『音色』 -第4話-

2018-11-13 07:04:56 | 作り話

それにしてもこの漁師町は….
いや、もう漁師さんなんて
ほとんど居ない。 
お年寄りと猫ばっかりだ。
大人になると昔の記憶よりずっと
小さく見えると言うけど…

いや、町全体が本当に昔より
小さくなっている。 昔は小さな
お店がいくつもあった。
魚屋さん、お肉屋さん、雑貨屋さん
本屋さん、町で一応一通りのものは
揃ったはずだった。 
今では食料品を扱う小さなスーパー
が1軒あるだけ。

「儲かっているのは葬儀屋さんだけ
だよ、ほら、又店舗を改修したらし
いよ」と母が言っていた。
人口もどんどん減っているんだ。

 東京に出て正解だった。 
父が亡くなり、耳の悪い母だけを
この町に一人残す事には抵抗が
あったけど、戻ってくる気なんて
さらさらなかった。

あれは中1の夏頃だった。 
友達にも言った事がなかったはず
なのに私がA君の事が好きって事が
ばれて、あっという間に全校中の
誰もがそれを知った。 
町の大人も「何、あの子、中1なの
にやけに早熟だな」と面と向かって
言われた事は無いけど、皆そんな
事を言っている声が聞こえるように
なった。 それから栄子はこの町が
嫌いになった。

 東京は刺激的なだけではない。 
たとえ大きな声で
「だれだれが好き!」っと叫んでも
誰も聞いてやしない、大きな街だ。

この町では何も言わなくても皆に
聞こえるのに。

大学を卒業し、OLになって2年が
過ぎた。 華やかな街並みや楽し
そうに歩いている大勢の見ず知らず
の若者たちも、もう珍しくはなく
なっていた。
そんな時あのバンドに出会った。 
吉祥寺の小さなライブハウス
女友達と飲んでいる時に店で
「券安くするから来てよ」って
声掛けられて、その男が少し
イケメンだからって、酔いに任せて
二人でチケットを買った。
なんであんなにハマったのだろう。
今思い出せばガチャガチャするだけ
の音楽だったけど、何かが引っ掛
かった。 毎週のようにライブに
通い、気が付いたらバンドメンバー
の一人と同棲していた。 

練習時間が必要だからとバイトの
時間を割き、ようやくバイトの
お金が入っても売れ残りチケットの
費用負担で消えた。
だから当時は食費もアパート代も
すべて栄子持ちだった。 
それでも充分楽しかった、彼が
「バンドやめてサラリーマンに
なるって」言うまでは。 

「なんだ、夢を捨てる男なんて
かっこ悪い」そう言って別れた。 

本当は働き始めたら私なんか
必要なくなるって、そう言われる
のが怖くて、まだ言われてもいない
のに自分勝手に先回りしてそう
思った、だから別れた。

結婚するならやっぱり固い人だ。
それで哲夫と結婚した。 

地質学者って、あれは職業として
固いのか? 
それとも扱う物が固いだけなのか?


『音色』 -第3話-

2018-11-08 08:21:52 | 作り話

「おばあちゃんがお嫁に来た頃
この町ってどんなだった?」
「昔は漁師さんと小松石を運ぶ
人足が沢山いてね~。
今よりはずいぶん荒っぽかったけど
それは活気があったよ!」 

 今は猫くらいだ 元気があるのは。
とにかくこの町にはそこいらに猫が
いる。 もしかして、おばあちゃん
が言っていたアマル何とかって町も
猫がいっぱいいるところなのかな?
猫はいいな、いつも好きな事だけ
して。 なにもしゃべらなくても
いいし気に入らないことがあれば
「ぷいっと」どこかへ行けばいい。
その事に誰も文句を言ったり
怒ったりもしないもん。

私は人から「おくて」と言われる。
「人見知り」と言う人もいる。
本当はそうじゃない。 ただ他人に
聞こえるほどの大きな声が出せない
だけだ。
心の中ではいつも叫んでいる
「そんな服じゃいやだ!」 
「私、こっちじゃなきゃ絶対
いや!!」って
頭の中ではうるさくて大きな音なの
に、何で聞こえないのだろう。
お母さんにも良く言われる
「どうしたいの 陽?」
「もっと大きな声でちゃん
と言って!」って。
私はちゃんと言っている
つもりだけど、お母さんにも
聞こえない程の小さな音なのかな。

猫にはちゃんと聞こえている
みたいだよ。
だって猫に「あっち行け!」って
言うと直ぐに猫は逃げるもの。

あと、おばあちゃんにも聞こえ
ているよ。
皆、おばあちゃんは耳が遠いって
言っているけど、そんなのきっと
嘘だ。
だって、おばあちゃんいつも言うよ
「はい、はい、そんなに大きな声を
出さなくても聞こえるよ、陽」って。

どうして他の人には聞こえないん
だろう、陽の声?


『音色』 -第2話-

2018-11-06 06:56:39 | 作り話

ここはやっぱり田舎だ。
いまだに診療所すらない。
美容院はあるにはあるけど
あんなお釜みたいな装置が
置いてある店、怖くて行け
やしない。 

それに、小さな町だから
なんでも直ぐに
町中に知れわたる。

帰ってきたわけじゃない。 
次の哲夫の現場がたまたまここ
だっただけ。
それに永遠のここに住むわけ
じゃないし、次の現場に移動
するまでの間だけ。
栄子はそう考える事で嫌っていた
故郷で再び生活を始めることへの
抵抗感を薄めようとしていた。

 

中学卒業までは朝から晩まで
一日中この町にいた。
友達は大勢いたし、
皆と遊ぶのは楽しかった。

でもだんだんと息がつまるように
なった。

だから高校は3つ隣にある大町まで
通う事にした。
まあどちらにしてもこの町に高校は
ないから、進学するならどこか他の
町まで行くしかない。
大町は城下町で人も多い、デパート
も3つあった。 
その一つは当時としては画期的な
パルコのようなアパレルだけが
入っているビルだった。 
毎日、学校帰りにそこへ寄るのが
楽しみだった。 

だけど、だんだんそれにも
飽きてきた。
もっと都会がある事がわかったから。

「やっぱり所詮は地方都市だ」

その、アパレルビルは8年前から
売れ行き不振になり、その後
いろんな業種が入る雑居ビルに
なった。 最後には全館100円
ショップになったがそこも撤退。
とうとう3年前には解体されてしまい
今はがらんとした車が止まっていない
駐車場になった。

高校卒業後は迷わず東京の大学に
進学にした。 
大町で通った高校は県立でも結構
上位の学校だったから東京の大学に
現役で入学出来た。

この町を出て14年、
哲夫と結婚して、
すぐに陽が生まれて、
それから5年、

栄子は又この町に戻って来た。

 

続く


『音色』 -第1話-

2018-11-04 20:50:58 | 作り話

私の作った寝具で
誰かを幸せにするお手伝いがしたい

 

 

『音色』

 

私の名前は小室 陽(ひなた)。
去年の11月におばあちゃんがいる
この町に引っ越してきた。

どんな町かって? 
「ここは日本のアマルフィって
 最近言われているらしいよ」
おばあちゃんが言っていた。
だけど、アマルなんとかって言う
町がどんな所か知らない。
もし、他人に聞かれたら
「ここは港が近くにあって、
猫がそこいらじゅうにいる町」
って答える。

 

おばあちゃんもずっと昔にこの町に
越してきたんだって。
もう死んじゃったけどこの町で
小学校の先生をしていた人と
おばあちゃん結婚してそれから
ここにずっと住んでるの。

 

私も4月になったらその小学校に
通う事になるはず
お父さんの仕事が終わらなければ。
だってお父さんの仕事、地質学だから。
お母さんも何をする仕事か良く分
からないらしいけど、いろんな場所
の土とか岩とかをほじっている
らしい。
何かを調べて、それが終わったら
また違う場所に行くんだって。
いつ終わるか解らないし次にどこの
場所に移動するかも解らない。
だから、お父さん以前は1人で
何ヶ月も出張していたんだって。

でも
「お父さんも陽の近くにいつも
いたいから」って今回から現場が
変るたび家族で引越しようって事に
なったの。

この町には小松石っていうここで
しか採れない石があって
お父さんそれを調べるためここに
来たの。
それがおばあちゃんの住んでいる
この町だったの。

 

私たち、おばあちゃんが貸している
アパートに住んでる。
お母さんが高校を卒業して町を出て
その後おじいちゃんが死んじゃって
おばあちゃん
「一人で住むには広すぎるから」
って、家の一部をアパートにしたん
だって。
でも、ここ数年は誰も住んでいな
かったみたい、だからラッキー
だってお父さんが言ってた。

「家賃がかからないから助かる」
って。

 

続く