このブログでも数回紹介紹介させていただいた長野県東御市の八重原台地に行ってきました。
広々とした風景はいつ観ても素晴らしい!
八重原地区には史跡も点在しています。
戦国時代の山城外山城址です。
台地の端の崖っぷちにあり、のろし台の役割を果たしていたいうことです。
信濃の国に侵攻した武田信玄軍の砦の後です。
武田軍が去った後に鍋の蓋が残されていたため「鍋蓋砦」と呼んでいるとのことです。
江戸時代の小諸藩の役人であった黒澤 嘉兵衛の屋敷の門です。
門だけが残っています。この人は八重原地区の恩人でもあります。
台地で水の便が悪い八重原は今でも用水が引かれ、ため池が多数存在していますが、現在使用している八重原用水を蓼科山の麓から引いたのが黒澤 嘉兵衛です。これら三つの史跡は下八重原地区にあります。
もう少し早く、暖かい時期に走りたかったのですが、晩秋になってしまいました。
コロナ禍に加え天候不順で、走れる日が少なかったのが残念でした。
南側には蓼科山が望めます。
午後から走り出しましたが、秋は日が短い!
中八重原地区の方たちが整備した水車です。
中八重原公民館前には標高675mの標柱があります。
サイクリング、ウォーキングコースの案内板も整備されています。
中八重原地区を下った所に八重原南口の碑があります。
郷土愛を感じます。
下って立科町藤沢地区の大日堂です。
北御牧総合庁舎です。
かつての村役場です。
「(真田)幸村もかぶっています(ヘルメット)」近くの駐在所にこんなポスターが。自転車もヘルメットを着用すべきだと思います。
布下地区から見た布引山です。
昨年の19号台風では千曲川も氾濫しました。
この道も通行止めになりました。現在も工事が続いています。
写真奥に、戦前あった布引鉄道の橋脚が残っています。
小諸駅から北御牧まで鉄道が引かれていたのです。ここは小諸市ですが、これも鉄道史跡です。
山の上には布引観音があります。
高校時代初めての町外サイクリングで来た場所です。
牛にひかれて善光寺参りの伝説が残っています。