淡路島 おのころ島神社⛩️に妹と行きました。高知に帰り、その足で妹とドライブ旅行が始まりました。とても大きな赤い鳥居がありました。
淡路島といえばイザナギ様イザナミ様の国産み神話です。最初に入ってすぐのところに、鶺鴒石がありました。この鶺鴒(セキレイ)は鳥の名前です。
鶺鴒石には、赤と白の縄があり、カップルが紐を引っ張って手を繋ぐと良いとか云々書かれていました。
セキレイは白と黒のかわいい小鳥ですが、激しい性格を持っているようで、ルールをきちんと守るみたいですね。
このセキレイ、「日本書紀」にでてきます。「国産み神話」の男女二柱の神イザナギ様とイザナミ様が天から降りてきて日本の国を産みだすやり方がわからないとき教えたようです。
セキレイがニ神の前にやってきて尾を上下に振ります。その動きを見てふたりは夫婦和合の方法を知り、次々と子ども(=国や神)を産んだようですね。
結婚披露宴会場の壁にセキレイが描かれたり婚礼の調度に鶺鴒台があるのは、それに由来するみたいです。
一方、「古事記」では国産みは夫婦イザナギ様とイザナミ様が出逢う場面では、イザナミ様が先に言葉を発したら国生みに失敗しイザナギ様が先に言葉を発したら国生みに成功します。
このことが暗示しているのは、日本語を生むことに関係があるのではと指摘されている方がいました。この洞察☟当たり🎯だと思いました。
「子どもの音を生むのは、父韻が先で母音が後がいいということです。それは日本語の仮名(かな:神名)のことで、
例えばa(母音)が先でk(父韻の一部)が後だと仮名は生まれませんがkが先でaが後だとka(か)という仮名が生まれることから、イザナギ様から言葉を発しないといけないというのは仮名が生まれる過程を表しており日本語は子音だけでは存在できない母音優勢の言語でありそれは日本人の思考にも影響しているように思います。」
はじめに言葉ありき。言霊の国、日本、を表している。
そしてイザナギ様が柱を右回りしてイザナミ様が柱を左回りすることにも、素晴らしい洞察をされていましたので、その内容をふまえ書いてみます。☟
八卦から右回り左回りの意味を見いだしていました。「乾」が父(陽)ですからイザナギ様、「坤」は母(陰)ですからイザナミ様です。イザナギ様とイザナミ様は悦びという「兌」を中心にして向かい合っています。
リッシンベンに「兌」で悦ぶ。立身、立真、立心、律心、からは身魂をきちんとしてまじ合わせる感じがします。男女和合、陰陽和合から子供が胎児として出来るには絶妙な陰陽の☯️バランスが小宇宙で自然に、神がかってなされている、そういう命の神秘を思います。
気を整えて先天とまじ合わせる坐でも、「さい兌」といって、任脈と督脈を合わすポイントが口にあります。
イザナギ様が左回りでイザナミ様が右回りだけだと足りなくて、イザナギ様が右回りでイザナミ様が左回りだと共に陰陽の振り子のように、時間のある空間に物が生み出され、大きな輪(大きな和🟰やまと)を作り悦ぶ。
「兌」の方位は「西」で、干支で言うと「酉」(とり)で「十理」。十(和)は神を表します。
イザナギ様とイザナミ様は神の原理を中心にして向かい合い、神の原理とひとつになったことを表しているのですね。人も魂魄をきちんと操縦してこそです。
国生みの背景は仮名(神名)が生まれる背景であり、また、「大和(やまと)の国は言霊の幸(さき)はう国」(万葉集より)であるのもむべなるかな(もっともなことだなあ)。
乾坤兌、三つの和、三つの輪が一つになり、命の輝き、一点の光を、胸の中に持って人は生を受ける。
生命の神秘を思います。生まれて死ぬまでに、とてつもない苦悩を経験したり、批判に晒されたり、ニュースでは、悲しい報道に胸が痛くなったりします。
命は、物凄い神秘の結晶であり、イザナミ様イザナギ様のお話からも、誰かによって、また自分によっても、決して傷つけててはならない光だと、国産みの神話から感じました。✨✨✨
神社参拝から、沢山の気づきをいただきました。ありがとうございました⛩️。