癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

シルディ・サイババ(ヴィッタルのヴィジョン)

2011-10-12 | シルディ・サイババ

ある日カカサヘブ・ディクシットがシルディの彼のワダで朝の沐浴をした後瞑想をしているときに、ヴィッタルのヴィジョンを見た。後で彼がババの処へ行くと、ババは彼に尋ねた、「ヴィッタル・パティルは来たかね?彼を見なかったかね?彼は本当にとらえどころがなくて、しっかり捕まえておかないと君をまいて逃げてしまうよ」それから正午になると、行商人がやってきて、パンダルプールのヴィッタルの絵を25枚ほど広げた。ディクシット氏は、彼が瞑想中に見たヴィッタルの姿が、その絵とそっくり一致しているのを見て驚き、ババの言葉を思い出した。彼はそこで一番気に入った絵を一枚買い、礼拝するために自分の祭壇に置いた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シルディ・サイババ(シャマとヴィシュヌ・サハスラ・ナーム)

2011-10-12 | シルディ・サイババ

シャマはババに非常に近い帰依者であり、ババはヴィシュヌ・サハスラ・ナームをプラサドとして彼に与えるという、特別なやり方で彼を祝福したがっていた。これは次のようにして為された。ある時ラマダシ(聖ラムダースの信者)がシルディにやってきてしばらく滞在した。彼は日課の勤めを次のように行っていた。

 

早朝に起床して、顔を洗い沐浴をしてから、サフラン色の衣を身につけた後、聖なる灰を自身に塗り、信仰を持ってヴィシュヌ・サハスラ・ナーム(ヴィシュヌを称えるために千の名前を書き連ねており、バガヴァッド・ギータの次に重要だとされる書物)とアディヤトマ・ラーマーヤナ(ラーマの物語の秘儀的な部分を書いた書物)を読んだ。彼はこうした書物を頻繁に読んでいた。

 

数日後、ババはヴィシュヌ・サハスラ・ナームでシャマを祝福しイニシエイトしたいと思った。そこでババはラマダシを呼んで、自分はひどい胃の痛みに苦しんでおり、センナのさや(ソナ・ムクティ、効き目の穏やかな下剤)を飲まない限り、痛みは治まらないだろうと言った。

 

そして彼にバザー(市場)へ行って薬を買ってきてくれるように頼んだ。ラマダシは本を閉じてバザーへ出かけた。それからババは椅子から立ち上がり、ラマダシが本を読んでいた場所へ行くと、ヴィシュヌ・サハスラ・ナームを取り上げ、席に戻るとシャマに言った、「シャマ、この本は非常に価値が高くためになるから、君にあげよう。読みなさい。一度私はひどく煩って、動悸が速くなり命の危険に瀕したことがある。そんな危機的な状況のときに、私はこの本を胸に抱き締めた。

 

するとシャマ、なんと私は救われたのだ!私はアラーご自身が現れて私を救ってくれたのだと思った。だから私はこの本を君にやろう。ゆっくり少しずつ読みなさい。毎日少なくとも一つの名前を読めば、君の役に立つだろう」シャマはその本はいらないと言った。本の持ち主はラマダシであり、彼は意地が悪くて頑固で怒りっぽく、間違いなく彼と喧嘩になるだろうと言った。その上彼自身田舎者だったから、サンスクリットの原文は全く読めなかった。

 

  シャマは、ババはこの行為によって自分をけしかけてラマダシを攻撃させたいのだと思ったが、なぜババがそんなことをするのか分からなかった。ババはこのヴィシュヌ・サハスラ・ナームの首飾りを、粗野ではあるが懇意にしている帰依者のシャマの首に掛けてやり、世俗の暮らしの惨めさから彼を救いたいと思ったに違いない。

 

神の名前の効能はよく知られている。それは私たちをあらゆる罪や悪癖から救い、誕生と死の循環から解放する。これ以上に簡単なサーダナはない。私たちの心を浄化してくれる最高の清浄機である。何の道具も制限も必要ない。とても簡単で効果的なのだ。このサーダナをババはシャマに実践させたかったのだが、彼はやりたがらなかった。そこでババはこれを彼に強要した。

 

はるか昔、エクナス・マハラジもまた同様にヴィシュヌ・サハスラ・ナームを貧しいブラーミンの隣人に強要し、彼を救ったと伝えられている。このヴィシュヌ・サハスラ・ナームを読み学ぶことで、心の浄化が大いに進むので、ババは彼の帰依者のシャマに押し付けたのだった。

 

  ラマダシはセンナのさやを持ってすぐに戻ってきた。その時その場にいたアンナ・チンチャニカールはナラド(神々と悪魔たちの衝突をお膳立てしたことでよく知られている天使リシ)の役を買って出て、事の次第を彼に説明した。ラマダシはすぐにかっとなった。彼は怒り狂ってシャマの元へすぐさまやってきた。

 

彼は、ババの胃痛を口実にババを使って自分を外へ行かせ、薬を買っている間に本を持ち去るようにしたのはシャマだろうと言った。彼はシャマをののしり始め、もし本が戻らなかったら頭を打ち砕いてやると言った。シャマは静かに抗議したが、無駄であった。するとババは優しく彼に語り掛けた。

 

「おお、ラマダシよ、どうしたのだ?なぜそんなに荒れ狂っているのだね?シャマは私たちの仲間ではないか?なぜ君は不必要に彼を叱るんだね?どうして君はそう喧嘩っぱやいんだ?穏やかに優しい口調で話ができないのかね?君はそうした神聖な書物を毎日読んでいるが、君の心はまだ動揺していて、衝動を抑えきれないでいる。なんというラマダシだ!君はあらゆる出来事に無頓着でなくてはいけない。

 

君がこの本にそんなに強く執着するのはおかしくないかね?本当のラマダシならママタ’(執着)がないはずで、全てに対してサマタ’(平等)であるべきだ。君は今たかだか本のことでシャマと喧嘩をしていた。行くがいい。本は金があれば買えるが、人はそうではない。よく考えて、思いやりを持ちなさい。君の本には何の価値があるんだね?シャマは何の関わりもないよ。あの本は私自身が取り上げて彼に渡したのだ。君も分かっているだろう。私はシャマが読めば役に立つと思ったから、彼に渡したのだ」

 

  なんとババの言葉の甘いことだろう!柔らかく、優しく、甘露のようだ。その効果は目を見張るものがある。ラマダシは落ち着くと、代わりにパンチャ・ラトニ・ギータが欲しいとシャマに言った。シャマはとても喜んで言った、「一冊どころか、十冊でも代わりに渡すよ」

 

  このようにして結局事態は収まった。なぜラマダシは欲しくもないはずのパンチャ・ラトニ・ギータを要求したのか、なぜマスジッドのババの前で毎日宗教書を読んでいる彼がババの前で喧嘩をしなくてはならなかったのかという疑問が残る。私たちには誰にどれだけの責任があるのか分からない。私たちに言えるのは、この出来事が起こらなかったら、神の御名の効能やヴィシュヌ・サハスラ・ナームの重要性がシャマにはもたらされなかったであろうということだけだ。

 

ババの教えやイニシエイトのやり方は独特である。この場合、シャマは段々とこの書物を勉強して、ババの帰依者であり、シュリーマン・ブティの義理の息子であるカレッジ・オブ・エンジニアリング、プーナのG.G.ナルケ, M.A.教授に説明できるほどになったのだった。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シルディ・サイババ(聖別した書物を授ける)

2011-10-12 | シルディ・サイババ

ババが様々なやり方で教えを授けるということは、前章で既に触れた。本章ではその中の一つの側面に注目してみよう。帰依者たちの中にはババのところへ宗教的な書物を持っていく習慣を持つ者があり、彼らはババが触れて聖別してくれた後に、特別な学びを得たいと思っていた。そのような本を毎日読んでいる間に、彼らはババが常に共にいると感じるようになるのだった。

 

ある時カカ・マハジャニがエクナシのバグワットを持ってシルディにやってきた。シャマはマスジッドで読もうとこの本を持ってきた。するとババがその本を彼から取り上げ、本に触れ、あちこちのページをめくり、シャマに返して、ずっと持っているようにと言った。

 

シャマが、これはカカのもので返さなくてはならないと言うと、ババは「いやいや、私が君に与えた以上、君がそれを持っていなさい。君の役に立つのだから」と言った。こんな風にして多くの書物がシャマに託された。数日後、カカ・マハジャニはもう一冊のバグワットを持って再びやって来て、それをババの手に渡した。

 

するとババはプラサドとして彼に返して、きちんと保存していれば彼の役に立つだろうと請合った。カカは敬意を持ってそれを受け取った。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シルディ・サイババ(第二十七章 前置き)

2011-10-12 | シルディ・サイババ

人は海に飛び込むと、巡礼地や聖なる河で沐浴したのと同じ恩恵を得る。同様に人はサドグルの御足に避難すると、三位一体すなわちブラフマン、ヴィシュヌ、マヘシュそれからパラ・ブラフマンに敬礼するのと同じ恩恵を得る。私たちに自己認識を与え、願いを叶えてくれる木であり、知識の大海であるサイババに勝利あれ。

 

ああ、サイ、あなたの物語を読む私たちの中に崇敬をもたらして下さい。チャタック(カッコウ)が雲から水を飲んで幸せになるのと同じような味わいを持って、読者や聴衆が物語を信仰することができるようにしてください。

 

あなたの物語を聴いている間、彼らとその家族が真実の敬虔深い感情を得て、身体は汗をかき、目は涙でいっぱいになり、呼吸は安定して、心は落ち着き、髪は逆立ち、泣き、涙にむせび、震え、敵意は消滅するようにしてください。

 

こうした兆候が起きるとき、それはグルの恩寵が現れているしるしである。こうした感情があなたの中に育つとき、グルは大変喜び、間違いなくあなたを自己認識の道へと導いてくれる。だからこそマーヤの束縛から自由になる最高の方法は、ババに完全に心から全てを委ねることである。

 

ヴェーダはあなたをマーヤの大海の向こうへは連れて行くことができない。それができ、全ての生き物の中に神を見るようにしてくれるのはサドグルだけなのである。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする