月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

梅と京都

2013-03-10 18:42:16 | 今日もいい一日


翌日の朝は、ホテルのモーニングコールで起きてシャワーを浴びたら、レストランへ。

店の前は沢山の人が待っていて大盛況。朝食はおばんざい中心のブッフェ形式だった。



八条口から見渡せる京都の曇り空や行き交う人と車をみながら、京豆腐や白和え、きんぴら、菜の花のからしあえ、
人参のサラダ、トマトサラダなどをたっぷりお皿に盛って食べる。
味付けが濃くないのがほんとうに助かった。
(野菜は、大原産の採れたて野菜だと案内のパンフレットに情報提供されていた)



野菜ジュース2杯に、ごはんは、ちりめん山椒と高菜ごはんとおかゆをお代わり。
デザートには、これまたパインやグレープフルーツ、トロピカルフルーツ、わらび餅や白玉ぜんざいなどを2皿もとって、
お腹いっぱいの大満足であった。
おまけに紙コップに珈琲を入れて部屋まで持って帰り、朝の用意をしながら頂いた。



今日は、あいにくの曇り空で花粉やPM2,5も散布しているのだろう。
山々に囲まれている京の街だが、視線のはてにも山の緑は隠れたままだ。

それからしばらく、私は部屋のガラス越しのサンに腰をかけて、
ロータリーにどんどん溢れる車をずっとみていた。
「あ、コンタクトの替えを忘れた。眼鏡もない、やばいなあ~」という声が部屋のはしから聞こえる。



8時20分になったので、娘は真っ赤なロンドンバスのようなスクールバスに乗って試験会場にむかったが、
私は学校まではついて行かずに部屋のバスで身支度をして、「梅観」にいそいそと出掛けていったのである。



さて、この日の梅はひとしおに気高く美しく見えた。




「梅観」は毎年友達を誘って出掛けるのだが、今年は一人で満喫であった。今にも降りだしそうな曇り空だ。

時々激しい風も吹き荒れるなか、

黒々としてまるいふしが沢山ついた細い幹をくねらせて、白や赤の花を咲かせる梅はやはり凛々しい早春の花だ。



いちばん、目をひくのは赤い梅だが、





そばにおいてずっとみていたいのは白梅。





わたしはこの花をみる時、土から延びる幹や枝の激しい生きざまのようなものをどうしても、目で追いかけてみる。そして、すごいなあと声をあげる。

寒空と梅の木の荒々しさと美意識、これが見事に合致するからである。

梅は、老女のようなしたたかさと強さをもった木である。

小倉遊亀が晩年描いた日本画の梅の老木が脳裏に合わさった状態で梅を観てしまう。











たっぷりの「梅観」は1時間半も。

帰りには、梅観の恒例である澤屋で「粟餅」を買った。







そして、試験疲れの娘には、グランヴィア京都にて春のランチをごちそうした。

「試験会場を出たら、お母さん方が『お疲れ!』ってすごくいっぱい待っていてびっくりしたよ」と弾丸のごとくしゃべり続けたまま止まらない…。






さあ、翌々日にはフィナーレの後期試験が待っている。