陽だまりのねごと

♪~思いつきひらめき直感~ただのねこのねごとでございますにゃごにゃご~♪

さくらさくらの息抜き

2007-04-06 23:49:36 | Weblog
短歌でも俳句でも川柳でも詩でもない。
草壁焔太氏が編み出したメジャーでない新形式の文芸がある。
五行歌会は愛好家が1首づつ事前に持ち寄って、
自分の好きな良いと思う歌に得点して、
どうして良いと思ったかを言い合い、
最後に
作者はどういう思いで歌を詠んだかを語る。

私は、悪いところを言わずほめ合う所が
この歌会のポイントではないかと思う。

私生活を語らずとも、歌に日常が本心が吐露されている。
弱みであり自分の醜い部分であったりする。
歌会に飾った自分もいらない。
その場ではえらく楽に息をしてしまう。
その辺りが歌会の魅力かもしれない。

歌の形には五行である事の他に規制がない。
いいなぁ~と思う歌には出会うのだけれど
何が良い歌なのか、上手い歌なのかよくわからないまま
全国組織の分裂など始まって、面倒になって辞めた。
辞めても、
歌会で出会った人のつながりはいつまでも懐かしく切れず、
乞われるまま、いつの間にかずるずる復活していまった。
私のちゃらんぽらんなところだろう。

先日、演劇を観た会場近くがかつて熱心だった頃、
遠路ちょこっと参加した事のある歌会会場だった。
問い合わせると
偶然にも桜が咲いている頃、歌会が開催予定だった。
長くお会いしていないあの人、この人に急に合いたくなって
本日、有給休暇を取って歌会に参加した。

歌こころの熱の醒め方をしっかり暴露されて、
これまでで最低点の一点をもらった。
ほめることが暗黙のルールだから
なんだか理解できないけれど、迫力ありとの評をもらった。

大地踏みしめ
もう大丈夫と
あの桜花びら
天仰ぐ
片身に浴びる

この時節には夫と最後にした花見が思い出されてしまう。
ガン再発告知の一ヵ月前。
大腿骨に転移があったのだろう。歩行がむつかしくなっていた。
毎年ドンチャン騒ぎの花見がしたい人だった。
近所の子供の頃行ったことがある近くの鎮守の杜の桜を観ると言い張った。
花見弁当をこしらえ、一番近くまで車で上り、手を貸して桜の下に陣取った。
初めて娘と3人ぽっちの花見だった。
舐める程度の酒を飲み、
散る桜と戯れる蝶など静かに愛でていたような。
不覚にも歌の説明をしていたら目が潤んだ。

息子は今、絶不調。
さくら咲くころ、世が華やぐころ
決まって鬱々が始まる。
カウンセリングも2回断り睡眠薬が切れかかっていたから
朝、相当の遠回りで私が替わりに薬をもらってから歌会に回った。

ゆったり気分で帰宅すると、我が家は大荒れ。
さもありなんと覚悟はしていた。
今は母が
50cm以内に近づくのを嫌う。
話かけるのを嫌う。
ひとりになりたいと言う。

平常心を保った振りをして、
母なりの息抜きを考えて家を空ける。
息子には今、母は邪魔な存在らしいから。
息子の世話をそれでもしつつ、歌舞伎の黒子役のような気がする。