あすか塾

「あすか俳句会」の楽しい俳句鑑賞・批評の合評・学習会
講師 武良竜彦

あすか 4月号   2025・平成7年

2025-04-02 16:41:40 | あすか誌 2025年

あすか誌 4月号

 

 

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あすかの会 3月

2025-04-01 15:28:33 | あすかの会 2025年 令和6年

   あすかの会 3月   兼題「霞 耳」 あすかの会会長 大本 尚

 

 野木桃花主宰

行くほどに霞濃くなる奥千本            最高得点句

耳つきの白磁の器冴え返る             準高得点句 

耳朶のむづ痒くなる霾晦

福耳の人を恋ふなり目借時

         

 野木主宰特選 

秀峰の静かに脱ぎぬ朝霞             最高得点句 武良推奨句  

     

 武良特選 

行くほどに霞濃くなる奥千本      野木桃花  最高得点句 大本会長推奨句

 

◎ 最高得点句

耳成山二山引き連れ遠霞        悦 子   大本会長・武良推奨句

一宿をして夕桜朝桜          さき子   武良推奨句

 

 準高得点句 

耳つきの白磁の器冴え返る       野木桃花  大本会長・武良推奨句

初音かな耳聡くする交差点       玲 子   野木主宰推奨句

人生の集まっている花筵        さき子   武良推奨句

 

◎ 準々高得点句

空耳か機の音聞く春の宵         尚    武良推奨句

耳鳴りを終の友とし春深む        尚

島々を縫ふ橋々や霞立つ         尚

のつたりと曲がる大川遅日かな     悦 子   武良推奨句

料峭や耳たぶ触る癖またも       ひとみ   野木主宰推奨句

仙人の食の好みの花霞         孝 子   武良推奨句

純潔といふ色のあり白木蓮       礼 子   野木主宰推奨句

花吹雪耳から目から風のまま      都 子

 

《 以下、高得点順 》

春動く大樹に耳を当てたれば      典 子   大本会長推奨句

あたたかや耳石の動く昼さがり     みどり   野木主宰・武良推奨句

空耳とおもふ小暗き雛の間       みどり

明け残る川面の霞より小舟       礼 子   野木主宰・大本会長推奨句

大家族十三詣の耳年増         礼 子

踏むまいとすればするほど犬ふぐり   さき子

右耳の聞こえあやふし街霞む      ひとみ

聴き慣れし踏切の音夕霞        市 子

初蝶の用心深き息遣ひ         悦 子

 

風の杜総身を耳に初音聞く       市 子

のどけしや両耳立てゝ白うさぎ     英 子

遠く来て納沙布岬霞立つ        典 子

春障子座敷童が耳澄ます        典 子

イアリング跳ねる少女や花の道     玲 子

投句する切手つぎはぎ冴返る      都 子

大胆な剪定ありきあいうえお      孝 子

 

霞立つ森の緑は色を失せ        都 子

針持てば母のしぐさや春着縫ふ     都 子

夜辺の雨に奔る渓流風光る       悦 子

辿り着く雨の御堂や寝釈迦像      玲 子

病床の足の爪切り春愁         孝 子

学らんに片耳ピアス春の雪       孝 子

植え過ぎて反省しきり木瓜の花     一 青

耳の日と合点す三月三日かな      一 青

丹沢山の山頂遠く霞みけり       一 青

利き耳は右よ左手より春光       一 青

彼岸寺耳撫で拝む撫仏         市 子

薄霞故山は今もわが鑑         市 子

春霞大阪を宙に置き          さき子

春霞筧の水の苔に沁み         英 子

小さき息入れられ旅立つしゃぼん玉   英 子

琴の音とまがふ水琴窟うらら      英 子

織部焼ふつくらとして目借時      ひとみ

遠足や耳なしサンドイッチ分け     ひとみ

黄砂来る会場変わると立て看板     礼 子

山塊の霞の帯や奥信濃         みどり

春雷やむ薬袋の字の青さ        みどり

うららかやハタと翻へ象の耳      典 子

待ちきれぬ若人海へ風光る       悦 子

 

 

武良竜彦 ゲスト参加

人は地に花は世に咲け路地すみれ

頴水(えいすい)に耳を洗ひて春に立つ

道祖神霞の衣日がめくる

薔薇の芽が和解を拒む暗き空

 

           ◎  あすか塾 71 講和  ◎

 

宮坂静生句集『鑑真』鑑賞 (本阿弥書店 二〇二四年八月刊)       

―― 地貌季語そして時貌語の実存の手応え  (抄)          武良竜彦

                                    ※全文は「コールサック誌」121号に掲載

 

 

『季語体系の背景 地貌季語探訪』(岩波書店二〇一七年刊)の「あとがき」で次のように述べられている。

  私は地貌季語が使われる現場に立つ経験を重ねながら、地域限定語はわかりにくく拡がりがないという問題に絶えずぶつかった。そこで納得できたのは、表現の究極の目的は端に広く知られることの普遍性が問題なのではないということである。一つ一つの地貌季語の持つ特異性への理解を深める愛情こそが新しさを見出す表現者の喜びに繋がるということではないか。

 第十五回みなづき賞を贈った俳誌「件」(№31 二〇一八年六月号)で、宮坂氏は受賞の言葉として次のように述べている。(「兜太の縁――「みなづき賞へのお礼」)

 (略)雪月花とか花鳥諷詠とか有季定型とか文学的に整然と呼ばれる以前、いまだ混沌たる季節感、それが朧気ながら五七五のリズムと結ぶかどうかさえも判然としない。けれども花綵列島の人々が大事にしてきた歓びのリズム、そこに俳句表現の美感の源がある。兜太のいう「あいまいさ」こそ、後に私が「地貌季語」と称して掘り起こしたい根っこであった。

  美意識は頭から被せるように与えられるものではない。人々の暮らしの中から押し上げられるように顕ち上るもの。(後略)

 高野ムツオ《地貌季語とは何か。四季の農耕生活の中で育まれた各地の季語といった狭い範囲のことではない。もっと広く豊かな世界である。農耕以前の狩猟生活に遡って、古代からの日本人の精神世界すべてを抱合するものだ。さらに現代社会只今の営みによって生まれた言葉も指す。阪神淡路大震災の句に触れながら、「大震災の経験は、体験者だけでなく、日本人に、自然への畏怖と同時に失っていた原始感覚を覚醒させるきっかけを与えてくれたように思う」と当時、すぐさま述べている。地貌季語とは時代とともに進化する世界である。革新精神こそ地貌季語の本質なのだ。》

横澤放川《今度の評論集『季語体系の背景』も、地貌ということばが風土の単なる言い換えではないことを明快に表明している。そのことばの背景と由来がはっきりと読み取れるのである。/昭和二十年代からの社会性俳句論議、それに続く三十年代の造形前衛論議、そうした戦後俳句論との対質なしには地貌という、ある意味では苦慮の末のことばは生まれては来なかったのである。/そういう経緯をはっきり教えてくれているのが、この本の末尾に据えられた金子兜太論だった。/社会性の問題から始まって創る主体の造形論へ、そうしてことばの肉体としての生き物の感覚へと変化をつづけていった兜太の変遷の必然を、この論は短い文章のなかでやはり明快に教えてくれている。風土ということばを嫌った兜太の最後のスローガンともえる存在者ということばの本質を、なによりも分かりやすく教えてくれているのである。/それが同時に地貌ということばの位置づけとなっていることにも思い至るのである。》

横澤氏のこの言葉は、宮坂氏の「地貌季語」を巡る独自の視座の確立は、優れて現代俳句表現論の樹立のための営為であることを、的確に指摘した言葉だと思う。

宮坂氏が提唱する「地貌季語」は、ただの標準的な季語の代替記号論ではない。

わたしたちが生きている実存の響きという、「うた」の根源的な存在意義に関する、一つの表現方法論として理解されるべきものではないか。

その認識は現代俳人に共有されつつある、普遍的な俳句論であると思う。

そのくだりを以下に摘録する。三枝昂之氏がその著書『佐々木信綱と短歌の百年』の中で述べていることに関連しての言葉である。

 

句集『鑑真』鑑賞 宮坂静生 第十一句集

Ⅰ 能登

祖霊守る間垣ぐらしの暮れかぬる

夏の日に骸(むくろ)のごとし塩づくり

天へのぼる梯子があらず秋出水

冷まじや家の中まで千曲川

目鼻なき泥に嵌められ林檎園

神鏡も梟の巣も流されし

 松代地下壕

精霊ばつた碿山(ずりやま)に血のにほひ

碿山(ずりやま)を恋しと去らず禰宜(おかんぬし)

なんといふ昏さ国体護持と蟬

蟭螟(しょうめい)や大本営の跡はここ

「碿山(ずりやま)」は掘り出された岩石片という注記がある。「禰宜(おかんぬし)」は「きちきちばつた」の俗称という注記がある。「蟭螟(しょうめい)」は蚊のまつげに巣くうという、想像上微小虫。転じて、ごく小さなもののこととも。

御座所とはかくや天鵞絨毛蕊花(びろーどもうずいか)

魘(うなさ)さるゝ寒暑百夜の碿搬び

短夜の発破轟音死にとうて

牛屠り高粱飯をしのぎきし

 静かな大地(アイヌモシリ)再訪

靺鞨へ白鳥の発つ虚空かな

静かな大地(アイヌモシリ)魂より著き雪解星

アイヌ葱青人(あおひと)草(くさ)はかなしき語

蛇シューシュー鴉ホワホワ神謡(かみうたい)

ユーカラの知里喜恵(ちりゆきえ)よ火の神忌 

悼・色川大吉

牛蒡掘り読みつぐ『明治精神史』

 「MINAMATA」のエンドロールの氷雨かな

逝きし子の柱の中にゐる小春

Ⅳ 鑑真

東征伝絵巻読初め読納め

初明り鑑真和上まのあたり

わが死後の南無毘廬舎那仏(なむびるしゃなぶつ)善知鳥(うとう)啼く

坊津秋妻屋浦(あきめやうら)

二月風廻(にんがちかじまーい)鑑真の漂着し

慟哭に涙はいらず浜万年青(はまおもと)

 坊津(ぼうのつ)秋妻屋浦鹿児島県南さつま市にある。旧薩摩国河辺郡秋目郷秋目村。天平勝宝五年(七五三年)にからの渡海に際し、鑑真が日本本土に初めて漂着した地とされる。この句は現地の地貌季語の「二月風」を使って、その東征の苦難を忍ぶ表現である。

 大江健三郎追想

 悼・黒田杏子

兜太嵐龍太花冷え杏子の死

黄泉からの電話来るはず花巡礼

筑豊のセツルメントが花のとき

バードウィーク大江光の鳥の曲

尾崎真理子『大江健三郎の「義」』

ギー兄さんは柳田國男父の日よ

蜃楼(かいやぐら)わが青春の大江ゐる

句碑建立(五月二十一日)

句碑は鯨潮吹きあぐる新樹海

碑に小鳥のいのち借り申す

自祝「岳」半世紀へ

六月の梢を仰ぎて桐の花

戦争が立たぬ縁側ぬくしとよ

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あすか塾 71  2025年3月

2025-03-19 15:29:43 | あすか塾 2025年

 

あすか塾 71       2024年3月                   

《野木メソッド》による鑑賞・批評              

「ドッキリ(感性)」=感動の中心

「ハッキリ(知性)」=独自の視点

「スッキリ(悟性)」=普遍的な感慨へ

 

 野木桃花主宰 三月号「野路すみれ」

この色はわたしの未来野路すみれ

 「野路すみれ」は野路に咲く一般的な野性の菫のことではなく、そういう名の固有種ですね。道ばたや野原などに生える点では共通していますが、全体に白い短毛が多く、根は白くて太く、基部が普通の菫より幅広く、葉柄の翼は普通の菫より目立ちません。花は淡紫色から紅紫色まであり、青みがかったものが多い。その控え目な野性の花を、この句では「わたしの未来」としていることに、作者の感慨が感じられますね。

菜の花の明るさ母の忌を修す

 母の面影を菜の花の明るさに見出している表現ですね。「忌を修す」という漢文的なことばにはある種の厳粛さを感じますね。

クレソンや舌にぴりりと若やぎて

 子供が苦いものが嫌いなのは命を守ろうとする本能なのですね。その時期を超えて大人になると、逆にその苦味が好きになります。命の小さな冒険という若やぎ感がそこにはあります。それをこの句では「舌にぴりりと若やぎで」と表現されていますね。

喪帰りのオーバー深く御殿場線

「義姉せつ様 九十三歳・久和子様 九十歳を悼む」の前書きのある句です。冬の葬儀で帰路冷え込んだのでしょうか。「オーバー深く」にその空気感があると同時に、深い哀悼の気持ちが詠みこまれていますね。「御殿場線」は神奈川県小田原市の国府津駅から静岡県御殿場市御殿場駅を経て、沼津市の沼津駅に至るJR東海の鉄道幹線ですね。富士山を近景に春は桜、秋は紅葉、数々の名所がある路線ですが、その季節はまだ遠いようです。

 

 感銘秀句 「風韻集」三月号から 

親離れ出来て真っ赤なシクラメン    大木典子

 短歌「親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト」(俵万智「『サラダ記念日』)を想起しました。この句ではトマトではなく、シクラメン。俵万智の短歌では勝手にすんなりと親離れした子供のようですが、この句は親がはらはらドキドキしながら温かく見守っているような優しい眼差しを感じますね。

山粧ふ十二単の裳裾引き        大澤游子

 十二色のグラデーションの、山の美しい色づきが目に浮かびますね。

落暉燃ゆ浜に千本懸大根        大本 尚

 神奈川県三浦半島の三浦海岸で、浜辺の膨大な数の干し竿に干されている懸大根が目に浮かびました。この句ではそれが夕陽に染まっている景で、圧巻の冬の景ですね。

湯たんぽにすがりつく夜の眠りかな   風見 照夫

 今は安全な電気毛布などの寝具が出来て、この句のような昔ながらの湯たんぽを使っている人は少なくなっているかもしれません。あのじんわりとした温かさは他では味わえないですね。

朝霜や一輪白く立ち上る        金井 玲子

 さすがにしっかりとした描写と、無駄のない的確な省略の技法に習熟されたベテランの玲子さんならではの見事な表現ですね。描写句なのに何の花なのか伏せられ、ただ朝霜が降りたせいで、一際目についた花へとズームアップされています。あとは読者が心の中でその映像を味わいつつ、何の花なのか想像するように促されていますね。

猫車草枯にある日差しかな       近藤 悦子

 「草枯」は三冬の季語「枯草」の子季語ですが、「枯草」は「草」の方に焦点があり、「草枯」は、その景の方に焦点があるという微妙な感覚的な違いがあります。その場の空気感が立ち上ることばですね。例えば、枯草に覆われた野原をわたる風など、蕭条とした雰囲気が漂います。その中にぽつんと作業車の「猫車」が置かれていて、農作業の合間であることが解ります。そこに冬日が差しているのですね。詩情がありますね。

ナウマン象の牙ガラス越し山眠る    坂本美千子

ナウマンゾウは、約一万五千年前までの日本列島に生息していたゾウで、後期更新世の日本列島に分布した大型陸棲哺乳類でもとくに有名な種ですね。この句ではそれが展示されているのを観たときの感慨の表現でしょうか。「山眠る」は三冬の季語で、冬山を擬人化したものですが、発掘されるまでその牙の「眠り」の時間と響き合う表現ですね。 

鶏頭花手話に怒りの語気ありぬ     鴫原さき子

 声ではない手話では怒りなどの直接的な感情表現はしにくいでしょう。この句ではその動作の中に怒りを感じとっているという繊細な表現ですね。上五の「鶏頭花」は人が手をあげているような形で、しかも赤く、視覚的にも効果的な表現ですね。

初日さす浄土ヶ浜や賢治の碑      摂待信子

 大正六年七月、宮沢賢治は花巻町東海岸視察団に加わり、三陸汽船で浄土ヶ浜を訪れ、「うるはしの海のビロード昆布らは寂光のはまに敷かれひかりぬ」と詠みました。平成八年十月、賢治生誕百年を記念し、浄土ヶ浜レストハウス前に、その歌碑が建立されています。この句は「初日さす」ですから、初日の出をこの浄土ケ浜で拝まれたのでしょうか。

恵比寿講打ち菓子並ぶ鯛の二尾     高橋光友

 「恵比寿講」は七福神のひとつ恵比寿神の祭礼。陰暦の十月二十日や十一月二十日などに行われます。恵比寿は農村では田の神、漁村では漁の神、商家では商売繁盛の神で、地方によって様々な祝い事がなされます。この句は鯛の打ち菓子を供えているようですから、漁村の風習でしょうか。

猫のゐた椅子のくぼみや春隣      高橋みどり

 最近、愛猫を亡くされて心はその服喪中のようです。猫の定席だった椅子が猫の座ったかたちのまま窪んでいる部分をクローズアップして、その喪失感が巧みに表現されていますね。 

 六花おそろしき魔と成りにけり     服部一燈子

「六花」とは雪のことですね。結晶の六角形のかたちからきた優雅な呼称ですが、豪雪地帯では雪は美しいものであるどころか、白魔と恐れられていますね。昨今の異常気象のせいで、例年にない大雪の被害が多発しているようです。

秋惜しむ点さず閉めず日暮れ窓       宮坂市子

 秋の日暮れの急速な光と景の変化を、明かりも点けず、窓を開けたまま眺めているのですね。惜秋の感慨が巧みに表現されていますね。

小犬踏む落葉の音の軽きこと        村田ひとみ

 小犬を連れての散策の景のようです。落葉の積もった道にさしかかったとき、自分と小犬が立てる音の違いに気づいたのですね。その繊細な表現に作者の優しさが滲み出ていますね。

式台の広き本陣残る虫           柳沢初子

「式台」は玄関の土間と床の段差が大きい場合に設置される板のことで、武家屋敷で籠に乗れるようにしたものですね。「本陣」は江戸時代以降の宿場で、身分が高い者が泊まった屋敷ですね。一般の者を泊めることは許されておらず宿屋の一種ではなく、宿役人の問屋や村役人の名主などの居宅が指定されることが多かった立派な屋敷ですね。「残る虫」は冬近くなって鳴いている虫の季語で、泣き声に力がなく数も少ないですね。この季語の効果で、そんな歴史自身が消えようとしているような趣がありますね。

冷めた街四角い街の四温晴         矢野忠男

 「四温」は晩冬の季語「三寒四温」の子季語で、春が近い頃の気象現象。ほぼ七日間周期で天気が変化します。三日ほど寒い日が続いたあとで四日ほど暖かい日がつづくことから。この句では「四温晴」ですから、そんな時期の天候ですね。都会のコンクリート製のビル街のまだ寒さの残る寒い日の雰囲気ですね。

簡易水道音の尖りて冬の川         山尾かづひろ

 行政区の正式の水道網の埒外にある水源から、その狭い地区だけで施設された簡易の水道のことですね。たぶんきれいな湧き水でしょう。そんな小さな集落の姿が浮かびますね。

白菜に塩振る我の指太し          吉野糸子

 白菜漬けの作業をしているとき、ふと自分の指に目が止まったのですね。下五の「指太し」の言い切りに自分の来し方、そして働く手の逞しさへの感慨が籠っている表現ですね。

城下いま冬満月や妻に酌          安齋文則

 福島在住の作者ですから、城は会津若松城でしょうか。鶴ヶ城と呼ぶ地元の方の誇りでしょう。その満月の夜、夫婦仲睦まじく酒を酌み交わしているのですね。

廃校の朝礼台や冬に入る          磯部のり子

 使われなくなって久しい、昔ながらの木製の朝礼台が雨晒し日晒しになっている、寂しげな景が浮かびますね。

 

 共感好句「あすか集」三月号から 

北庭の隅を照らせり石蕗の花        須貝一青

 家の北側の庭ですから、狭い空間でほとんど日が差さないところに石蕗の花が咲いているのですね。その鮮やかな黄色がまるで太陽のようにその空間を明るくしているように感じられたのでしょう。曇りがちな自分の心にも日が差したような表現ですね。

垣根越し黒猫通る松の内          鈴木 稔

 「松の内」ですから、お正月にやってくる年神様の依り代である松を飾っておく期間のことですね。一年の安寧と無病息災を願い、お祝いする日本古来の行事です。そんな神聖な雰囲気の中、垣根越しに黒猫が通るのを見かけたのですね。さて、吉兆でしょうか。

上賀茂の酢茎選ぶや夫はなく        砂川ハルエ

 「酢茎漬」といえば千枚漬、しば漬と並び、京都の冬の代表的なお漬物です。塩だけで漬け込んで作られ、乳酸菌による発酵作用による味わい深い酸味が特徴です。今から四百年ほど昔の桃山時代、上賀茂神社の社家(しゃけ)(神社に仕える氏族やその家)が賀茂の河原で見つけたカブに似た珍しい植物を持ち帰って植えたのが始まりだという説や、御所から賜った植物を植えたのが始まりなど諸説ありますが、上賀茂神社の社家の間で栽培が始まったとされています。江戸時代末期頃からは一般の畑でも自家用や贈答用としてわずかに栽培する程度だったようで、広く普及しはじめるのは明治維新以降だそうです。この句は下五に「庭あかり」を置いて、午後のお茶の時間を独りで過ごしているのですね。少し哀感が滲みます。 

病得て優しき言葉福寿草          関澤満喜枝

 病気になったからといって周りの人がみんな優しくなるとは限りませんが、この句にように詠まれると、そうであってよかったね、という気持ちになりますね。下五の福寿草の季語が効いていますね。

重ね着や母の使ひしくぢら尺        高野静子

 「重ね着」は三冬の季語で寒さ厳しい折、衣服を何枚も重ねて着ることですね。この句では着ている様子ともとれますが、句意からすると、それらの衣服を作った母のことを想起しているようにも読めますね。「くぢら尺」はその名の通り鯨の髭から来ていて、ものさしの材料に鯨の髭を用いていたことが始まりでした。鯨尺の一尺は三七.八十八㎝。昔、和裁では尺が使われました。時代を感じますね。

小さき手をつなぎけんけん冬夕焼      高橋富佐子

 「けんけん」は石蹴り遊びのことですね。地面にマス目や円などの図形を縦列にいくつも描き、石を使いながら片足飛び(けんけん)で順番に進んでいく子供の遊びで、地域によっては「けんけん」「けんぱ」などとも呼ばれます。遊び方は地域によって微妙に違うようですが、最後の「ぱ」は、円などが二つ並びになって両足をつけるときの形ですね。この句はそれをしているのではなく、そのリズムで仲良く手をつないで子供が跳ねている様ですね。もうすぐ日が暮れます。帰宅の時間です。

落葉にも個個の彩りありにけり       滝浦幹一

「落葉にも」の「にも」は、その前に「人にも」が省略された表現ですね。その暗喩表現というわけですね。一様のような中の多様性の発見の感慨ですね。

菓子箱に母の編針冬銀河          中坪さち子

 綺麗な色形の菓子箱でしょうね。その中に母の遺品の編針を発見して、在りし日の面影が甦った感慨の句ですね。下五の「冬銀河」がはかなるものに思いを寄せているような効果がありますね。

山茶花や群れる雀の声低し         中村 立

 雀の鳴き声の音程が条件によって変化するとは知りませんでした。確かな観察眼が光る句ですね。

店員の日本語流暢晦日蕎麦         増田綾子

 外国人の店員さんが晦日の店で働いているのに遭遇したのですね。こうして異郷で年末まで働いているのだなーと、その人の気持ちに寄り添う作者の優しさを感じる句ですね。

手のひらの三本の線日向ぼこ        水村礼子

「三本の線」は手相でいう三大重要線の生命線、頭脳線(知能線)、感情線のことでしょう。ほとんどの人にあり、深く貫いているほどその相が強いという見立てですね。よく天才型の人の手相で真横に深い頭脳線だけがある人がいる、などという話を聴きますね。この句はしみじみ日向ぼこをしながら、自分の手相を眺めているのですね。

傾ける富士見多聞の葦枯るる        望月都子

「富士見多聞」の「多聞(たもん)」とは、防御を兼ねて石垣の上に設けられた長屋造りの倉庫のことで多聞長屋とも呼ばれました。鉄砲や弓矢が納められ、戦時には格子窓を開けて狙い撃つことができました。本丸の周囲は、櫓(やぐら)と多聞で囲まれて万一に備えられていました。この句は皇居のものを見学したときのものでしょうか。本丸内の松の大廊下跡近くに、少し高台になっている場所があります。その上に建てられているのが「富士見多聞」と呼ばれる多聞櫓ですね。上五の「傾ける」は実際にそうなのか、そのように迫って見えたかのどちらかでしょう。

冬銀河「二十億光年の孤独」        神尾優子

 詩人の谷川俊太郎の詩と共鳴する思いを詠んだ句ですね。「二十億光年の孤独」は谷川俊太郎が、十七歳のときから書いてきた詩が収録された詩集のことでしょう。高校卒業後、大学進学はせずに趣味の模型飛行機作りとラジオの組み立てと詩作に没頭していた折に、父親から将来はどうするつもりかと問われていた谷川俊太郎でしたが、書きためていた詩のノートを父に見せると、その作品に父親は衝撃を受け、友人の三好達治にそのノートを送ります。結果、三好達治の推薦で、谷川さんの詩が文芸雑誌に掲載されデビュー作となります。詩は隠喩のような言葉が並び、意味を理解しようと思うと、なかなか難しい作品です。以下に引用しておきます。

  二十億光年の孤独

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或(ある)いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ


万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

合性の筆は一本春小袖           紺野英子

 作者は茶道の先生ですから、ふだんから和装で、文字も筆で書かれる方でしょうか。好みの筆もたくさん所有していらっしゃるのでしょう。でも、書き心地が気に入って普段使いをしているものは限られるものですね。なにごとにも丁寧に向き合っていらっしゃる暮し方が感じられる句ですね。

自己主張できぬ子ひとり花八ツ手      笹原孝子

目立たず大人しい子で、決して自己主張をしたりしない子が一定の集団の中には必ずいます。そんな子に目がいってしまうのは作者の優しさ故ですね。下五の「花八ツ手」の季語が効いていますね。軒下の日陰の目立たないところにひっそりと咲いているのを見かけます。

 

〇 注目句 「あすか集」三月号から 

        わび助が咲いてもいまだメジロ来ず     立澤 楓

  はきはきと子が空見上げ両手上ぐ      千田アヤメ

       藪背負ひ深閑として寒き家         坪井久美子 

  初読みの干支の絵文字に年かさね      成田眞啓

  クリスマス鈴の音入りの演奏会       西島しず子

       真澄の空木漏れ日踏みて落葉道       乗松トシ子

  紅葉散る今散り際と惜しみ無く       浜野  杏

  到来の葱食べつくし鍋さびし        林  和子

  縦長の南に雪や秋津島           平野信士

  無事生きていつもと同じ日記買ふ      曲尾初生

  葱を切る厨にまぶし朝日かな        幕田涼代

  初春や赫き小切れで縫ふ鞄         三橋光枝

  蝋梅や五十年経し主となる         緑川みどり

  初富士の機嫌見に行く八十段        保田 栄

  町ひとつまたぎて太し冬の虹        矢吹澄子

  あれやこれそれでもひとりの年用意     吉田 史

  初めての紅さす口に千歳飴         安蔵けい子

       歯並びを誉めらるるかなお年玉       内城邦彦

  吾妻嶺の残雪わずか鍬を砥ぐ        大谷 巌

  着ぶくれて家事二つ三つ省略す       大竹久子

  もどかしや老いし二人の暮仕事       柏木喜代子

  手の平にしばし綿虫母忌日         金子きよ

  日向ぼこ脇には猫と麦チョコと       木佐美照子

  冬服の学童少し大人びて          城戸妙子

  寒の内手作り味噌も二十年         久住よね子

  団栗の袴外しておままごと         齋藤保子

  初みくじ開けた夫の目やわらかし      須賀美代子

 

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あすかの会  2025年 2月

2025-03-04 16:06:02 | あすかの会 2025 令和7年

  あすかの会 2月   

 

        兼題「始 余寒」 あすかの会会長 大本 尚

 

野木桃花主宰

春日受けボールの行方始球式      武良推奨句

身ほとりに余寒貼りつく玻璃を閉づ  

余寒なほ今日は遠出の始発駅     

補修待つ陥没道路春遅々と      

野木主宰特選 

 

余寒なほ粥に咲かせる溶き卵      英子   野木主宰特選句・武良推奨句 準高得点句

 

 武良特選 

風もまた影になりたる春障子      さき子  野木主宰推奨句・武良特選句 最高得点句

 

準々高得点句 6

ふり向かずけふの一歩を青き踏む    孝子   野木主宰推奨句

多喜二忌や街のどこにもカメラの眼   尚    武良推奨句

 

《 以下、高得点順 》

カーテンに夜明けの気配春めけり    玲子   大本会長・武良推奨句

 

余寒なほ光を散らすさざれ石      玲子   武良推奨句

呼ぶように応えるように春の鳶     さき子  野木主宰・大本会長推奨句

つないだ手いつしか離れ卒業式     礼子   武良推奨句

卒業の空の教室始業ベル        礼子

始発ベル大雪原に吸はれゆく      悦子

 

葬終へてひとり余寒の始発駅      孝子   大本会長推奨句

喧噪の街を斜めに喪のコート      孝子   大本会長推奨句

冴返る建屋に響く始業ベル       尚    野木主宰・武良推奨句

本尊の背にある余寒の静寂かな     悦子   武良推奨句

聞き役掌の雛あられ湿りやや      ひとみ  武良推奨句

始まりの産毛柔らか辛夷の芽      ひとみ

捨舟の漣を生む春の昼         みどり

 

長考の末の一指桜餅          孝子   大本会長推奨句

湯の街の窓を彩る吊し雛        英子   大本会長推奨句

夫婦して老の部類や小豆粥       英子

始発待つホームに余寒の風まとふ    尚

 

春愁や現し世覗く埴輪の眼       典子

じゃんけんにあいこの続く磯焚火    悦子

春光や波を幾重に鳥の群        玲子

塩辛さ始めに詫びて雛祭        市子

余寒なほ手を滑り落つ飯茶碗      市子

人日や届かぬ賀状待ちつづけ      都子

地下流る水に魂余寒なほ        都子

余寒の法堂龍のはみ出る天井画     尚

余寒なほ始業のベルのもう鳴らぬ    典子

薪をくべ長き余寒をやり過ごす     典子

花ミモザ願解き絵馬に大きな眼     典子

竹林をそっと撫でゆく春の風      玲子

浚渫船余寒の水を掻き分ける      さき子

誰彼となく話したき梅二月       さき子

誰もゐぬ塩作りの浜鳥曇        悦子

池の面に相輪映る梅二月        みどり

うすうすと雲重なりて梅日和      みとり

バンを売るワゴン車の来て街のどか   みどり

凍返り始めの一歩身構へる       市子

余寒なほ夕暮早き佐久平        市子

百本の杭に百羽の都鳥         かづひろ

三囲の二福に纏ふ余寒かな       かづひろ

平茶碗に白妙一つ利休の忌       かづひろ

稜線の二社を加へて福巡り       かづひろ

パソコンに目を据ゑ肩の余寒かな    ひとみ

春満月仰ぎ気がかり解けしこと     ひとみ

一歩二歩馴らし始めて入園す      英子

顔洗ひ心も洗ふ初明り         都子

雁風呂や始末巡りて睨み合ふ      都子

明るさにうかと出かけて余寒あり    礼子

しゃぼん玉新内閣が始まるよ      礼子

 

〇参考 ゲスト参加 武良

友逝きて未完の春を手渡さる             野木主宰推奨句   悼・戸田順

浅き春診てゐる陸奥の遠眸

列島といふ春寒の千切れ麺

春兆す海億年の波立てて

 

 

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あすか誌 3月号  2025 令和7

2025-03-02 18:16:07 | あすか誌 2025年

     あすか 3月号

 

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