「あれ、ニンジンじゃないのかな」
窓に顔を近づけたソラが目をこらすと、ニンジンによく似た男の人は、小さな鳥籠を手にしているように見えた。
「探していた青色の鳥、見つかったのかな――」
力のない声でウミが言うと、老婦人が考えるように言った。
「青い色の、鳥……」
老婦人は、ソラの後ろから窓の外に目をこらした。しかし、ニンジンに似た男の人は、すっかり人波に飲まれて見えなくなっていた。
「――到着しました。病院の正面玄関に止まります」と、運転手がバックミラーで後ろを見ながら言った。
「ごくろうさま。わたしが医師(せんせい)のところに連れて行きます。あなたは、駐車場に車を止めてきてください」と、老婦人が運転手にはっきりとした口調で言った。「ウミちゃん、病院に着きましたよ」
ガチャリッ――。
車を降りた運転手が、すぐに後部座席のドアを開けると、老婦人はウミを抱え上げながら、そっと車の外に降りた。ソラも急いでドアを開けると、老婦人の後から、自動ドアをくぐって病院の中に入っていった。
「お願いします、急患なんです」
息を切らせた老婦人が受付で声をかけると、制服を着た女の人が、あわてて駆け寄ってきた。
受付の前で順番を待っていた人達が、なにごとかとざわめいた。事務室の中から、責任者らしい男の人が受付にやって来た。老婦人は、強い口調で何度も事情を説明すると、困ったような表情を浮かべた男の人は、
「――こちらへどうぞ」
と、診察室へ三人を案内した。
老婦人の隣で、じっとやりとりを見ていたソラは、見上げる老婦人の横顔が、誰かに似ているのに気がついた。しかし、案内された診察室へ小走りで移動する途中、誰だったのか、うんと頭をひねって考えたが、とうとう思い出すことはできなかった。
…………
「――確認のため、レントゲンを撮っておきましょう。なぁに、おばあさん、心配することはありませんよ。お孫さんは軽い脳しんとうを起こしているだけです。しばらくすれば、もとどおり元気になりますから」
「よかった……」
老婦人は、診察台に横になっているウミを見ながら、大きくひとつ息をついた。