ぐちゃぐちゃになった自民党内部で今起こっていること 「裏金議員」たたきの裏で進む石破降ろしのための「落選運動」 古賀茂明
政官財の罪と罰
10月9日、ついに衆議院が解散された。本稿が配信される15日に公示、27日に投開票で、石破茂新政権に審判が下される。
【写真】高市氏が総裁選で送付して問題となった「リーフレット」はこちら
政権交代が起きるかどうかも大きなテーマだが、そうならなくても、今回は、政界で東日本大震災級の大変な地殻変動が起きる可能性がある。
その震源地は自民党だ。
自民党では、外からは見えにくい構造変化が起きている。その一端が先の総裁選で表面化した。
既存メディアは、自民党総裁選から今日まで、総裁選の各候補者、旧派閥や大物議員、非公認になった議員などの言動を詳しく伝えてきた。最も簡単な取材による報道である。
しかし、そのような旧来型の、いわば「永田町通信」的な報道では、より本質的な政治の変化を読み取ることはできない。大きな変化のうねりは、永田町ではなく、全国津々浦々で、ネットとリアルの世界が融合して起きている。
総裁選の結果を見れば明らかだ。1回目の投票で高市早苗前経済安全保障相が20万3802票の党員・党友(以下、党員等と呼ぶ)票(配分表:109票)を獲得し、20万2558票(配分表:108票)の石破茂首相を超えた。
事前の世論調査では、石破氏が大きくリードし、高市氏が急速に追い上げていたが、石破氏に追いつくのは困難なように見えていた。しかし、党員等の票で高市氏が石破氏を逆転し、世間をあっと言わせた。
高市氏は石破氏に比べて知名度が低いと言われていた。党員等に限定した調査でも、やはり最初は石破氏に大きく離されていた。
その後急速に支持を伸ばした理由として、禁止された党員等への政策パンフレットの郵送を行ったからだという解説もあるが、党員等約105万人に対して送付された文書は30万部に過ぎない。仮にその文書が非常に効果的にできていて、高市氏以外を支持する人たちの考えを変えることができたとしても、何万人ものオーダーにはならないのではないだろうか。
一部ネットでは、自民党員の4割が日本会議や神社本庁などの組織党員になってしまったという情報が流れている。安倍政権時代にこれらの岩盤右翼の団体のメンバーが大量に自民党員となり、彼らが高市氏を支援したために、石破氏を超える支持を集めたというのだ。
しかし、これは誤報である。
この情報は、9月30日に放送されたBS-TBSの「報道1930」で、高市陣営についた選挙プランナーの藤川晋之助氏が述べたことを伝える「図」が元になって流れたようだ。
この図を使って番組では、自民党員は大きく分けて三つに分類され、一つ目が宗教や団体の組織党員で全体の約4割、二つ目がこれらの組織に名義貸しをしている幽霊党員で約2割。三つ目の一般党員が約4割で、その中に保守層と中間層があるという解説がなされた。
自民党が「右翼」に乗っ取られる?
しかし、その図に書かれた「組織党員」という表記の下に、小さく「日本会議・神社本庁etc...」とだけ注釈が付けられていたため、いかにも組織党員が全て右翼的な組織の党員であるかのような印象を与えたのだ。
その結果、この図だけを見て誤解した人が、自民党員の4割が右翼団体の組織党員だとネットに投稿したために、「自民党が右翼団体に乗っ取られた!」という言説が広がったようだ。
全体が105万人ほどの自民党の党員等のうち約4割が組織党員だというのは間違いなさそうだ。ただし、そこでいう組織党員というのは、業界団体や地域の経済団体の組織党員が中心である。宗教団体や右翼団体の組織党員はほんの一部に過ぎない。つまり、党員の4割、すなわち40万人程度が右翼団体のメンバーだというのは明らかに誤った見方なのだ。
現に、BS-TBSの放送を確認すると、藤川氏は、「神道政治連盟とか遺族会の党員は何万人もいますから」と述べていた。
自民党が右翼団体に乗っ取られたというのは、反高市の人々から見ると魅力的な話かもしれないが、これは根拠に欠ける主張である。
では、高市氏がここまで党員の支持を伸ばせた本当の理由は何か。
そこには大きく分けて二つの要因がありそうだ。
一つ目は、高市氏が自ら党員獲得の努力を続けてきた効果である。2023年の自民党員獲得数のランキングでは、1位が青山繁晴氏、2位が高市氏だった。高市氏はここ数年上位に名を連ねてきた。3年連続1位の青山氏は、筋金入りの右翼政治家だ。つまり、高市氏や青山氏のような政治家が、右翼層を自己の支持者とした上で、党員にする努力を続けてきた結果、それらの党員が積極的に高市氏に投票したということが言えるのではないだろうか。
そして、二つ目が、高市氏の選挙広報戦略だ。高市氏は、バリバリの右翼、極右と言っても良い政治家である。高市氏が首相になったら、安倍氏を遥かに超える右翼的言動を確信犯的に行い、その結果、中国との関係は抜き差しならないところまで悪化するだろうし、せっかく好転した日韓関係も、靖国参拝や歴史認識問題などで振り出しに戻る可能性がある。また、大量の国債を発行して際限のない軍拡に走り、台湾有事に巻き込まれるどころか自ら有事を誘発しかねない。
自らを「鉄の女」サッチャー元英首相に重ね、力強いリーダーを演じる高市氏だが、それは、彼女の岩盤支持層には受けても、中間層の人たちから見ると、むしろ危険な政治家だと見られたり、弱者に冷たいのではないかという印象を与えたりする。総裁選の決選投票で石破氏が逆転したのも、多くの自民党議員が、高市氏の極端な右翼政治家というイメージが選挙でマイナスになることを懸念したからだということも広く言われた。
そうしたことは、高市陣営も十分に認識していたようで、意図的に、親しみやすい、優しそうな、あるいはひょうきんな高市氏というイメージを演出するためのショート動画を大量に流し、従来の岩盤右翼の支持層とは別の、普通の中間層に大きな支持を広げたと見られる。
「裏金議員落選運動」の動きも
前述の「報道1930」によると、総裁選の候補者が公式YouTubeチャンネルに8月19日~9月14日に投稿した動画の総再生回数では、高市氏が381万回超で、2位小泉氏77万回弱の約5倍、石破氏25万回超の約15倍だった。
今回は、文書の郵送が禁止されたことを考えると、高市陣営の広報戦略は、他陣営を遥かに超える効果を上げたと言って良いだろう。
これは、他の候補には真似ができない手法だった。高市陣営には、ネット上で極めて迅速かつ活発に活動するいわゆるネトウヨ層の強力なサポートという強みがあったが、他の陣営にはそれがなかったからだ。その上に、やや特殊な仕掛けも使って、動画の拡散力を高めたという情報もある。
ある候補者は私とのやりとりの中で、彼女の手法を、「ワイマール体制下でナチスが政権を握った時」になぞらえていたが、実は、これが、今日本で起きている非常に危険な構造的な変化なのだ。
自民党の右翼政治家は、日本会議などの岩盤右翼層、ネトウヨ層などの支持を得て、当初は馬鹿にされ無視されていた勢力から、国政に影響を与える一大勢力にのし上がってきた。これをまとめあげたのは安倍晋三元首相が残した自民党の遺産である。
それでも、安倍氏は憲法改正を強行できず、原発新増設も決められず、防衛費のGDP比2%への拡大も決めきれなかった。それをやると国民一般の広い支持を失う恐れがあったからだ。
もちろん、安倍氏が残した右翼層の固い結束と右翼政治家への支持は貴重な遺産ではあるが、彼らが本当に国家社会主義あるいは独裁主義、権威主義的な政府を樹立するためには、一般庶民の無党派層、中間層の強い支持を得ることが課題だ。
安倍氏とやや異なり、高市氏のように高らかに右翼的主張を唱えたまま、これを達成するのは難しい。
しかし、高市氏は、総裁選の前にわざわざ目立つ形で靖国参拝を強行したように、自己の主張を強烈に前面に出してそれをテレビのニュースに流す一方、ネットのショート動画という別のツールを使って、無党派層や中間層を取り込むことに成功した。
つまり、安倍氏が残した岩盤右翼層の活動がうちわで盛り上がるのにとどまらず、中間層・無党派層を取り込む「マシン」にまで進化したのだ。
この動きを放置するとどうなるのか。
仮に高市氏が首相になれば、その権力を自由に使い、リアルの世界で、軍国主義国家への道を邁進すると同時に、国債を無制限に発行して、庶民を喜ばせる露骨なばら撒き政策などで無党派層や中間層の歓心を買うだろう。同時に、ネット上ではネトウヨ層に一般大衆受けする動画などの材料を提供して、中間層を含め幅広い支持を獲得するはずだ。
気付かぬうちに高市早苗帝国ができるかもしれない。そう簡単に話が進むかどうかはわからないが、それを想像すると思わず身の毛がよだつ。
今のところ、総選挙の結果は見通しにくい。その一因として、岩盤右翼層の動きが読みにくいことがある。
ネットを見ると、裏金議員叩き、いわば「裏金議員落選運動」とも言える動きが活発なように見える。
他方、これとは逆に、右翼層が、石破氏に投票した(であろう)議員の名前をあげて、落選させろという「裏切り議員落選運動」も広がりつつある。
石破おろしで高市政権樹立という「悲願」
また、裏金議員の比例重複立候補が許されないことから、比例に入れると石破氏を助けるということで、比例で自民に入れない運動も起きている。
もちろん、裏金議員には、右翼層の献身的な支援がある。
石破政権としては、この選挙で、旧安倍派が壊滅するので、自民議席は減っても自公で過半数さえ取れれば、選挙後の石破おろしは、その担ぎ手を失って不発に終わるという夢を見ているかもしれない。
だが、前述の右翼層の複雑な動きが効果を表すとどうなるか。
比例票が激減して、旧安倍派以外の比例復活や比例単独候補の当選が少なくなって自民党全体では予想以上の大敗となる一方、右翼層の死に物狂いの応援で旧安倍派議員が意外と勝ち上がり党内での力を維持するという可能性がある。
その結果、自公過半数割れと同時に旧安倍派勢力の減少が最低限にとどまるかもしれない。
その場合、日本維新の会や国民民主党などを取り込んで、石破おろしで高市政権樹立というのが、右翼層の悲願なのだろう。
高市首相実現までの間に岸田文雄前首相緊急登板などという冗談のような話も出るくらい、すでに自民党内は、「ぐちゃぐちゃ」「カオス」状態に陥っている。高市支持グループのなりふり構わぬ動きは、その自民党に最後の一撃を加え、一気に破壊してしまうかもしれない。
一方で、「政権交代前夜」をスローガンに掲げて代表に選ばれた立憲民主党の野田佳彦代表は、裏金議員の選挙区で野党の選挙協力を、などと言っているが、念仏を唱えるだけで、何の努力もしていない。
自ら共産党を怒らせる発言をしたのに頭を下げるわけでもなく、その無策ぶりは目に余る。
仮に、これだけの自民党の失策と党内の混乱がありながら、それでも政権交代できず、高市独裁政権を生み出したとなれば、野田氏は、2012年の民主党政権崩壊のA級戦犯としてだけでなく、日本の民主主義崩壊のA級戦犯として歴史に名を残すことになるだろう。
自民断末魔の大混乱と立憲の無能無策、どっちもどっちだが、その結果、被害を受けるのは我々国民であることは如何にしても変えようのない現実だ。
それでも、絶望はせずに、少しでもマシな政治家は誰なのかを見極めて投票し、選挙後の政界大混乱を待つ。悲しいが、我々国民にはそれしかないようだ。
古賀茂明
古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣