亀の歩みで

急がず、慌てず、IT文化を楽しめたらいいと思っています。

返信メール

2007-12-28 02:42:29 | Weblog
昨晩ぐっすり眠れたという姉を車で送って行った。
着くなり私はお昼御飯の支度。
もう実家は無くなってしまったが、まるで実家に行った時のように「おさんどん」をするのが当たり前になってきた。
姉はひとりで食べるより美味しく食べられると言って いつもより沢山食べてくれた。
食事が終って 午後からパソコンの教師になった。
以前にも書いたが 姉が耳が遠く、電話での会話が不十分なことと、楽しみが少なくなっている姉の楽しみを広げてあげたい気持ちからパソコンを勧めてきた。
先月ようやく 一番簡単な方法「返信メール」の仕方だけを教え Eメールができるようになったのだったが 返信のツールが見えなくなってしまって返信ができないと言ってきていた。
調べてみると、知らない間に変なところでクリックしたため、見えていた「返信」が隠れてしまっていた。
私もすぐ上の姉も、解決方法をファックスしたり電話で説明してきたが、状態が分からないところで、お互いがチンプンカンプン。
おまけに すぐ上の姉のメールの設定と私のが違っていたので、なお 分からなくしてしまっていた。
実際 直に画面を見て初めて、「いくら説明しても分かる訳がない」ことが分かった。
とりあえず見えるようにして、今後のために、表示→ツールバー 等々説明したのだが、頭がこんがらがって、理解しにくいので 紙に説明を書いてあげることにした。
我が家はXPではないので姉のところで「insert」を駆使して図解説明文をワードで作成して、Eメールで私の所へ送り、
帰宅して印刷したものを姉の所に送付することにして帰ってきた。
帰宅して姉のところから送ったEメールを見ると、確か添付したのに添付したものを見ることができない。
もちろんワードなので本文には表示されていたので、これを印刷して、加筆して姉に送ることにした。
何故、添付が見ることができないのか年が明けたら先生に聞いてみよう。

そうそう今日の夕飯は、こちらから持って行った食材「おでんセット」で 十分煮込んだ大根も柔らかく煮えて、姉が作ってくれた炊き込みご飯などを美味しく食べて、渋滞時間を過ぎたころ 姉宅を出た。
一時間ほどで帰ってくることができた。

明日は きっと姉から返信メールが届くことだろう。

年末の大掃除

2007-12-28 01:53:29 | Weblog
11月末に手首を骨折したので、今年は大掃除はしないことに決め、代わりと言っていいかどうか、喜寿の長姉と仙川のお風呂に出かけて、今年一年の垢を落としてきた。
長姉は埼玉県に住んでいるので朝早く家を出て11時半ごろ下高井戸駅に着いた。
足腰がかなり悪くて、歩く速度も亀の歩みに似てゆっくりで、時間がかかる。
昔は池袋から新宿へ出て 京王線に乗ってきたのだが、乗り換えが大変。
昨年 和光市駅で 有楽町線に乗り換え(同じホーム)市ヶ谷で地下鉄連結の京王線に乗り換える楽な道が分かったので市ヶ谷で電話をかけてもらって、時間を見計らって下高井戸駅へ迎えに行った。
駅から我が家まで5分ほどなのだけれど、その5分が姉には大変なので、車で迎えにいくことにしていた。駅近くには車を止めておく所がないので、困っていたら 幸いなことに 今回は主人が車の運転をしてくれ、駅近くの映画館前に待機してくれた。
改札口で待っていると、降りた人が殆ど改札を出てしまった頃、ようやく杖を付きながら歩いてくる姉の姿が見えた。
改札を出ると そばの階段を降りるより、まっすぐ進んでエレベーターで降りて戻る形になるけれど、平らな所を歩く方が楽だという。
映画館辺りで待っていた主人が私たちを見つけて車を寄せてくれ、それに乗って我が家まで。
午後から仙川のお風呂に行って、一年の垢を落として、岩盤浴で活力を得て、帰り道にある「鮨屋」にて夕食。
姉は身が軽くなったのと、リフレッシュしたため、元気になって珍しく遅くまでテレビ「亡くなった人の言葉を聞き出して欲しいという人たちに「江原某」氏が伝えるという番組」を見ていた。
私は別のテレビで「高専のロボコン」を見ていた。

骨折 23日目

2007-12-14 15:37:02 | Weblog
先月 骨折してから今日で23日経過、超音波のお湯に手を漬けたり、電気をあてたり、最初は毎日通い、次の週から一日おきに通院してきた。
明日から海外旅行に出かける予定もあって、早く治したい気持ちで、片道25~30分を歩いて通ってきた。
「あなたは栄養が行き届いているから早く治るでしょう」と
おデブの私をみて、冗談交じりに言われた言葉を信じて、今日は固定している金具がとれるのを期待した。
レントゲンを見ると骨折したところが白い戦になっていた。
ボンドがはみ出して接着したような感じ。
くっついていた。2か月もすると、骨の密度が高くなって周りの骨と変わらない色になるのだそうだ。
しかも、接着剤がはみ出しているようについた骨はすっきり剝ぎとられてきれいな一本の骨になっていくとのこと。
賢いなぁ。余分な骨がはぎ取られるなんて・・・・
脂肪もそうなってくれれば苦労しないのに・・・・

金具は外したもののまだ軟弱な骨なので、まだ暫くは包帯を巻いてサポートの必要がある。
包帯は診療ではないので、保険はきかないため、外の調剤薬局で包帯代を支払うことに。
この12月から医薬分業になったため、たった180円支払うのに調剤薬局へ行かねばならず不便になった。

骨折したため、自転車に乗ってはいけないのだったが、今日は 明日 旅へ出かける前日で忙しく、恐る恐る自転車で出かけてしまった。
急ブレーキをかけないように、人の間は通らないように・・・
右手に負担をかけないように慎重に・・・

骨の周りの筋肉の調整をしながら、完全に治るまでまだ先は長いが、金具が取れただけでも大分楽になった。
お正月は出かけるので「おせち料理」から、解放されることになっていた。
まるで骨折するのが運命だったみたい。(-。-)y-゜゜゜

年賀状作成

2007-12-06 17:55:49 | Weblog
私の通っているパソコン教室で、新しい写真整理のソフトを使って年賀状の作成を習いました。
手首を骨折したものの、指先は自由なので、パソコンの入力ができています。
しかし、画像をいろいろ使って、加工する時はマウスを握りながらクリックする動作の連続です。
腕はもともと一本なので、そこを固定しても動きに影響がないと思いましたが、
手首が自由にならないことは、マウスを握りながら指も動かす動作はスムーズにできないものです。
しばらくすると、痛みが出てきてしまいました。
授業中に年賀状を完成するのは諦め、お喋りの時間を楽しみました。

教室には 骨折しているためハンドルを持てないので自転車を使うことができませんので歩いて行きました。
帰りに先生のご実家で500個も実ったという柿をいただきました。
柿大好きな私か喜んでいただいたのですが、教材と柿を左手だけで持ち帰るのは重かったですが、先生からとても甘いと聞いて、期待しました。
帰宅すると、手を洗い早速柿を食べたところ、すごく甘く、ほっぺが落ちそうでした。
早めに収穫する売っている柿と違って 木で熟しているので甘味が格別でした。