批判していた男性も手のひら返すなぜ雅子様は突如として日本社会で復権したか
河崎 環(かわさき・たまき)
(抜粋)
「令和のPVクイーン
「いま、一番数字が取れる『令和のPV(ページビュー)クイーン』といったら、雅子さまですよ」
とあるウェブ媒体の関係者が苦笑する。購読層の年齢が高めで、比較的保守派の男性、特に「ネトウヨ」と呼ばれる層のアクセスが多いと言われるその媒体で、この春夏もっとも読まれ数字を取り続けたのは、令和の皇后となった雅子さまの活躍を書いた記事だというのだ。
その記事がどういう意図でそんなに読まれるのか、私は不思議に思った」
「長かった灰色の時代
平成から令和への移行を見た2019年春夏シーズンは、テレビを点けたってどこのチャンネルでも天皇家祭り、そしてG20大阪サミットで皇后としての象徴外交デビューを果たした、雅子さま祭りだった。」
「女性人材をまともに伸ばすことのできない国
世界ランキングで日本の女性活躍度が低いとかの現実を何度も突きつけられているが、それって要は「日本ってほんとロクに社会の中に女を育てられない国だよねー」と言われているのであり、現実の日本は今となっちゃこの点を真顔で可哀想がられるレベルの国なのだ。」
「誰もが認める破格の活躍ぶり
そんなふうに、かなりの心理的距離感を持って皇室を捉えている私だが、雅子さまにだけは私なりに特別な共感を寄せた。均等法第1世代にあたる優秀な彼女のキャリア、丁重に断り続けながらも最後は自分に使命を言い聞かせるようにして皇太子妃となった経緯、その後の葛藤。その心情を勝手に想像しながら「頑張れ」と、畏れながらまるで友達かのようにエールを送った、、、G20での雅子さまは、、、もはやプリンセスなんて副次的な立場でなく主役の天皇夫妻として日本の外交の大舞台で堂々と振る舞い、海外の賞賛の声を獲得する。それは、欧米人に比べて「貧相」「貧弱」との印象をどうしたって払拭できない日本人が、政治やら外交の場で初めて「対等にゴージャス」と映る瞬間だったのだ。皇后雅子という存在は、男女にかかわらず日本外交史上「破格」であると、誰もが理解した。」
「ヒーローになった雅子さま
ルポライターの鈴木大介さんが、デイリー新潮で「亡き父は晩年なぜ『ネット右翼』になってしまったのか」と題された記事を発表し、話題となった、、、、鈴木さんはその理由が「古き良き美しいニッポンに対する慕情や喪失感」にあったのだと思い至る。晩節の父親が粗製乱造された過激な右傾コンテンツにしがみついて生きたのも、「どうしてこんな事になってしまったのだろう」と喪失感に沈むことより、視野に明確な敵の像を結んで被害者意識をぶちまけさせたほうが、人の快楽原則には忠実だからだ」(同記事より)。、、、時代を遡って「きっとあったはずの日本人の正義」を探し求め、そして「それを奪い破壊した犯人」探しをして叩く人々だ。広い視野でバランスに配慮するなどと、自分たちが苦手なことをしなくてよい社会、自分が情報処理しきれないVUCAな(複雑すぎる要因がいくつも絡み合って予測不可能な)現実を突きつけられなくて済む「ここではないどこか」を求めてネットを彷徨う。あてどなく彷徨う人々の常として、彼らはいつもわかりやすいヒーローを求めている。、、、あのG20で雅子さまの姿はどこか日本人の対外的な「誇り」にぴったりとマッチして、彼女は(ヒロインではなく)ヒーローになったのだ。」
(写真はネットから借用)