よく
「そういうことを言ってくれるのはあなただけ。ありがとうね」
と言われることが とても多いことに気が付いた。
自分にしか言えない言葉がある。
そういうのを大事にしようと思った一日だった。
よく
「そういうことを言ってくれるのはあなただけ。ありがとうね」
と言われることが とても多いことに気が付いた。
自分にしか言えない言葉がある。
そういうのを大事にしようと思った一日だった。
8時30分ぐらいまでは、面白くなかったなぁ。
内野家康が、もう「普通の家康像」…「悪」になってた。ここは難しいとこ。内野家康には、今までにない家康像が見られると思っただけに、つまらなく感じたな。近藤さんがいるので、内野はもっと優しくてイイかなと。
それから大阪城に家康が乗り込むとこ。ここは、従来の時代劇では「家康=悪」みたいな感じで丁寧に描かれる。特に大阪側の淀君がヒステリックになるとか定番シーンを期待したが、何故かナレーションのみ(笑)で、この部分が描かれないのは残念。三谷劇場真田丸は、今まで丁寧に描かれる個所を、思いっきり省く(信長が出たと同時に死んでたとか)パターンがある。淀君が家康をどう感じていたのか、まったく描かれない、旗のこともあって、あまり何も考えていないのかぁ…淀は能天気だなぁと思ったなぁ。女って浅はかなの?
私は三谷脚本は好きだけど前から女性について描かれ方に「難あり」と思っていた、それを感じた回。
こういう淀のいる豊臣についていく信繁…治部様はまぁ「豊臣命の人」だから、あれでいいけど、信繁にはもう少し冷静に考えてほしい。その「義」だけで戦乱を渡れないことは、自分のお父様=真田パパを見てれば分かりそうなんだけど(笑)と思った
この豊臣家臣の争い、治部様VS他の家臣 の争いだけど、石田三成がどんなに「義」を説いても、「お前が言うな」と思われてたわけだ。そのくらい人望がなかった…「石田三成は、他人にはエラソーでうるさいくせに自分には甘いよな」みたいな感じだろう。会社と同じで誰につくかという部分で、石田はついていけないよ…という見せ方。三谷劇場らしいテイスト。
でも、信繁はうまく言えないけど、三成の姿を見て「義を貫く」と思ったわけだ。ここが少し甘いかなぁと・
30分過ぎて、真田パパ 真田兄 信繁3人どうするか話し合うシーンがあって、このあたりから面白くなった。
真田パパは「戦好き」で「戦で大博打やりたい」それが生きるエネルギー、人生のテーマ(笑)ずっと死ぬまでそう。これは分かりやすい。関ケ原で家康と戦う理由としても一貫している。真田兄は、少し躊躇するがとりあえず「長男だから」という理由で真田方につく。現代人的な考え方をするのは、真田兄だから来週が注目。それに比べると、ファンタジーのような正義を貫くのが信繁(笑)う~ん、三成とか秀吉に魅せられたということか。この頑なな部分は、パパ譲りかも。
それから棒の直江状(笑)上杉討伐は、歴史的な史実が実際どういう思惑で人々は動いたのかという部分で、興味を引いた。
週末、イライラする感じで、眠たいのか起きていたいのか それすらも考えたくないくらい(笑)
この不調の原因は、自分では分かっている。しばらく辛抱の時だから、仕方ない。時間が解決する。
土曜も、気分が優れないと思ったけど、
パソコンサークルで行き集中すると、気が紛れた。それから近くの祭りに出かけた。
何でもいいのでやらないといけない。だからブログも書いている。
こちらは、久しぶりに曇天で涼しい。来週からの台風の暴風が心配だ。
午前中は、掃除&買い物とを済ませので、作り置きしておくために料理する。
今からピーマンの肉詰めを作る。眠いけど頑張ってみよう。ピーマンは、頂いたものだけど、スーパーでも安く売っていた。
詰め放題で百円だった。
瑞々しい夏野菜が食べられるのもあと少し。秋の気配がだんだん近づいてきた。
高畑容疑者は「他人との距離感がとれない人物」らしい。
こういう人は、面倒くさい。付き合っていられない、嫌われるタイプの典型的なパターンだ。
(全く関係ない話だけど、その、場とキャラをわきまえないで下ネタを連発されるのは、おばさんになった今でも個人的に嫌いwww。話をしたくなくなる。そういう人って、気が付かないんだよなぁ。この鈍感さが嫌という感じ。高田純二ぐらいの人なら別だけどwww)
今の若い世代は、人との真正面からのつながりが苦手で(lineとかやるから)という話をよく聞くけど…
高畑容疑者のようなタイプも不幸を呼ぶなと思った。
私は、ノンママなのでこう思うのかもしれないが
母親の責任はどこまであるのだろうか?
それはその母親が決めることで、第3者があれこれいうことでもないかも。
高畑淳子さんは、才能のある素晴らしい女優さんだと思う。
でも才能ある女優さんと母として現実どうあったのかということは別物。
高畑容疑者には、他人との距離を測れない性格的に偏った資質があった、それは彼と社会的にマイナスなものしか、もたらさない。
母親が有名女優のため、なんなく芸能界に入りテレビに出られることになって、それがよけい増長されたのかもしれない。
母親なら薄々それ感じていただろう。
「親ばかですので」と繰り返していた。印象に残った。
血縁、血が繋がっているということは やっぱり絶対的なものかぁと。せつないなと。
ただこれは高畑淳子という母親の場合で、同じような事件を起こしたときに
「もう息子とは縁を切る」という母親像(縁を切る愛情の在り方)があってもおかしくないだろう。また「自分は関係ない」というのもあるかもしれない…、
高畑淳子の会見は、女優と母親との業を見せた会見だった。
乳がんを治療していく過程で色々な人に出会う、新たな出会いもあるし、別れもある。
けれど
自分にとって縁がある人は、自然に めぐり合わせるようになっているらしい。
まるで不思議な力に導かれるような偶然の出会いを
私は何度も経験した。
運命というか奇跡というか
何かの計らいなのだろうか?といつも不思議な気持ちになる。
私は天の配列ということをよく思う。天の配列は時に不思議な夢を見せるもの。