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悪いのは「西浦モデル」ではない。何もしてこなかった安倍政権だ 佐藤章 2020年05月05日  論座

2020年05月05日 18時25分59秒 | 時事問題(日本)
西浦教授の「接触8割削減」を突出させた安倍政権の無策
        
佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長
  2020年05月05日  論座

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韓国や台湾、中国、ベトナムと東アジア諸国が次々にCOVID19の災いから脱出し、以前の経済軌道に戻ろうとしている現在、安倍政権率いる日本では、緊急事態宣言の引きこもり生活があと1か月延びる。
 その判断根拠とされた「接触8割削減」について、首を傾げている人も多いのではないだろうか。
 個人的に言って、コロナウイルス禍以前の人との接触数を覚えていて、その接触数の8割を減らすことに努力を費やす人というのは存在するのだろうか。
 私の場合などはこの1か月まったくと言っていいほど外出していないために「接触9割9分削減」と称しても間違いない。(佐藤章ノート『私はこうしてコロナの抗体を獲得した』参照)
しかしその反面、テレワークなどはできず、外出しなければ仕事にならない人もたくさんいるだろう。そうなると、これ以上の努力を求められた国民は一体何をしたらいいのだろうか。
 そして、このような社会状態は当然、事前に予想できたはずだ。予想できたにもかかわらず、抽象的な「8割削減」を繰り返し、そのことを第一の判断材料にし続けてきた。
 結果的にあと1か月の引きこもり生活を強いられるわけだが、この政治判断が引き起こす国民個人の生活に及ぼす影響、飲食店などが中心となる街の経済への甚大な影響、そして日本経済への強烈なダメージといったものについて、安倍政権は厳しく責任を問われなければならない。
 ともすれば「誰が政権の座に就いていたとしても同じ結果になるはず。安倍首相だけが無能だったわけではない」という安倍首相擁護論が聞こえてきそうだが、事実はまったくそうではない。

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単純な「線形」でできている西浦モデル
 
 「接触率を減らすと全体が減っていくということが私にはわからない」
 こう首を傾げるのは、大澤幸生・東大大学院システム創成学科教授だ。人工知能の研究や社会ネットワーク理論をバックボーンに複雑なマーケティング理論や自然現象の変化説明手法を開発し、現実の場に応用する研究を進めている。オリジナルモデルを開発して多様なデータを経営などの意思決定に生かす「チャンス発見学」を提唱、経営者の注目を集めている。
 いま「首を傾げ」と書いたが、それは正確ではない。大澤教授は私の電話取材に応じ、教授がモデルとしているネットワーク社会のあり方を説明してくれたからだ。「接触8割削減」に疑問を呈したからと言ってスマホの向こうで首を傾げたかどうかは私にはわからない。
 「普通、Aという人がBという人と、それからCという人と接触していきますね。政府の専門家会議はこれを8割減らしていけば感染も8割減っていくという考えなのでしょうが、現実の人間社会というのはネットワーク社会なんですね。AからCに行くにもいろいろなルートがあるんです。ネットワークはいくつかのルートを持っていて、いろいろな関係があります。そのルートは10通りあるかもしれない。つまり、Aの接触率を8割減らしたからと言ってすべてが8割減るわけではないんです。例えば、細いルートを通って密集する人々に伝わることもあります」
 大澤教授は、現代のネットワーク社会のあり方をこう説明し、その伝わり方を「非線形」と表現した。
 この「非線形」の伝わり方と対照的な伝わり方をモデルとしているのが、厚生労働省のクラスター対策班を率いる西浦博・北海道大学大学院医学研究院教授だ.

 西浦教授の考え方は非常に単純でわかりやすい。
 まず、このモデルでは、一人の感染者が何人の感染者を新たに生み出すかという「再生算数」を前提とする。例えばはしかを起こす麻疹ウイルスは再生算数10以上という格段に強い感染力を持っている。一人の患者が10人以上にウイルスを移すということだ。
 この再生算数には2種類の考え方があり、流行当初の基本再生算数(Ro)と、いろいろな感染防止策を採った後の実効再生算数(Rt)とに分かれる。この実効再生算数が感染防止策によってどんどん減ってきて1以下になれば、新たな感染者は減っていくという考え方だ。
 この計算式は次の形を取る。
(1-r)×Ro=Rt
 そして、この計算式のrが、「接触8割削減」という時の「8割」だ。西浦教授は、基本再生算数(Ro)に2.5という数値を使っているため、それを当てはめて計算してみると――
(1-0.8)×2.5=0.5
 となる。この計算式を簡単に説明すると次のようになる。
 一人の人が接触を8割減らし、その状態に基本再生算数2.5を乗じると0.5となる。つまり、流行当初一人の人が2.5人に感染させていたものが、0.5人にまで減り、以後感染者はどんどん減っていくという図式だ。
 これが例えば「7割削減」であれば実効再生算数(Rt)は0.75。とりあえず減りはするが8割削減の場合よりもそのスピードは落ちる。「6割削減」であれば1となり、感染者数は増えもしなければ減りもしない状態となる。
 こう書いてくれば実に簡単。確かにその通り。しかし、これだけのことであれば「8割削減」などと抽象的でわかりにくい目標を掲げる必要はなく、西浦教授のモデルの考え方を十分に理解した安倍首相がその考え方を懇切丁寧に訴える方が意味があったのではないか。
 しかも、この計算式の肝になっている基本再生算数について、なぜ2.5という数値が採用されているのか、西浦教授のはっきりした説明がない。

訴えた言葉は実に抽象的。反面、「8割削減」を導き出した計算式は実に単純。なぜこのようなことが起きたかと言えば、先に大澤教授が説明したように、西浦教授の社会モデルが、ネットワーク社会のような複雑な「非線形」ではなく、単純な「線形」でできているからだ。

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コロナ対策には世界の英知を
 
 「線形」の社会では、A→B→C→Dというように順序よく感染していくが、実際のネットワーク社会では、AからDにいくまでにAが直接CやDに接触しているかもしれず、さらに別のXなる人物が介在しているかもしれない。またさらに、この経路のどこかで「三密」の部屋があれば、そのどこかからウイルスが一気に拡散することだってありえる。
 大澤教授によれば、このネットワーク・モデルに基づいて対策を立てるのは世界では確立した考え方である。
 例えば、倉橋節也・筑波大学大学院教授は、人の接触をネットワーク的なモデルによってシミュレーションし、強力な都市封鎖を早期に実施することで短期間に感染拡大を抑制できることを示した。
 マーチン・ブス・ミュンヘン工科大学教授のグループは、やはりネットワーク的なモデルを使って感染者数の変化を分析し、日本の抑制効果が他国に比べて低いことを指摘している。
 大澤教授自身、ネットワーク・モデルに独自の要素を加えてシミュレーションを行った。その結果、例えば――
 3人家族であれば家族と会う以外は接触は一人に抑える。あとはオンラインでコンタクトしてください
というような提言となる。
 私のこの論考は、西浦教授の方法論を批判しているのではない。例えば、大澤教授や倉橋教授のような研究がなぜ生かされないのか、ということを問題にしている。
 さらに言えば、イギリスの渋谷憲司キングス・カレッジ・ロンドン教授のように様々な提言を繰り返し訴えている研究者もいる。このような研究者たちの「英知」を集めてこそ、コロナウイルスのような未知の感染症と戦う十全な態勢が整うはずだ。
 4月29日付の日本経済新聞の記事(「コロナ対策 足らぬ集合知」)によれば、米国では国立研究所やハーバード大学、ワシントン大学、イギリスではインペリアル・カレッジ・ロンドンやオックスフォード大学、ロンドン大学などが競って論文を公表し、「英知」を集めた「総力戦」を展開しているという。
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ウイルス襲来前に医療体制を再構築した韓国
 
   私は、COVID19から回復しつつあった4月中旬、韓国政府が3月31日に取りまとめた Tackling COVID-19(「COVID-19への取り組み」)という英文レポートをじっくりと読んだ。
 読み進めながら抱いた感想は、率直に言って、COVID19への備えを着々と進めた文在寅韓国大統領への敬服と、その逆に何も備えをしてこなかった日本の安倍首相への失望だった。
 敬服と失望と書いたが、その落差はあまりに激しいものだった。
 韓国の取り組みは、積極的なPCR検査などが日本のテレビや新聞などでよく報道されているが、私が特に感心したのは、ウイルスが襲って来る前に、感染患者急増に耐えられるような全国の医療体制を急速に再構築したことだった。
その部分を直訳してみよう。

「入院治療のための政府指定機関や地域のハブ病院のベッド、そして全国的な感染症病院のベッドは、コロナが確定した患者に割り当てられている。中央政府、地方自治体は、69の感染症病院を指定した。これらの病院に入院していた患者は他の病院に移し、COVID19患者が病棟を独占的に利用できるようにした。政府は継続的に追加のベッドを確保しており、3月末までには、29の病院にある既存の198のベッドに加えて、重度の症状のある患者のために254以上のベッドを確保するプランを立てている。」

  患者のために用意する、端数に至るまでの具体的なベッド数にも驚いたが、全国69もの病院を感染症のためだけの病院に指定し、それらの病院に入院している患者をあらかじめ他の病院に移していたという徹底した計画性にも驚くと同時に感服した。
  このころ日本では、このような医療体制整備などまったく計画に上らず、中国・武漢の病院に患者が押しかける映像をテレビで繰り返し流して、「積極的なPCR検査は武漢のような医療崩壊を招く」と喧伝していた。
 韓国では、積極的なPCR検査を展開する前に医療体制を再構築して患者急増にも対応できるようにしていた。これらの努力の結果、韓国はCOVID19の第1波については、現在ほぼ完全に収束させた。

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安倍政権が何もしなかった結果の二重苦
 
  一方、日本の安倍政権は、文在寅政権が払ったような努力を何もしてこなかったために、大変な二重苦に苦しめられている。
 ひとつは、医療体制の再構築を怠ったために、すでに医療崩壊の一歩手前に直面してしまっているということだ。
 そしてもうひとつは、そんな脆弱な医療体制をかばうように、PCR検査を十分拡大することができず、正確な感染者数さえいまだにつかめずにいることだ。
 この二重苦の大きい原因となっているのは、3月17日付・佐藤章ノート『安倍首相が語った「コロナのピークを遅らせる」と「五輪開催」の政策矛盾』で記したように、政治の目的をはき違えた安倍政権の怠惰な姿勢にある。
 現在、自治体や地元医師会などが軸になって地域のPCRセンター設置や医療体制の再構築などが試みられつつある。韓国に遅れること2か月から3か月、しかも本来着手すべき安倍政権がまったく動かないために、自治体や医師会が動き出している。
 韓国の文在寅政権のように中央政府がコントロールするものではないだけに、恐らくは非効率な面も相当にあるだろう。医療関係者や自治体関係者らが奮闘しているだけに、安倍政権の不作為については、歴史的に検証、記録される必要がある。
 緊急事態宣言にしても、前に記したような日本に存在する集合的な「英知」が一向に生かされなかった。このために抽象的な「8割削減」だけが前面に出て、効果的な対策とはならなかった。
 その結果、経済をいたずらに痛めつける1か月がさらに課されることになった。
 安倍政権がCOVID19襲来という真の国難を乗り越える日は果たしてやって来るのだろうか。私は、この問題を取材すればするほど、絶望的な気分に陥る。


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