ある日 5月16日(土曜日)大雨
(朝4時、家からの景観。水蒸気ではない)
今朝は、ゆっくり8時間も寝た。起きたら9時。しかも雨で。山から水蒸気が濛々とあがり、部屋が霧のなかに閉じこめられていた。時間も世界も止まってしまったよう。
どこからか、カジカが鳴く声が聞こえる。ふと脳裏に浮かび上がってきたのが、昨年同じ季節に、青森奥入瀬渓谷の星野リゾートの土産物コーナーで見つけた、琥珀の置物。時が、暗い黄の世界に閉じ込められていた。いま、山からの水蒸気に閉じ込められているのに、なぜ琥珀の閉塞感を思い出したのだろう。
朝食のテーブルでコーヒーをのみながら、パンにバターを塗り、話す。
「覚えてる? 昔。軽井沢の白樺が連立する間を走る1本道をずーっとドライブしたことあるでしょ。確か、西友に買い物に行く途中だったのよ。その時もやはりこんな小雨が霧みたいにふって、私たちは水蒸気のなかに閉じこめられていた。爽やかだった」
「そうだったかな」
「あのときは、ヤマギシと旦那様も一緒だった」
「夜。ボーリングを楽しんでいる最中に、君はお腹がいたくなって途中で先にコテージに帰ったね。どこか行ってテンションが上がりすぎるときまってそうなる」
「ふん。水蒸気のふる日はでも気持ちいいわ」
「君の前世は両生類じゃないか。まるでカエルだ」
私の仕事場のデスクには、翡翠色のカエルが黒々としたたれ目をピカピカ耀かせて、不思議そうにこちらをみている。
あと半月もせずして梅雨がくる。中途半端な、こんな時間もいい。ゆっくり観察したり、考え事をしていてもまだ大丈夫だという気もする。ぐずぐずと迷い、後退しても、誰にも気づかれない気がする。(全くの思い過ごしだけれど)
お昼ごはんは、ざるそばにした。薬味はねぎたっぷりとみょうが、わさび。
午後。パパさんと並んでテレビをみていたが。意を決してNの部屋にパソコンを持ち込んで、押している原稿にかかる。
「どうせ、まどろっこしい原稿になるのよ。ああ、いつになればパキッとした意志が強い原稿をシャシャっと書けるようになるかしら」
「書こうと思えば、すぐ書けるのさ。君は本当は書きたくないんだよ。原稿を手放したくなくて、うろうろしているふりをしているんだ」
少し、憤慨し、部屋にこもる。(そんなことあろうはずがない。いつだって、ちゃんと真摯に取り組んでいる。まだまだ書きたいものだってあるのに)
きょうは、雨ふりなので、カジカガエルがよく鳴く。ちょっと遅くまで仕事をした。
7時。家の前を出て、雑木林と人の手が入らない茫々とした原生林の場所に出て、遊歩道にそって手すりがある暗がりの奥をのぞきながら歩く。ブナ、ツタ、シダがよく茂っている。足元には、秋ならどんぐりや、栗や木の実でいっぱいだが、いまは草と枯れ葉。ツツジが咲き始めた。
夕食には、くじらのフライ、付け合わせの野菜。味噌汁。らっきょう。N不在の日は粗食にする。
9時から吉田修一原作「路〜台湾エクスプレス」をみる。台湾新幹線の着工から開業までの巨大プロジェクトに、日本の商社マンや整備士、湾生の老人など日台の人々一人一人を巡るドラマ。
波瑠さんの演技って素直でいい。台湾人の考える安全基準と日本の安全安心神話に相違があった。「哲学のちがいだから仕方ない。僕たちは台湾オリジナル新幹線つくりたい。日本が自分たちの技術に誇りをもつように我々も、我々のつくる新幹線に誇りを持ちたい」と台湾人からいわれる。
「まっすぐ。どこまでも走り続くレールにあこがれる。僕たちは台湾の人に喜んでもらいたいだけなんだ」
「わたしは、空にうかんでいる電線がすき」
名台詞がちりばめられ、見どころいっぱいのドラマ。この作品は、吉田修一が台湾の土地と人に憧れて10年。台湾へのラブレターのつもりで描いたそうだ。
夜11時半から、山蕗を炊いた。山蕗のあたまとしつぽを落とし、半分に切り、3分ゆでる。ふたをあけたら、むぅーとした山の野性味あふれるにおいに、くらくら。俄然、機嫌がよくなった。湯からあげて、皮をむいて、水をだして灰汁を取り、おだし、砂糖としょうゆ、塩、みりんで味付け。12時までに完成。
お風呂に入り、1時半に就寝。