クォークと電子は同じレプトン族であるが、性質が非常に異なっているように見える。しかし、超弦理論では、この性質の相違がマクロとミクロの特性の相違に置き換えることができる。
即ち、それは、クォークと電子は同じ性質を持つ同じ超弦であるが、それが存在している舞台が違っている為に、異なった性質を持つように見えている事を意味している。
これは、陽子と電子にも共通しており、電子と陽子は全く違うタイプの粒子のように見えているが、実際は同じ超弦であることが超弦理論から示される必要がある。
面白いのが、超弦理論が10次元で記述されている事である。標準モデルに於いては、余剰次元があると計算上 芳しくないので、できるだけ目立たないように隠しておく方が都合がよい。
しかし、10次元世界を容認してしまうと、陽子と電子が同じ超弦の違った側面を見ていたことが理解できる。
👆図は、ミューオンの進路の延長上に、反ミューニュートリノを張り付けており、通常は、このような表記はなされない。しかし、クォークに傍観粒子があるようにして、電子にも傍観粒子があれば、👆のような表記は対称性が保たれており、クォークと電子が同じように表記できるようになる。
通常、素粒子は、量子力学によって説明される波と粒子の側面を両方備えている。電子の場合には、超弦の振動は波の性質を持ち、電子の位置は観測された地点で確定されることで粒子性を示す事になる。
陽子の場合にも同様に、波と粒子の性質を兼ね備えているが、電子とは事情が異なっている。これは、中性子が磁気モーメントを持つ事と同じような意味合いであり、陽子が分身粒子であることが関係している。
陽子場合には、分身粒子であるクォークが波と粒子の性質を持つ事になり、陽子の波動性を正確に記述するには、三つのクォークの波動性を考慮する必要がある。
しかし、実際に観測されるのは、一つのクォークによる作用であり、他の二つのクォークは傍観しているのだ。
この状態は、電子にも当て嵌まる。本来の超弦電子は、分身粒子であるが、実際に観測されているのは、三つの状態の一つに絞られている。
10次元作用を正確に記述するには、三つの状態の重ね合わせが必要であるが、実際に観測されるのは四次元的であり、余剰次元の分身は傍観するか、見えないところに存在している事になる。