この絵はアドルフ・フォン・メンツェルがフリードリッヒ大王の室内楽の夕べを描いた想像図です(1852年)(ベルリン国立美術館所蔵)。フリードリヒ大王がポツダムに造営した夏の離宮、サン・スーシ宮殿の「奏楽の間」である。バッハの次男、エマニエルのチェンバロ伴奏で、フルートを演奏する大王の姿が描かれている。
色々なCDジャケットにも用いられている有名な絵です。左から、CPEバッハのフルートコンチェルト(Brilliant:99785/3)のCDジャケット、バッハ管弦楽組曲(ERATO:WPCS-22100/1)のCDジャケット、新潮文庫「バッハ」(樋口隆一著)から引用した写真である。
新潮文庫「バッハ」(樋口隆一著)によりますと、この絵には様々な人物が描かれているようです。真ん中の絵が最も広範囲に人物や背景が描かれていましたので、各人物を切り取って拡大してみました。また、解説は「バッハへの旅」(加藤浩子著)(東京書籍)を引用致しました。
フリードリヒ大王の皇太子時代に、チェンバロ奏者として楽団(十七名)に迎えられ、皇太子の伴奏者を務めることになる。(楽団のなかには、有名なフルート奏者のクヴァンツ、後にオペラの作曲家で知られるようになるグラウン兄弟、ヴァイオリンの名手、フランツ・ヴェンダなどが顔を揃えていた。)
② フルートを演奏するフリードリッヒ二世「大王」(1712-1786)
父親はプロイセン大国のフリードリヒ・ウイルヘルム一世で、「軍人王」と呼ばれた。彼は音楽には無関心で、宮廷楽団を解散させた。一方、息子の二世「大王」は、非常に音楽好きで、ベルリン大聖堂のオルガニストから音楽の手ほどきを受け、④の写真で紹介する、有名なフルート奏者、クヴァンツにフルートを師事するほどで、フルートが大好きであったようである。フルートのための協奏曲も作曲している。(1740年にプロイセン国王になっている。)
④ 有名なフルート奏者、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ(1697-1773)
(絵の右端の壁際に立っている人物)
18世紀ドイツの最も有名なフルート奏者で、著書「フルート奏法試論」でも知られている。1741年にドレスデンの宮廷楽団から大王の楽団へ移った。
新潮文庫「バッハ」(樋口隆一著)から引用した写真(p161)
(シャンデリアの左下に立っている人物)
(シャンデリアの下のソファーで座っている人物)
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