ニュースなはなし

気になるニュースをとりあげます

ALS嘱託殺人事件、海外の医学部卒で日本の医師免許取得は何が問題か

2020年07月29日 23時35分45秒 | 医学部と医師の育成のこと
 日本では、どんなに強く患者が死を希望してもそれをほう助することはできない。現在、難病であるALSの患者に対して、いわゆる安楽死を行った医師2人が問題になっている。さらに、そこから派生し2人の医師のうち1人が、外国の医学部を卒業した後に日本の医師国家試験に合格し、日本の医師免許を取得したという点が問題になっている。

つまり、「日本の医師免許の取得が適切だったのか」という指摘だ。筆者の専門は倫理学ではないので、医師免許と外国の医学部という部分について考察してみたい。

(中央大学大学院戦略経営研究科教授、多摩大学大学院特任教授、医師 真野俊樹) 【この記事の画像を見る】 

● 「安楽死の問題」から議論が発展 外国の医学部卒で日本の医師免許取得  

はっきりいえば、日本は医師免許についてはかなり厳しい。諸外国に比べると、閉鎖的であるともいえる。審査対象者からの申請書類により、審査対象者が日本の医学校を卒業した者と同等以上であるか否かについて、表のような認定基準に基づき審査を行う。  

さらに、日本語能力として、「日常診療において関わる機会の多い主要な症候を呈した患者に対する医療面接等及び当該診療に関する記述や説明を行い、次の各領域について調査委員2人が各々4段階(3~0)の評価を行う」。

そして、直接に医師国家試験受験、あるいは予備試験から1年以上の実地修練を経て医師国家試験受験となる。


● 医療は社会保障 そもそも自国のためのもの  

そもそも医療というものは「社会保障」であり、基本的に「自国の医療を自国で賄う」といった考え方が中心である。しかし、医療が進歩し、最先端の技術が診断や治療に使われるようになり、国・地域によって医療技術の大きな格差が生じたり、医療が産業化したりすることで、国内だけでは医療が完結しない状況が出てきた。  

すなわち、それが医療のグローバル化、国境を超えて医療を受けに行くという医療ツーリズムという新たな産業化にもつながる。  

もっとも、筆者がヒアリングしてみると、多くの国の政策当局は、患者を他国に取られるという意味では医療ツーリズムをよしとしていない。「自国の中で医療が完結しない」というのは政権の問題ともとられかねないからだ。言い方を変えれば、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)という呼び方をされることもある「国民皆保険制度」によって、「自国民は自国の中で、最高の医療を、少なくとも標準的な医療を受けることができる環境整備は必須」というのが米国を除いた先進国の潮流なのである。  

今回のコロナ禍で、薬剤やマスクなどを自国で生産するという動きなども含めて「医療を自国で完結しよう」という動きは、日本のような先進国ではさらに加速すると予想される。  

しかしながら、先に述べたようにすべての国で高度な医療を提供することができるわけではない。そこに今回の話題である「医師の確保および医師免許の取り方」の意味が出てくる。

 ● 自国に 医師を呼び込むドバイ  単純に「自国で最高の医療を提供する」ということを考えた場合に、どうすることが最も近道なのか。  

もし、その国に豊富な資金があれば、海外の優秀な医師を自国に呼び、最高の設備・機器をそろえた病院を作れば、まさしく国民には「最高の医療」を提供することが可能になる。  

実際にこういった戦略をとっている国がある。例えば、ドバイ(正確にはドバイは国ではないが)を中心としたアラブの国々である。  いわゆる「スーパードクター」や「ゴッドハンド」と呼ばれる日本の著名な医師を、高額な報酬を提示して招へいしようとしたり、あるいは「手術をしてほしい」といった交渉をしていることは広く知られている。実際に、そういった国で手術を行っている日本人医師もいる。




このような国の場合には、医師免許というものはあまり意味をなさない。つまり、もともと著名で非常に優秀な医師を自国に呼ぶわけであり、その国で新たに医師免許を取らせるといったややこしい手続きは必要ないのだ。行政の手続き的には「登録」が中心であり、試験があったとしても語学試験といった程度のものになる。実際、ドバイでの医療を見てみると、医師はインド人や欧米人、看護師はフィリピン人だったりし、病院の中では英語が公用語であったりする。言い過ぎかもしれないが「傭兵」の伝統がある国は違うな、と変に感動したことを覚えている。  

一方、米国のような最先端医療でトップを走る国においては、さすがに状況が違ってくる。全世界から医師が集まってくるために、米国の医師国家試験に合格した後で、臨床研修を行うことが米国で診療するための条件となっている。ただ、医療機関や行政の指導者権限で多少この部分がゆるくなることもあるが、原則的に多くの患者と接する場合などは先の条件に従うことになる。 


● タイやシンガポールなど 新興国の場合  

「医療ツーリズム」という観点で、諸外国から積極的に患者を受け入れる国もある。その代表格がタイである。タイの場合はどうなのであろうか。  

実はタイは、行政の立場からいえば、自国の医学部の卒業生が海外に流出してしまうのを防ぐために、あえて最先端病院を設けて医療ツーリズムを行っているという側面がある。自国の医師を尊重しているため、海外の医師もタイ語での医師国家試験を受けることが前提になっている。  

すなわち、医療ツーリズムなどを行って海外からの患者を呼び込みたい、あるいは自国の富裕層に対し、UHCでカバーできないレベルの高度な治療を提供したいのではあるが、一方では海外の医師に対しては制限をかなり厳しくしている。これには、国内の医師や医師会に対する「忖度」があろう。  

タイとドバイの中間的な例としては、シンガポールがある。シンガポールの場合は非常に高度な技術を持っている医師に関してはあまり制限を課していないが、そこそこの技術の医師に関しては原則的にその国の患者しか診察させない。  

例えば、日本とシンガポールの間には二国間協定があり、日本人の医師はシンガポールの医師国家試験を受ける必要はないが、その代わり日本人しか診察することができない。同じような協定はイギリス、アメリカ、フランスとも結ばれている。  

ただし、シンガポールの場合、医師国家試験が英語で行われているので、英語を流暢に話せる人にとっては言語のハードルは高くない。私の知人のマレーシア人もイギリスで医師免許を取り、最終的にはシンガポールで診療している。



● 政府が認めた外国の医学部でないと 医師免許が取得できない  さて、日本はどうかということになるが、その話に入る前に先にシンガポールでは二か国協定で日本人医師の診察を認めているといったが、実はもう一つ条件があり、シンガポール政府が認める大学の医学部の卒業生でないと、その基準を満たさないという。  日本の場合も同じようなハードルを課している。すなわち「一律の基準ではない」としているが、前掲の表のように日本国政府が認めたカリキュラムを持っている大学の医学部卒でないと日本の医師国家試験を受験させないという仕組みなのである。 


● 厚生労働省自ら 「一律の基準がない」としている点が問題  

話は変わるが、日本では医学部人気が沸騰し、医学部への入学が非常に難化していることに伴い、例えばハンガリーなど特に東欧の国の医学部を卒業してEUの医師免許を得た後、日本の医師国家試験を受験するというルートが確立してきている。 

 「こういったルートが問題である」と、厚生労働省の委員会で話題になったこともあり、下記のように記載されていたが(厚生労働省のホームページ上では赤字で記載されている)、まさに今回は「ここの部分」が問題視されていると思われる。 


○ 最近、卒業後に日本の医師国家試験の受験資格が得られる旨認可を厚生労働省から受けていること等を示して、外国の医学校への入学を勧誘する広告を行っている例が見受けられますが、厚生労働省は、外国の医学校を卒業した方から、医師国家試験の受験資格認定の申請があった後に、当該申請者個々人の能力や、当該申請者が受けた教育等を審査することとなっており、海外の医学校等に対し、当該医学部の卒業生への医師国家試験の受験資格を一律に認定することはありません。 


○ このため、こうした外国の医学校等を卒業されても、日本の医師国家試験の受験資格が認められないことが十分想定されますのでご注意下さい。  

今回、問題になっている医師の場合、日本の医師国家試験には合格しており、日本育ちの日本人なので、日本語の問題はまったくない。すなわち、少なくとも一定水準以上の医療知識はあり、日本で日本人の患者を相手にして医療を行う能力はあるということだ。 

 問題は「日本政府が認め、日本の医師国家試験を受験することができるレベルの国の医学部を卒業していたのか」ということである。 

 そこを厚生労働省自ら「一律の基準がない」としている点が、今後の論点になりそうである。 (参考)厚生労働省「医師国家試験受験資格認定について」


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする