ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

馬を放つ

2018-03-13 23:41:53 | あ行

 


「明りを灯す人」など日本でも人気の高い

アクタン・アリム・クバト監督の新作です。

 

「馬を放つ」74点★★★★

 

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中央アジアの美しい国、キルギスに暮らす

ケンタウロス(アクタン・アリム・クバト)。

 

日々、真面目に働き、妻と幼い息子を養う彼は

深夜、人の厩舎に忍び込み

一頭の馬を逃がし、野に放つ。

 

彼はなぜ、そんなことをするのか――?

 

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さまざまな問題が86分に凝縮され、

かつ、余韻がその先まで果てしなく美しく広がっていく――。

そんな気持ちになる映画でした。

 


91年、ソビエト連邦の解体により、新しく共和国としてスタートしたキルギス。

美しい自然のなかにありつつ、近代化による生活の変化は大きく

スマホを手にする人も少なくない。

 

映画の舞台となる村も「素朴な村」の風情を残してはいるけれど

確実に変化は起きている。

 

そんな村で、夜な夜な、馬を野に放つケンタウロス。

いったい彼はなぜ、そんなことをするのか――?!

 

その理由は彼が幼い息子に語って聞かせる

伝承に現れているんですね。

 

またケンタウロスというキャラクターが

演じる監督自身がスッと同化したような

文化と知性を感じさせる静かな佇まいで

すごくいいんです。

 

 

クバト監督はインタビューで

「自分が描く出来事はすべて実際にあったことです」と話していて

この馬を放つ男も、実際に監督の村で起きたことなんだそうです。

 

で、今回監督は

馬を放った男の行動を、いまの世のさまざまに「ちょっと待てよ」と考えさせる

フックとして描いている。

 

いまの世のさまざま、というのは
ケンタウロスが気にかけてやる女性が

アフガニスタン戦争で夫を亡くしていたり

寄る辺なき彼女が、いま一緒に暮らす男からのDVに逆らえなかったりすることであり、

 

しかし小さな村では

既婚者のケンタウロスが彼女と歩くだけで

あっという間に噂になってしまうことであり

 

さらに素朴なイスラムが根付く土地に
メッカ巡礼のための“お布施”を強要し、

映画館をモスクにしてしまう伝道師たちがいたりすることであり。

 

結局、便利で豊かになったはずの

この世界はどこか閉塞している。

そんななかで主人公は、野に、馬を放つわけです。

 

その行為には

閉塞からの解放や発散と同時に、

昔ながらの人と自然、人と馬、人と人とのつながりを渇望する思いが

複雑に入り交じっている様子が感じ取れて

うん、本当にいろいろ深い。

 

ラスト、息子にともる光に、救いと希望がありました。

 

そしてそして

おなじみ「AERA」3/19発売号で

クバト監督にインタビューさせていただいています。

 

ワシ、けっこう監督のファンなので素直に嬉しかった(笑)

映画に込められた想い、そして

結末に込められた思いまで伺ったので

 

ぜひ映画と併せてご一読くださいませ~。

 

★3/17(土)から岩波ホールほか全国順次公開。

「馬を放つ」公式サイト

コメント
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