憂国の花束

右でも左でも無く、上でも下でも無く。

祖国日本よ! 誇り高くあれ。

就活終了?・・小室

2022-02-28 20:42:27 | 小室
英国のタブロイド紙『Daily Mail』に掲載された小室の衝撃的ともいえる写真が一部ネットの話題になっている。
NY弁護士資格試験再試験受験中、昼の休憩をとる小室の姿を捉えたものだという。


😱 腹が・・。


😱 胸毛が・・寒くないのでしょうか。
結婚指輪外しているし・・。


😱 足下まで注目されて・・。
(以上『Daily Mail』スクショ













😐 小室にとって、就活はとっくの昔に終わっているのではないだろうか。
・・元皇族の夫という立場への永久就職? 本職・元皇族の夫?


2月28日~3月6日 ご予定

2022-02-28 16:11:40 | 公務
宮内庁は28日~3月6日の予定を発表した。天皇陛下は28日、ペルー大使とコソボ大使の信任状捧呈式に臨む 

天皇、皇后両陛下、愛子さま
2/28(月)
天皇陛下 宮殿(信任状捧呈式)

皇嗣家(秋篠宮ご一家)
3/1(火)
秋篠宮ご夫妻 赤坂東邸(日本学術振興会理事長らから説明)
紀子さま 宮邸(第26回結核予防関係婦人団体中央講習会をオンライン聴講)

高円宮家
3/2(水)
久子さま みなとみらいギャラリー(「にっぽん―大使たちの視線2021」写真展オープニングセレモニー)


😇 4月上旬の筑波大付属高校入学式を前に、秋篠宮家はどこか華やいだ空気に満ちているのではないか、と想像している。

このような御一家団欒の写真もGHQの占領政策の一環だといわれているが、
皆様自然な笑顔でいらっしゃるではないか。

振り返れば、このような家族写真を見たのは、浩宮さま礼宮様紀宮様がまだお小さいことが最後だったような気がする。

平成、令和、公とプライベートをきっちりと分ける時代に入り、皇族の日常の一端を国民に知らせる映像は全く見られなくなった。
せいぜい御用邸で静養中、地元の人々との交流映像くらいではないだろうか。
個人情報が大切にされる時代なので、仕方ないとは思うものの、御所や宮邸で、寛いでおられる天皇御家族、秋篠宮御家族の映像を拝見したい。

昭和天皇が顕微鏡を覗いたり、海岸で標本を採取されたりしていらっしゃる映像もよく見かけたが、そのような写真も出なくなったのは寂しいことです。
今上が資料を積み上げて原稿をパソコンに打ち込んでいる御姿くらい出しても良いだろうと思うのですが。




21日~27日 ご動静

2022-02-28 15:33:20 | ご動静
21日に発表されたご予定

天皇、皇后両陛下、愛子さま
2/23(水)
両陛下、愛子さま 宮殿、御所(天皇誕生日祝賀行事)

実際のご活動
(21日)
【午後】
陛下 記者会見《お誕生日につき》(宮殿)

(22日)
【午後】
陛下 ご執務(御所)

(23日 天皇誕生日)
【午前】
陛下 天長祭の儀(皇居・宮中三殿)
皇后さま 天長祭の儀に当たりお慎み(御所)
陛下 祝賀の儀《秋篠宮ご夫妻》(宮殿)
皇后さま 祝賀《秋篠宮ご夫妻》(同)
両陛下 祝賀《元皇族=代表、ご親族=代表》(同)
両陛下 祝賀の儀《岸田文雄首相ほか》(同)
両陛下 祝賀《参与ら》(同)
両陛下 祝賀《宮内庁長官、次長=総代、皇宮警察本部長=総代》(同)

【午後】
両陛下 祝賀《侍従職職員》(御所)

(25日)
【午前】
陛下 離任するスペインの駐日大使をご引見(御所)
【午後】
陛下 ご執務(御所)


御執務 週 1回 午後

秋篠宮さま、済生会式典でお言葉 コロナ禍「一層大きな役割」
2022/2/27 16:49 産経新聞
秋篠宮さまは27日、東京都港区の明治記念館を訪れ、総裁を務める「恩賜(おんし)財団済生会」の創立110周年記念式典に臨席された。

済生会は全国約400の医療・福祉施設を運営する日本最大の社会福祉法人。生活困窮者の救済を掲げ、明治44年に明治天皇の勅語(ちょくご)により設立された。



😐 お元気そうでは無い。最近写真写りが悪くなられたのかこのような映像が出ることもある。

天皇陛下 62歳のお誕生日迎えられる  

天皇陛下 62歳のお誕生日記者会見 愛子さまご成年に安堵「幸せな人生歩んで」

😁 艶々しくお元気そうで秋篠宮殿下より若々しい。
江森敬治氏は「浩宮さまは線は細いが芯は強い。礼宮さまはこわいということを知らない。」と評する。


一目瞭然・・悠仁親王 愛子内親王 初めての参拝 :メモ

2022-02-27 12:51:04 | 愛子さま
伊勢神宮
2013年3月25日


悠仁さまお茶の水女子大付属幼稚園ご卒園、佳子さま学習院高等科ご卒業、ご報告。

秋篠宮ご一家、伊勢神宮を参拝
2013年3月25日 19:34 日テレNEWS
秋篠宮ご一家は25日、三重・伊勢市の伊勢神宮を参拝された。

 ご一家は25日午前9時半頃、伊勢神宮に到着された。秋篠宮ご夫妻は正装で、二女・佳子さまは制服姿、長男・悠仁さまは紺のブレザー姿で玉串をささげた後、拝礼された。悠仁さまが伊勢神宮を参拝するのは初めて。

 今年は20年に一度、社殿を建て替える「式年遷宮」の年にあたり、ご一家は参拝に続き、建築中の新しい社殿も見学された。

*悠仁殿下が伊勢神宮を参拝された後、愛子さまが一度も伊勢神宮を参拝されていないことがネットの話題となる。

2014年7月29日




皇太子ご一家、伊勢神宮を参拝 愛子さまは初めて、式年遷宮受け
2014年07月29日 16時47分 HUFF POSTNEWS
三重県伊勢市を訪問中の皇太子ご一家は7月29日、伊勢神宮の外宮と内宮を参拝された。神宮が20年に1度、社殿を造り替えてご神体を移す式年遷宮「遷御の儀」を昨秋に終えたのに伴う訪問で、長女愛子さま(12)は初めて。



武蔵野陵(むさしののみささぎ 昭和天皇陵)

秋篠宮家の長男・悠仁さまが武蔵野陵を初参拝(13/03/15)

皇太子ご一家が昭和天皇陵を参拝 愛子さまは初めて(14/07/15)


😇   ご両家の御家風の違い、悠仁殿下と愛子さまの資質の違いは一目瞭然、でしょう。






『文春』は姉弟の“序列逆転”というが・・

2022-02-26 22:58:44 | 秋篠宮
😀 文春オンラインは秋篠宮家に姉妹の序列逆転があった、と書くが、それはないでしょう。
旧皇族身位令には明確に、現皇室典範にもそれらしく書かれているように序列は親王内親王であり、現に皇族方は様々な場面でそのように振るまわれていらっしゃいます。
秋篠宮殿下妃殿下が眞子さん佳子さまに悠仁殿下のお立場をお教えにならなかったとは考えづらい。

紀子さまは「ふさわしい」と…悠仁さま筑附ご進学と作文問題の波紋〈姉弟の“序列逆転”が秋篠宮家にもたらしたもの〉
2022/02/24 文春オンライン 佐藤あき子
<抜粋>
『秋篠宮家と小室家』(文春新書、文藝春秋編)の「はじめに」では、「秋篠宮家は悠仁さまの誕生によって、戦後初めて姉弟間の『序列』の逆転を経験した宮家である」と指摘されている。悠仁さまは41年ぶりの男子として2006年9月6日に誕生され、小泉政権下で検討されていた、女性天皇や女系天皇を含めて容認する皇室典範改正の流れは中断された。

 さらにご誕生の3カ月前には「男女双方に対する差別を禁止」という方向に大きく性格を変えた男女雇用機会均等法の改正法案が成立。「その社会的な気運の中で、眞子さまと佳子さまは姉として、現在の天皇、秋篠宮に次ぐ皇位継承順位第3位の立場の弟を迎えることになった」(同書より)という。

😐 なんだか話しを「男女同権で育った御姉妹が悠仁殿下がお生まれになって、弟を男子だからというだけで立てなくてはならなくなったことに疑問と不満を抱かれた。」というところへ持って行きたいかのような書きぶりですね。

で、姉弟の序列が逆転したという、その根拠とは?

6歳での伊勢神宮ご参拝
2013年に秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さまが伊勢神宮を参拝される際は、秋篠宮さま、紀子さま、佳子さま、悠仁さまの順番で歩かれていた。 






「姉弟関係」逆転に見えた場面
2018年6月秋篠宮ご一家は、インドネシアとの国交樹立60周年を記念したコンサートを恵比寿ガーデンホールで鑑賞された。帰国から間もない佳子さまも参加され、ご一家全員での公の場へのお出ましは4年ぶりだった。



会場に到着された秋篠宮ご一家は、秋篠宮さま、悠仁さま、紀子さま、そして佳子さま、眞子さま(当時)の順に車から降りられたように見えた。これは単に降りやすい順番なのだろうと一時は思ったのだが、出迎えた人と挨拶される場面でも、秋篠宮ご夫妻に続いて、悠仁さま、そして眞子さま、佳子さまの順に握手を交わされて建物の中に入っていった。
 ご姉妹の先を歩かれる悠仁さまのお姿にハッとして、「皇位継承者というお立場とは、そういうものなのだ」と、ともに取材をしていた記者と顔を見合わせたことが印象に残っている。

秋篠宮ご一家コンサートに 5人揃っての公務4年ぶり(18/06/24)
確かに秋篠宮殿下、紀子さま、悠仁殿下、眞子さま、佳子さまの順に入場されています。


😇 はい。皇位継承者とはそういうものなのですよ。
ちなみに現皇室典範では男性皇族すなわち親王・王は継承順位が違うだけで全員皇位継承者です。
皇室典範を知っていたら、ハッとするまでもないことです。
姉弟の序列が逆転した(だから眞子さんが頭にきたのだー)と仄めかすのは止めましょう。

生まれた時から皇位継承者である悠仁殿下が伊勢神宮参拝で佳子さまの後ろを歩かれたのは、まだ子供で不測の事態が起きたら直ぐに後ろを歩くお側の者が手助けできるようにという配慮だったのではないでしょうか。御自分でも「玉砂利を歩きにくそうに一生懸命歩いていた。」と書いておられるではありませんか。

佳子さまの前を歩いていて転んだら、佳子さまがお助けするのもお側の者が飛んできてお世話するのも粛々とした行列の進行を妨げます。一番後ろなら佳子さまと悠仁殿下の間があくだけで、行列は粛々と進んで美しさを妨げることはありません。
秋篠宮殿下以下続く皆様、伊勢神宮という場もあって神々しくさえ見えます。紀子さまの匂うような美しさ。佳子さまのお可愛らしさ。悠仁殿下の幼いながら凜々しさ。
このころの輝きがまた秋篠宮家に戻りますように。