
以前、片岡義男氏のエッセイとも短編小説ともつかない小品のなかで、気になるエピソードを読んだ事があります。
とある女性と、アメリカの片田舎をドライブする話だったと思います。
町に立ち寄って、食事をとろうとするのですが、どうもいい食堂が見つからない。 なので、スーパーマーケットに行って、蟹の缶詰とマヨネーズを買い、缶に直接マヨネーズを入れ、手持ちの万能ナイフで混ぜて、二人で食べた、というものでした。
かなり荒っぽい料理(?)なんですが、それが妙に美味しそうで、印象に残りました。
物語のなかで、主人公(片岡さん自身?)が、「タバスコをきかすと良かったのだが」と残念がるシーンが確かあり、それも気になりました。 そうか、蟹もマヨネーズも味がマイルドだから、ちょっと辛みをきかすとアクセントになるのだな……。と思いました。
それ以来、蟹缶とマヨネーズのスパゲティーを作る時は、ちょっと辛みを入れることにしています。 今回は、以前買ったかんずりを使いました。
タバスコはもちろん、ラー油や一味も合います。 もっともアメリカのマヨネーズは日本のものと味が違うでしょうから、いまだに小説のなかのカニマヨランチは、幻の味です。
ご心配をおかけしましたが、ウチのあや子、少し元気になりました。
ごはんを食べなかったので、かなり心配しました。
母が、“Nさん(両親の友人)ちのミーちゃんも、ごはんを食べなくなって、そのまま……”とか言ったので、私は年がいもなく“やだやだ!”とあやを抱きかかえました。すると、母は神妙な顔で、“生あるものは仕方ないんだよ”などというし……
とはいえ本当は母も相当心配したはずで、少しづつ回復してごはんを食べたときは、ほんとにホッとしてました。
甘ったれ猫のあやは、ふだんは必ず日に何度も私の膝にのりますし、触られるのを嫌がったこともないのですが、今回は違いました。
静かにひとりで寝ていて、触られるのは少し嫌そうだったので、そっとしておきましたが、明らかに普通じゃない!と思えて、気がかりでした。
でも思えば、あやも春には18歳なんですよね。弱ってきても、当然かも。
むしろ、18年も家族の癒しになってくれて、ありがとう、と感謝しなければならないところなのでしょうが……。
でも、一日でも長生きしてほしい、と、つい思ってしまいます。
今は、もとの甘ったれに戻って、私の膝にいます
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夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345)) 価格:¥ 756(税込) 発売日:1979-05 |
このところスッキリ晴れなくて猫がご機嫌ななめです。 午前中、母の部屋に陽が少し差し込むのですが、そこで日向ぼっこをするのが、ウチの老猫あやの、ささやかな楽しみなのです。 向かいのお家が増築してから、ウチはあんまり日が当らなくなってしまいまして、差し込む陽は幅が狭く、太陽が動くに従って(厳密にいえば動いているのは地球ですけど |
母のベッドの上に丸くなっているあやを、母や私が、陽のあたるところへ抱き上げて少しづつ移動させるわけです。
(過保護でスミマセン老猫なので
)
ところが曇っていると、当然陽は当たりません。あやはそれを確かめてすごすごと居間に戻るのですが、しばらくするとまた確かめに行きます。あきらめるまで、4、5回それを繰り返します
私はそれを見るといつも、『夏への扉』というSF小説を思い出すのです。この小説の主人公の愛猫ピート君は、冬のさなか、どこかに夏へと通じる扉があるはずだと、家じゅうのドアを主人公に開けさせます。
あー、猫ってこういうところあるよねー、と思うし、妙に愛おしい
最近、なんだか小説の方も、読み返したくなりました
なんかこういう懐かしい、なおかつスッキリするSFが読みたい気がします。
あと、『アバター』を観たとき、なぜかこの本を思い出したのですが、
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人間の手がまだ触れない (ハヤカワ文庫SF) 価格:¥ 840(税込) 発売日:2007-01 |
どんな小説だったか(短編なのは覚えてる)忘れてしまったので、これもちょっと読み返したくなりました。
私、ブログのタイトルにもしていますが、積読本山ほどありまして、それを減らすのが目下の課題ですが、“懐かし本”というのも、ついつい手に取りたくなったりして
いけないですねところでだいぶ猫から話題はズレましたが、いまあやは私の膝でぐっすり眠っています