気の向くままに

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貸家暮らしの勧め 

2015-05-27 10:47:28 | 日記

5月27日 【産経抄】


 親友の一家が、転勤先から3年ぶりに帰ってくる。門倉修造は、いつものように借家探しを引き受けた。見つけたらまず、大家に大きな菓子折りを届けて挨拶する。植木を入れて垣根を繕う。

 ▼当座の所帯道具が調ったのを確かめると、風呂の焚き口にしゃがみ込んだ。親友が長旅の疲れを癒やす最初の風呂は、どうしても自分で沸かしてやりたかった。向田邦子の小説『あ・うん』の冒頭場面である。舞台となった戦前の東京では、貸家暮らしが普通だった。

 ▼戦後の日本は、持ち家社会に転じる。多くの日本人にとって、マイホームが人生の最大目的となった。住宅建築が経済成長を促した面もある。時は移り、少子高齢化と人口減少が加速する時代を迎えたというのに、新築物件の供給は続く。

 ▼全国で空き家が800万戸を超えるのは、当然の成り行きだった。特に倒壊の恐れや、ごみが放置されて衛生上の問題がある空き家は、周辺住民にとって迷惑この上ない存在である。そんな危険な空き家の所有者に対し、市町村が撤去を命令できる「空き家対策特別措置法」がきのう、全面施行された。

 ▼もっとも所有者が拒んだ場合、税金を投入して解体すべきか。財政難の自治体は、頭を抱えることになりそうだ。そもそも空き家の再利用や中古住宅市場の活性化が進まなければ、問題の根本的な解決にはつながらない。

 ▼「他人の家を我が家のやうに手をかけて…はひつた時と見違へるやうになつた時分には、もうそろそろ家に厭きてくる」。明治、大正、昭和を生きた日本画家の鏑木清方(かぶらき・きよかた)は、引っ越し好きで典型的な江戸庶民だったという母親について、随筆に書いている。今から思えば、貸家の札が目につく町の暮らしは、贅沢だった。

 

<所感>

 空き家が放置されるのは、坪当たり4~5万円の解体費用を出して、そのうえ、住宅の建つ土地の固定資産税が6倍になるからである。「空き家対策特別措置法」では根本的な解決にならないであろう。税制上の措置が待たれる。