松尾清晴オートバイ夢ひとり旅・世界走行中・5年10ヶ月・102ヶ国(訪問111カ国)・28万km走破・総集編

2000年10月~2008年11月まで5年10ヶ月・102カ国(訪問111カ国)1500ccで28万km走破

第7次・70才・オートバイひとり旅・アラビア半島・日本からオマーンのお嫁に・・・ 3月16・17日 

2014年03月19日 | 赤道直下と陸路国境148か所


17日日本からお嫁に来ている人たちが集まって手作りのごちそうをいただきました。

3月16日日曜 朝くもり・・11時頃から大雨・・午後はれじゃない・くもり・・はれ
朝食を食べて外に出てみると雲っている・・レセプションがレイン・・雨だと話す。10時頃カミナリが
鳴ってきた・・ザーッと大雨になってきた。ちょうど一カ月になるが「雨」は初めて見た。

「ワン・ディ・レインか」一日雨なの・・・「フロント」に聞くと「ノーノー」「ファイブ・ミニッツ」
5分で終わると・・約1時間ぐらいで雨は11時頃おさまった。

雨がやんだ・・12時過ぎて「スワーダ」さん宅に向かう。事務所の運転手さんが迎えに来てくれて20
分ぐらいで着いた。日本から持ってきた「世界の果てを見てみたい」のパンプフレットが少なくなったの
で・・スワードさんの事務所でコピー印刷してもらうように頼んでいた。


スワーダさんのオフィス事務所・・借家じゃなく自分のもの

スワードさんの事務所は3階建て、すごい事務所だ。ここも自分の家だと話しながら・・もったいない、
しかし別に住まいの家もあると。二階に上がりさっそく印刷しながらスワーダさんのこれまでのオマーン
で過ごしてきたことを聴くことができた。わたしもそうだがあまり知られていないオマーンの国。

34年前に来た時まわりは砂漠・・街の中心は今の港のもっと先・・だったと話してくれた。ほんとうに
すごい人がいたもんだと・感心する。今みたいにネットどころか電話もない・まして携帯電話もない時代。
思い切って飛び込まれたことだと・・感心する。

オマーンに来る前、日本では銀行に勤めてたが・・やめてカルチャー教室を開いた・・ ヤマモト・
カンサイさんたちとファッションデザイナー。オマーンでは学校を造り校長先生をしていたスワーダさ
ん。今は他の人へ譲っている。くわしくはサワール著「砂漠に造った世界一の学校」を読んでと・・・

今年4月には選抜したオマーンの学生15人を日本へひきつれて。広島、奈良、京都、東京、そして新潟。
日本の学生たちとの・・それぞれの地域でフェスティバル・デスカッション・・学生たちとの交流を予定
している。今はスケジュール設定に忙しい中にもかかわらずていねいに教えてもらった。

日本へのスケジュールが迫っている忙しいなかおじゃましました。500mほど離れたスワールさんの自
宅を見せてもらってホテルに戻る。

スワダさんのオフィス・ガレージで

3月17日月曜  はれ
飛行機貨物便約60万円!・・・アフリカ・エチオピアへの渡航断念・・

スワーダさん宅で日本からお嫁に来ている人たちに集まってもらい・・ごちそうになりました。

午前中警察署に書類作りに出かける日。8時20分ホテルに迎えに来てもらった。警察署ではなくて・・
最初は空港に行ってオートバイを送れるかどうか、確かめに行くと・・スワーダさんの電話で確かめる。

9時10分に空港・カーゴ貨物便取扱所に入る。係官とあと一人、二人が出てきた。いっしょに来たドラ
イバーもすぐについてきた。オートバイの重さをはかる計量機にのせる。重さ360kg、長さ260cm、
高さ1m60cm、幅1m20cm。

事務所に入った。係官といっしょに来た人はドライバーと同じ会社・・先日おじゃましたあの「サミール
さん」の関係社員だと話す、手回しがいい。窓口で待っていると・・オマーン~エチオピアまでのオート
バイ運賃が計算されて出てきた。



貨物便ターミナルへ・・先日お世話になったサミールさんの関係社員も手伝いにきてくれた。

ええー5588$=約60万円の数字にどもぎを抜かれる。まぁ高くても20万円ぐらいだろうと思って
いたのだ。顔真っ青だ。

言葉が出ない・・これじゃエチオピアはダメだ、飛行機も、船もダメ。「さてどうするか、戻りたくない
ドバイまで戻って・イランかパキスタンに送るしかないのか。ドライバーは泊っているホテルの近くまで
戻って船の事務所に寄ってくれた。

オマーン~パキスタン・カラチまで送る場合「見積もり」を・・今はわからない・・・きょう夕方までに
わかるので電話で確かめてくれと・・12時を過ぎている・・きょうはこれまで「ありがとうございまし
た」ドライバーと別れる。

今晩スワーダさん宅に招かれている・・6時に名古屋出身のマリヤムさんが娘さんと迎えに来てくれた。
スワーダさん宅についた。次から次と車でやってきた・・。

お客さんはオマーンに日本からお嫁に来た人たちにスワーダさんが声をかけてくれたのだった。前回サミ
ールさん宅と同じように世界をオートバイで走った印象、よかった国のこと。旅に出る前日本でつかんだ
イメージ・・。

旅から帰ってそのギャップがありすぎたことなど、そして、見知らぬ国で迷った時戻ってくることができ
るのかどうか・・道のことが一番恐かったなど、まわりの情報より自分の目で見ることの大切さなど、
今回の旅もその続きです・・と話しをさせてもらった。


刺し身、巻きずし、てんぷら、酢の物、手作り日本料理が次つぎとはこばれてくる

豪華なごちそうが並べられて食事になった。「マツオ」さんの旅のご無事を祈ってとスワーダさんの音頭
で「いただきまーす」「すみませんです、ありがとうございます」。いやーすごいごちそうだ。それに皆
さんが持ち寄ってくれた日本料理が次から次運ばれてくる。

てんぷら、胡麻和え、正月に出てくるような酢の物、もうもう腕自慢の日本料理がいっぱい。福島・相馬市、
川崎市、名古屋市、東京、大阪、川崎市出身、マツオ。子供さん合わせて9人。

みなさんお嫁に来たエピソード・・ほとんどアメリカでオマーンの男性と出会って結婚されたようだ。「だ
まされてやってきた」との冗談話にはどっと笑いの花が咲く・・明るくたのもしい人たちばかり。娘さん
13才・16才二人もそれぞれ毎年日本を訪れているとおかぁーさんが話す。



子供さんも日本に行くのを楽しみにしているようだ。ことしも夏に予定しているが日本の「おばーちゃん」
がいまから張り切りすぎていると・・・うれしそうに話す。

くだものが出てきた・・甘いスイカ、ぶどう・・喰ったことのないドラゴン?白い果肉にゴマが入ったよう
なくだもの。名古屋のドラゴンだよと名古屋出身が冗談を飛ばす。イヤー満腹満腹・・いつの間にか世界の
動きの雑談に・・。

こんな考え方、とらえ方もあるのではないかとひとり一人自分の考えを話す彼女たちの考えに日本では疑い
もなくアメリカ中心の考えが主流なだけに、わたしには充分納得できる話しの内容だった。

10時を過ぎている・・お帰りの支度・・食べ残ったもの、みなさんおすそわけのおみやげ。すみません
わたしは「赤飯を頂けますか」とあつかましい。赤飯の他に、てんぷら、ワサビも入っていた・・2,3日
分はあるだろう。


名古屋出身マリヤムさんに送ってもらいホテルに戻る 11時半。これからのこと・・・どこにオートバイ
を送るのか気にはなるが、お嫁さんの話を聞きながらまぁ急ぐ旅ではないのだからとの気持ちになってきた。

イヤー楽しかったな、日本の元気印のお嫁さん・・これからもお元気でお過ごしください。みなさんありが
とうございました。