シャーロック第2シーズン第1回 見終わったけれど、完成度がシーズン1を、余裕で上回っていた。脚本・演出・キャスト・背景・音楽・映像全てスタイリッシュ、古典的なカメラアングルとCGをうまく利用した見せ方、もう口をポカンと開けてみるくらいの衝撃を受けた。
「一瞬たりとも見逃せない」と思い集中して見たが、それでもこの回は、破格の難易度。一度では、物語全般をうまく咀嚼出来ない。映画だったら、3回観ないと細部までの面白さが分からないだろう。ドラマなら録画してもう一度確認出来る。そこがイイとこ。
今回聖典のヒロインを現代版で登場させた、アイリーンアドラー(SM世界の女王様)VSシャーロック(コンサルタント探偵)、二人を全裸で交互に登場させるというアイデアからして…素晴らしい。登場人物は、たくさんいますが、誰一人、子供に至るまで、伏線が張られていて、謎に結びついていた部分。もう凄すぎ。ワトソンとホームズのやりとりも軽妙、その対比として兄マイクロフトとシャーロックの関係性人間ドラマを見せるのも面白い。謎の中心部分が、どこにあるのか最後まで見ないと全く分からないが、バラバラのものが、アイリーンとシャーロックの緊張感ある男と女の駆け引き・恋愛を主軸に、1本の線に繋がっていくの組み立ては圧巻。さすが、イギリス制作のミステリ。これをドラマで楽しめるとは、贅沢の極みですね。
ところで、私はこのドラマを見て、「英語が分かればもっと面白いのに」と悔しくなった。吹き替え版ではなく、字幕版で見て、本来の英語の脚本が分かったら、もっと細部のセリフのニュアンスまで理解出来て、イギリス人と同じくらい最高のシャーロック楽しめるのに。ドラマには、聖典コナンドイル原作「ホームズ」のイマージュがたくさんあると思う。英語が分かるシャーロキアンの人達はそれも楽しめる。しかし、日本語訳だけでこれを探るのは、難しい。解説書が欲しいぐらい。
一番難解だなと思ったのが、ラストシーンの解釈。ネタバレになるが、アイリーンは死んだのか?という点。
観客の想像にゆだねるラストかなと思ったが、私は最初見た時「死んだのかな」と思った。だけどさっきすぐ二度目を見て考えが変わった。私は「アイリーンは生きている」と思う。
「アイリーンがシャーロックによって助け出される」映像。その前後から考えると、どう見てもシャーロックの頭の中のもの。するとアイリーンは、処刑寸前のとこで、シャーロックに助けられたということになる、シャーロックは「走れ」と言っていたので運動神経抜群の彼女なら、あのまま走り出して助かったのだろう。だが、シャーロックと会うことなく、姿を隠したままだったが、アメリカに渡ることになったので、それを兄マイクに伝えたという話になる。
シャーロックが、笑ったのは、彼女がまた性懲りもなく、自分に連絡をよこしたから。だから「あの女」となる。でなければ、あの映像の意味が誰の何のためのものか、説明がつかない。あの映像がアイリーンの「願望」もしくは彼の「妄想」なら、何故シャーロックをああして、笑わせのだろう。彼の妄想なら、ああした形で絶対笑えないはず。
また「映像は、アイリーンの願望だった、それとは別にワトソンの言うことをそのまま鵜呑みにしたシャーロックは、アイリーンを思い出して一人笑った説」もあるが、これならシャーロックは「脳天気☀すぎる」複雑すぎる。これならシャーロックというキャラの崩壊。ドラマ設定から到底考えられない。
ただアイリーンの死亡説?の理由に
①マイクはワトソンに「アイリーンは死亡した」と伝えたこと。
②現実的に考えるとシャーロックがワトソンに気づかれずに渡航して助け出せるのか
この2点がある。これをどう論理的に反証するかだけど。
①兄マイクは、ああいった性格なので、ワトソンに嘘をついていても不思議ではない。(これまで何度もワトソンは彼に騙されている。)アイリーンが生きているのに、わざわざ死んでいると伝えたのは、慎重だったから。兄マイクは二人のロマンチストな関係を知っていたし、黙っていたのだ。野暮というものだから。
②シーズン1を見ていると分かるが、シャーロックは、自分が危険な目にあっていても、ワトソンにそれを伝えなかったり、巻き込まないというスタンスがある。それは徹底している。だから、ワトソンに黙ってアイリーンを助け出していても、全く不思議ではない。ワトソンは、この話では部外者なのだし。
SMの女王様、アイリーン。美人すぎる…どんなに誘われてもプラトニックを選んだシャーロック、その理由は、恋愛と論理は相容れないものだからでしょう。
シャーロックは、ラストで確か2回「あの女」とつぶやく。一度目は、性懲りもなく連絡をよこしたアイリーンに対しての感情で、二度目の「あの女」は、それでも、もう二度と逢えないと人だいう自分の感傷から口にした言葉。だから最後の「あの女」は切ない。