操縦桿を操作する少尉の腕が、ソラの目の前に近づいてきた。飛びつくならば、今しかなかった。ソラはわずかな助走をつけ、手を伸ばして飛び上がった。
ガシッ――
と、ソラの手が少尉の腕の下をつかんだ。振り落とされないように歯を食いしばりながら、操縦桿の方へと、雲梯の要領で横へ横へと移動していった。
ようやくたどり着いた操縦桿は、しかし足場になる場所がどこにもなかった。いつ動き出すかもわからない少尉の手を登り、腕を伸ばして操縦桿の頭からぶら下がったソラは、少尉が操縦桿を前に倒し、近づいた計器に飛び移るタイミングをじっと待っていた。
と、ソラは今まで感じた事のない、体ごと押しつぶされてしまうような重さを感じた。飛行機が、大きく横に機体を傾け、逃げるように横へ飛んでいた。
「――グラマンめ、こちらの様子を探りに来たのか」と、少尉がくやしそうに言った。
ソラは気がつかなかったが、味方の飛行機ではない機体が、上空に浮かぶ雲の合間にちらりと見えた。偵察機であればこのまま引き返すかもしれないが、こちらが一機なのがわかれば、返す刀で攻撃してくるかもしれなかった。通常より重い装備を身につけている機体は、思うように高度を上げる事ができず、もしも戦闘になれば、圧倒的に不利だった。
少尉は、敵機が見えた上空に注意深く目を向けていた。雲の中に隠れた機体は、どこに行ったのか、なかなか外に姿を現さなかった。
(もしかしたら、見間違いだったのか……)
わずかな希望と知りつつ、少尉が肩の力を抜き、背もたれに深く体をあずけた時だった。それまでおとなしかった青い鳥が、少尉の顔をめがけて飛んできた。
ゴーグルを着けていながらも、思わず顔を背けた少尉は、操縦桿ごと、体を横へ動かしてしまった。さほど力をこめていなかったにも関わらず、見えない力で引っ張られたかのように操縦桿が大きく傾き、機体がググンと、急に高度を下げた。
――――
青い鳥が、少尉の顔の前に飛んだ時だった。顔を背けた少尉がわずかに操縦桿を動かすと、ぶら下がっていたソラも揺り動かされ、放り出されてしまうところだった。あわてて両手足を使い、操縦桿にしがみついたソラだったが、傾いた方向に体重をかけてしまい、さらに深く操縦桿を動かしてしまった。飛行機が大きく高度を下げると、ソラの体も強く引っ張られ、しがみついていた甲斐もなく、握力が弱くなった手を引き離されると、真っ逆さまに宙へ投げ出されてしまった。
ドドドドド――
と、機銃の弾が頭上をかすめ飛んでいった。
「見逃しちゃくれないか……」