こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

夫婦の会話はとても大切

2021年10月31日 | 日々思うこと、考えること
 昨晩、久しぶりに妻と外食した。何より嬉しかったのは酒を飲みながら食事できたということ。それなりに食事代もかさむが、食べながらの酒はやっぱり美味しい。逆にいうと、飲食店は酒が出せないというのは実に大変だということだ。

 妻と食事をしながら、子供のこと、親のこと、職場のことだの、ご近所のことだの、選挙のこと、女性問題、子供の問題だの、あれこれ話した。夫婦にとっては互いの情報交換をして、何を考えているかを教えあうということはとても大切なことだ。同居人がよくわからないようではストレスになる。

 そんなこと日常生活の中でいつも行なっていることかもしれないが、改めてゆっくり語り合うということも大事だ。

 夫婦のことなんて、他人からしてみたらどうでもいいことで、喧嘩をしたところで、犬も食わぬ、なんて言われるようなものだ。とはいえ当事者にとっては重大な問題であり、大切に扱わなくてはいけないことだ。
もちろんコロのことも

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コロナ禍でも議員が議事堂に集まったわけ

2021年10月30日 | 日々思うこと、考えること
 4月の病理学会で学会場に行ったのが、コロナ後初めてだった。あの時はハイブリッド形式で、座長をさせていただいたが、私自身の発表はウェブ上のポスターセッションだった。おとといの学会では出番があって、久しぶりに広い会場で聴衆を前に発表した。ハイブリッド形式なので聴衆の半分ぐらいはモニターの向こうにいるのだが、それでも5、60人ぐらいは会場にいてそれなりに楽しく話をすることができた。学会場に参加者が一堂に会するということが重要だと思った。

まずは、発表している時の会場の雰囲気が手に取るようにわかる。一生懸命聞いてくれる人がいる一方で、寝ている人もいる。そんなのをみて寝ている人を増やしてはいけないと、途中からギアを上げることもできる。

自分の席に戻って、近くに座っている顔見知りの研究者と小声で話すことも大切だ。時として大いに同意してくれ、時には失敗と思った発表を慰めてくれる。

一方、ウェブ発表では、そんなひそひそ話はできないし、誰が起きてようが、寝てようがわからない。何人の人が話を聞いているかなんて本当のところは全くわからない。ウェブ発表だと1人の発言に耳目が集中してしまう。このため、一言一言に注意が必要となる。ハイブリッド形式でも同じだが、なんとなくアドリブが許されるような気がする。

こんなことを考えていたら、政治家がなんであんな狭い会議室で密になって議論していたのかがよくわかった。彼らは臨機応変に発言を変えなくてはいけないし、ひそひそ話もしたいし、ヤジも飛ばしたい。オンラインになった日にはそんなことひとつもできなくなる。政治家にとっては公明正大はもっとも危険なことだ。考えてみたら、国会討論をオンラインで行う、というのを公約にあげた政党はなさそうだ。経費削減になって良さそうだが、次の総選挙ではそんなことを言い出す政党もあるんじゃないかと、ちょっと期待してみたい。

ところで、フェイスブックあらためメタでは、アバターがいっぱいいる仮想空間内でひそひそ話ができるようにするのだろうか。
バレバレか

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あそこはあそこで石の上にも三年

2021年10月29日 | 日々思うこと、考えること
 昨日よりすこし寒いようだが気にならない爽やかな朝。昨日インフルエンザワクチンを打ったところが少々痛いが、その程度はファイザーの新型コロナワクチンとどっこいどっこい。何にせよ、体の中に異物を入れるとはこういうことだ。午後、臨床系の学会での発表があった。これを無事終え、この秋の大きなイベントはひと通り終わった。

 今回の総選挙、私は期日前投票を済ませてしまったので、いまさら聞いてもしょうがないのだが、たまたま政見放送が流れている時は見ている。自民党の政見放送は岸田さんの話が言語も意味も明瞭でなかなかいいのだが、神奈川東京は立候補者が多すぎ、それぞれの主張が細切れであまり面白くない。比例の元スピードの人によるインタビュー形式も仲の良い親子の会話のようで今ひとつだった。立民枝野、維新松井吉村あたりの発言は、今後の政治の行方を考える上で覚えておいていいと思った。れいわ山本も面白い、さすが街頭演説で鍛えただけのことはあるが、少数政党ではその政策の実現性がほとんど無いのが残念。日本一なんてところもあったが、ああいう政党でも1万票ぐらいは取るのだろうか。

 あとは、N党。2年前の参院選まではお騒がせ泡沫政党だったのが、あれよあれよという間に一議席を獲り、いまやその知名度は国民、社民よりも高いのではないだろうか。NHKとなんとか弁護士法でとかいう正式な党名を覚えることはできそうもないが、NHK党というのは多くの国民の脳裏に焼き付けられている。石の上にも三年とはまさにこのことだ。党是であるスクランブル放送実現については、現在のNHKの放送内容からすると私としては否定的だ。反日的とかいう意見もあるが、女性や子供の権利の尊重、貧困問題への取り組みなどの報道姿勢に私は共感しており、公共放送とした十分国民の意識啓発に大いに役立っていると思うからだ。選挙報道でのN党の扱いが他の党と公平なのもいい。

 N党の立花という人も、N党とか、NHK党というのが、実はNHKの後援団体的になってしまているのを薄々感じているのではないだろうか。だから、裁判しているなどということを全面に押し出さざるを得なくなっているのは皮肉なものだ。そのN党の政見放送、聞いてみると結構いいことを言っていた。途中で話すことがなくなって比例はN党にというテロップが延々と流されていたのも味わい深かった。
あと3日で

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女性が生きづらい社会を変えなくては日本の未来はない

2021年10月28日 | 日本のこと、世界のこと
 朝の陽光が靄に差し込み、いい感じの景色となった。夜中にも雨が降ったらしく、ベランダが濡れていた。少しひんやりしているものの、おそらくこの時期らしい気温で、気持ちがいい。深呼吸をして頭も体もシャッキリする。予想はしていたものの、今週の忙しさはきつかった。今日の学会での講演を乗り切ればヤマは越えられるだろう。原稿の遅れは少し待ってもらうしかない。

 昨晩、歌舞伎町の街娼の話があった(NHK クローズアップ現代+ 「助けて…」と言えない路地裏に立つ女性たち)。そんなことしたくはないけれど、それしかできることがなく、街角に立っているという話だった。この国は女性が生きづらい社会のようだ。世代間格差とともに、男女格差も深刻な問題だ。

 連日放送されている総選挙の政見放送を見ていると女性の立候補者の少なさに驚く。私の住む神奈川県だと、18ある選挙区のうち、自民党は牧島かれん1人、立民も15人中3人だ。維新は全て男性(7人)だった。こういう状態ではなかなか女性に配慮した政策が出てこないのもうなづける。

 女性議員が増えたとしても、2018年の西日本豪雨の時に問題となった赤坂自民亭のように、大臣経験者が女将だの若女将だのと言われているようでは、なんとも情けない。ただでさえ男女格差により社会的地位が脆弱なのに、女性は女性の間での格差もある。

 以前、女性の地位向上について書いた時、なんでそんなことしなきゃならないんだというコメントをいただいた。コメントを入れた人は、女性は搾取する対象であり、搾取できるという既得権益を手放す必要などない、と考えているのではないだろうか。人間以外の動物を見ると全て雌雄同権のような気がする。人間だけ男偏重なのは、肉体的に弱い存在であったという太古の記憶があるからかもしれない。だが、誰かが誰かを搾取し続けていたら、搾取されている方は疲弊するばかりだ。

 女性が生きづらい社会というのを変えていかなくては、この国の女性は疲弊してしまう。そのようなことにならないようにするには、まず、投票で行動する必要がある。
女性も男性も笑顔でいられるよう

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様変わりしていくミッションの景色

2021年10月27日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
  カンボジアの病理医育成プログラムのお手伝いのお鉢がまた回ってきた。前回と異なるのは残念ながら現地には行かないということ。

 昨日の講義は、支援事業を行なっている施設の会議室からリモートで行い、今日は私の部屋から行なった。
 冷や汗かきかき、昨日今日のレクチャーはなんとか終わらせることができた。おどろいたのが、研修医のレベル。ネットからの情報があるから、なんでもよく知っていて、ゲノム医療のような最先端の知識は私と同じかそれ以上。当然と言えば当然だ。かてて加えて皆若いから”どんどん”知識が増えている。日本人が何か教えてあげる、なんてこと、少なくとも”知識”の範疇ではもはや無いのではないか。

 かつては伝道師が一生をかけたミッションが、いまや講義はネットで簡単にできるようになった。3年前にスコールと信号機のほとんどない道路を見て結構驚いて、使命のようなものを少しは感じたものだが、今後はわざわざ現地に行く必要もなさそうだ。
これもコロナの恩寵か

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前に進むことをやめるということは自分の時間を止めるということ

2021年10月26日 | 生き方について考える
 出かける間際、雲の切れ間から青空が覗くようになり、夜来の大雨はほぼ止んだ。そのおかげで長傘の出番にはならず、折りたたみだけを持って出てきた。

 近頃、周りの人について気にするようになってきたように思う。あの人はどれぐらい偉くなった、この人はどれほど稼いでいるのだろう、そんなことを考えることが増えたような気がするのだ。

 歳をとり残りの人生が短くなり、もうそれほど前に進むことができなくなったからなのか、それとも努力する気力が失われて、これでいいや、これでもいいか、と感じているからなのか。私はこのままここで立ち止まり終わってしまうのか。

 もしそうだとしたらそれはとても残念なことだ。時間は死ぬまで人と寄り添い、人は時間とともに進んでいく。それなのに、前に進むことをやめ、今の自分を人と比べたりしたら自分の時間もそこで止まってしまう。生きている限り前に進むことを諦めないことが人間として大切なことではないか。
少しずつでも進む

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人間起きて半畳、寝て一畳、さらには所詮山椒魚。

2021年10月25日 | 人間関係
 朝焼けの日は天気が崩れるという。今夜も帰る頃には雨の予報で、なんとなく気が重い。昨日のエントリーは、花壇の手入れの疲れもあって少々支離滅裂で、推敲もろくにせずにアップしてしまったようで、ひどい文章だった。あまりにひどかったので今朝もう一度手を入れた。

 多少手を入れたとはいえ、昨日書きたかったことは変わっていない。人間起きて半畳、寝て一畳、さらには所詮山椒魚。真に必要なものがなんであるのかを見極め、さらには自分が無知であることを自覚し見聞見識を常に広めなくてはならない。

 さらに、人間関係では、他人に期待するから、がっかりする。今いるところが自分が求められているところであって、不満をもってはいけない。”お声がかからない”というのは自分は必要とされていないということだ。

 自ら何かを得たいと思ったら、自分から取りに行かなくてはいけないし、その気がないのなら取りに行く必要はない。むしろ自分に求められていることを全うすることが生きていく理由なのだ。

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人に起こることは犬に起こるそれともあまり変わりはない

2021年10月24日 | 日々思うこと、考えること
 今日も穏やかな秋晴れ。仕事をしようと思っていたが、なかなかその気にならない。テレビでは総選挙のことをあれこれ言っているが、投票を終えた身としては結果を待つばかりで、関係ない。

 結局、花壇の草むしりをして1日すごした。黙々と草をむしっていると案外いろいろなことを考えることができる。最近、あることで少し気になっていることがあったのだが、考えているうちにその答えが見つかった。

 確かにうまくやったものだ、と得心したが、結局のところそれというのは自分の身の回りのほんの近くで起こったに過ぎないというしことだと気がついた。ということは、今日のマルチーズのコロにとって散歩のコースが少々違ったこと、餌の時間が少々違ったこと、そんなことと大して変わらないのではないか。

 いろいろ思い悩むなんてことはずいぶんとバカバカしいことだと思った。
気楽にいこう

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鎌倉は秋晴れで、散歩がてら期日前投票に

2021年10月23日 | 鎌倉暮らし
 気持ちの良い朝。北風が強いという話だったが、それもなく穏やかな秋晴れの一日となった。

 ポインセチアは順調に赤くなってきている。ひと月後がとても楽しみ。

 今回の衆議院議員選挙、妻も私も、すでに誰とどこに投票するかは決まっているので、散歩がてら期日前投票に行った。鎌倉にはずいぶん人が戻ってきていて、鶴岡八幡宮は七五三のお参りで多くの家族連れがいた。小町通りは観光客が多く歩いていて、これで外国人がいたらコロナ前のような感じだ。

 市役所の期日前投票所はけっこう混んでいてびっくりした。
投票用紙を前にして、悩むということもなくすんなり一票を投じた。あと一週間悩むことがなくなり、かえってホッとした。

 投票を終えてから馴染みの蕎麦屋に寄った。行きがけに営業を再開していることを確認し、三十分後に来るからと予約しておいた。辛味大根せいろに牡蠣の天ぷらをつけた。コロナ禍が始まって以来、前に来たのは緊急事態宣言が途切れた時で、もう半年以上も前のことだったが、味は変わらず美味しかった。

 帰宅してからウェブ開催の研究会に参加したが、歩き疲れたからなのか少し眠くなってしまった。
明日もいい天気

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見習おうと思ったある若い店員さんの接客

2021年10月22日 | 日々思うこと、考えること
 12月上旬並みという氷雨付きの寒さ。秋らしい秋というのがどこかにいってしまったのかと心配になる。セーターの上に冬物のコートを着て出てきたのはよかったが、足先は折からの雨に濡れた靴のせいで冷たい。明日明後日は晴れてくれるという。秋晴れを期待しながら今日1日頑張ろう。

 先日、手頃な冬物を探しに近くのアウトレットモールに行った時のこと、ある店に入ったら若い店員さんが、

 その、ジャケットとポロシャツの着こなし、素敵ですね。

と、ほめてくれた。むしろ私自身はイマイチだと思っていたので、お世辞だとは思ったもものの、悪い気はしなかった。何より客と店員が話すきっかけにはなる。彼なりに考えての声かけなのだろう。

 なかなかこれといったものが見つからず、まだうろうろしていたら、今度は、

 アップルウォッチ、いいですね、

とも。これは、’お客さんのような白髪頭の初老の人間が、アップルウォッチを使っているなんて、若々しいですね’というようなつもりなのだろう。

 ああ、これは息子がプレゼントしてくれたんだよ。

と、応じたら、

 いいですねー。

とニコニコして応じてくれた。なんだか落語の子褒めのようだと思いながらも、その接客の甲斐あってか、妻とあわせ3枚ほどトレーナーのようなものを買った。

 当たり前のことだが、商売というのは人と人とのコミュニケーションの先にある。そのことを実感させてくれた出来事だった。1時間もいたら客は全て入れ替わる、彼には、そんな”客へのお声がけ”のセリフの基本型がいくつかあって、それを1日のうちにその都度変化させながら何度か使うのだろう。他の店員が、よろしかったら羽織ってみてください、ぐらいのありきたりのことしか言っていなかったことを考えると、店のマニュアルというよりは、彼自身の工夫だったのだろう。

 ただぼーっと立っているだけではなく、入ってきた客のいいところを探し、客褒めセリフに当てはめ、実際に褒める。結構面白い作業かも知れない。いずれにせよ、こうやって人の心に残るような対応をするというのは、商売とはいえ簡単にはできない。創意工夫を心がけている彼は将来いい商売人(ビジネスマン)になるだろう。
他人の良いところを探す

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緊急事態宣言解除とともに帰ってきちゃったヨッパライ

2021年10月21日 | 通勤・交通・旅行
 今朝は様々な形の雲が出ていて、その名前がひとつもわからず少し残念だった。これからは雲の画像をネットで探せば名前も出てくるだろうから、いまさらにわか知識を仕入れることもないだろうから、雲の名前は入道雲(積乱雲)ぐらいしか覚えられないだろう。そういえば清原果耶演じる気象予報士が主人公のNHKの連続テレビ小説『おかえりモネ』も今月いっぱいとのこと。彼女のファンである私としては、あの少し寂しげな顔を見ることができなくなるというのは名残惜しい。

 昨日は夜までやっぱり忙しかった。カンファレンスが長引いて、帰りの電車に乗ったのは21時少し前。車内は意外と混んでいて少しびっくりしたが、もっと驚いたのがヨッパライの姿。数人でメートルをあげているようなサラリーマンを久しぶりに見たと同時に嫌悪感を覚えた。他にも一人でドアにカバンをぶつけ続けているような若い男性がいたり、そろってゆでダコのようになっている大学生ぐらいのカップルがいたりと、緊急事態宣言の解除とともに”ヨッパライ”が電車内に帰ってきたのだ。

 私にヨッパライを責める資格は一切ない。だが、これを機にヨッパライに寛容な国というのは改めることができるのではないか。少なくとも、車内で大声で喋っているようなヨッパライや、暴力を振るうようなヨッパライに対して、強い姿勢で立ち向かうということは、その最大の被害を被っている鉄道会社にしてみたらチャンスだと思う。禁酒法を望んでいるわけではなく、マナーとして泥酔した状態で公共交通機関を利用してはいけない、というようになってほしい。

 それにしても不思議なのは、家で妻を相手に晩酌している限りは”ヨッパライ状態”になることはないのに、外で飲むとヨッパライになってしまうということ。心理的、肉体的なアンバランスがあのような状態を引き起こすのだろうが、この先外で飲むようなことがあったら、私も気をつけよう。飲食店にしてみたら、忘年会に間に合ってよかったというところだろうが、できたら飲むのは本当に気心の知れた人同士だけであって、職場などで集まる飲み会は増えないでほしい。
開き直ってはダメ

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日本を変えるにはまずは投票に行くことから

2021年10月20日 | 日本のこと、世界のこと
 すっきり晴れた空を見ながらの出勤は気持ちがいい。迅速診断もカンファレンスもあり、1人病理医にはクソ忙しくなりそうだが、働くとはこういうものだ。通勤時間というスキマ時間に書くブログはあれこれのことに伴う溜飲を下げさせてくれるのにぴったりだ。とはいえ、どれもこれも自分自身の心が生み出すものであって、まずは心の平安を。

 今日から総選挙の選挙戦が本格的にスタートした。顔なじみの立候補者が公約集を配っていた。受け取り読んでみるとなるほどいいことが書いてある。明日は別の党のものを受け取ることができるかもしれないが、またそれもしっかり読んでみよう。

 自民党にこのままこの国の舵取りを託していいのか、比較の対象がないので判断のしようがない。一方、野党連合が仮に政権を取ったとして、影の内閣すら作らずにいるような人たちに政権運営ができるのか不透明なままでいいのか。自民党に入れたからといってこの国がかならずしも変わらないわけではないし、野党に入れたからといってこの国が必ずしも変わるわけではない。

 記憶にある限り、選挙権を得て以来37年、私は投票を棄権したことはない。結構まともな方だと自負している。だから、歳をとったから政治に関心が湧いてきたというわけではない。一票を託した人が落選したことも何度かあるが、その死票にも民意が含まれていると思った。まずは投票に行くことからすべてが始まる。
清き一票を

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総選挙における新型コロナウイルス感染症の位置付け

2021年10月19日 | 日本のこと、世界のこと
 少々遅まきながら先週からポインセチアの短日処理を始めた。夜の間、玄関の物入れに入れて、朝外に出す。それなりに赤くなってきたので、この先が楽しみ。いつもなら、朝日を浴びさせるのだが今日はあいにくの雨、ポーチの下で雨宿りさせておくことにした。

 それにしてもずいぶん寒くなった、それも急に。昨日は、熱はなかったものの、頭痛と節々の痛みが少しあって、どうも一昨日の雨中の投票で軽く風邪をひいてしまったようだった。だが、昨夜ずいぶん汗をかいて、体調はいつもどおりに戻った。気温は11月上旬だか中旬なみということで、体調管理には注意しなくてはいけない。

 新型コロナウイルス感染症の新規感染者、昨日は東京で29人、神奈川で23人とのことで、ずいぶん少なくなった。おそらく街中や電車内ですれ違ったり、乗り合わせたりする人のほとんどはコロナフリーの状態だろうから、安心していいのだろうが、陽性の人がどこに潜んでいるのかわからないので油断はできない。イギリスに留学中の娘と昨晩ラインで話したら、あちらでは屋外でマスクをしている人を見かけることはほとんどなく、スーパーなどの屋内でも1、2割ということだ。相変わらず、マスク着用率が高いのはいいことだろう。この先、空気が乾燥し、その先の花粉症の季節までマスクを外さないでいたら、新規感染者数はこのままで推移するのではないだろうか。

 新規感染者がゼロになることはないだろうが、せめて今の状況が年内いっぱい続けば医療体制を整えることができるだろう。ワクチン接種の広がりのおかげで重症化のリスクは下がったし、経口薬も開発され始めた。野党はコロナ対策の不手際を責め立てているが、自民党政権だったからなんとかなったのではないかと私は考えている。決して楽観視するわけにはいかないが、新型コロナウイルス感染症の感染再拡大起きることはもうないだろう。社会的な関心はコロナ禍による経済的な側面に移っており、これはコロナ後の経済対策ということに包含されてしまうことではないだろうか。総選挙での一票にはそこのところも含めたいと思っている。
ウィズコロナ時代の社会

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誰かに舵取りを託すということ

2021年10月18日 | 日々思うこと、考えること
 月曜日だからか、11月中旬並みの寒さだからか、昨日朝昼晩と少々食べ過ぎて体重が増えたからかよくわからないが、血圧が高く、頭が痛い。今週来週はとても忙しいので、かえって抑え目に活動しよう。

 昨日の鎌倉市長選挙、投票率は46%で、現職が当選して4期目に入った。また、あの人に市政を託すこととなった。

 コロナ禍が始まって以来、以前よりも政治のことを読んだり、聞いたりすることが増えたような気がする。この1年半、この国はもとより世界中の政治が新型コロナウイルス感染症に振り回されてきたが、そろそろ各国の政治の総括、比較をしてもいい頃ではないか。すでにそういったものがあるのであれば公にしてほしい。

 総選挙はいよいよ明日公示。私の住んでいるところは神奈川県内でも最多の5人が立候補する大激戦区。前職元職新人のいずれも実力者で、さてどうなることだろう。そういえば、誰も2世ではないというのは、選び甲斐があっていい。
支持政党はこれといってないが

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雨の中、鎌倉市長選挙へ

2021年10月17日 | 日々思うこと、考えること
 朝からApple Watchの調子が悪く、折からの大雨と、11月なみの寒さも手伝ってなんだか調子が出なかった。老犬マルチーズのコロ(15歳)もなかなか起きてこなかった。お腹は空かないのだろうか。

 鎌倉市長選挙の投票日。いつの間にか市長を3期やり4期目を目指す現職と、由比ヶ浜自治会の会長の女性と、先日の市議会議員選挙に落選した元市議会議長の三つ巴。今ひとつ盛り上がりに欠ける選挙戦ではあるのだが、鎌倉市民としては投票に行かなくてはいけない。この先、鎌倉市が良くなろうが悪くなろうが、投票行動をしていなくては文句のつけようがない。

 午後から私が関係しているある疾患についての市民公開シンポジウムがあったので、その前にと雨脚が弱くなったところを見計らって妻と一緒に投票に出かけた。投票所に向かって歩きながら、こんな雨でも投票に行くことについて話し合ったら、妻も私同様、投票しないことには姿勢に文句の一つも言えないからと考えていることがわかった。雨で誰もいないかと思っていたが、投票所は私が予想よりは混んでいた。

 投票の後、買い物をしに駅の先まで散歩がてら歩いたが、こんな雨でも観光客は意外と多く、コロナ後が始まっていると思った。雨風が強くなってきたので、のんびりと鎌倉散策ともいかず、早々に帰宅した。
おまけに寒かった

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