イギリス/ストックポート日報 《England/ Daily Stockport》

イギリス北西部の歴史ある街、ストックポート Stockportから(ほぼ)日替わりでお送りする、イギリス生活のあれこれ。

熱波再来4日目のイギリスと、動物物件には目がない私がカタルーニャの古い街で見つけた不思議なライオン像

2022年08月13日 06時54分57秒 | ヨーロッパ

昨日は予告通り、暑かったです!ここ北西部も日中気温がついに30℃を超えました。

毎週土曜日は、例によってチャリティ・ショップ、オックスファム Oxfam で店番のボランティア、駐車場と店への行き来以外は屋外に出ませんでした。

店内は気温が26℃、扇風機でけっこう涼が取れました。

入ってくるお客さんが「お、涼しいね」「外から来たら天国だよ」などと声をかけてくれます。

屋外の気温が高くても、日かげや屋内はびっくりするほど過ごしやすい湿度の低い英国です。汗がスッと引く爽快感が味わえます。

 

英国でも(特に年配の人の)あいさつの常とう句は「天候の不満」です。

通常、夏があまり暑くない英国では人々の暑い夏に対する渇望、執着が並ではない...ということをストックポート日報ではくどいほど書き続けてきましたが、さすがに熱波の4日目、暑ければ暑いでモンクを言う人の相手を多数(6時間の間に20人ほど)してしまいました。

...「そんなにたくさん店員と世間話や天候話をする客がいるのか」と思われましたか。店の雰囲気にもよるでしょうが、いるんです!店員も客に対するフレンドリーなジェスチャーとして天気の話をしてきます。

こっちから話題をふる必要はありませんが、もしも英国滞在中に店員から天候のグチでも吹っかけられたらとにかく同意してあげてください。礼儀です。英語で言うのがめんどくさいなら手で顔をあおいで暑そうにするとか寒そうに首をすくめるとか雨ならば肩の水滴を払うふりとかで充分です、

ニュースをつければ、水不足(干あがった貯水池や湖の映像)農作物の値段の高騰、水難事故、大規模火災(川で釣ったサカナを焼いた火の不始末で農地と生態保存エリアを全焼!!!)、熱中症、屋外での運動アクティビティを制限する警告...等々暑さに関連するウンザリ報道がくりかえされます。

私は「暑くてまいった」と言う人には「来週から涼しくなって雨も降るみたいね」と繰り返しました。客の反応も一律でした。「それはありがたいけど、そうすると夏が終わってしまうのね、あ~ぁ、残念だ!」... 勝手にしろ!

「南欧でのホリデー(休暇旅行)だったらいくら暑くてもいいんだけどな」という年配の人もいましたよ。「そういえばポルトガルでは今日40℃ですって」と、温度計の華氏(105℉)の目盛りをさして教えてあげました。その人はホリデーだったら105℉でもうれしくて屋外を歩き回るそうです。

 

...前置きが長くなりました。写真は、カタルーニャの内陸都市ジローナGirona の伝説的名所、ジローナのメスライオン像 El Cul De la Lleona です。「また今回は説明抜きで何なんだ?」と思われた方もいるでしょう

暑いのがひときわ苦手で、暑い時に暑い南欧なんかに行くのがイヤだった私です。

それでも美しい街並みとまぶしい日差しに心が躍って気温34℃の中、積極的に歩き回った、カタルーニャ旅行最後の日の高揚感を思い出しました。

たしかに猛暑の中、見なれた英国(近所)をほっつきまわる気力は皆無ですが異国の風景の魔法...はたしかに効いていたようです。

中世の城壁の上をかなり歩いたあと、大聖堂わきの小さな広場のバーで一休みしました。

その時は暑さがたたってかなりくたびれていました。

息子がスマートフォンの観光案内ページを私に手渡して「もう一か所、どこか見てみたいところある?」と聞いてくれたので、サッと見て、「これ。ここからすぐに行けるところだったら見てみたい」と石の柱にへばりついたマヌケな顔をしたライオン像の写真を指差しました。

中世のライオン像のおしりにキスした人には幸運が訪れるという伝説があると書かれていました。

中世の頃からジローナを訪れた人は必ずキスしていくいわくつきの、由来はナゾだという奇習です。

動物の古いオブジェとへんてこりんな土着の奇習が大好きな私が見逃すわけにはいかない現地に来るまで知らなかった名所です。

あら、びっくり!なんてラッキーなの!?「 今いる場所から30m」とGPSの電波が教えてくれていました。

「あれ?」と横を見れば、30mどころか、私たちが座ったテーブルから10歩ぐらいのところに全く目立たない石の柱と知って見上げないと絶対に目に入らないマヌケ顔のライオンがいました。

観光案内ページには読者が投稿した、ライオンのおしりにキスする自分の写真が何枚か掲載されていましたが、この高さでどうやって...? 

身長190cm のうちの夫を無理やりそばに立たせて写真を撮りました。

肩車でも無理ですね、アクロバットのように肩の上に立てば何とか可能です。

カタルーニャ語のみで「ライオン像のおしりにキスするの禁止」と書かれているらしい(ライオン像がカピバラのように表現された図解入り)立て札がありました。

だから、どうやってキスするのって言ってるのよ...

帰国して、改めて観光記事の写真をいくつも見てビックリ、納得。パンデミック開始まではライオン像の下に鉄の段々が備え付けてあったのです!

コービッドで「キス禁止」になり、とりはらっちゃったんですね。

観光案内ウェッブページには「中世の石像」と書かれていたので、そんな貴重な考古学資料にキスなんかしていいものかという強い疑問がありました。吹きさらしなのも荒っぽすぎますし。

そういえばコロナウィルスが蔓延するなか他人が口をつけた場所にキスする是非なんてそういえば、思いつきませんでした。

「キス禁止」立て札を撮った上の写真を拡大してみたら、行って見た時には気が付かなかったカタルーニャ語の説明に、各国共通語の covid 19 という単語があるのを見つけました。

観光客にキスさせるためのこのライオン像はレプリカだそうです。もともとこの場所にあったというオリジナルは11世紀のロマネスク彫刻で、現在は博物館で展示中だとか。なるほど、納得。

息子が見つけた観光案内ウェッブサイトには「ライオンのおしりにキスした人には幸運が訪れる」と書かれていましたが(諸説あるようです)実際は「ライオンのおしりにキスした人は再びジローナを訪れることができる」が正しいようです。

帰国して、いろいろな観光サイトを見て確認しました。

もっと涼しい時にでももう一度、ぜひ行きたいジローナ!大聖堂の中も旧ユダヤ人街も見なかったものですから。キスしてくればよかったですね、あ、禁止でしたのでもちろん無理でした(第一、高すぎます)

カタルーニャ語で(!)由来が書かれた銅板には絶対にライオンには見えないライオン像の復刻浮彫がありました。

手でなでなでした人がいかに多いかがツヤツヤ度で判明する、復刻レリーフのライオンのお尻です。

 

暑さが少し落ち着いた来週あたりからまた少し出歩いて、ストックポートやマンチェスターなど地元の話題を拾ってみるつもりです。

 

 

 

 

 

 

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カタルーニャの古い街、ジローナを思い出す昨日と一昨日の英国の暑さ、それでも気温は30℃以下

2022年08月12日 08時00分00秒 | ヨーロッパ

英国に熱波再来!昨日と一昨日は、以前からの予告どうりの「猛暑」でした。

(ご無沙汰しています。コンピュータ―が不調で記事の更新が億劫になっています)

...写真はすべて、7月のジローナ Girona 、スペインの自治州カタルーニャの古い街です。

カタルーニャの首都、バルセロナに5日滞在した最後の日に日帰りで行ってきました。

今日は前回の続きで、オニャル川を越えたところの大聖堂のある旧市街です。

 

ここ英国北西部も今日は日中最高気温が29℃、真夏日でした。南東部は30℃を超えたはずです。

夏が涼しい英国に住む多くの英国人は、夏が暑ければ暑いほどうれしいのです。

灼熱の太陽にさらす素肌のジリジリした感触、汗で皮膚が潤う感触、身体のほてりなどの身体感覚がぞくぞくワクワクするほど好きなのです。

夏にわざわざ南欧の暑い国々に旅行に行くのが人気です。「避暑」という概念はあまり発達していないような...

日本人の私は、暑い時のスペイン旅行はできれば避けたかったのですが、夫の暑い時に暑い場所に行く熱望があまりに強くてまあ、なんと言うか押し切られたようなものでした。

とにかく、私たち夫婦は前回7月の3日にわたる熱波到来の時には、もともといつも夏が暑いカタルーニャにいました。

暑さではたしかにかなり消耗しました。

イングランドの自宅にいれば、比較的すずしい屋内にとどまっていたはずなのですが、やっぱり観光に訪れた異国では気持ちが高ぶって歩き回るしかないですよね。

自国にいてもめったに経験できない暑い夏の到来に、わざわざ外で活動的に動き回る英国人が多数いたのももっともです。

今回の熱波を喜んでいる英国人は実はとても多いはずです。

海辺の海岸の観光地など「書き入れ時!」とはしゃいでもいいはずなのですが...

繰り返し放送されるニュース番組では真夏日を楽しむ各地のようす...などの楽しそうな映像は今回、影を潜めていました。

先月の熱波で800人以上が亡くなっていますし、昨日、一昨日の二日間にお年寄りを中心に大勢の人たちが熱中症で病院に搬送されています。

深刻な水不足や、異常乾燥による自然火災や、農作物へのダメージが懸念されています。

夏の間は乳牛を放牧して青々と茂った草を食べさせるのが慣例の英国の酪農家は、この夏は草地が茶色く枯れてしまってウシに食べさせる草がない!と深刻な危機を訴えていました。冬のために備蓄している干し草のストックを今食べさせてしまうと、冬の飼料が底をつくそうです!ウシも脱水症状になります!今のところ、イングランド南部の一部の地域だけのようですが。

昨日、高い垣根沿いの日かげをたどって歩いて行ったコンビニエンスストアでは2週間前までは1ポンド30ペンスほどだった牛乳が1ポンド78ペンスにまで値上がりしていました。

コンビニエンスストアと診療所行き、近所の人を訪ねて日かげで立ち話...と1時間ほどの近所の外出は思ったよりも快適でした。気温は高かったものの(といっても、日本の人に笑われる...30℃以下ですが)微風が絶えなかったことと、日かげの涼感と日なたの乾いた暑さのメリハリがなかなか心地よかったのでした。

そうそう、日本と違って湿度があまり高くないというのもすごしやすさを決定する要因かもしれませんね。

さて、話とんで7月のジローナです。

私たちが行った日の日中気温は34℃前後。海岸の町、バルセロナよりも北西の内陸部に位置するジローナは蒸し暑さも加わって不快指数の高さもひとしお...でした。

暑かったのはともかく、とても楽しく過ごせました。

11世紀から18世紀にかけて改築増築を繰り返してきたゴシック様式のジローナ大聖堂と...

 

 

大聖堂のまわりの中世にタイムトリップしたような(観光ガイド本のような定型文句で恐縮です)古い狭い街並みで有名です。

 

もともとは古代ローマ人が築いたという中世の城壁が残っています。

現存の城壁はかなりの部分が1960年代の修復のようですね。

カタローニャ語の解説表示がありましたが、もちろん読めません。まあアラビア数字の年号ぐらいは解読できたので勝手な想像です。

城壁の上をぐるっとひと巡りできるのもジローナ観光のおススメのアクティビティです。

いちばん上の写真は、城壁の上から撮った大聖堂と旧市街です。

絶景でした。とにかく暑い日に、日かげの全くない高い城壁の上を歩く苦行はむしろ爽快でした!

赤っぽい、レンガ風タイルを貼ったツルツルした壁面が20世紀の修復部分のようです。

古い部分の写真がありません。(今回の旅行ではあまり写真を撮りませんでした)

暑いだけではなく、上がったり下りたりの重労働です!時々通過する塔の入り口付近では涼風が渦巻いていたりで、快適なスポットも確かにありました。

それにしても年中解放されている無料の観光名所なのにベンチや日よけが全くない...

もしかしたら、ホームレスが居座らないようにわざとかな...?

景観の美しい中世の都市ジローナには、意外なほど多くのホームレスがいました。

バルセロナに住んでいる息子が言うには、冬にも氷点下まで気温が下がることがない南欧はホームレスにとって住みやすい場所らしいのです。暑い夏には体力を消耗しないよう日陰でじっと寝そべっていればいいのです。

ジローナではゴミ箱をあさっている人はいましたが物乞いしている人は皆無。なんだか胸が痛む光景でした。

ちなみに、バルセロナのホームレスは物乞いに熱心でした。詩(?)を暗唱したりお貰いを受ける缶の前にそれぞれ朝食、昼食、夕食、大麻(スペインでは違法ではありません)と書いた札をならべたり、教会の前で聖母に捧げるお祈り(?サンタマリア )をエンドレスで唱えていたりで、芸が細かいのに感心したものです。

ベンチや日かげがなくたってホームレスは地面に寝るのは平気です。ホームレスが居つくのをとめる手立てはどうやらなさそうですね。

ホームレスをなくすには社会保障の充実、失業問題や住宅問題の解決などなど政治的なむずかしいことにも取り組んでいかなくてはなりません。それができないのに、「ベンチや日よけなどでホームレスを快適に過ごさせてやってたまるか!!」というスタンス丸出しの...観光地の姿勢にはなんだか殺伐とした雰囲気を感じます。

...いえ、本当にホームレス排除の目的かどうかはわかりませんけど(私の勝手な想像かもしれません)。

川沿いの景色のいい場所でそばのレストランの従業員らしい人が木製の肘掛け椅子に座ってタバコを吸っていました。店から持ってきた休憩用の椅子かな、と思ってよく見たら地面にそえ付けられた1人用の「ベンチ」でした。

ホームレスが寝ころべないように座席にひじ掛けが2本渡ったベンチが世界中で増えているという話を聞きますが、1人がけ用のベンチなんて初めて見ました!...ホームレス除けと思って間違いないですよね?他にもいくつか見かけました。

ジロジロ見たわけではありませんが、ジローナのホームレスにはスペイン国民ではなさそうな見かけの人が多かったです。不法入国で出稼ぎに来て失業したのに帰れなくなっちゃった...? 出稼ぎ先として人気の英国や日本では強制送還措置があるようですが、ほっておく国も多いと聞きました。社会保障の恩恵にもともとあずかれなかった人たちかもしれません。移民問題とかややこしいことも絡んでいそうです。

ギラギラした太陽光線と美しい街並み、ジローナの楽しい思い出に影をさす唯一の悲しい疑問でしす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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英国も暑くなりそうな気配アリ。暑かった南欧に話題が戻って、カタルーニャの古い街、ジローナ

2022年08月09日 06時14分46秒 | ヨーロッパ

あいかわらず、涼しい日が続く英国の夏です。

おっと、写真は私たちが行った時に気温が35℃を超えた、スペインの(というかカタルーニャの)古い都市、ジローナ Girona に行った時の...もう半月近くも前のものです。

今週の半ばから、英国の南西部では30℃を超えるヒートウェーブ(熱波)の到来が予測されています。

日照りによる水不足も心配されており、数年ぶりの「ホースパイプ・バン hosepipe ban(ホースを使った芝生の水やり、洗車などの禁止令)」がおもに南部の数か所ですでに出ています。

...と言ってもここ、北西部ではたびたび小雨が降ったりやんだりで、水不足の実感はありません。先月の、北西部でも34℃を超えたという歴史的な猛暑の時、私たちは普段通りに暑いスペインに行っていたのでした。

さて、ジローナです。

5日滞在したカタルーニャ(完全に独立をあきらめていない、国家をなのるスペインの自治州です)の首都、バルセロナから日帰りで行ってみました。

バルセロナの中心駅、バルセロナ・サンツ Barcelona-Sants 駅からフランス方面行きの電車で1時間20分ほど。

駅周辺の風景にちょっとびっくり。

一階が店舗やオフィスになっている中層階のコンクリート住宅が道路沿いにズラッと並んでいて、日本みたい!な光景でした。

駅前のロータリー、タクシー乗り場や、彫像のある小さな広場まで日本の新興都市計画にそっくりでした。

ちょっと歩いて商店街を抜けると、有名なオニャル川沿いのカラフルな住宅群が目に入ります。(上の写真3枚)

多くは20世紀初頭にたてられた、建築史上たいして重要な建物でもないようなのですが、戦後いっせいに外壁を塗り替えて楽しい景観を作りだすことに成功したようです。

川の外側の新市街がわにある名所、Placa de la Independencia (革命広場)の...

(バルセロナでも見かけた、悲願の独立の象徴の黄色いはたきのような房が電灯から下がっています)

エアコンが効いて涼しいレストランで軽い昼食を食べました。

よく空いていたので、川に面した席に案内してもらえました。窓を開けて対岸のカラフルな住宅群の写真を撮りました。

たしか、この☝写真に写っているフラットのバルコニーのうちのひとつだったと思いますが...全裸で日光浴する若い女性が見えました。バルコニーの柵の内側にねそべっていたようですが立ち上がった時にアッという光景が食事をしている私たちに提供されたわけです。

おおらかだなぁと思いました。

有名なジローナ大聖堂の高くそびえる鐘楼がカラフルな住宅群の向こうに見えています。

 

とても有名な観光名所だという...

赤くてハデな鉄の橋, 通称エッフェル橋(英語でエイフェウ・ブリッジ)カタローニャ語で Pont de les Pexateries Velles、「古いサカナやさんの橋」だそうです。

パリのエッフェル塔の設計者、ギュスターブ・エッフェルが設計した名建築!言われなければそんなにたいそうな物件にも見えないのですが...

橋の中ほどで左右と頭上の赤い鉄格子ごしに背後のカラフルな建物を写し込んでセルフィーを撮るべき場所のようです。

渡り切ったら建物を四角く切り取ったアーチ部分に出ました。抜けたらにぎやかなショッピングエリアでした。

川に面した側はカラフルに塗り分けてあるのに、ショッピングエリア側は、ごく普通のグレーでした。一階はズラッと店舗になっていました。

橋を渡ったこちら側は、大聖堂を中心に発達した中世の街並みが入り組んだ隘路沿いに残る旧市街です。

続きは次回に。

ジローナはとても興味深い場所でした。

 

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昔から暑い夏には一般人に水を飲ませる公共サービスがあった暑い国事情、デザインも良し

2022年08月02日 08時00分00秒 | ヨーロッパ

酷暑のバルセロナから肌寒い英国に帰ってもう、11日です。

以来、ずっと涼しいのはよいのですが、夫のコービッド(コロナウィルスの感染症)が終わった頃にちょうどひいてしまった風邪の症状が長引いています。

そういうわけで(?)帰国の2日後にスーパーマーケットに夫婦で買い出しにいってから一家全員、一度も外出をしていないのでした。

気候の急激な変化のせいで風邪をひいた私がうつしたのか、娘も風邪をひきました(やれやれ)

私と娘は夫のコービッド陽性判定後3回ホームテストで検査をしていますがいつも陰性です。夫は土曜日に陰性結果が出たので、我が家はもうクリアです!風邪をひいているだけです!

予告した観光の話題ではなく、バルセロナの昔ながらの給水設備...昔ながらの堂々とした銅製の水飲み場 public water fauntain の写真をいくつか撮りました。

実はもっともっとたくさんあったのですが。

古典的なモチーフの、童子のおちんちんから水が出るデザインの水飲み場がたしかにあったのです!写真を撮っておかなかったのが悔やまれます。

たくさん見かけた街灯とのドッキングです。

給水栓と水受け盤が4セットの豪華版です.

いちばん上の写真; てっぺんに「アロエの鉢」がのっかっているのを見た時はおもしろいと思ったのですが、よくある南国調の古典的デザインでしたね。

すごく強い光が当たって撮れた写真が判然としなかったため、いろいろ小細工(エディティング)をしてみました。

水飲み場にふさわしい、ギリシャ神話風のイルカとトライデント(ポセイドンが持っているさすまた)にサルの生首が刺さっている?まさか。夫は「サルだ」と言い張ったのですが。

たぶん海にまつわる神話がらみのモチーフでしょうが、不気味です!

右側の青いプラスチックのボールはイヌ用にイヌ好きの親切な人が用意したのでしょう。(イヌ用のボールは他にも見かけました)

 

カメにまたがる童子(動物虐待?)

カメと童子のお尻です。

 

ものすごく暑かった内陸の町、ジローナGirona の2頭のライオンのうちの1頭の口からじょぼじょぼと冷たい水が出っぱなしになっていました。

スペインと言うかカタルーニャですね(私は事情をあまり知らないながらも独立の悲願を支持する側です)を旅行中、飲み終わったミネラルウォーターのプラスチック瓶を水筒がわりに持ち歩きました。

コンビニエンスストアで買ってホテルの冷蔵庫に保管した大びんのミネラルウォーターを毎日 水筒がわりのプラスチック瓶につめて外出しました。この日はすぐに飲み干しました。

このライオン君から水の補給をしました。実は旅行中利用した屋外の水飲み場はここだけです。ホテルの水道水はごくかすかに薬品の味がしてマズかったものですから、水飲み場の水を飲む気にはなれませんでした。安全だそうですが。

ここの水は冷えていたので、とてもありがたく飲めました。味の良しあしはあまり気にならなかったような...何しろ暑い中を歩いてきたものですから。

おなじくジローナの古い商店街にあった1838年の年号入りのイルカのレリーフ付きの水飲み場です。蛇口から流れ出る水を口で受けて飲む息子です。

屋外の水飲み場は、そういえば英国では本当に見かけません。何しろぜんぜん暑くないものですから需要がないのかもしれません。

「喉が渇けば紅茶かビール」が文化の国柄もあるのかもしれません。

「英国の水は硬質で沸かさないと飲用に適しない」という説もよく聞きませんか。ロンドンはじめ、英国南西部を旅行した日本人の間では通説らしいですね。(事実なのでしょう)ここ、イングランド北西部の水は軟質でとてもおいしいのですが。(話がそれました)

英国でもここ10年ほど、給水設備を設置する駅や病院や図書館などの公共の場所が増えています。小さい蛇口をひねるとひっくり返した大きなガラス瓶からぼこっぼこっとアワがたち、使い捨ての紙コップ1杯分の水がおりてくる機能的な設備です。「水が健康に良い」といわれ始めて以来のことです。

道行く人すべてに無料で飲み水を供給する昔からの文化がある暑い国とは背景が違いますよね。

日本の公園にも水飲み場はたいていありますね。やはり暑い国ならではの公共サービスなのでしょう。ただし、日本の機能的水飲み場はこんなに美的な工夫がない!

そういえば日本の水飲み場の水の出る口は必ず飲みやすいように上を向いていますね!

スペイン、じゃなくてカタルーニャで見たものはすべて普通の水道のように下向きでした。

直接口で受けるのではなく、カップかボールで受けて飲むことを想定しているからではないでしょうか。

もしかしたら各家庭に水道どころか井戸もなかったずいぶん昔の共同井戸の名残のような物件なのかもしれません。水飲み場として機能しているので、各家庭に水道がひかれた今も利用され続けている、とか?

バルセロナの水飲み場は古そうなものと比較的新しそうなものが混在しているようです。

古いものは水道設備が整う前から井戸水でもくみ上げて給水していたのでしょう。

 

息子が住んでいる通りの3面水飲み場は感傷的な「花売り娘」の銅像付きです。

背景はビール酒場です。

左側に、フラッシュを使ったために白く飛んでしまったいかがわしい電光看板があります。

フラッシュなしで撮ったストリップ劇場の看板です。

英国では、たとえどんなに場末の繁華街でも女性のヌードが看板になって公共の目にさらされるということは絶対にありません。バルセロナは歴史と文化を誇る国際観光地なのですが!驚くべき話です。

話がどんどん飛びますが、同じく息子が住んでいるいかがわしくて楽しそうなこの通りの不愉快な名前のレストランというか、スナック・バーです。

 

こうなったらついでです。同じ通りの始まりにはバルセロナのガウディ建築めぐりには見落とせない

Palau Guell という正面が一見、無機質で地味な歴史的建築物があります。入る機会はありませんでした。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

スペイン語、というかカタルーニャ語の表記に欠かせないアルファベットの上につく「テンテン」とか「イモムシ」とかアクセントをつけてこのブログに表記する方法が分かりません。

わかり次第現地語表記を書き直すつもりです。

 

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やっぱり載せるバルセロナの観光写真、涼しすぎる英国の夏に風邪をひいて家にこもり思い出すスペインの暑さ

2022年07月31日 08時00分00秒 | ヨーロッパ

風邪をひいています。一家全員、家にこもっています。

コービッド Covid 19 (コロナウィルスによる感染症)に感染してちょっと辛い症状が出ていた夫はその後のホームテストの結果陰性です!あいかわらず軽い風邪の症状と倦怠感があります。

夫の陽性結果が出て以来3回検査した私と2回検査した娘はいつも陰性...もう外に出てもいいはずなのですが、私の「風邪の」症状はけっこうしつこいのです。

熱が出ましたし、ひき始めからずっとのどが痛くて...「本当にこれ、風邪か?(コーヴィッドではあるまいか)」と不安になることしきりなのですが。症状がその時は出ていなかった娘に近所の薬局に現在有料の(1セット £3-99 もします)テストキットを買いにやらせ、検査をした結果です。

そうそう、今日の話題は、スペインの、というよりカタルーニャの首都、バルセロナです。

英国に帰国して一週間以上もたつ今バルセロナの話はやめるつもりでした。ちょっと見てもらいたい写真は後で書くネタが枯れた時にでもボツボツ出そうかな、と思っていたのですが、コービッド患者と同居、そして風邪のため家にこもり切りで何も話題がありません。

...というわけで、バルセロナの観光名所です!

一番最初の写真は、サンタ・マリア・ダル・マル教会 Basilica de Santa Maria der Mar の屋上部分からの眺めです。

屋上というか、屋根のふち伝いの建築当時からあった、ぐるっと歩けるようになっている(メインテナンスや換気のための)スペースを整備して観光客用に開放した場所みたいです。

海や山が望める遠くの絶景も素晴らしかったのですが、すぐ周りの古い建物の屋上の、テーブルやハンモック、大きな植木鉢に広い日よけ布..など屋上庭園を眺めおろすのが楽しかったです。

50年以上かかって教会の建築が完成したのは1383年。その後、数百年ジワジワとアメーバが増殖するように教会の周りに発展した中世の町です。狭苦しいごちゃごちゃたて込んだスペースで優雅にアウトドアライフを楽しむ工夫が素晴らしい!

屋上より低い、クレーレーストーリーという中二階(と言っても高いけど)のような高さのテラスです。

由緒のある教会のすぐ目の前にある(上の写真参照)この平べったい建物は罰当たりなことにセックスショップです!

内部の拝観と屋上に上がるセットの入場券に10ユーロ(1362円)払いました。

正面の左右両側にそびえるこの塔の内側が屋上に上がる細い筒状の螺旋階段なのですが、教会内の階段入り口は係の人に聞かないとどこにあるかわからないぐらい目立ちません。何も表示がないし!!一本がのぼり専用もう一方が下り専用でした。

教会とセックスショップ(とカフェ)にはさまれた教会前広場はとても狭いので普通のカメラレンズやスマートフォンのカメラでは教会の全容を写真にとるのは難しいようです。

観光写真やガイドブックの写真は魚眼レンズか何かを使って撮っているのではないでしょうか。

教会の中も外も、ものすごく暑かったです!

物凄く暑い体験をもうひとつ...いえ、旅行中どこに行っても暑かったのですが、この日の日中気温は34℃でした。

息子の住む通りからゴットゴットと斜めに上がるケーブルカー Funicular de Montjic が出ています。それに乗って山の中腹まで行ってサボテン園を見て行こうかということになったのですが、結局もっと上まで行ってみたくてロープウェイにまで乗っちゃいました。

サボテンの好きな私のために計画してくれたようなのですが、サボテン園まではかなりの距離を歩いておりて、結局町まで1時間の歩きになるそうなのです(暑い日に絶対無理です)

ロープウェイからの眺めはおっかなくもありましたが最高でした。

いちばん暑い時刻に頂上に到着したようです。

公共交通機関が好きなだけ利用できるパスを持っている息子はケーブルカーもよく利用しています。別料金がかかるロープウェイは今回私たちに付き合って初めて乗ったそうです。

スケートボードのコミュニティ仲間はケーブルカーで中腹まで行ってその後頂上まで歩き、そしてスケートボードでなだらかなぐるぐる迂回道をゆっくり滑り降りてふもとの町まで帰り着くそうなのです。

いいなぁ。私もスケートボードがやりたくなりました。30年若くてバルセロナに住んでいたらきっと始めていたでしょう。

山(というほど高くはない、実際は丘ですね)とふもとを結ぶなだらかでゆるい坂道を飛び越えるように長い滑り台がいくつも設置されているそうです。そのうちのひとつを試してみたかったのですが、お好み焼きの鉄板のように熱くなっていました!いえ、そんなに下まで降りてしまったら暑いダラダラ坂を登って戻るのが一大事なはずです。スケーターたちは滑り台をスケートボードで滑り降りるそうです。(いいなぁ)

頂上の見晴らしは思ったほどよくなかったですね、木がびっしり生えていて見通しが今ひとつ...

頂上までロープウェイで上がる人の目的(のひとつは)モンチュィック城 Castell de Montjuic です。入場料が1人9ユーロかかるのでちょっと躊躇していましたが、トイレに入りたくなったので入場しました。

ちょっと下りたところに屋外カフェとトイレがあると息子が教えてくれたものですから行ってみたら閉まっていました!入場料を徴収する史跡アトラクションにしかトイレがないって最低の観光地です!ブツブツ言ったものの...

でも、まあ...入場料を払う価値はありました。ダメもとで年金受給者証明書を提示した夫と、27歳以下だったかな、年齢割引きのある息子は3ユーロ値引き料金を払いました。中途半端に若すぎてかつ年を取りすぎた私だけ一般料金を払いました。

 

城といっても中世の古城ではなく軍事上の要塞ですね、18世紀の建築だそうです。

暑い暑いこの回廊に囲まれた階上の中庭に出るまでどこも冷房完備、トイレも清潔でした。

兵舎だったらしいこのアーチの内側の回廊の小部屋は軍事資料やバルセロナの歴史の展示室やカフェやトイレや物置やらに使われていました。いずれも冷房完備!(物置は入ってみなかったので知りませんが)

 

そしてここでも(!)回廊の上の広大な屋上から絶景が楽しめました。港が近くて驚きました。

やっぱり暑かった(!)ので四隅のチェスの駒(キャッスル)のような見張り塔からわずかに伸びた陰に人が集まって休憩しちゃっていました。

バルセロナの話はもうやめるつもりだった...なんて言っておいてけっこう話すことがあるものです。

なぜか絶景を楽しむことになってしまった、バルセロナの観光名所、この他にもまだあったのでした。以下次号。

夫のコービットは知りませんが、私のこのしつこい風邪は、気温が30℃を超える酷暑のバルセロナから毎日気温が16℃前後の肌寒い英国にいきなりかえって来たことと関係あるのかもしれません。

私は寒い方が暑いよりずっと我慢できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ついに感染、バルセロナ土産のコロナウィルス!バルセロナの光景いろいろ写真多数

2022年07月27日 08時00分00秒 | ヨーロッパ

先週5日間滞在したスペインのバルセロナ Barcelona の街並みその他の雑多な写真を並べてみました。

1;

 

おもな話題は夫のコービッド感染とヨーロッパの感染拡大防止対策です。

最後に、のせた写真の簡単な説明文をまとめました。

2;

 

帰国したその翌日(土曜日)、夫に風邪の症状と倦怠感がでました。

一昨日(月曜日)、念のためにパンデミックの終わりごろ無料で配布しまくっていたコービッド Covid19 (コロナウィルスによる感染症)の検査キットの残りで検査しました。

陽性でした!

私は陰性でした。ワクチン接種が完了している人が感染する割合は30%前後だそうです。

3;

検査キットが無料で手に入らなくなった今、症状が治まれば陰性になるのを確認せずに外出、出勤する人も多そうです。

検査キットが無料で大量に配布されていた頃は自宅でのこまめな検査が必須でした。それでも後のほうになれば家族や同僚などに感染者が出ても本人が陰性でありさえすれば、自主隔離する義務はなくなっていました。大勢の国民が一家そろって自宅にこもれば社会の動きがとまっちゃっていますものね。

4;

 

コービッド、ありがたくないバルセロナ土産です。

夫は帰国前日に「喉が痛い」と言いました。冷房をつけっぱなしで寝たせいだと思っていたのですが、コービッドにすでにかかっていたのでしょう。

5;

 

バルセロナは世界中からの観光客でほんとうにいーっぱいでした。

スペインも多くの欧米諸国と同様、入国の際に自国の国民保健機関が発行した「ワクチン接種証明書」の提示を求めています。

私たちもスマートフォンに入れて持参したのですが、空港で誰にも見せろと言われませんでした!!

英国に帰国時にも審査なし!

 

6;

 

7;

.

ミクロン株は変異を続けて感染力を増しているらしいのですが、危機感はあまりありません。

ワクチン接種がいきわたった今、感染が拡大しても重症化したり死亡したりする人はとても少ないので、「パンデミック」は終わったことになっているのですから。(感染拡大はとまっていないのにもかかわらず)

 

8;

 

現在は空前のホリデー(旅行)・ブームです!

2年間の自粛の反動でパンデミック前より国内外を旅行する人の数が増えています。人の移動をとめる動きはなさそうです...まあ、気にしなくていいんでしょう。どうせ国内で一定数の人が新変異株に感染しちゃえば、人の移動をとめても感染拡大はとまらないでしょうから。

9;

 

10;

観光地(例;バルセロナ、英国内でも同じでしょうね)のようすがパンデミック前とは激変していることに気が付きました。

どこの観光地にもものすごくたくさんいた中国人観光客が皆無でした!

もちろん、日本人もいません!私のように欧州在住の中国人、日本人もいたのかもしれませんが、見かけませんでした。なぜか若い韓国人は数か所で見かけましたが。英語が堪能だったので英国か欧州のどこかの国の留学生かもしれません。

韓国人の男女カップルは日よけに折り畳みの雨傘をさして歩いていました。わざわざ暑い南欧に来て日傘をさして歩いているのはひどく往生際が悪く感じました。

 

11;

 

私が英国に来た30年前は、東洋人観光客のほぼ全員が日本人だったのですが、ここ10年ほどの間に人数では完全に中国人に負けています!

日本人観光客は同じ小さなお土産を大量に買って、しかもひとつひとつ小袋に入れてもらうのが特徴でした。観光地で何度も見かけています。そんなことをする他国の観光客は皆無です。

 

12;

 

日本は今、コロナウィルスの持ち込み阻止のための入国制限が物凄く厳しいらしいですね。

出国前72時間以内のPCR検査で陰性判定がでないと出国がかなわないとか...?意味がなく、旅行者の行動を無駄に制限するだけの決まりに思えるのですがっ!!

いくら出国直前に陰性確認されても航空機の中で感染しちゃう可能性は大きいですよね?乗り継ぎがあれば(例えばマンチェスター出国だと日本行きにヨーロッパでの乗り継ぎは必須)よその国の空港で世界各国の乗り継ぎ旅客と長い時間接点を持つことになるのですが!

「水際対策」って...もうどうせ国内で感染はじゅうぶん広まっている今、必要ないはずです。(しかもワクチン接種がすすむ前にオリンピックやったくせに!?!)

 

13;

 

14;

 

夫は一昨日(月曜日)、熱がでたことと持病への影響の心配があるため、国家保健省の運営する相談センターに電話をかけ、地域のGP(何でも診てくれる総合登録医師)と連携してサポートしてもらう体系を用意してもらいました...何かあった時のために。

夜に腹痛も始まったので心配で ストックポート日報 の更新がかないませんでした。(言い訳)

 

15;

一晩明けた昨日(火曜日)はかなり復調して、起きて朝食を食べました。その後ベッドで一日過ごし夜にはまた起きてテレビで女子サッカーのヨーロッパ杯を観戦しました。

微熱と咳がまだあります。夫が「もう手に入らない検査キットを症状もないのに使うのはもったいない」というので一度しか検査をしていませんが、私も娘も症状がありません。

ワクチン接種の効果は絶大です!

誰もコービッドにかかったことがない私たち一家は周りではなかなか稀有な存在でしたが、夫がついに感染体験を果たしました!

 

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19;

 

バルセロナでは地元住人のほとんどが地下鉄でマスクをしていました。

英国の私の周り(マンチェスター近辺)ではバスや電車に乗る時にマスクをする人はもうほとんどいません。

写真について

1;バルセロナで一番古い教会、カタロニア・ゴシック様式の美しい教会、サンタ・マリア・ダル・マル  Basilica de Santa Maria del Mar の正面両脇にそびえる鐘楼2本のうちの1本が狭い通りの向こうに見えています。

3;ガイドブックで見つけた、アール・ヌーボー様式の建築物がまとまって残る通称「黄金地区 Quadrat D'Or」めぐりの途中でみかけた建物の上の金属の雲、だそうです。19世紀の建築物と現代アートのコラボレーションのうちのひとつです。

4;バルセロナではスケートボードが移動の手段として人気です。国際的なスケーターのコミュニティがあることも子供の頃からの熟練スケーターの私の息子がバルセロナに移住するのを決めた理由の一つです。最近は免許も登録も不要なため英国でも安全性が問題視されている電動のスクーターも増えています。バルセロナでも事故のトラブルが絶えないそうです。息子たちスケーターから「怠け者め」と軽い顰蹙を買っています。

5;きまった場所に乗り捨て自由の、公営の貸し出し自転車が人気です。息子もたったの30ユーロ!!で年契約しています。観光客向けの賃貸自転車もありました。目的地まで狭い道を素早く行ける自転車が観光向きかは疑問です。私はキョロキョロ周りを見てまわりたいものですから。英国では現首相ボリス・不誠実・ジョンソンがロンドン知事時代に普及させた、市内乗り降り自由の環境にやさしい自転車貸出し制度が全国に広まりました。「ボリスのバイク Boris's bike」として、無能首相の知事時代のお手柄を記憶する愛称で親しまれています。バルセロナでなんと呼ばれているのかは知りません。

6;Passig de Gracia という、パリのシャンゼリーゼのようなデザイナー・ブティークがならぶ大通りで、歩道にニセ・グッチ、エルメス、ベルサーチ等のバッグを堂々とならべるバッタ屋です。香水博物館 Museu del Perfum (有名なガウディ建築、Casa Batlloと隣接)の外。3年前に来た時はバッタもの露天商が海岸通りに数百軒ズラーッと並んでいましたが、警察の取り締まりが強化されたとかで、現在海岸からは姿を消しました。...この場所でやる方がよっぽどいい度胸です。

7;中世風(19世紀末の建築)の細部が美しい香水博物館の入り口パティオです。(入場はしませんでした)

8;9;考える牡牛像と、太ったネコ像。たくさんあった彫像の中で特に気に入った2点です。ネコの立派なタマタマをまんなかに息子とセルフィーを撮りました。

10;住人のほとんどが賃貸アパートメント住まいのバルセロナでイヌを飼っている人がとても多いのが驚きです。息子も保護センターから引き取るつもりでさがしています。仕事の間、お友達とシェアしている狭いアパートメントに残していくのはかわいそうではないか、と聞いたら職場と自宅の行き来は頻繁にできるのでしょっちゅう連れ出せるし、遊びにも連れていくのでだいじょうぶ、ということでした。たくさんの地元住人が平日の昼間にイヌを連れて歩いているのを見かけました。なるほど、長い休み時間に自宅に帰ってイヌを連れ出していたみたいです。

11;12;観光地の表通りに洗濯物...英国では考えられない光景です。この通りすべてがこんな感じでした。

13;中近東からの移民が多いエリアの八百屋さんの店先です。食料品を扱う個人商店は移民家族の経営が多いみたいですね。選択物干し通りも中近東、南アジア系の移民が住んでいるエリアでした。

14;サンタ・マリア・ダル・マルの展示エリアにあった、中世の薫り高い美しい聖母子像ですが由来がどこにも書かれていません。勝手にさわってもいい場所にありましたし。なんだろう?「ご本尊」らしい聖母子像はちゃんと祭壇に奉られていました。

15;サンタ・マリア・ダル・マルの床石にたくさん刻み付けられていたマンガのような、子供のラクガキのようなどくろマークのひとつです。床下には教会寄進者の遺体が埋葬されています!踏んで通るとバチが当たるような気がします。どくろマークは「死を忘れるな」を意味するマジメなシンボルなのですが、場違いにフマジメに見えます。

2;16;17;同じアーティスト(tiny)による、たぶん依頼があって制作されたわけではない、素人のタッギング (自分の名前を残していくラクガキ行為)ですよね。かわいいので見かけるたびに写真を撮りました。

18;19;もうバルセロナ中、ラクガキでいっぱい!タギングと言われる殴り書きの多くは見苦しいモノばかり。立体的などくろはけっこう工夫があるなと思って写真を撮りました。ずっと同じところにとまっているわけではない電車の車体のラクガキはちょっとすごいです。息子が、1人1色(ペイントスプレー1本)担当の「人海戦術」で停車時間の5分以内に描き終わる一部始終を目撃したことがあるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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先週の欧州の熱波、英国の記録破りの高温、その時私は暑いのが普通のスペインにいた

2022年07月24日 04時16分03秒 | ヨーロッパ

夫と二人で先週17日(日曜日)から5日間、現地に根を下ろして仕事をしている息子がいるスペインのバルセロナに滞在しました。

写真は時系列に関係なく、バルセロナ風景を散りばめてみました。今回は珍しくあまり写真を撮りませんでした。

 

その間に更新された ストックポート日報 の記事4本は、出国前に予約投稿しておいたものです。

そういうわけで、世界的ニュースにもなったらしい英国の、記録に残る灼熱の3日間(17日、18日、19日)は国外にいました。

ストックポート日報に暑さに関する記述がないな」と思われた方もいるでしょう。

 

暑くなることは承知で、ネコといっしょに留守番の娘に観葉植物とトマトの鉢の水やりをしっかり頼んで出かけました。

南欧スペインでは、30℃超えの真夏日はごく普通です。暑さは覚悟の旅行です。

実は例によって、大多数の英国人と同様「暑い時にはできるだけ暑い場所に行きたい」と熱望する夫の希望でほとんど嫌々...スペイン南岸都市によりにもよって真夏に旅行する羽目になったのです。

バルセロナに到着した昼過ぎには英国の中南部では気温40℃の、国家始まって以来の(!)記録破りの暑さになりました!ここ北西部でも34℃を超えたようです。

30℃でニュースになる、夏が涼しい英国では冷房設備を備えた家庭はほぼ皆無です。

真夏の4~5日間を中心に「エアコン稼働中」が売り物のスーパーマーケットやレストランもあるにはあるのですが、数が限られています。「夏は暑くて当たり前」で、店や職場、公共交通機関や多くの家庭も冷房完備の南欧や日本と違って英国では逃げ場がありません。

冷房の効いたホテルの部屋で、英国のヒートウェーブ(熱波)に関するスペイン語のニュース番組を連日目にしました。スペイン本国はじめヨーロッパ各国の大規模な自然火災も大ニュースでした。

涼しい午前中の英国からひどい暑さのバルセロナに到着した日の午後、私は町を少し歩いて軽い熱中症になりました。

日本に20代半ばまで住んでいた私は夏の暑さには慣れているはずなのに、なぜか異常に暑がりなのです。

古い建築物が建ち並ぶ、バルセロナ名物の幅の狭い日かげの多い通りを選んで歩いたにもかかわらず、暑さがこたえカフェで座ることにしたのですが、冷房の効いた屋内の席が良いと主張する私とパラソルや木の下なら外でもいいだろうという、夫と意見が対立しました。

 

 

最初と2回目は私の主張をとおして冷房の効いた屋内に、たった1時間の間の3度目(視界の開けたヨットの停泊場まで出たら日光を遮るものはありません)にはパラソルの下の屋外に座ることを承知しました。夫が「外、外」と主張するからです。

 

そこで意識がもうろうとして、安くはないミネラル・ウォーターを2本飲み干しました。日かげのテーブルで少し休んで、ホテルまでまた日かげの道を通って帰り着き、途中で買った2リットルの水を飲み干し、水風呂に入って一休みして...何とか回復しました。

私が暑がりなのは知っていた夫ですが、いつもは頑健な私の健康に暑さが本当に影響を及ぼすことをぼんやり理解したようでした。

「イングランドは今、もっと暑いんだぞ」とも言われましたが、「イングランドにいたら出歩かないで家にいる!」と言い返しました。

持病があって近ごろ活動的ではなく、生まれも育ちもイングランドで肌の色の薄いうちの夫が、暑いと異常なほどテンションが上がって張り切るのが何年たっても何とも理解できません。

暑いのが...本当に嬉しいらしいのです。暑さを本気で感じたいらしいのです。

まあ、典型的な英国人の行動/心理なのですが...今年の熱波の3日間、国内で844人が暑さによる症状で亡くなったことを帰国後に知りました。(暑さで貯水池に飛び込んでおぼれ死んだ少年などは数に含まれていません)

今年の夏に、「テンションが上がって張り切るのは実は危険だ」と学んだ英国人も多くいたことでしょう。

政府は「不要不急の外出を避けて家にいるように」と勧告していたらしいのですが。まるでパンデミックの再来です。

私は、2日以降は暑いのには閉口しましたが体調を崩すこともなく、こまめな水分補給と休憩を心がけて旅行を楽しみました。

スペインでは、暑い午後の3~4時間は休憩(シエスタ)、夜は8時、9時近くまで仕事をする習慣が長く続いたそうです。

冷房が普及した現在、さすがに日中の休憩の習慣はだいぶ廃れたと聞きますがそれでも、いまだに夏の夕食は午後9時、10時が普通です。

到着日は仕事を終えた息子が(夫と、午後休んで回復した私と)合流して手近な観光客目当てのこぎれいなレストランで食事をしました。カタロニア名物のタラと、スペインで調理師をしている息子はなぜか、観光客向けの定番、パエリャ...

以下、写真は本文と呼応します!

 

2日目の夕食は、息子の案内で格安のアフリカのカレーです。

日本でも暑い夏にカレー、はおなじみですよね。

カレーなどの香辛料のきいた料理ははインド、アフリカ、西インド諸島、タイなど暑い国で発展しています。英国はそれらの多くの国の宗主国だったのに、なぜか暑い時に辛いモノをたべて汗をかいてすっきりしよう!という発想も今ひとつ理解できないようなのです。

スペインでは、夏にカレーは大人気だそうです!(話がワカる!)

ベジタリアンの夫はトマトベースの赤いカレー、私と息子はホウレンソウと牛肉の黒っぽいカレーを食べました。

牛肉のカレーはコーンビーフの風味がかすかにしました。小さい骨がついた上等でない部分の肉を非常に長い時間をかけてトロトロになるまで煮込んだ自分では絶対に作れない料理です!

私が飲んだのは、なつかしいショウガ味の「冷やし飴」をもうちょっと苦くしたようなジンジャー・ジュースです。

英国では牛肉を使ったカレーは食べられないものですから、ちょっと変わった味覚体験でした。

インド、パキスタン系の移民が経営している英国のカレーレストランでは宗教上のタブーのため豚肉、牛肉を使った料理が出てくることはありません。

日がかげり(まだ十分明るいのですが)、日中の厳しい暑さが和らいだ夜の10時近くに、地元の人たちが辛いカレーとビール目当てにゾクゾクと集まって来て、広場にテーブルとイスを集めたアフリカ料理レストランは大盛況でした。

イヌ連れもいっぱい。

特筆すべきはこの広場奥の...

児童公園に家族連れ(場所柄か、アラブ、アフリカ系の家族が多かったような)もゾクゾク集まって来て、ビールとカレーで歓談する大人たちの声に混ざって楽しそうな子供たちの歓声も聞こえてきました。

10歳以下の子供は7時か8時に寝るのが当たり前、夜の9時過ぎに子供を外に連れ出すなんて「虐待」扱いされかねない英国では考えられないシーンです。

スペインでは暑い真昼に小さな子供を外の公園で遊ばせるのがそもそも「虐待」扱いされかねないそうです。

バルセロナの住人はみんな町の中の小さめのフラット(アパートメント)に住んでいるものですから一日一回元気いっぱい外で遊ぶ機会は子供たちにとって貴重なはずです。

4日目、夫がホテルそばのバーで女子サッカー選手権ヨーロッパ杯、イングランドvsスペインの試合を見ているあいだ、サッカーに興味のない私と息子は、息子の英国人のお友達と行き当たりばったりで「地元の若者行きつけ」らしいバーに入って話をしました。

 

2人のお友達はいずれも息子がスペインに移住した直後、ブレクシット完了直前にすべり込みセーフで仕事を見つけて永住権を得ています。

憧れの暑い国で仕事をしてなおかつケアフリーなアウトドアライフを満喫するという夢をかなえた若者たちです。

2人とも毎日毎日暑いのに、暑いのがありがたくて暑い時には外に出て暑さを楽しまなくてはもったいないと無理をした経験があるそうです。しばらくたってふと、「そうだ、自分は暑い国にもう住んでいるんだ、暑さはいつでも楽しめるんだ」ということに気が付いて暑い時に外に出なければもったいない、という考え〔北西ヨーロッパ人特有の強迫観念〕を切り捨てることができた...と言っていました。

暑いのが苦痛で暑いと不機嫌になる私にそんなことを言ったことがない息子も、実は同じような考えだったようです。

暑い日と涼しい日、雨ふりで肌寒い日が交互に来る英国と違って服装に悩まなくてよい...などバルセロナの酷暑礼賛を楽しく納得して聞きました。

私は夏が毎日暑いのはそれでもイヤです。ゴキブリもよく出るそうですし。

海辺のそばの冷たい蒸気の煙が出る発煙筒です☟。素晴らしい工夫です!これ、日本にありますか。

 

ちょっと歩いてみた砂浜の海岸の暑いこと暑いこと!

海水に足を浸して500mほど歩きました。

トップレスで背中を上に向けている女性が多数いました!汗と日焼け促進剤の甘い香りでむせ返るような臭いのスペインの砂浜です。

マンチェスターに帰った金曜日は雨降りで気温が17℃前後でした。本当にほっとしました。

バルセロナの写真がもう少しあります。以下次号。

 

 

 

 

 

 

 

 

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リスボンにもあった、へんなもの。せっかく撮った写真なので載せきることにするリスボン最終回

2019年10月24日 09時00分00秒 | ヨーロッパ
リスボンで撮った写真がまだあります。(たぶんこれで最後です)

古い建物が多く残る街の古い建物に多いのがこれ......


どういう事情でか、窓がふさがれています。
建築物が建てられてから長いことたつ間に内部の間取りが変わったとか、イギリスのように「窓税」がかかるのを避けて塗りこめたとか....

なんだか上の写真の大規模な「窓の痕(あと)」らしき現象はあとから塗りこめたようには見えません。
窓の中に貼り詰められたポルトガルの建築物の典型的な装飾タイルが周りの壁と全く同じでした。

もしかして、最初から窓なしで建てて、それでもバランスなどを考えて窓のあるべき一に窓枠(窓もどき)をずらっと配置した??

私が勝手に作り上げた「窓もどき」説に関しては、2年前のイギリス南西部の観光地バース Bath の記事を読んでください↓

窓もどき!天下の悪法、窓税が作り出したへんてこりんな建物の数々  バース  10


これは規模が大きいです。


これは、何らかの事情があって広場に面した窓をすべて後から塞いだようです。

堂々としたみっともない塞ぎ方です。
屋根の部分から張りだしたドーマー窓まで塞がれています。

同じく古い建物にしばしばみられる「高所ドア」


二階の高さよりちょっと低いぐらいの位置に、たぶん外から出入りできるよう階段付きの独立した出入口があったのでしょうね。
ハトがとまっている戸口の下に明らかに突き出した床があった形跡が見うけられます。

二階の出入り口を廃したのに、戸口も塞いじゃったりしないで扉や窓の保存状態もカンペキに保っておく律義さが気に入りました。

イギリスではおなじみです。


改装補修中の足場の覆いにビルの外観の実寸イラスト付き!イギリスでは写真版をよく見ます。
さすがは国際観光都市!都市景観への配慮が行き届いています。

リスボンについて最初に撮った写真がこれです。


縛り首用の「首吊り縄」そっくりな地下鉄のつり革。
皮製ではなく、金属でした。

そういえば、私がイギリスに来たばかりのころ、ロンドンの地下鉄にはつり革の代りに黒い硬いゴムの玉がバネの先についてブルブル揺れていましたっけ。
手のひらにスポッとおさまる握り玉、慣れないと不安定でした。

ロンドンに行く機会はそうそうなく、いつ現行のプラスチックのトライアングル型にモデルチェンジされたのか記憶がありません。



イギリスではめったに見ることのないナプキン・ディスペンサー、スペインとポルトガルではたいていのカフェのテーブルに設置されています。


一枚ずつ簡単に引き出せる清潔で実用的な優れもの、すべてビール、コーヒー、清涼飲料などのメーカーのロゴ入りです。
中身のナプキンにも一枚一枚ロゴが印刷されていることもあります。

納品業者がサービスでくれるのでしょうね。

「自分の肖像(自社ロゴ)入りのカップからおいしそうにコーヒーを飲む歯抜け男」キャラクターが気に入りました。

広場に並べたテーブルに長居したのですが、背後の古い建物のカフェに入ってお手洗いを使いました。

入り口上部のアーチに、「自社ロゴ入りのカップからおいしそうにコーヒーを飲む歯抜け男」のレリーフが彫り付けてありました。


ブラジル産コーヒー会社の直営店?
あるいはカフェの開店祝いに業者が外装もサービス、ついでにあまり優雅ではない歯抜け男の宣伝モチーフも残していったとか?

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リスボンの写真がまだ出てきた....タイルとモザイク、古典柄の連続模様はリスボン名物、アートバージョンも存在する

2019年10月22日 09時00分00秒 | ヨーロッパ
昨日に引き続き、「リスボン写真」の復活です。


どうせだから、テーマに沿って出し切っちゃいます。




ポルトガルの建築物のどうやら定番装飾アイテムらしい外壁を覆いつくすタイル

上の写真3枚は、あまり保存状態がいいとも思えない現代タイル作家の落書き調タイル作品(伝統のマヨルカ焼き風にも見えます)。

うーん。
オリジナルのタイルが破損したとか剥落した、とかで修復が難しかったりすると思い切って斬新な現代アート風タイルに貼り替えちゃったりするアイデアもいいかもしれません。

貼り変えちゃったならメインテナンスをちゃんとすればいいのに、と思いませんか。

遠くて、はっきりしませんね....


上の写真のたてものの上階は、タイルが剥がれて、(あるいは意図的にはがして)ほっておくとこんなにボロボロでしょぼくなる、見本です。
一階の一部にかろうじてタイルが集中して残っています。

街の中心にも「タイルの剥がれたボロボロ外壁」建築をけっこう見かけました。

街の中心からちょっと離れた場所で見つけた、剥がれた部分に張り付けた手描きのタイル柄のコピー。


元のタイルを忠実に復元してカラーコピーしてもしょぼいものはしょぼい。
どうせなら開き直っていかにも「どうでもよい」処理にしたところが感心です。

きれいなタイル貼り建築のごく一例。





かなり長い間広場に並べたカフェのテーブルに居座って楽しませてもらったストリート・ダンサーの写真です。


帽子がまわってきた2回ともお金を入れて賞賛の意を表しました。


写真をのせたポイントは、モザイクの敷石です。
バスキング(大道芸)の人気スポットらしい広場の、彫像を中心に放射状に広がる黒い敷石を配置したモザイクの古典模様がとても美しかったのです。

モザイクの敷石はリスボンの名物のようでした。
歩道や広場はどこもすべて敷石です。

敷石舗装がしてある車道もありました。
ちょっと広めの道路の歩道にはすべて違う柄の黒石モザイクがほどこされていました。

一見、表面に張り付ける石のタイルのようにも見えますが実は違いました。
修復待ちの掘り返された石片が道端に寄せられているのをところどころで見かけましたが、上が平らな「抜けた歯」というか、楔形の深く地面に刺さる形状でした。

最初に配置するのは異常に大変そうですが、補修は案外らくちんかもしれません。
破損したり抜けたりした部分だけ小さな石片を差し込めば元通りになるのですから。

ファンシー雑貨ショップ、ALE HOP のマスコットのウシを撮った写真です。



滞在したホテルのそば、の取り壊し待ちのぼろビルを囲む塀に....


....ずらっと貼られていたデフォルメされた似顔絵が興味深くて写真を撮りました。


いずれも歩道のモザイクに注目!

9月にリスボンで大道芸フェスティバルがあったようです。


このポスターが気に入りました。



石だたみの歩道と車道とタイルに覆われた建物と「ストリート・アート」とはとても呼べない落書き壁と....





.....一方通行の狭い通りの車道に埋め込まれた敷石の、車輪の重みがかかる部分がくぼんで(地面に深く食い込んで)いるところが興味深いですね。


パリではとてもたくさん見かけたデスマスク(?)タイプのアートを一件だけ、見かけました。



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またか、リスボン?テジョ河畔の謎のアート活動

2019年10月21日 09時00分00秒 | ヨーロッパ
9月のリスボンの写真が忘れた頃に突然登場。


テジョ河 Rio Tejo の川岸です。

大西洋(写真の右側)にそそぐ、砂浜がある大河です。


義援金(?)を要求するバケツを設置していた砂パフォーマンスアーティスト。


賽の河原に....





麻原彰晃....?


二枚上の写真を見てください。
右手のコンクリートの柱に川岸を歩く人の目にとまるように白いペンキで「 PAPA RESPEITO PAZ AMOR 」と書かれているのが目に入りました。

こんな顔をした、誰かのお父さんが亡くなった慰霊行為の表現なのかと思ったのですが...(papaという文字が目に入ったので)

帰国してからグーグル翻訳でチェックしてみました。

ポルトガル語でpapa はローマ法王の意味らしいのです。「尊敬、平和、愛」。

説明も慰霊のろうそくなども義援金箱もなく、何かの表現行為なのは間違いないのですが、謎です。

この4つの単語はセットになって書かれることによって何かの意味(特にカトリック関係の?)を持つのでしょうか。
ご存知の方、教えてください。

私たちは旅行先でもお互いの写真を撮りあう、ということをめったにしないのですが、鏡や明るい場所のガラス(外の光景が写り込みます)があれば私が熱心に「なかよしセルフィー」を撮ることにしています。


右から3枚目の鏡面ガラスに写っているのが私たちです。

コメント (3)
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リスボンから乗り合いフェリーで河を渡って対岸の町へ...またまた行ってしまった眺望スポット、奇妙な宗教モニュメントも拝観

2019年10月03日 20時03分58秒 | ヨーロッパ
リスボンで訪ねた究極の眺望スポット....


...にある巨大キリスト像、クリスト・レイ Cristo Rei(王、キリスト)



リスボンの、河を見下ろす どの景観スポットからも右手(川下)に大きなつり橋(4月25日橋 Ponte 25 de Abril)と一緒に遠目にもはっきりと、両手を横に水平に上げたキリスト像が見えます。


☝左端の塔の上に十字架のようにみえるのがキリスト像なのですが、スマホで読んでくださっている方には判別できないかもしれません。

町の中心の川岸からは もうちょっとはっきり見えたのですが、残念、写真を撮りませんでした。

キリスト像が立つのはテジョ河対岸の河口に近い、アルマダ Almada という都市の丘の上です。

実は、巨大キリスト像なんて特に見たかったわけではないのです。
河を船で渡ってみたかっただけです。

リスボンの観光案内所で、河の向こう側に行ってみたいんだけど、船はあるのか、と聞いてみました。
遊覧船でもあるのかと思ったのです。

20分ごとにフェリーの定期便が出ている、と教えてくれました。

リスボンから発着する向こう岸の到達点は3か所だったのですが、案内所の人は カシーラス Cacilhas 行きを勧めてくれました。

「大きいキリスト見たいでしょ?」

言われたとおり河沿いを歩いてフェリー乗り場に着くと ちょっと驚きました。
観光フェリーではなく、地元の人たちが通勤や日常の用事(買い物とか)に利用する公共交通フェリーだったのです。

フェリーから見たリスボンの町です。


静かな河の上を約15分、向こう岸につきました。

モダンなガラス張りの船着き場を降りるとすぐ目の前に市電の駅と、それなりに大きなバスターミナルがある広場がありました。
小さな灯台と、展示してある由緒ありそうな帆船と潜水艦もあります。

広場にパラソルをすき間なく広げて、テーブルと椅子を並べた魚料理レストランで昼食を食べました。

レストランの写真をのせた記事のリンクです☟

リスボンで食べたもの...その2、ポルトガル名物の新鮮な魚介料理!堪能しました...しかし!わざわざ調べて分かった!環境への影響を考え、いろいろ疑問アリ        (写真多数)


食後、広場からのびるカシーラスの目抜き通りらしい道をちょっと歩いてみました。


☝︎振り返って撮った写真です。奥に見えているのが広場です。

鮮やかな色の3、4階建ての古い建物の間の狭い石だたみの道を歩いていると、南米の田舎の町にでも迷い込んだような錯覚に落ちいりました。

なかなか楽しそうな町という印象です。
撮った写真はこれだけですが。

教会の横の、裏通りにも入ってみました。


どこもかしこも石だたみ。





しかし、何の下調べもせずにやってきたカシーラスの町なかで見るものは他には見当たりません。

(帰国後調べてみたら、美しい砂浜がある河口の海水浴場、橋脚への遊歩道や 古い僧院まであるちょっとした観光スポットらしかったのが わかりました)

やっぱり、ここまで来て見に行かないわけにはいかない、キリスト像。

バスの案内所で直通バスがあることを聞いて 行ってみることにしました。
乗り合いバスで約20分、始発のターミナルから乗り合わせたのはすべて終点クリスト・レイ目当ての観光客ばかり。

船着き場とバスターミナルのある広場を抜けるとバスは ぐいぐい急な坂を上がり続けます。

観光地ではない、普通の街なかのバスから見える景観は生活感たっぷりでとても興味深かったです。

車道も歩道もガタガタ石だたみです。
道の両側には中途半端にモダンで見栄えのしない、1960年代、70年代風のすすけたコンクリートの高層住宅ビルがぎっしりたっていました。

日よけ布を張り出したベランダには洗濯物がいっぱい...

帰り道は歩道ぎりぎりの細い横道を抜けるルートに変わり、人々の生活をもっと身近に目にすることができました。

路上に椅子を数客並べたバーで昼間からビールを飲む観光客ではない地元の人や、間口の狭い商店、戸口の階段に座っておしゃべりを楽しむお年寄り、などなど。

坂の途中のちょっと立派な噴水のある小さな広場の前でバスが停車しました。
噴き上げる水に青藻がいっぱいわいてまるでバスクリンみたい、しかも広い水盤にたまった水はふちにドロドロ泡を吹く茶色い水垢が吹き寄せられ、キタナいことこの上なし。

メインテナンスできないなら噴水を止めればいいと思うのですが。

古い美しい街に生活感が垣間見えた時、「旅情」を感じるものなのですが、バスの行きかえりに見た なんだかショボくて貧しげなアルマダの生活感は…ちょっと違います。

いえ、この町の風景のショボさは日本でもイギリスでも おそらくその他どこでも よく目にする、ごくありふれた程度です。

でもヨーロッパ有数の国際観光地、リスボンに旅行中、しかもリスボン観光の目玉の一つとして知られる観光スポットへの移動中に目にしちゃったというのが…なんだかちょっぴり後ろめたい気分にさせられました。

目的地の高い丘の上には観光バスがたくさん とまっていました。

キリスト像だけではなく、広大な敷地一帯が宗教施設のようです。
カトリック教徒の巡礼の人も観光バスを連ねてやってくるようです。

景観に統一性を持たせるためか 植えられているのはすべて同じ樹齢のオリーブの木ばかり。
キリストの時代のパレスチナ....? か何かに見えるよう意図していると思うのですが。




像の土台は、コンクリートのカッコつけすぎ現代建築。


巨大な鉄の十字架が、てっぺんにキリストをいただくカッコつけすぎ現代建築に向かってドカンと配置されています。


見た時に「この中途半端な角度は何かな?」と思ったのですが、後で写真を見て気がつきました。
キリストがゴルゴダの丘を登った時に担いだ十字架の角度では?

それなりの尺度の(カッコつけすぎ現代建築の上に立っているキリスト像はめちゃくちゃ大きすぎます)キリストが中腰で下にかがめる角度だと思います。

透明人間に担がれた十字架が配置された素晴らしい眺望スポット!


向こう岸がリスボンです。

独裁者サラザールが独断で建設、1966年に開通し、自身の名前を付けさせた(サラザール橋)壮大なつり橋、「4月25日橋」が見下ろせます。



1974年の革命でサラザールが政権を追われると革命勃発を記念する「4月25日橋」に改名されました。

橋のたもとで通行料金を徴収するようです。
車の長い流れが料金支払いゲートで止まってまた動き出すところをしばらく上から観察しました。

カッコつけすぎ現代建築の中は、いかにもカトリック教会好みのモダンで抽象的な内装の 立派な礼拝施設になっていました。

キリスト像の足もとの展望台にも もちろん上がりました。
(建物の中に入ってみるまで上まで上がれることに気がつきませんでした)

料金を払って7階までエレベーターであがり、ぐるぐる回る階段を3階ほど上がって、吹きさらしの展望スペースにたどり着きました。

静かに流れる大河と河の向こうにキチキチとかたまるリスボンの町...絶景です。


(スマートフォーンで写真を撮っても撮れた写真のスケールの小ささにはいつもがっかりさせられます。だから撮ったのは上の一枚だけ)

写真を撮るのが嫌いなうちの夫は旅行中、たった一枚だけスマートフォーンで写真を撮りました。
両手を広げて王国に人々を迎えるポーズの(だと思います)キリスト像を見上げたところ。



無新論者のうちの夫は自分で撮った下から見上げたキリスト像写真をスマートフォーンのホームスクリーンの壁紙写真に使っています!

風がビュービュー吹き付ける展望台にあがったとたん、大音量で流れているステレオ効果抜群の荘厳な聖歌が聞こえてきました。

信者を敬虔な気持ちにさせる効果は抜群でしょう。

信仰のない私たちはウッと吹き出したいのをこらえました。

キリストの立つ足もとの台に世界各国語で...


...というメッセージが刻まれていました。

「神は愛なり」と文語体で書いてほしかったです。


1959年に除幕されたこの宗教モニュメントを建造させたのはやっぱり当時の独裁者、サラザールだそうです。
有名なブラジルのリオ・デ・ジャネイロの巨大キリスト像、「贖い主、キリスト」からインスピレーションを得た(というよりマネ、自分が支配する国の首都を見下ろす立派な宗教像が欲しかったんですね)そうです。

観光客の多くは両手を広げた「はりつけポーズ」でキリスト像と一緒に記念写真を撮っていました。

ありきたりで恥ずかしい(インスタグラムに投稿してたりするともっと恥ずかしい)...というか、信仰のある人もけっこう来ているみたいなのに、罰当たりな感じです。

このカップルは大はしゃぎでした。


はりつけポーズのみならず、キリストの背後でぬかずく聖人のモダン彫刻のポーズまでマネする彼氏の写真を撮る彼女。
それを写真に撮る私。










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やっぱり行ってみたリスボンの観光地、その2 ヘタさにあきれるタイル絵で飾られた、絶景が楽しめる静謐な修道院

2019年10月01日 21時45分37秒 | ヨーロッパ
昨日の続きです。
サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ修道院 Mosteiro de São Vicente de Fora(城壁の外の聖ヴィセンテ修道院)。



17世紀初めに完成したマニエリスム様式の建築物ですが、修道院の基礎が築かれた12世紀の建物の一部が、ところどころ残っています。

資料の展示室にもなっている上階の小部屋いくつかは、とってもロマンチックで、「ここは本当に修道院?!」といった雰囲気です。





すぐそばの、蚤の市が開かれていた広場や通りは身動きもできないほど観光客でいっぱい。
町中、どこを歩いても人だらけです。

観光シーズンの国際観光地、リスボンですから。

しかし、この修道院のこの静けさは何ごと!?

入場料5ユーロは決して高くありません。

国際的な観光地、リスボンの名所としては実は知名度はいまひとつらしいですね。
私たちはあまり感心しなかった、英語のガイドブックおススメの蚤の市を見にここまで坂を上がってきたついでに近くなので寄ったというわけなのです。

青タイルで装飾された壁で有名だというふれこみにひかれて。

ベレンの塔のある、世界遺産、ベレン地区にある ジェロニモス修道院 Mosteiro dos Jerónimos がポルトガルで最も有名な修道院らしいですね。

シーズン中には観光バスが何台もとまり、入場するのに列に並ぶと聞きました。
私たちはそっちの方にはいきませんでした。

このサンビンセンテ、案外、穴場かもしれません。

規模はジェロニモスよりはずっと小さそうですが見るべきところはとてもたくさんあります。

まず、(繰り返しますが)青タイル!

ポルトガル第二の都市、ポルトPorto の大聖堂のクロイスターで見た愉快な青タイルのヘタ絵の写真をたくさん載せた記事のリンクです☟
ポルトの名所、大聖堂

美しいクロイスター(雨ざらしのアーケードに囲まれた中庭)....


...の周りにびっしりタイル絵。





建物の中、ほとんどの壁に生活感あふれる人々の生活が、遠近法を完全無視した風景画を背景に ちまちま描かれたヘタ・タイル絵が張り付けられています。

俗っぽいテーマ!修道院でしょ!?
もちろん私たちはタイル絵の揚げ足取りに夢中になりました。

お尻をつついてたり....


子供とイヌを巻き込んでの大ゲンカ。


弦の切れたバイオリンと野球のバット(?)で殴りあい。

夫はより目とガチャ目探しに集中していました。(顔の真ん中でタイルが切れている顔はほとんど両目の焦点があっていません)


獲物はウサギですよね。大きさと体つきが....


お祈りするウサギ。


階段エリアは絵のヘタ度が一層極まっていました。


同じタイル工房のグループが場所ごとに装飾デザインを担当したのかもしれません。



階段の途中にドアを設ける必要があったためにタイルをはぎ取って壁にペンキで(タイル絵のヘタさを踏襲して)元通りの絵が復元されていました。


何かの文化財か何かだと思うのですがいいのかな?

それにしても、代々国王の菩提寺としての役割を果たしてきた修道院だということなのに、もうちょっと絵の上手な職人を集めるわけにいかなかったのでしょうか。
絢爛たるルネッサンス文化の後、爛熟したマニュエリスム美術の時代なのに。


クロイスターの周りの一室が何気なく豪華な装飾でびっくりです。


すべて、色の違う石をはめ込んだ象嵌装飾で壁も床も柱も飾られていました。


天井は彩色!

ポルトガルの、このタイルに絵を描いて建築物に張り付けることへのこだわりは一体何なんでしょうか。





この修道院の観光上の売り物は、鐘楼に上がる階段の途中で出ることができる、微妙に斜面がついている屋上からの眺めです。


一般の人はここでおしまい、鐘楼のてっぺんには上がれません。





少し下に見えている白亜のドームは Igreja de Santa Engrácia(教会)です。
この教会の周り一帯でこの日は蚤の市が開かれていました。




テジョ河にはデッキ上にたくさんのスイミングプールがある巨大なクルーズシップが数日停泊していました。




屋上の壁に柄ものタイル(あまりもの?)を無秩序に集めて張り付けたスペースがあって、やっぱり装飾チームの美意識にいろいろ疑問がわきました。





ついでです。
リスボン観光の目玉だというサン・ジョルジュ城 Castelo de São Jorge にも行ってみました。




ガイド本によれば、修復しすぎで賛否両論、とのことですが、私はこれでいいと思います。
このぐらい修復してくれなければ、ただの廃墟です。危ないです!

やはり、見ものは絶景、ですね。


中世の城郭があった場所の高級レストランのガラスの壁で風景を移し込んでセルフィーを撮りました。



城壁に上るともうちょっと高さが楽しめます。パンク(若い女性)と夫を一緒に写しました。





なんだか眺望スポットばかり訪ねたような気がします。
実はもう一か所、究極の眺望スポットにも行ったのです。

それは次回。





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やっぱり行ってみたリスボンの観光地、到着した翌日、行き当たりばったりで見てきたもの、その1

2019年10月01日 09時00分00秒 | ヨーロッパ
リスボンには海鮮料理を食べるためだけに行ったのではありません。
行き当たりばったりでしたが、観光もしました。

テージョ河畔から、急な坂道をくねくね上りました。




無秩序にゴタゴタたて込んだ17世紀ごろから残っているものもあるという古い建物が右にも左にも。



多くの古い建物の一階が観光客目当ての通俗なお土産物屋やアイスクリーム屋などなどになっているのは当然ですが、上階には人が住んでいるのです。
観光客向きの「民宿」の看板を上げているドアもありましたが。

洗濯物や、よく手入れされた植木が窓やバルコニーの手すりから下がっていますし、サテライト・ディスクもたくさん取り付けられています。

歴史ある古い町の生活感!

強烈な旅情を感じるのはこういう小さな路地を横目に通り過ぎた時。



たどり着いた目的地は、図書館で借りたガイドブックおススメの、火曜日と土曜日に開かれる Campo de Santa Clara の蚤の市。


リスボン到着の翌日が火曜日だったので思いついて行ってみることにしました。

リスボンの中心バイーシャ Baixa の東、河畔から坂のてっぺんにあるサン・ジョルジェ城までの間の地区をアルファマ Alfama といいます。

そのアルファマの中心、急な坂道の中ほどにある、白亜のドームが美しい Igreja de Santa Engráciaという教会の周り一帯を「聖クラーラの野原」と呼ぶらしいのです。
その(野原ではなく)広場と広場から広がる急な坂道の両側いっぱいに露店が並んでいました。



生活感あふれる不用品市(と掘り出し物)を期待したのですが、発展途上国製の工芸品や地元作家の手作りアクセサリーや革工芸、専門の業者が出品するセカンドハンド品が多く、商業的でかなり期待外れでした。



☝木と木の間にテジョ河が見えています。
この辺りは展望スポットでもあるのです。


すぐそばのIgreja de São Vicente de Fora(城壁の外の聖ヴィセンテ教会)と 隣接するMosteiro de São Vicente de Fora(城壁の外の聖ヴィセンテ修道院)に行ってみました。(ガイドブックのおススメスポットです)



目当ては修道院でしたが同じ敷地内にある教会にも立ち寄りました。

多くのポルトガルの教会同様、清楚な白い外観(写真がありません、残念)にかかわらず内部はけっこうゴテゴテしています。



ルネッサンスやらマニエリスムやら混合様式のけっこう建築史上重要な建物なようです。

バルセローナの大聖堂でも見かけた、各聖人を奉る個別の廟がいくつも身廊の両側にありました。
聖人の名前が書かれた募金箱がそれぞれに取り付けられていて....


(☝よく知られたアッシジの聖フランシスコと聞いたことない聖 Bras ...調べました、聖ブラシウス、やっぱり知りません...が募金箱をシェアしています)

「聖人 人気コンテスト」のようでした。

「どの聖人が一番たくさん募金を集められるか?」

バルセローナの大聖堂でも、もっとずっと大規模に「聖人 人気コンテスト」が繰り広げられていました。

この「聖バルバラ」はコスプレ・マネキンまで導入してコンテストに力が入っているようです。


しかもキリストの強力な友情出演まで...

私はいくらでも見ていられたのですが夫が飽きたというので、本命の修道院(下の写真の壁の向こう)に移動します。



(☝写真の階段のてっぺんが教会の入り口です)

修道院の中庭のブーゲンビリアが花盛りでした。





9月の半ばに南国の花の美しいディスプレイが見られて最高の気分でした。




なんだか長くなってしまいました。

城壁の外の聖ヴィセンテ修道院については次回に....


「城壁の外の」というのは名前の一部です。「de Fora」は「外の」という意味だそうです。

期待外れの蚤の市やついでに入った教会の写真までゴタゴタ載せてリスボン記事を引っ張っているような気もしてきました。

例年になく暖かいイギリスの秋ですが、朝夕は次第に冷え込むようになり、一昨日この秋初めてラジエーター(全館暖房)を実験的につけてみました。
(昨日はまた15度前後の暖かさが戻り、朝夕も暖房なしで過ごしました)

.... そう。「冷え込んできました」意外にお伝えする特にイギリスらしい話題も今、ないのです。
ああ、日が短くなっています。


暑い日が10月になった今もつづくというリスボンの話題にもう少しお付き合いください。
















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リスボンで食べたもの...その3、環境問題 生態系維持など疑問はさておき、気取らない地元の人たちの行きつけのレストランがおススメ 

2019年09月28日 21時15分39秒 | ヨーロッパ



リスボン滞在中に夫が夕食に食べた、素朴なツナのステーキです。


(夫の着ているシャツの柄にも注目です)

昨日のストックポート日報の続きです。

ツナは、日本ではマグロのことらしいのですが、英語ではカツオやメバチも含む大きな分類上の呼び方なのだそうです。
北太平洋で捕獲され、ポルトガルでも大量に消費されているというこのツナも、ああああ....乱獲で数が激減、消費を控えなくてはならないらしい指定魚類だったみたいです!

特にヨーロッパで好んで食べられているブルーフィン・ツナ bluefin tuna (タイヘイヨウマグロ)が捕獲制限対象になっているそうです。
最近、イギリスのスーパーの魚売り場から姿を消したそうですが、私は全く気がつきませんでした。

代わりに(?あるいは以前からずっと二本立てだったのか定かではありませんが)ブルーフィンほど貴重ではない「亜種」のツナがけっこう高い値段で売られています。
お刺身で食べるわけではないので、私には味の違いが判りません。

とてもおいしかったという、夫が食べたこのツナがポルトガルでも昔から食べられている貴重なブルー・フィンだったのか、「亜種」だったのか、今となってはわかりません。

私が食べたのはリスボンで2度目の大好物の(イギリスでは食べられない)タコ!


おじやのような代表的なポルトガル料理の一つですが、名前はまた忘れました。
具はいろいろ、やはりタコを選びました。

以前、ポルトでも「タコ飯」を食べたのですが、味が薄くあまりおいしくなかったことを後で思い出しました。

今回のこの料理は、ライスに味が濃くしみていてとてもおいしかったです!

ああぁ、よかった!タコは規制が今のところ全くないようなのです。

大量捕獲には向いていないので、絶滅危惧にもなりにくいらしいです。

以上、この日の夕食はリスボン中心の、古い街並みがごちゃごちゃ残る地域にある、O Sopinhas というポルトガル料理のレストランで食べました。


実は、行き当たりばったりで午後2時過ぎの遅いおひるごはんを食べに入ったこの店がとても気に入ったのです!
散策や買い物をして、夜の8時過ぎに夕食を食べにこの店に戻ると、私たちのことを覚えていてくれたらしく、とても歓迎されました。

間口が狭く奥行きが深い、ウナギの寝床のような店内はニスを塗った板張りで1980年代風の内装です。



おひるには夫は薄く切った食パンが浸されたスープに卵が落としてある不思議なポルトガルの軽食メニュー、私はほぐしたカニや白身の魚の肉がやわらかく煮込まれたトマト風味のシーフードスープを注文しました。


二人ともあまりお腹が空いていなかったのでちょうどいい量で、しかもとてもおいしかくて値段もお手頃でした。


よその国の食文化を(しかも手ごろな値段で!)、楽しませてもらったのですから、地球環境や生物の生態系に関してくどくど言わない方がいいのかもしれませんね。


その前の日の夕食は、ベジタリアン(正式には、魚は食べるペスカトリアン)の夫がインターネットで見つけていってみたいといった、ビーガン・レストランで食べました。

予約をしたのですが、夕食時間の7時の開店前には、アメリカ人観光客が長蛇の列を作っていました。

メニューは英語のみ。テーブルには英語のアート雑誌が置いてありました。



開店と同時に席は、ボヘミアンな服装の(私が見る限り)すべて外国人観光客のみでほぼすべて埋まりました。

白い漆喰壁のおしゃれな内装で、ウェイターは白いティーシャツにジーンズの「新進シェフが気鋭の料理を提供するおしゃれなカフェ/レストラン」の世界的定番の演出で....いやな予感がしていたのです。



まあ、あまりベジタリアン食文化が根付いていないといわれているポルトガルで、ベジタリアンどころかビーガン(!)料理を食べてみるというのも一興かとけっこう興味津々だったのですが.....

(ビーガンは日本語では完全菜食主義といわれている、肉や魚どころか卵も乳製品も口にせず、革製品も使用しない極端な菜食主義のことです。
イギリスではかなり社会に浸透しています)

奥は、夫が食べたひき肉の代りに裏ごししたマッシュルームを詰めたラビオリ。


おいしかったそうですが、冷凍食品がイギリスのスーパーでは売られているメニューです

手前が、白身の魚をブドウの葉で包んだポルトガルの伝統料理のビーガン風アレンジ。

海苔で巻かれた水分を抜いた豆腐。
豆腐の使い方に興味を持って注文したのが間違いでした。

味が全くなく、海苔が生臭かったのです。
緑の葉は菜花だったのですが、茎が全く咬み切れません。

数口食べて残しました。

食べ始めた頃を見計らってウェイターが「いかがですか」と声をかけるのはイギリスのテーブルサービスレストランと同じ。
夫が「妻が好きではないと言っている」と告げたところ、若いウェイターが「Ah!」といったきり、何のフォローもなく引っ込みました。

イギリスでは不満な点を聞きだして「ほかに何か差し上げましょうか」と無料のオファーがあったり、シェフが出てくることもあり、ていねいに対処するものなのですが、どうせ戻ってこない観光客相手の気取った店の「うちの最高の味が口に合わない洗練されていない客も中にはいるだろう」といった傲慢さが垣間見える態度でした。

ビーガン料理とはこういうものなのだと納得して受け入れるべきなのかもしれませんが、なにせ、日本の食材各種を豊富につかって自信満々にマズい料理を作り上げたところにも引っかかったのです。

値段も高かったです。

おいしい食事が手ごろな値段で楽しく食べられるカフェやレストランを見わける手掛かりの決め手は何といっても地元の人が行くかどうか、に尽きますよね。
「内装がフルクサイ」のが地元の人が行きやすい店の目に見える特徴のような気がします。
おしゃれな内装じゃなくても、安くておいしくて居心地がいいことを知っている地元の常連客は気にしませんから。

リスボンに関して言えば、「つけっぱなしのテレビがある」というのも気さくなレストランの特徴かもしれません。


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リスボンで食べたもの...その2、ポルトガル名物の新鮮な魚介料理!堪能しました...しかし!わざわざ調べて分かった!環境への影響を考え、いろいろ疑問アリ        (写真多数)

2019年09月27日 21時33分29秒 | ヨーロッパ
リスボンで食べたものの話題...続きです。


あまり前回と変わり映えがしない、また魚か!?と上の写真を見て思われた方もいるでしょう。

上の写真です。
夫はサーモン、私はコッド(和訳はセイヨウタラだそうです)を注文しました。

コッドは前日夫が食べたのと同様、たっぷりのニンニクで香りづけされたオリーブ油にひたされて出てきました。

2日目、例のホテルの英語が堪能な男性に「前日とは違ういいレストランが近所にないか」ときいて教えてもらったのがこの、中途半端にレトロで庶民的な「海のマーメイド(店名、直訳)」。


やはり、入り口の横にガラス張りのディスプレイ用冷蔵庫があり、道行く人達に新鮮な魚を見せびらかして客寄せをしていました。

バーがあって、お酒やエスプレッソ・マシーンで淹れたコーヒーも出しています。


店のマスコット(?)らしい人魚の下半身がドカンとプリントされた装飾がほほえましいというか素朴だというか....絵ではなくシークエン(ラメ)をちりばめたコスプレ人魚の写真だというところもウケました。

地元の常連客がバーマンと会話を楽しんでいました。

やっぱり!!ここでもフラットスクリーンの大型テレビが音を消してサッカーの試合中継を流し続けています。


テレビはほぼ向き合って2台ありました。
どっち向きに座ってもサッカー中継が楽しめるように。

わざわざ私たちは壁の水槽の横の席に座りました。


ホテルの人が店内の「水族館」は見ものだ、ぜひ見てらっしゃいといっていました。

たしかに...食材である生きたカニやロブスター(そのうち一匹はハサミを輪ゴムでとじられていました)が活発に水底を歩き回る水槽があるレストランなんて、イギリスではちょっと考えられません。
日本では珍しくも何ともありませんが。

さて、本題です。
コッドは(ポルトガル語でバカルー bacalhau )サーディーン(ポルトガル語でサルディーナ sardinha)とならぶ、海洋国家ポルトガルを代表する魚だということはポルトガルに旅行するほとんどの人が知っています。

バカルーもサルディーナもイギリスではわりとよく知られたポルトガル語です。

ポルトガルに旅行したらバカルーか、サルディーナを食すべし!

サルディーナはポルトガルのマスコット/シンボル的存在らしく、ポルトでもリスボンでも、ありとあらゆる種類のお土産物のモチーフとして大人気でした。

大きな目のすらりと細い体形のサルディーナ、キュートです。絵になります。

3年前に行ったポルトでは干したバカルーが乾物屋や高級デリカテッセンで数多く売られているのを見かけました。

語弊のように糸で連ねて壁から壁へ渡した干しバカルーの専門店、壮観でした!
(むき出しでなんだかキタナイ感じもしましたが)

イギリスに帰国して、ふと思いつきました。
イギリスでもおなじみのサーモン、うちでもよく買って食べるのですが、イギリスで売られているサーモンはほぼすべてスコットランド産です。

日本でも鮭といえば北海道...

暑い国ポルトガルでサーモンがとれるのか?!

気になったら調べます!

ポルトガルで常食されているらしいサーモンはノルウェーで養殖されたものの輸入だそうです。
環境に対する影響が懸念される、国際的にもヒンシュクを買っている産業なんだそうで....ぎくッ!

ポルトガルの食生活のシンボル、コッドは、といえばやはりバルト海、北大西洋で採られ、数が減っている魚らしいのです。


ついでです!


フェリーで15分、テジョ河を渡った対岸のアルマダ Almada という町の Cacilhas (読み方がよくわかりません!)という船着き場のある集落のレストランで私が食べた、サーディーナの炭火焼き(バーベキュー)です。



テーブル全体が赤っぽく写っているのは大きな赤いパラソルを透かしてギラギラと灼熱の太陽が照りつけていたからです。



ちなみにこれは「半ポーション」!
私たちはあまりお腹が空いていなかったので少なめの昼食をとりました。
夫が注文したのははツナ缶のサラダです。

となりのポルトガル人のおばちゃんたちがにぎやかに食べていた「フルポーション」は、この倍以上の量でした。
お値段はあまり変わらないので、おなかが空いていなかったら、フルポーションを2人で分けるのがお得かもしれませんね。
残念ながら、夫は脂っぽい魚が好きではないのです。


「ポルトガルでサルディーナ!」
簡単に身がホロホロ骨からはずれ、しっとり脂がのってとろけるような口当たりで、ものすごくおいしかったです。

スプーンがついてきたのでスプーンで食べました。

しかし!

サーモンの出どころを調べるために読んだサイトによれば、ポルトガル名物サルディーナですら!(たしかにポルトガル近海産ではありますが)数が減っているので国際的に漁獲量を少しずつ制限していくべき魚だということなのです!

私たち夫婦は環境のことなど話題にして気にかけているほうだと思うのですが.....

楽しみにしていたポルトガルでの魚料理....本当に食べてもよかったのか!?

この件、長くなるので次回に続きます。

ずいぶん躊躇して買った、サルディーナの柄のボゥル2個。


大きさの比較のため置いたテーブル・スプーンは口にパクっと入るぐらいの大きさです。

底の円の色は黄、赤、水色、リノリューム版画と思われるサルディーナの配置も実にさまざまなバリエーションがある、手作りのリスボン産陶器です。
川沿いの比較的おしゃれな工芸品のお土産物屋数店で、売られていたのですが、値段が少しずつ違うのが不思議でした。

夫が、すべての値段を比較して一番安い店で買うべしと驚くほど頑強に主張しました。
観光客とみてぼったくられるのを異常なほどイヤがるたちなのです。

私もいやですが....

息子にはサルディーナ柄の靴下を買いました。










コメント (7)
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