それにしてもこの漁師町は….
いや、もう漁師さんなんて
ほとんど居ない。
お年寄りと猫ばっかりだ。
大人になると昔の記憶よりずっと
小さく見えると言うけど…
いや、町全体が本当に昔より
小さくなっている。 昔は小さな
お店がいくつもあった。
魚屋さん、お肉屋さん、雑貨屋さん
本屋さん、町で一応一通りのものは
揃ったはずだった。
今では食料品を扱う小さなスーパー
が1軒あるだけ。
「儲かっているのは葬儀屋さんだけ
だよ、ほら、又店舗を改修したらし
いよ」と母が言っていた。
人口もどんどん減っているんだ。
東京に出て正解だった。
父が亡くなり、耳の悪い母だけを
この町に一人残す事には抵抗が
あったけど、戻ってくる気なんて
さらさらなかった。
あれは中1の夏頃だった。
友達にも言った事がなかったはず
なのに私がA君の事が好きって事が
ばれて、あっという間に全校中の
誰もがそれを知った。
町の大人も「何、あの子、中1なの
にやけに早熟だな」と面と向かって
言われた事は無いけど、皆そんな
事を言っている声が聞こえるように
なった。 それから栄子はこの町が
嫌いになった。
東京は刺激的なだけではない。
たとえ大きな声で
「だれだれが好き!」っと叫んでも
誰も聞いてやしない、大きな街だ。
この町では何も言わなくても皆に
聞こえるのに。
大学を卒業し、OLになって2年が
過ぎた。 華やかな街並みや楽し
そうに歩いている大勢の見ず知らず
の若者たちも、もう珍しくはなく
なっていた。
そんな時あのバンドに出会った。
吉祥寺の小さなライブハウス
女友達と飲んでいる時に店で
「券安くするから来てよ」って
声掛けられて、その男が少し
イケメンだからって、酔いに任せて
二人でチケットを買った。
なんであんなにハマったのだろう。
今思い出せばガチャガチャするだけ
の音楽だったけど、何かが引っ掛
かった。 毎週のようにライブに
通い、気が付いたらバンドメンバー
の一人と同棲していた。
練習時間が必要だからとバイトの
時間を割き、ようやくバイトの
お金が入っても売れ残りチケットの
費用負担で消えた。
だから当時は食費もアパート代も
すべて栄子持ちだった。
それでも充分楽しかった、彼が
「バンドやめてサラリーマンに
なるって」言うまでは。
「なんだ、夢を捨てる男なんて
かっこ悪い」そう言って別れた。
本当は働き始めたら私なんか
必要なくなるって、そう言われる
のが怖くて、まだ言われてもいない
のに自分勝手に先回りしてそう
思った、だから別れた。
結婚するならやっぱり固い人だ。
それで哲夫と結婚した。
地質学者って、あれは職業として
固いのか?
それとも扱う物が固いだけなのか?