五條新町が生まれたのは、今から約400年まえ、江戸幕府が
成立した頃、城下町として造られました。
江戸初期、幕府の天領となり、紀州街道に沿う宿場町として
また交通の要所として栄えました。
重要伝統的建造物群保存地区であり、江戸時代に建てられた
町屋の占める割合の高い、全国屈指の町並みである。
五條新町が生まれたのは、今から約400年まえ、江戸幕府が
成立した頃、城下町として造られました。
江戸初期、幕府の天領となり、紀州街道に沿う宿場町として
また交通の要所として栄えました。
重要伝統的建造物群保存地区であり、江戸時代に建てられた
町屋の占める割合の高い、全国屈指の町並みである。
15日(祝日)奈良市の市民写真講習会に参加してまいりました。
30名弱の参加者が三班に別れて奈良町、浮見堂等を美術協会の
先生に指導してもらいながらの撮影です。
午前10時から午後3時まで、距離はそうないように思うのですが
普段あまり歩いていない事もあり、疲れました。
シャッタースピード1/10秒で撮影してみました(三脚なし)
奈良市には奈良阪町はありますが、奈良町はありません。元興寺町、新屋町あたりを
一般に奈良町と云っているのだと思います。
奈良町は太平洋戦争の空襲を免れた為、江戸時代後期から昭和初期に建てられた
町屋が多く残っています。
奈良町の近くに京終と云う地名がありました。奈良市には下記の様な読みにくい
地名があります。 みなさんいくつ読めますか、私は奈良市に住んでいますので4つ読めました。
① 京終 ② 三碓 ③ 帯解 ④ 神殿 ⑤ 山陵
⑥ 杉ヶ町 ⑦ 大豆山突抜町
こたえは最後に書いています。
こたえ ① きょうばて ② みつがらす ③ おびとけ ④ こどの ⑤ みささぎ
⑥ するがまち ⑦ まめやまつきぬけちょう
奈良県高取町のひな祭りのように、奈良町の古い町並みに、珍しいねこの置物等がかざってある
お祭りだと勝手に思っていました。
奈良町を2時間ほどかけて歩いて見ましたがそれらしきものがありません。
おもに、もちいの通り、下御門通り等の商店街のお店でねこグッツを販売しておりました。
お祭りの主催は奈良市観光協会ではなさそうです。
今井町は戦国時代一向宗の門徒が御坊を開き、自衛上武力を養い堀をめぐらし、織田信長が上洛以来、本願寺は反信長の旗を立て
今井もそれに呼応し、寺を中心とた城郭都市の形態を整え抵抗したが信長上洛7年後、明智光秀、今井宗久を通じて信長に降伏し
事なきを得た。かくして大阪や堺などと交流がさかんになり、商業都市としての変貌をとげ江戸時代には南大和最大の在郷町となって
大いに栄えた. 平成5年重要伝統的建造物群保存地区に選定される。
現在も今井町の大半の民家が江戸時代以来の伝統様式を保っており、美しい民家が数多く建ち並び、町全体が戦国時代に出来た
寺内町の歴史の重さを感じさせている。