですか?」等と尋問されると,これを否定するのはつらくなり,「基本的には時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当なのですが,営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含んでいます。」等といった回答をせざるを得なくなる可能性があります。
 営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨と時間外割増賃金の趣旨とが混在する場合,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができなければ時間外割増賃金の支払があったとは認められないと考えられますが,上記のような場合,営業手当のうち何円が営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨で支払われるもので,何円が時間外割増賃金の趣旨で支払われるものか分からないため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができないと判断されて,時間外割増賃金の支払があったと認められなくなるリスクが高いものと思われます。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
 通常の労働時間・労働日の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合,当該手当の全額が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であると評価できるのであれば,支給した時間外・休日・深夜割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算(検証)できるため,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができます。
 全額が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨を有する手当の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該手当が何時間分の時間外・休日・深夜労働時間の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし,当該手当が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該手当の金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
 また,労基法上の割増賃金には,時間・休日・深夜割増賃金の3種類があり,それぞれ時間単価が異なるため,当該手当と時間外・休日・深夜割増賃金との関係を明確に定義しておく必要があります。
(4) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
 3(5)で述べたとおり,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えられますが,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(5) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要か
 3(6)で述べたとおり,「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えますが,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきですし,支給された定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。


5 定額(固定)残業代制度の有効性を判断する際のイメージ
 定額(固定)残業代の支払は,一定金額の時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが明確であればあるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすくなり,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなかったと認定されやすくなります。
 会社経営者は,普段は時間外・休日・深夜割増賃金とは分からない名目の手当等を支給した上で,残業代請求を受けた途端,当該手当は時間外・休日・深夜割増賃金だとか,基本給には残業代が含まれているだとか主張できるような制度設計を望む傾向にあり,こういった会社経営者の意向に迎合した賃金制度が散見されます。
 しかし,「いいとこ取り」しようとして,定額(固定)残業代の支払が時間外・休日・深夜割増賃金の支払だとは分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認めてもらいにくくなり,多額の残業代請求が認められてしまうリスクが高くなることを理解しておく必要があります。


6 追加の残業代(割増賃金)の支払義務
 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認められた場合は,当該定額(固定)残業代を含む除外賃金を除外した賃金を基礎賃金として労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で残業代(割増賃金)の金額を計算した結果,定額(固定)残業代の金額で不足する場合は,その「不足額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。
 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認めてもらえなかった場合は,定額(固定)残業代も残業代算定の基礎賃金に算入されて残業代(割増賃金)が算定され,その「全額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。


7 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率
 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率と定額(固定)残業代の有効性との間には,論理必然の関係はありません。
 もっとも,脳・心臓疾患や精神疾患を発症した場合に,長時間労働を理由として労災認定がなされる可能性が高い時間外労働を予定するような定額(固定)残業代制度を採用すべきではなく,月80時間分の時間外割増賃金額を下回る定額(固定)残業代額にすべきと考えます。個人的見解としては,月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率は,金額では月例賃金全体の20%~30%程度,時間外労働時間数では月45時間程度までに抑え,それを超える時間外・休日・深夜労働については追加で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う定額(固定)残業代制度とすることをお勧めします。
 最低賃金との関係では,定額(固定)残業代部分は最低賃金算定の基礎賃金には含まれないことに注意して下さい。
 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率が高い会社は,社員の離職率が高く,労使紛争が起きやすく,定額(固定)残業代の合意等の有効性が裁判所により否定されやすく,労働組合などによる労働運動のターゲットとされやすい傾向にあることにも留意して下さい。

 

8 定額(固定)残業代制度導入の手順
 ① 当該業務に通常必要とされる時間外・休日・深夜労働時間等の勤務実態を調査し,調査の経過及び結果を記録に残す。
 ② 調査結果に基づき,何時間分の時間外・休日・深夜労働に対する時間外・休日・深夜割増賃金を定額(固定)残業代として支払う必要があるのかについて協議決定し,記録に残す。
 ③ 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で定額(固定)残業代を支払う旨及び不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりする。
 ④ 給料日には,「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で,金額を明確に分けて給与明細に記載して支給する。


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勝手に残業して残業代(割増賃金)を請求する社員の対応方法

2014-08-21 | 日記

勝手に残業して残業代(割増賃金)を請求する。

1 基本的発想
 部下に残業させて残業代 (割増賃金)を支払うのか,残業させずに帰すのかを決めるのは上司の責任であり,上司の管理能力が問われる問題です。その日のうちに終わらせる必要がないような仕事については,翌日以降の所定労働時間内にさせるといった対応が必要となります。


2 不必要な残業を止めて帰宅するよう口頭で注意しても社員が帰宅しない場合の対応
 不必要な残業を止めて帰宅するよう口頭で注意しても社員が帰宅しない場合は,社内の仕事をするスペースから現実に外に出すようにして下さい。終業時刻後も社員が社内の仕事をするスペースに残っている場合,事実上,使用者の指揮命令下に置かれているものと推定され,有効な反証ができない限り,残業していると評価される可能性が高いところです。近時の裁判例の中にも,「一般論としては,労働者が事業場にいる時間は,特段の事情がない限り,労働に従事していたと推認すべきである。」とするものがあります(ヒロセ電機事件東京地裁平成25年5月22日判決)。
 最低限,タイムカードを打刻させるとか,現実に働いていた時間を自己申告させるとかする必要がありますが,普段仕事をしている部屋にいつまでも残っているのを放置していると,タイムカード打刻後も残業させられていたとか,実際の残業時間よりも短い残業時間の自己申告を強制された等と主張されて,残業代請求を受けるリスクが生じます。


3 仕事の合間に食事したり喫煙したりおしゃべりしたり居眠りしたりしている時間
 仕事の合間に,食事したり,喫煙したり,おしゃべりしたり,居眠りしたり,仕事とは関係のない本を読んだりしていた場合であっても,まとまった時間,仕事から離脱したような場合でない限り,所定の休憩時間を超えて労働時間から差し引いてもらえないのが通常です。居眠り等が目に余る場合は,その都度,上司が注意指導して仕事をさせるのが本筋です。上司が部下の注意指導を怠っていたのでは,無駄な残業はなくなりません。


4 本人の能力が低いことや所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因の場合
 本人の能力が低いことや所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことが残業の原因の場合であっても,現実に残業している場合は,残業時間として残業代の支払義務が生じます。本人の能力が低いことや,所定労働時間内に真面目に仕事をしていなかったことは,注意,指導,教育等で改善させるとともに,人事考課で考慮すべき問題であって,残業時間に対し残業代(割増賃金)を支払わなくてもよくなるわけではありません。


5 明示の残業命令を出していないものの部下が残業していることを上司が知りながら放置していた場合
 明示の残業命令を出していなくても,部下が残業していることを上司が知りながら放置していた場合は,残業していることが想定することができる時間帯については,黙示の残業命令があったと認定されるのが通常です。具体的に何時まで残業していたのかは分からなくても,残業していること自体は上司が認識しつつ放置していることが多い印象です。部下が残業していることに気付いたら,上司は,残業を止めさせて帰宅させるか,残業代(割増賃金)の支払を覚悟の上で仕事を続けさせるか,どちらかを選択する必要があります。


6 残業の事前許可制
 残業の事前許可制は,残業する場合には上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定めるだけでなく,実際に残業の事前許可なく残業することを許さない運用がなされているのであれば,不必要な残業の抑制や想定外の残業代(割増賃金)請求対策になります。
 しかし,就業規則に残業の事前許可制を定めて周知させたとしても,実際には事前許可なく残業しているのを上司が知りつつ放置しているような職場の場合は,不必要な残業時間の抑制になりませんし,黙示の残業命令により残業させたと認定され,残業代(割増賃金)の支払を余儀なくされることになります。
 残業の事前許可なく残業している社員を見つけたら,直ちに残業を止めさせて帰らせるか,許可申請するよう促すようにして下さい。就業規則を整備しても,実態が伴わなければ,不必要な残業時間の抑制にも想定外の残業代(割増賃金)請求対策にもなりません。


7 タイムカードの打刻時間が実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合
 タイムカードにより労働時間又は勤怠を管理している場合,タイムカードに打刻された出社時刻と退社時刻との間の時間から休憩時間を差し引いた時間が,その日の実労働時間と認定されることが多いところです。タイムカードの打刻時間が実際の労働時間の始期や終期と食い違っている場合は,それを敢えて容認してタイムカードに基づいて残業代を支払うか,働き始める直前,働き終わった直後にタイムカードを打刻させるようにするかを選択する必要があります。


8 自己申告制と労働時間
 自己申告された労働時間が実際の労働時間と合致しているのであれば,自己申告された労働時間をチェックすることで不必要な残業時間の抑制につなげることができますし,自己申告された労働時間に基づいて残業代(割増賃金)を支払えば,想定外の残業代(割増賃金)請求対策になります。
 しかし,自己申告された労働時間が実際の労働時間に満たない場合は,自己申告された労働時間をチェックしても不必要な残業時間の抑制につなげることができませんし,自己申告された労働時間に基づいて残業代(割増賃金)を支払っても想定外の残業代(割増賃金)請求がなされる可能性があります。
 自己申告制を採用する場合は,パソコンのオンオフのログで在社時間をチェックし,自己申告の労働時間と在社時間の齟齬が大きい場合には当該社員から事情説明を求める等の工夫をして,自己申告された労働時間が実際の労働時間と合致するようにする必要があります。


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トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてきた場合の対応方法

2014-08-20 | 日記

トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。

1 高年齢者雇用確保措置の概要
 高年法9条1項は,65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
 ① 定年の引上げ
 ② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度)の導入
 ③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないと規定しています。

2 雇用確保措置の内容
 厚生労働省の「今後の高年齢者雇用に関する研究会」が取りまとめた「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」によると,平成22(2010)年において,雇用確保措置を導入している企業の割合は,全企業の96.6%であり,その内訳は以下のとおりです。
 ① 定年の引上げの措置を講じた企業の割合 → 13.9%
 ② 継続雇用制度を導入した企業の割合   → 83.3%
 ③ 定年の定めを廃止した企業の割合    → 2.8%

3 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準
 改正前の高年法9条2項は,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定していました。平成25年4月1日施行の『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律』では,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止について規定されていますが,平成25年4月1日の改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの,なお効力を有するとされています。
 平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
 平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
 平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
 平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象
 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があり,勧告を受けた者がこれに従わない場合は企業名が公表される可能性もあります(高年法10条)。健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきです。
 「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する 調査」(2008)」によると,実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
 ① 健康上支障がないこと(91.1%)
 ② 働く意思・意欲があること(90.2%)
 ③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
 ④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
 ⑤ 一定の業績評価(50.4%)
 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労基法89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。

4 高年法9条の私法的効力 
 高年法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。
 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負う可能性があることに争いはありませんが,裁判例の中には,解雇権濫用法理の類推などにより,継続雇用自体が認められるとするものもあります。津田電気計器事件最高裁第一小法廷平成24年11月29日判決は,定年に達した後引き続き1年間の嘱託雇用契約により雇用されていた労働者の継続雇用に関し,東芝柳町工場事件最高裁判決,日立メディコ事件最高裁判決を参照判例として引用して,「本件規程所定の継続雇用基準を満たすものであったから,被上告人において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方,上告人において被上告人につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来により被上告人の雇用が終了したものとすることは,他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって,本件の前記事実関係等の下においては,前記の法の趣旨等に鑑み,上告人と被上告人との間に,嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり,その期限や賃金,労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される」と判示しています。この最高裁判決は,定年退職後の嘱託社員を継続雇用しなかった事案に関するものであり,正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案に関するものではありませんが,正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案についても同様の判断がなされる可能性もあり,十分な検討が必要です。

5 希望者全員を継続雇用するという選択肢
 トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくることに対する対策としては,
 ① 改正法施行前から継続雇用制度を採用していた会社で「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を維持する
 ② 再雇用自体は認めた上で,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により不都合が生じないようにすること
等が考えられます。
 継続雇用制度を維持した上で,「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準」を定める方法によりトラブルの多い社員の継続雇用を阻止することができればそれに越したことはありませんが,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みは原則として廃止されています。改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が引き上げられながらもなお効力を有するとされていますが,例外的制度であるという位置づけは否めません。また,基準を適用することによる継続雇用拒否は,紛争を誘発しがちです。
 高年齢者雇用確保措置が義務付けられた主な趣旨が年金支給開始年齢引き上げに合わせた雇用対策であること,継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止される方向に向かっていることからすれば,原則どおり,希望者全員を継続雇用するという選択肢もあり得るのではないでしょうか。統計上も,継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準制度により離職した者が定年到達者全体に占める割合は,わずか2.0%に過ぎないとされています(「今後の高年齢者雇用に関する研究会報告書」)。トラブルが多い点については,トラブルが生じにくい業務を担当させる(接客やチームワークが必要な仕事から外す等。)ことや,賃金の額を低く抑えること等により対処することも考えられます。改正法では,継続雇用制度の対象者を雇用する企業の範囲の拡大についても規定されていますので,そういった規定を活用することも考えられるところです。

6 継続雇用後の労働条件による調整
 高年法上,継続雇用後の賃金等の労働条件については特別の定めがなく,年金支給開始年齢の65歳への引上げに伴う安定した雇用機会の確保という同法の目的,最低賃金法等の強行法規,公序良俗に反しない限り,就業規則,個別労働契約等において自由に定めることができます。もっとも,就業規則で再雇用後の賃金等の労働条件を定めて周知させている場合,それが労働条件となりますから,再雇用後の労働条件を,就業規則に定められている労働条件に満たないものにすることはできません。高年齢者雇用確保措置の主な趣旨が,年金支給開始年齢引上げに合わせた雇用対策,年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保である以上,継続雇用後の賃金額に在職老齢年金,高年齢者雇用継続給付等の公的給付を加算した手取額の合計額が,従来であれば高年齢者がもらえたはずの年金額と同額以上になるように配慮すべきであり,「時給1000円,1日8時間・週3日勤務」程度の賃金額にはしておきたいところです。
 高年法が求めているのは,継続雇用制度の導入であって,事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく,事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば,労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず,結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても,高年法違反となるものではありません。したがって,トラブルの多い社員との間で,再雇用後の労働条件について折り合いがつかず,結果として継続雇用に至らなかったとしても,それが直ちに問題となるわけではありません。


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契約期間が満了したのに契約が終了していないと言い張る社員の対応方法

2014-08-20 | 日記

契約期間が満了したのに契約が終了していないと言い張る。

1 労契法19条
 有期労働契約は,契約期間が満了すれば,契約は当然に終了するのが原則です。しかし,労契法19条の要件を満たす場合は,使用者は,従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で有期労働契約者からの有期労働契約の更新の申込み又は有期労働契約の締結の申込み当該申込みを承諾したものとみなされるため,雇止めをしても労働契約を終了させることはできません。
(有期労働契約の更新等)
 19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって,使用者が当該申込みを拒絶することが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないときは,使用者は,従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
 一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって,その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが,期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇 の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。


2 労契法19条の趣旨
 労契法19条は,東芝柳町工場事件最高裁第一小法廷昭和49年7月22日判決,日立メディコ事件最高裁第一小法廷昭和61年12月4日判決等の最高裁判決で確立している雇止め法理を制定法化して明確化を図り,認識可能性の高いルールとすることにより,紛争を防止する趣旨の条文とされています。基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」では,「法第19条は,次に掲げる最高裁判所判決で確立している雇止めに関する判例法理(いわゆる雇止め法理)の内容や適用範囲を変更することなく規定したものであること。」とされています。
 従来の雇止め法理では解雇権濫用法理の類推適用(濫用論)で処理されていたのに対し,本条は使用者の承諾みなしを規定したものであり,本条の構造は従来の雇止め法理とは異なっていますが,雇止め法理を制定法化して明確化を図るという立法趣旨からすれば,本条の解釈にあたっては従来の雇止め法理が参考にされるものと考えられます。

3 更新に対する合理的期待の判断時期が「当該有期労働契約の契約期間の満了時」とされたことの意味
 本条2号では,更新に対する合理的期待の判断時期が「当該有期労働契約の契約期間の満了時」であると規定されていますが,これは従来の雇止め法理では明示されていなかったものです。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」では,「なお,法第19条第2号の『満了時に』は,雇止めに関する裁判例における判断と同様,『満了時』における合理的期待の有無は,最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までの間におけるあらゆる事情が総合的に勘案されることを明らかにするために規定したものであること。したがって,いったん,労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていたにもかかわらず,当該有期労働契約の契約期間の満了前に使用者が更新年数や更新回数の上限などを一方的に宣言したとしても,そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解されるものであること。」とされています。

4 有期契約労働者による有期労働契約の更新または締結の申込み
 従来の雇止め法理では,解雇権濫用法理の類推適用(濫用論)で処理されていたこともあり,有期契約労働者による有期労働契約の更新または締結の申込みは要件とはされていませんでした。これに対し,本条は有期労働契約の申込みに対する使用者の承諾を擬制することにより有期労働契約の更新または成立を認めるもののため,有期労働契約者による有期労働契約の更新または締結の申込みが新たに要件として規定されています。
 基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」では,「法第19条の『更新の申込み』及び『締結の申込み』は,要式行為ではなく,使用者による雇止めの意思表示に対して,労働者による何らかの反対の意思表示が使用者に伝わるものでもよいこと。」「また,雇止めの効力について紛争となった場合における法第19条の『更新の申込み』又は『締結の申込み』をしたことの主張・立証については,労働者が雇止めに異議があることが,例えば,訴訟の提起,紛争調整機関への申立て,団体交渉 等によって使用者に直接又は間接に伝えられたことを概括的に主張立証すればよいと解されるものであること。」とされています。

5 「当該契約期間の満了後遅滞なく」の意味
 有期労働契約者による有期労働契約の締結の申込みは,当該契約期間満了後遅滞なくなされる必要があります。この要件が加えられることにより,使用者が契約期間終了後長期間不安定な法的状態に置かれ続けることを防止することができ,法的安定性に資することになります。
 もっとも,「当該契約期間の満了後遅滞なく」という要件は,必ずしも法律に詳しいわけではない労働者側に要求される要件であることを考慮すれば,比較的緩やかに解釈されることが予想されます。基発0810第2号平成24年8月10日「労働契約法の施行について」においても,「法第19条の『遅滞なく』は,有期労働契約の契約期間の満了後であっても,正当な又は合理的な理由による申込みの遅滞は許容される意味であること。」とされています。

6 労契法19条の効果
 使用者は,従前の有期労働契約の労働条件と同一の労働条件(契約期間を含む。)で,労働者からの有期労働契約の更新または締結の申込みを承諾したものとみなされます。これは,有期労働契約の更新または締結の申込みに対する使用者の承諾を擬制することにより有期労働契約の更新または締結を認めるものであり,従来の雇止め法理が解雇権濫用法理の類推適用(濫用論)で処理していたのとは効果が異なります。
 また,本条では,契約期間についても,従前の有期労働契約の労働条件と同一であることが明確にされています。

7 有期労働契約の類型
 「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会」(山川隆一座長)は38件にも及ぶ雇止めに関する裁判例を分析し,平成12年9月11日に「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」を発表しました。同報告では,有期労働契約の類型について,以下のような分析がなされています。

1 原則どおり契約期間の満了によって当然に契約関係が終了するタイプ[純粋有期契約タイプ]
 事案の特徴:
  ・ 業務内容の臨時性が認められるものがあるほか,契約上の地位が臨時的なものが多い。
  ・ 契約当事者が有期契約であることを明確に認識しているものが多い。
  ・ 更新の手続が厳格に行われているものが多い。
  ・ 同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例があるものが多い。
 雇止めの可否: 雇止めはその事実を確認的に通知するものに過ぎない。
2 契約関係の終了に制約を加えているタイプ
 1に該当しない事案については,期間の定めのない契約の解雇に関する法理の類推適用等により,雇止めの可否を判断している(ただし,解雇に関する法理の類推適用等の際の具体的な判断基準について,解雇の場合とは一定の差異があることは裁判所も容認)。本タイプは,当該契約関係の状況につき裁判所が判断している記述により次の3タイプに細分でき,それぞれに次のような傾向が概ね認められる。
(1) 期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態に至っている契約であると認められたもの[実質無期契約タイプ]
 事案の特徴: 業務内容が恒常的,更新手続が形式的であるものが多い。雇用継続を期待させる使用者の言動がみられるもの,同様の地位にある労働者に雇止めの例がほとんどないものが多い。
 雇止めの可否: ほとんどの事案で雇止めは認められていない。
(2) 雇用継続への合理的な期待は認められる契約であるとされ,その理由として相当程度の反復更新の実態が挙げられているもの[期待保護(反復更新)タイプ]
 事案の特徴: 更新回数は多いが,業務内容が正社員と同一でないものも多く,同種の労働者に対する雇止めの例もある。
 雇止めの可否: 経済的事情による雇止めについて,正社員の整理解雇とは判断基準が異なるとの理由で,当該雇止めを認めた事案がかなりみられる。
(3) 雇用継続への合理的な期待が,当初の契約締結時等から生じていると認められる契約であるとされたもの[期待保護(継続特約)タイプ]
 事案の特徴: 更新回数は概して少なく,契約締結の経緯等が特殊な事案が多い。
 雇止めの可否: 当該契約に特殊な事情等の存在を理由として雇止めを認めない事案が多い。

8 有期労働契約の実態を検討する際の考慮要素
 「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」によれば,裁判例における判断の過程をみると,主に次の6項目に関して,当該契約関係の実態に評価を加えているものとされています。
 ① 業務の客観的内容
  従事する仕事の種類・内容・勤務の形態(業務内容の恒常性・臨時性,業務内容についての正社員との同一性の有無等)
 ② 契約上の地位の性格
  契約上の地位の基幹性・臨時性(例えば,嘱託,非常勤講師等は地位の臨時性が認められる。),労働条件についての正社員との同一性の有無等
 ③ 当事者の主観的態様
  継続雇用を期待させる当事者の言動・認識の有無・程度等(採用に際しての雇用契約の期間や,更新ないし継続雇用の見込み等についての雇主側からの説明等)
 ④ 更新の手続・実態
  契約更新の状況(反復更新の有無・回数,勤続年数等),契約更新時における手続の厳格性の程度(更新手続の有無・時期・方法,更新の可否の判断方法等)
 ⑤ 他の労働者の更新状況
  同様の地位にある他の労働者の雇止めの有無等
 ⑥ その他
  有期労働契約を締結した経緯,勤続年数・年齢等の上限の設定等

9 労契法19条が適用された場合と正社員の解雇の差異
 有期労働契約者の雇止めに解雇権濫用法理が類推適用された場合であっても,雇止めは正社員の解雇よりも緩やかな基準で認められており,雇止めに労契法19条が適用される場合についても,正社員の解雇よりも緩やかな基準で雇止めが認められるものと考えられます。
 例えば,日立メディコ事件最高裁第一小法廷昭和61年12月4日判決は,業績悪化を理由として人員削減目的の雇止めがなされた事案に関し,「右臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするものである以上,雇止めの効力を判断すべき基準は,いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結しているいわゆる本工を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきである。」とした上で,「独立採算制がとられているYのP工場において,事業上やむを得ない理由により人員削減をする必要があり,その余剰人員を他の事業部門へ配置転換する余地もなく,臨時員全員の雇止めが必要であると判断される場合には,これに先立ち,期間の定めなく雇用されている従業員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らなかつたとしても,それをもつて不当・不合理であるということはできず,右希望退職者の募集に先立ち臨時員の雇止めが行われてもやむを得ないというべきである。」と判示しています。
 また,日本航空事件東京地裁平成23年10月31日判決は,「解雇権濫用法理が類推適用されると,一般的にいえば,雇止めが,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には権利の濫用として無効となることになる(労働契約法16条)が,雇止めの場合において,雇用契約の内容としては,契約期間が定められ,その期間が経過することにより雇用契約が(ママ)終了が合意されている事案ということができるから,雇止めが『客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない』かどうかの判断に当たっては,解雇権濫用法理が当然に適用される期間の定めのない雇用契約の場合と同一とはいえず,当該雇用契約の性質,内容を十分に考慮した上での判断が求められるというべきである。」と判示しています。

10 事前の対応
 「実質無期契約タイプ」と評価されないためにも,最低限,契約更新手続を形骸化させず,更新ごとに更新手続を行う必要があります。契約更新を拒絶する可能性があることを労働条件通知書等に明記してよく説明するとともに,不必要に雇用継続を期待させるような言動は慎んで下さい。有期契約労働者については,身元保証人の要否,担当業務の内容,責任の程度等に関し,正社員と明確に区別した労務管理を行うべきです。

11 雇止めが認められないリスクが高い事案の対応
 雇止めが制限されるリスクが高い事案においては,合意により退職する形にすべきでしょう。上乗せ金の支払や年休の買い上げも検討せざるを得ません。年休を消化させたり,年休買い上げの合意を盛り込んだりしておくと,退職合意の有効性が認められやすくなります。

12 適性把握目的の有期労働契約の雇止め
 神戸弘陵学園事件最高裁第三小法廷平成2年6月5日判決は,労働者の適性を評価・判断する目的で労働契約に期間を設けた場合は,期間の満了により労働契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き,契約期間は契約の存続期間ではなく,試用期間 であるとしています。同最高裁判決の判断内容には疑問があり,単に雇止め制限(労契法19条)の問題として処理すれば足りるのではないかと考えられますが,労働者の適性を評価・判断する目的の契約期間満了による雇止めが本採用拒否(解雇)と評価され,解約権留保の趣旨・目的に照らして,客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合でないと退職させられなくなる可能性があることは理解しておく必要があります。
 期間満了で労働契約を確実に終了させられるようにしておきたいのであれば,当初の労働契約書において,期間満了により労働契約が当然に終了する旨の明確な合意をしておくとともに,期間満了により当初の労働契約は現実に終了させ,その後も正社員として勤務させる場合には,通常の正社員採用の際と同様,労働条件通知書を交付する等の採用手続を改めて行うといった対応をしておくべきでしょう。


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不採用通知に抗議してきた場合の対応方法

2014-08-20 | 日記

不採用通知に抗議する。

1 採用の自由
 憲法22条,29条は,財産権の行使,営業その他広く経済活動の自由を基本的人権として保障しており,使用者は経済活動の一環として契約締結の自由を有していますので,自己の営業のために労働者を雇用するにあたり,いかなる者を雇い入れるか,いかなる条件でこれを雇うかについて,法律その他による特別の制限がない限り,原則として自由に決定することができます(三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)。事業主は自由に応募者を不採用とすることができるのが原則であり,応募者が不採用通知に対し抗議するのは筋違いとなるケースが多いです。

2 内々定取消
 労働契約は,労働者からの応募に対し,事業主が確定的な採用の意思表示をした時点で成立します。いわゆる採用内定の時点で始期付解約権留保付労働契約が成立すると評価できることが多く,いわゆる内々定の時点では,使用者が確定的な採用の意思表示をしておらず,労働契約は成立していないと評価されることが多いです。
 労働契約が成立していない段階では自由に不採用とすることができるのが原則ですが,労働契約が確実に締結されるであろうとの応募者の期待が法的保護に値する程度に高まっている場合において,内々定取消が労働契約締結過程における信義則に反する場合には,採用への期待利益を侵害するものとして不法行為が成立し,応募者が採用されると信頼したために被った損害について賠償すべき責任を負うことがあります。応募者が他社における就職活動を打ち切った後に内々定を取り消すとトラブルになることが多い傾向にあります。

3 不採用の理由の説明義務
 事業主が不採用とされた応募者に対し,不採用の理由を説明する義務はありません。慶応大学附属病院事件東京高裁昭和50年12月22日判決では,「労使関係が具体的に発生する前の段階においては,人員の採否を決しようとする企業等の側に,極めて広い裁量判断の自由が認められるべきものであるから,企業等が人員の採否を決するについては,それが企業等の経営上必要とされる限り,原則として,広くあらゆる要素を裁量判断の基礎とすることが許され,かつ,これらの諸要素のうちいずれを重視するかについても,原則として各企業等の自由に任されているものと解さざるを得ず,しかも,この自由のうちには,採否決定の理由を明示,公開しないことの自由をも含むものと認めねばならない。たとえば,企業等が或る学校の卒業生の採否を決するにあたっては,その者の学業成績,健康状態等はもとより,その者の一定の思想信条に基づく政治的その他の諸活動歴,政治的活動を目的とする団体への所属の有無及び右団体員であることに基づく活動,これらの活動歴に基づく将来の活動の予測,並びにこれらの点の総合的評価としての人物,人柄が当該企業の業務内容,経営方針,伝統的社風等に照らして当該企業の運営上適当であるかどうかということ等,ひろく企業の運営上必要と考えられるあらゆる事項を採否決定の判断の基礎とすることが許されるのであって,しかも,学業成績等と前記の意味での人物,人柄についての評価といずれを重視すべきかということも,原則として,企業等の各自の自由な判断に任されているものと認めざるを得ない。」としているのが参考になります。もっとも,社内で十分に議論したところ,不採用理由を説明することが会社の理念に合致するといった結論が出たような場合には,不採用理由を説明する方針を採っても差し支えありません。
 個人情報保護との関係では,厚生労働省平成24年5月作成のパンフレット『雇用管理に関する個人情報の取り扱いについて』では,「④本人からデータ開示などを求められたときの対応(法第24~31条)」に関し,「本人に対し遅滞なく、保有個人データを開示しなければなりませんが『業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』など、非開示にできる場合が法で定められています。例えば、人事評価や選考に関する個々人の情報は、基本的にはこれに当たると考えられますが、その取り扱いは労働組合などと協議して決定することが望まれます。」とされています。

4 定年後再雇用の拒否
 高年法9条1項は,65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,
 ① 定年の引上げ
 ② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度の導入
 ③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないと規定しており,改正前の高年法9条2項は,過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により,②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定していました。
 平成25年4月1日施行の『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律』では,①継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止について規定されていますが,平成25年4月1日の改正法施行の際,既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については,平成37年3月31日までの間は,段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの,なお効力を有するとされています。
 平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
 平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
 平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
 平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象
 継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は具体的で客観的なものである必要があり,トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは,公共職業安定所において,必要な報告徴収が行われるとともに,助言・指導,勧告の対象となる可能性があり,勧告を受けた者がこれに従わない場合は企業名が公表される可能性もあります(高年法10条)。健康状態,出勤率,懲戒処分歴の有無,勤務成績等の客観的基準を定めるべきです。「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する 調査」(2008)」によると,実際の継続雇用制度の基準の内容としては,以下のようなものが多くなっています。
 ① 健康上支障がないこと(91.1%)
 ② 働く意思・意欲があること(90.2%)
 ③ 出勤率,勤務態度(66.5%)
 ④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
 ⑤ 一定の業績評価(50.4%)
 常時10人以上の労働者を使用する使用者が,継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には,就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため,労基法89条に定めるところにより,労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め,就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
 高年法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが,就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり,私法上の効力が生じることになります。したがって,就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は,高年齢者は,就業規則に基づき,継続雇用を請求できることになります。
 就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合,会社は損害賠償義務を負う可能性があることに争いはありませんが,裁判例の中には,解雇権濫用法理の類推などにより,継続雇用自体が認められるとするものもあります。津田電気計器事件最高裁平成24年11月29日第一小法廷判決は,定年に達した後引き続き1年間の嘱託雇用契約により雇用されていた労働者の継続雇用に関し,東芝柳町工場事件最高裁判決,日立メディコ事件最高裁判決を参照判例として引用して,「本件規程所定の継続雇用基準を満たすものであったから,被上告人において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方,上告人において被上告人につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来により被上告人の雇用が終了したものとすることは,他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって,本件の前記事実関係等の下においては,前記の法の趣旨等に鑑み,上告人と被上告人との間に,嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり,その期限や賃金,労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される」と判示しています。この最高裁判決は,定年退職後の嘱託社員を継続雇用しなかった事案に関するものであり,正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案に関するものではありませんが,正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案についても同様の判断がなされる可能性もありますので,十分な検討が必要です。

5 事業譲受人による不採用
 事業譲渡がなされた場合,事業譲受人が事業譲渡人で雇用されていた労働者を採用するかどうかは本来自由なはずですが,労働組合員差別等がなされた場合には,事業譲受人が事業譲渡人で雇用されていた労働者の採用を強制されることがあります。


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採用内定取消に応じない場合の対応方法

2014-08-20 | 日記

採用内定取消に応じない。

1 採用内定取消の法的性格
 採用内定の法的性格は一様ではありませんが,採用内定により(始期付解約権留保付)労働契約が成立することが多いものと思われます。採用内定により労働契約が成立している以上,採用内定取消の法的性格は解雇 であり,解雇権濫用法理が適用されるため,新たに採用を行う場面とは異なり,採用内定取消を行うことができる場面は限定されます。

2 内定者の理解を得る努力 
 採用内定を出した応募者を雇用するのが難しくなった場合は,一方的に内定を取り消すのではなく,話し合いにより内定を辞退してもらうよう努力すべきです。十分な内定取消の理由がない場合は,事情をよく説明し,補償金の支払いを約束するなどして,内定者の理解を得るよう最大限努力する必要があります。
 内定取消はできるだけ早い時期に行った方が内定者のダメージが小さく,紛争になりにくい傾向にあります。内定取消が避けられない場合は,いつまでもずるずる決断を先延ばしにするのではなく,速やかに内定辞退についての話し合いに入り,内定者が就職活動を早期に再開できるよう配慮して下さい。

3 採用内定の取消事由
 採用内定の取消事由は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られます。
 採用内定当時知ることができた問題点については,採用を躊躇するようなものであれば採用内定は出してはいけません。取りあえず採用内定を出してみて,問題が改善されるかどうか様子を見るというやり方はできません。

4 経営の悪化等を理由とした採用内定取消
 企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には,いわゆる整理解雇 の有効性の判断に関する①人員削減の必要性,②人員削減の手段として整理解雇することの必要性,③被解雇者選定の合理性,④手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ,解約留保権の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきとする裁判例があります。

5 新規学卒者の採用内定取消
 新規学卒者の採用内定を取り消す場合は,予め公共職業安定所長又は学校長等関係施設の長にその旨を通知する必要があり,一定の場合は,厚生労働大臣により企業名等が公表されることもあります。


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弁護士法人四谷麹町法律事務所の特徴と法律顧問契約のサービス内容

2014-08-20 | 日記

弁護士法人四谷麹町法律事務所の特徴

 弁護士法人四谷麹町法律事務所(東京)は,健全な労使関係を構築して労働問題のストレスから会社経営者を解放したいという強い想いを持っており,会社経営者のための顧問弁護士事務所として,解雇 退職勧奨 残業代 試用期間 精神疾患 団体交渉 労働審判 問題社員 パワハラ 等の労働問題の予防解決に力を入れています。
 健全な労使関係を構築して労働問題のストレスから会社経営者を解放したいという強い想いを持っている顧問弁護士をお探しでしたら,弁護士法人四谷麹町法律事務所(東京) にご相談下さい。

 

法律顧問契約のサービス内容

 弁護士法人四谷麹町法律事務所(東京) は,会社経営者のための顧問弁護士事務所として,労使紛争の予防・解決を中心とした顧問先企業の法務に関し法律上の助言を与え,依頼された事件の対応に当たっています。
 顧問先企業は,営業時間内に電話・FAX・電子メール等の通信機器を用いて,あるいは弁護士法人四谷麹町法律事務所(東京)のオフィス内における面談により,顧問弁護士 に対し法律相談をすることができます。月あたりの相談時間に上限はありません。
 また,打合せ時間内に作成できるような簡易な「会社名義」の通知書・回答書・和解書等の書面の作成費用は顧問料に含まれており,別途料金は不要です。労働審判 や訴訟になる前の交渉段階であれば,法律顧問契約を締結して法律相談・会社名義での書類の作成を依頼すれば足り,委任契約を締結して事件の対応を依頼する必要がないことも珍しくありません。
 訴訟が提起されたり労働審判が申し立てられたりしたため,顧問弁護士と委任契約を締結して事件の対応を依頼しなければならなくなった場合であっても,顧問先企業は,弁護士法人四谷麹町法律事務所(東京)に対し,定額の弁護士費用(成功報酬なし)で訴訟・労働審判・団体交渉 ・不当労働行為事件等の対応を依頼することができます。


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