以下の文は、ニューズウィーク日本版のジェレミー・ファウスト(ハーバード大学医科大学院保健政策・公衆衛生部門講師)氏の『ダイヤモンド・プリンセス号の感染データがあぶり出す「致死率」の真実』と題した記事の転載であります。
『ダイヤモンド・プリンセス号の感染データがあぶり出す「致死率」の真実』
2020年3月11日
新型コロナウイルスが、世界中でパニックを引き起こしている。
薬局から手指消毒剤が姿を消し、オンラインではN95マスクがとんでもない高値で取引されている。
そのどちらも、まるで1918年に数千万人が命を落としたスペイン風邪の再来のような騒ぎだ。
確かに、現在報じられているCOVID-19(2019年型コロナウイルス感染症)の致死率は2〜3%で、スペイン風邪に近い水準だから、不安に駆られるのは無理もない。
だが最終的にこの数字はもっと低いことが明らかになるだろう。
米国立衛生研究所(NIH)と米疾病対策センター(CDC)が言及した1%という致死率さえも、このウイルスの威力を過大評価している恐れがある。
新型ウイルスの発生初期に、推定致死率が過度に高く報じられるのはよくあることだ。
2009年に流行したH1N1型インフルエンザは当初、最終的な致死率1.28%の10倍近い数字が取り沙汰された。
今回も同じような現象が起きている。
新型コロナウイルスの感染者が湖北省武漢で爆発的に増えたとき、致死率は4%超とされていた。
やがて湖北省の他の地域に感染が広がると、致死率は2%に、中国全体に広がると0.2~0.4%に低下した。
無症状者や軽症患者も検査対象に含められるようになると、より現実的な数字が明らかになってきた。
WHO(世界保健機関)は最近の報告書で、世界的な致死率を3.4%と予想以上に高く示したが、パニックに陥る必要はない。
最終的には、この数字が1%を大幅に下回ることを示唆する、極めて直接的かつ説得力のある証拠が存在する。
それは豪華クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の感染データだ。
語弊を恐れずに言うと、隔離されたクルーズ船は、ウイルスの性質を研究するには絶好の実験室だ。
何しろ、通常はコントロールできない多くの条件がそろっている。
ダイヤモンド・プリンセスの場合、乗客・乗員3711人のうち、乗船時に新型コロナウイルスに感染していたのはたった1人で、それ以外は基本的に旅ができるほど健康で、限られた場所(船内)でウイルスにさらされた。
中国からは恐ろしい数字が発表されていたが、そのうち何人が別の病気を持っていたかは分からない。
いったい何人が命に関わる別の病気で既に入院していて、そこで新型コロナウイルスに感染したのか。
健康だったのに、このウイルスに感染して、重症化したのは何人なのか。
一般的な環境では、こうした情報を知ることはできない。
だから正確な致死率をはじき出すことが難しい。
中国の年間死亡者数は900万人。つまり新型コロナウイルスがなくても、1日に2万5000人、この2カ月なら約150万人が死亡していた計算になる。
このうちかなりの割合が「たばこ病」とも言われる慢性閉塞性肺疾患(COPD)や下気道感染症、そして肺癌による死だ。
その症状は、COVID-19の重い症状と区別がつかない。
中国のCOVID-19による死者は、長年の喫煙習慣によりCOPDを発症するのと同じ年齢層で急増した(中国では成人男性の半分が喫煙者だ)。
中国の感染拡大のピークとなった1〜2月初旬、1日約25人のペースで死者が出たが、そのほとんどが一般にCOPDが幅広く見られる高齢者だった。
また、死者の大多数が集中した湖北省は、肺癌とCOPDの罹患率が中国の平均よりも著しく高い地域だ。
1日2万5000人の死亡者に占める25人のうち、新型コロナウイルスだけが原因で死亡した人と、合併症が原因で死亡した人を見分けるのは容易ではない。
しかし重要なのは、新型ウイルスによって、通常より死亡者数がどのくらい増えたのかだ。
そこで重要な視点をもたらしてくれるのが、ダイヤモンド・プリンセス号のデータだ。
乗員・乗客3711人のうち、陽性と判定されたのは705人以上(船内の環境とウイルスの感染力を考えると驚くほど少ない)。
その半分以上は無症状だった。
そして死者は6人。
つまり致死率は0.85%だ。
患者の死因を見極めるのが非常に難しい中国などとは異なり、この6人は超過死亡(新型コロナウイルスがなければ生じなかったはずの死亡)だと考えることができる。
何より重要なのは、この6人が全員70歳以上だったことだろう。
70歳未満の乗客は1人も死んでいない。
中国の統計が正しいなら、ダイヤモンド・プリンセスでも70歳未満の乗客4人が死んでいなければならない。
だが、そうはならなかった。
ダイヤモンド・プリンセスのデータは、70歳以上の致死率は中国の統計の8分の1(1.1%)、80歳以上の致死率は3分の1(4.9%)であることを示唆している。
もちろんこれらの数字も懸念すべきものではある。
だが、ダイヤモンド・プリンセスで陽性とされた人は、高ウイルス量に繰り返しさらされた可能性が高い。
また、一部の治療は遅れた。つまり、きちんとした手順が守られていれば、ダイヤモンド・プリンセスでの致死率はもっと低かった可能性があるのだ。
さらに、乗客はクルーズ船の旅に参加できるほど健康だったとはいえ、一般的な人口を反映して、多くの人が生活習慣病を抱えていただろう。
従ってダイヤモンド・プリンセスのデータに基づく推定致死率は、合理的と考えてよさそうだ。
これらの事実を合わせて考えると、新型コロナウイルス感染症は、ほとんどの若者にとっては比較的良性の病気である一方で、一部の生活習慣病を抱える高齢者にとっては、深刻な病気である可能性を示している(それでも報道されているほどのリスクはないだろう)。
中国では10歳以下の感染者数百人のうち死者はゼロで、健康な成人感染者(高齢者以外)の致死率は0.2〜0.4%だ。
おそらく検査を受けていない大量の無症状感染者を含めれば、もっと低くなるだろう。
若者の致死率が低いことを考えると、私たちがいま集中して資源を投じるべきなのは、健康な人への感染を防ぐことではなく(いずれにせよ感染拡大は不可避だ)、重症化するリスクが高い人たちを守ることだ。
対象となるのは、70歳以上の全人口と、この種のウイルスに対してもともと高いリスクを持つ人たちだ。
つまり重点的に対策を講じるべきなのは、学校ではなく老人ホーム、飛行機ではなく病院だ。
高リスクグループは比較的限られているが、彼らを適切に守らなければ、その致死率は悲劇的に高くなりかねない。
幸いこのウイルスの感染力や潜伏期間、そしてハイリスク者の人物像や居場所は分かっている。
食料やマスクを買い込む健康な人たちは、不安を的外れなエネルギーに変えているにすぎない。
本当にリスクにさらされている人たちを守るのに役立たないなら、その行動は貴重な資源の無駄遣いになりかねない。
転載終わり。
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