ぼくがピアノを弾きたいと思ったのはこのCDを聴いたからだ。このコンサートには曲名がない。キース・ジャレットの即興なのだ。フルコンサートすべてが即興なのだ。「今後もこの通り演奏するものではない」と彼は言っている。今まで聴いてきたジャズ・ピアニストとはまったく違っている。キースのエスプリを音で流す、運ぶっていうのかな。種を蒔くっていうかな、作物の種類によって蒔き方がちがうわけよ。彼こそ吟遊詩人じゃないだろうか。僕の手元にある「ウイーン・コンサート」「ラ・スカラ」2枚のCDも即興である。途中彼の声が聞こえたりする。詩を歌っているかのように伝わってくる。
彼は彼のファンから熱いお礼を言われて、返答に困ってしまったという。そして彼はこう書いている。「音楽は音楽を作る過程にあるという、かすかな(また時に朧げな)認識をさらに強めてくれた」これがキース・ジャレットの姿なのじゃないかと感じる。「詩は詩を作る過程にある」ぼくなりに置き換えてみた。いいね!
彼は彼のファンから熱いお礼を言われて、返答に困ってしまったという。そして彼はこう書いている。「音楽は音楽を作る過程にあるという、かすかな(また時に朧げな)認識をさらに強めてくれた」これがキース・ジャレットの姿なのじゃないかと感じる。「詩は詩を作る過程にある」ぼくなりに置き換えてみた。いいね!
でも先日、フルートとギターのジャズミニコンサートに行って、譜が読めなくてもいいじゃないか、と思い始めました。
曲を頭で覚えればテキトーにできるはず・・・しかも自分だけのオリジナル。
ただし、肺活量がついて行けるかどうか、問題はそこです。
譜面をいつどうやって覚えたかわからないですね。聴いていいなあと思った曲はまず頭で覚えて、鍵盤で音を拾います。その音を道路の陸橋下まで(騒音ですから、民家のない場所)持っていってテナーサックスでテキトーに吹いたりもしています。今は寒いからダメです。ぼくは何でもそうですが、自分で納得できれば良し、でしょう。