斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)に潜(ひそ)むトリックを覗(のぞ)いてみました。

10 【続・賦課方式】

2016年11月16日 | 言葉
 ヨーロッパで先行
 「賦課方式」の語も考え方も日本のオリジナルではない。人口の高齢化と年金制度の行き詰まりは欧米諸国も同様で、特にドイツやイタリアの高齢化率は日本と似ている。国連人口部が2015年にまとめた「主要先進国の人口年齢分布」によると、同年時点で日本の60-70代は全人口の33・1%で先進国中のトップ、ドイツは27・6%、イタリアは28・6%(世界平均は12・3%)である。また、0-14歳は日本とドイツが最少同率の12・9%、イタリアが13・7%(世界平均は26・0%)となっている。
 ドイツ、イタリアはもちろん、少子高齢化の比率が日本やドイツより低いイギリスやスウェーデンも、紆余曲折はあったものの「賦課方式」を導入し、維持している。他国も同様の悩みを「賦課方式」で乗り切ろうと対策に懸命だが、日本のように140兆円もの積立金を原資として高リスク投資につぎ込んでいる例はない。

 逆ピラミッドの怪
 日本年金機構のホームページによれば、2030年を想定した人口比率は、65歳以上が全人口の31・8%、2055年には40・5%に達する。65歳未満20歳以上の現役世代との対比で言えば、2030年は高齢者1人に対して現役世代が1・7人、2055年には1人対1・2人になる。現役世代全員が年金に加入しているわけでなく、高齢者すべてが年金を受給しているわけでもないが、年金を支払う側と受給する側との比率は、おおむね以上のような数字になると見てよい。この部分で比べれば、30年や55年に日本の年金制度が崩壊しているだろうとの懸念は、誰もが抱く。まして「賦課方式」で制度を維持するというのであれば、先行きの困難さは自明である。
 厚労省が2004年の公的年金制度改革で「世代間扶養」つまり「賦課方式」の方針を明確にしたことは、前回で触れた。逆ピラミッドの人口構成と「賦課方式」の語が同時に示されたことに、多くの人は不可解さを覚えたに違いない。ピラミッド図をひと目見れば、現役世代が高齢者の年金を「賦課方式」で支えることは困難だと分かるからだ。分かり切っているのに、なぜ厚労省は「賦課方式」を選択したのか。どのように考えても不自然であり、不自然さゆえに厚労省の“深謀”を感じてしまうのである。

 ネライは株価の下支え
 巨額な「年金積立金」の株式運用を危ぶむ声は強い。2015年3月15日付の日本経済新聞は、会社の業績と無関係に株価が上がることを懸念する記事を載せた。16年8月にも、公的マネーによる日本株保有の急拡大について「GPIFと日銀を合わせた公的マネーが、東証1部上場企業の4社に1社の実質的な筆頭株主になっている」と報じた。株価下支えの効果がある一方で、会社の経営状況を選別する市場機能を低下させる弊害がある、と。政府の持ち株比率が不自然に高い点も、株式市場の健全な姿とは言い難い。
 同紙によると、東証1部全体でみた株式保有化率は7%強に及び、国内の民間株主で最大だった日本生命保険の約2%の3・5倍になったという。政府の市場介入を嫌うアメリカでは公的マネーの株式保有比率がほぼゼロ。ヨーロッパでは元国営企業の上場が多かった経緯があるが、株式保有比率は5%台。高リスク投資は日本独自のものだ。
 当然ながら株価押し上げの効果も顕著だった。GPIFと日銀の株式保有額は16年3月末の時点で約39兆円と、5年前の11年3月末より約25兆円増えた。この間、日経平均株価は約7割上昇している。明治大学教授の北岡孝義氏も『ジェネレーションフリーの社会』という著書の中で「政府はこの年金の積立金を使って、株式市場のテコ入れをしようとしているわけである」と喝破(かっぱ)している。

 安倍政権のネライと危険
 「アベノミクス」の目標の1つは、株価上昇をテコとした好況ムードの演出だ。巨額の「年金積立金」で株を買えば株価は確実に上がり、民間各企業の資産勘定は向上する。一方で投資した「年金積立金」も膨らむ。みずから株価を下支えした結果として得た運用収益増であるから、政府の運用が格別に良かった、というのではない。
 しかも上がるのは最初のうちだけだ。やがて株価は落ち着くべきところへ落ち着き、下がる局面も出て来る。下がればネライとは真逆になるが、傷を最小限にとどめようにも、巨額の株を売れば値崩れを起こすから、売るタイミングが難しい。最悪の事態は塩漬けである。「累積収益」をプラスに維持するには際限なく買い続けるより方法がなく、こちらの途を選べば待ち受けるのは破綻(はたん)の2文字ばかり。悪循環はバブル破裂の構図に似ている。
 言うまでもなく株で利益を得るには、タイミングよく買いタイミングよく売る、が鉄則だ。それでも利益を得ることは難しい。まして売るタイミングが制約されては「高リターン」は期待しにくい。日銀が金融緩和政策の一環として買い入れた6兆円(年間購入額)分の上場投資信託(ETF)にしても、緩和の「出口」が近づいた時点で売却せざるを得ないから、企業業績に関係なく株式の“売り”を膨らませてしまう可能性が強い。
 「27・7兆円の運用収益だった3年間」など高齢者の長い老後に比べれば短い。「アベノミクス」がうまく行けば問題はないが、最悪のシナリオも考えておく必要がある。さきの伊勢志摩サミットで欧米首脳を前に安倍首相が言ったように、現在の経済情勢が「リーマンショック前の状況に似ている」とすれば、うかうかしていられない。リーマンショック後の世界同時不況で日本の株価が暴落したように、27・7兆円の運用収益など一瞬で消し飛ぶはずだ。
 政権の座にある者は「アベノミクスは失敗した。すべて私の責任だ」と辞任すれば済むが、全国の高齢者は1首相の功名心と一緒に心中するわけには行かない。

 多くなった「積立方式」への再移行論
 「賦課方式」の見通し不安を反映して最近は「積立方式」への再移行論議が活発だ。ジグザグ蛇(だ)行の印象である。最大の難点は、若い世代が高齢者の年金を支えながら、みずからの分も積み立てなければならず、二重の負担を強いられること。財源として消費税や所得税の増額、相続税アップ等が考えられるが、相続税も含め実際に負担するのは若い世代になるから、二重の負担であることに変わりはない。解決策の立案は、くれぐれも細心に願いたい。とりあえず高リスク運用はやめることだ。