米デューク大学などに所属する研究者らが2019年に発表した論文「Association of Neurocognitive and Physical Function With Gait Speed in Midlife」は、45歳の時点での歩行速度と身体機能、加齢の速度、脳の構造、神経認知機能との関連を調べた研究報告である。
人は日常的に歩行という動作を行っているが、その速度は単なる身体能力の指標ではないことが、この研究で明らかになった。研究チームは、ニュージーランドで1972~1973年に生まれた1037人(45歳時点で生存していたのは997人、そのうち904人の歩行速度を測定)を対象に、45歳時点での歩行速度とさまざまな健康指標との関連を調べた。参加者は3歳から定期的にさまざまなテストを受けてきた縦断的調査の対象者である。
研究チームは、通常歩行や、二重課題歩行(アルファベットの文字を交互に声に出して読み上げながら通常のペースで歩行)、最大速度歩行の3つの条件で歩行速度を測定した。測定結果は、中央値(四分位範囲)の通常歩行速度で1.30(1.18~1.40)m/s、二重課題歩行速度は1.17(1.03~1.31)m/s、最大歩行速度は1.96(1.80~2.15)m/s、複合歩行速度(条件3つを統合)は1.48(1.3~1.60)m/sだった。
分析結果は、いずれの条件でも、歩行速度の遅い人は、身体機能の低下や加齢の兆候が顕著であることを示した。歩行速度が遅い人は日常生活での身体的制限が多く、握力が弱く、バランス能力や視覚運動協調性が低く、立ち上がりテストやステップテストの成績が悪いことが明らかになった。
さらに、歩行速度の遅い人は、複数の臓器の老化速度が速く、顔も実際の年齢より老けて見えた。脳のMRI画像を分析したところ、全脳容積が小さく、皮質が薄く、脳表面積が小さく、白質病変が多いことも判明した。これらの脳の構造的変化は、加齢に伴って現れることが知られている。
加えて、歩行速度の遅い人は、知能指数が低く、処理速度、作業記憶、知覚推論、言語理解などの認知機能が低下していた。これらの結果は、脳の健康度と歩行速度が密接に関連していることを示唆している。
さらに、3歳時点での神経認知機能が低い子供は、45歳になった時点での歩行速度が遅いことも明らかになった。また、小児期から成人期にかけての認知機能の低下も、歩行速度の低下と関連していた。これは、歩行速度の起源が子供時代の脳の発達にまでさかのぼる可能性を示している。
この研究の結果は、歩行速度が単なる身体機能の指標ではなく、人生を通じての総合的な健康状態を反映する指標であることを示唆している。
Source and Image Credits: Rasmussen LJH, Caspi A, Ambler A, et al. Association of Neurocognitive and Physical Function With Gait Speed in Midlife. JAMA Netw Open. 2019;2(10):e1913123. doi:10.1001/jamanetworkopen.2019.13123
※2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。X: @shiropen2