論壇時評
中島岳志
元横綱・日馬富士(はるまふじ)による暴行事件は、いつの間にかナショナリズムの問題へと転化している。暴行現場で同席していた白鵬が、九州場所の優勝インタビューで館内を巻きこんで万歳三唱をすると、「品格」や「国技」という言葉が飛び交い、モンゴル人力士へのバッシングが加速した。矛先は日馬富士よりも白鵬に向けられる。
(中略)
能町みね子は「日本国体を担う相撲道の精神」(『週刊文春』12月14日号)の中で、貴乃花親方の民族主義が、弟子に与える影響を懸念している。弟子の一部は、ツイッターで旭日旗を掲げ、右傾化した言葉を繰り返し発している。背景には特定の新興宗教団体の影響があり、それはしこ名にも表れている。そのような貴乃花親方を「固陋(ころう)な相撲協会に立ち向かう若き正義のヒーロー」と見なすことはできないとし、「どうか有望な弟子を変な方向へ導かないでほしい」と述べている。
能町が指摘する宗教団体の代表者の書籍をひもとくと、日本を「神国」とみなし、その宗教的優位性を説く文章に出合う。南京虐殺の存在を否定的に扱い、教育勅語を礼賛している。推薦文を書いているのは貴乃花親方。「この本を読んで、わが国の素晴らしさをあらためて理解した。…先生のお考えの深さには、脱帽です」という言葉を寄せている。
戦前期の相撲は、戦時体制に向かう中、国威発揚に利用された。そのような道を、繰り返してはならない。相撲をめぐるナショナリズムの発露に、注意深くならなければならない。
(なかじま・たけし=東京工業大教授)