愛と情熱の革命戦記

猫々左翼の闘争日誌

モンカダ兵営襲撃60周年によせて

2013年07月27日 15時30分41秒 | ラテンアメリカの政治革新、文化等



 日本時間だったら、日付変わったから昨日でキューバだったら日本より日付が1日遅れるから今日がモンカダ兵営襲撃60周年ですね。

 革命前のキューバは、事実上のアメリカの従属国で国内においてマフィアや権力が腐敗した結びつきをしながら貧しい人々を苦しめていました。街には失業者が溢れ、首都ハバナには、売春婦が徘徊している状況でした。もちろん、売春婦とて好きで体を売っているわけではなくて貧しいから仕方なく夜の街で米軍兵士などを相手にしていたわけです。また、農村部やスラムでは栄養不良に起因する病気で幼くして亡くなる子どもたちが少なくありませんでした。1952年3月10日にバティスタは、大統領選挙で勝利できないことが分かると軍事クーデターを引き起こして憲法や議会を停止しました。これに対してフィデル・カストロはバティスタの行為をキューバ憲法に反するとして提訴します。結果は、裁判所の不当な判決により敗訴します。また、バティスタは、反対は市民の暗殺にまで手に染めるようになっていました。このような中、フィデル・カストロをはじめとして若者や学生が中心となり、武装蜂起を決意しました。こうして、フィデル・カストロなど若者や学生たちが1953年7月26日にサンティアゴ・デ・クーバのモンカダ兵営を武装襲撃します。この行動は、経験不足に加えて準備不足により失敗し、少なくない若者が殺され、フィデル・カストロはカトリック司教の仲裁により死刑を免れたものの懲役15年の判決を受けて投獄されます。モンカダ兵営襲撃は、軍事的には明らかな失敗だったわけです。同時に言えることは、モンカダ兵営襲撃後にはキューバ国内各地でバティスタ軍事独裁政権打倒のための自主的運動が増大しました。軍事的に失敗だったモンカダ兵営襲撃が政治的にはキューバ国民を独裁政権打倒へ立ち上がらせる契機になり、これが1959年のキューバ革命勝利へとつながっていきます。

 さて、7月21日(日)投票日の参議院選挙で日本共産党が議席を改選前3議席から8議席へと倍以上増やしました。非改選の3議席と合わせると日本共産党の参議院の議席は11議席です。これにより、日本共産党は参議院において院内交渉団体としての立場と単独会派での法案提出権(ただし予算の執行を伴わない法案)を獲得しました。 今までは、単独会派で法案を提出できず、政府の試作に対する対案があっても、これを他党の議員に見せるだけに終わっていました。今度からは、日本共産党は、参議院においては法律案を提出できますので、予算の執行を伴わない法律案に関しては、政府に対する日本共産党の対案として国会へ提出することができます。法律案として提出された法案は、必ず審議しなければなりません。審議の過程でどの政党、議員も賛成あるいは反対の態度を示さなければなりません。また、法律案に対して賛成する場合には賛成の理由、反対するならば反対する理由をどの党派も議員も国民に対してはっきりさせなければならなりません。ここは、重要なことです。

 率直に申し上げると、日本共産党が議席を増やして単独会派で法案を提出できるようになったとはいえ、自民党との議席の関係では常に不利な戦いが日本共産党に強いられます。国民の声を聴いて作り上げた法案がすぐに法律として実るとは限らないし、まともな理由も示されないまま、議席の数にものを言わされて提出した法案が廃案されることすら少なくないでしょう。この場合においてたんに法律案が廃案になって悲しいとか言っている場合ではないでしょう。国会において提出された法律案が握りつぶされて廃案になれば、この限りにおいては「負け」です。ただし、「負け」は「負け」でも次に繋がる「負け方」が必要です。国会で提出された法律案が国会内での政党間の力関係を超えて実れば、これは、国民の運動の勝利であり、もし、国民要求の結晶である法律案が議席の数にものを言わせて握りつぶされる場合においては、法律案の廃案を私たちは、国民要求を握りつぶして国民に害を為す政権の姿を浮き彫りにして告発していくことが必要になってきます。このようにして、国会における日本共産党の議員の戦いと国会の外での様々な分野の運動が連携して常に政権の国民との関係における正当性を問いていくことで自公政権の正当性のなさを明らかにしていくのです。今後3年間は国政選挙がないと言われていますが、これは衆議院が解散することなく任期を終える場合のことです。国民要求を握りつぶす勢力を国会において野放しにする道理はないから、国民運動と日本共産党が連携して衆議院を解散に追い込むことさえ状況次第で求められます。

 今後、憲法問題、原発再稼働問題、TPP問題など色々と予断を許さない状況が続きますが、フィデル・カストロがモンカダ兵営襲撃という軍事的には明らかに失敗した行動をバティスタ軍事独裁政権打倒のための国民運動を呼び覚ますことに繋げたくらいです。従って、議席増という一定の成果を収めた参議院選挙の到達を日本共産党と各分野の国民運動が政治革新への展望をきりひらくための契機としていかすことは当然であります。

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