【新しい技術と民主主義】 平野啓一郎さん
◆台湾コロナ対策に学ぶ
新型コロナウイルス対策で、一躍、世界の脚光を浴びた台湾のデジタル担当相オードリー・タンが、やはり今回、世界中で引っ張りだこだった歴史家のユヴァル・ノア・ハラリ(「サピエンス全史」、「ホモ・デウス」の著者)と交わした対談を読みながら、私は、深い憂鬱(ゆううつ)に襲われた。台湾が先進的な取り組みで注目されたことは知っていたが、改めてその一端を知り、日本の対応が、いかに時代錯誤で、低水準かを、痛感させられたからである。邦訳は、ウェブ上の「AI新聞」に掲載されているので、是非(ぜひ)とも一読されたい。
対談は、AI時代の人間と社会を巡ってなされたが、AIによる人間の支配に悲観的なハラリに対し、タンは実務的な具体例を挙げながら反論している。
タンによると、台湾のパンデミック対策の原則は、「速く、公平に、楽しく」だという。羨(うらや)ましい限りである。不安を感じる市民は、「1922」に電話さえすれば、政府の対策へのあらゆる疑問に答えてもらえる。また、毎日午後2時に、衛生福利部長が記者向けのブリーフィングを行う。どれほど質問が長引いても、すべてに答えると日本でも報道され、話題になった。韓国でも、疾病管理本部がほぼ毎日会見を行い、国民の不安払拭(ふっしょく)に努めているという。
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未知のウイルスに対して、人々が不安になるのは当然である。重要なのは、それを解決するための効果的な仕組みを考えることである。ところが、日本では、旧専門家会議による議事録でさえ黒塗りにされる始末である。PCR検査数も桁違いに少なく、未(いま)だに「保健所に電話が繋(つな)がらない」「医師が検査の必要を判断しても拒絶される」といった声が聞こえ、軽症患者の受け入れ先も足りていない。不安にならない方がおかしい。
タンは、マスクの事例も挙げている。台湾でも、マスク不足のパニックは当初発生したものの、市民の技術者が、グーグル・マップを活用して街のどこの店にマスクの在庫があるかを示すサイトを立ち上げ、それが国家の運営に切り替えられた。国民健康保険証を使ったマスクの配給制度に移行してからも、システムのコードはオープンソース(公開)であり、百人以上の市民技術者が関与し、30秒ごとに各店のマスクの在庫状況が示される。在庫不足は、一般市民も「1922」で政府に連絡することが出来る。このシステムは、その後、韓国でも採用されているという。
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翻って、日本はどうだったか? 得体(えたい)の知れない首相側近の「不安はパッと消えますから」などという思いつきで始まった「アベノマスク」の巨費を投じた失敗は、周知の通りである。
東アジア各国のコロナ対策も、勿論(もちろん)、完璧ではないが、彼らは先端的な技術を駆使して、市民を参加させ、あらゆる手段を講じており、日本は、学ぶべき点が多々ある。にも拘らず、欧米に比べて圧倒的に感染者が少なかったアジアの中で、100万人あたり死者数がワースト2位の日本の副総理は、第1波の感染制圧を誇らしげに「民度の違い」などと語る始末だった。
私は、現政権のコロナ対策を強く批判しているが、より重要なのは、この危機下で、どうして私たちは、こんな政府しか持つことが出来なかったのかを問うことである。
タンは、自分は政府のため、或(ある)いは、市民のために仕事をしているのではなく、政府と市民と一緒に仕事をしているのであり、成長という共通目的のための「場」を作ろうとしているのだ、と言う。
日本の民主主義を、新しい技術とともに根本から問い直さなければならない。
【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年に「日蝕」で芥川賞。「マチネの終わりに」で渡辺淳一文学賞。「ある男」で読売文学賞。本紙朝刊で「本心」連載中。