Yoshikoのお部屋

水彩や水泳など水が大好き。
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なんでも思いついた日に思いついたコトを書いています。

心が苦しい時

2010-08-01 21:48:39 | 日常の事
ハスの絵を描いているのですが・・・これが仕事や親友の事などいろいろあって、なかなか進まなくて、機会があったら↑観に行っています 泥の中に咲くハスや睡蓮は、泥の中故に余計に美しく見えます 私もこのように凛と生きていきたいといつも思っています
絵がアップ出来るのはいつの事やら・・・?

いろいろと人生で、心が躓いている人は多いですね。親友も赤ちゃんを抱えて、心が傾く事があるようです
私ですか?私は一歩位は心が後退する事がありますが、基本殆ど前向き、若しくは足踏みってところです
これは、前からイラストを書かせていただいているお寺など、宗教的な考えにあると思います
人というのは欲の塊です。欲というのは金銭的なものだけではなく、むしろそういうものは、分かり易い方で、人からよく思われたいとか、人と比較する事や、誰かにこうして欲しいとか、そういう目に見えないような、欲の方がタチが悪いように思います
私は特別な宗教に所属していませんが、先人の宗教の本や、お世話になっているお寺の冊子などを見ていると、何か死にたいほど心が苦しくなるような事があっても、それは何もないのだと書いてあります あの世に行ってしまったら、モロモロの悩みやシガラミなど、持っていける筈もなく、そうしたら、何の為に悩んでいるのだろうか?というような事を思うと、悩みや怒り、悲しみ、負の出来事がある度に、「空」何も無い・・・ああ、なんにも無いんだ そう思うとすうっと負の出来事は小さくなって消えていきます。 これは逃げではありません。自然な人の生き方だと思います 何か苦しい思いをすると、人って雪だるま式に心が転げていくような傾向がありますが、そう思うと、神様や仏様は、「人間とは勝手に悩み、勝手に苦しむ、不思議な生き物よのう」と言われているような気がします
実際自分が悩もうが、苦しもうが、そんなに自分の周りに影響があるわけではなく、一日は同じように過ぎていきます。
私の好きだった三島由紀夫の本をたくさん読みましたが、結局その辺りに辿り着いて、人生の虚無を抱いたまま、自殺という最期を遂げたような気がしています

死んだら何にもないよ お金や名誉も持って行く事は出来ないし。 死んでからあの世できっと後悔するよ
誰かが喜ぶ事をすれば、誰でも幸せな気分になれるし、どんなに偉い人でも、普通の人でも、喜怒哀楽がそんなに変わる事もなし、みぃんな同じ人間だから。同じ人間が考える事、感じる事、そんなに大差はないよ・・・・とは、私の中学の先生だった、今はお寺の住職さんの言葉です 今でも、こうして大切に見守って下さっている年配の方々がおられて・・・・ありがたいですね