暮の29日より今朝まで息子一家と久しぶりの年末年始を迎えた。航空便のないところから、年末の不順な天候の中を汽車で札幌まで来るのはエライ大変なことで、心配していたが無事に零下の世界にやってきた。
私のことが心配で来てくれたのであった。私が、元気に車で迎えたのを会って安心したのだろう、娘からの差し入れのカニを大喜びで孫たちは食べた。二人の食事から急に6人の食事となって、カミさんは大変だった。私は、腰痛のシップ貼りを手伝うくらいだった。
やっと、今日からいつもの食事に戻る。「(孫たちは)来ても嬉し、帰っても嬉し」は、誰の発句なんだろう、ぴったりと当てはまる。留萌からの数の子が残さずに食べられたのは、ニシンのような帰趨本能があるのかもしれない。産卵にやってくる魚種を狙うときには、地元の名産をコマセに入れると良いのであろう。
暮に送られてきた妹たちからのおいしいものは、すべて無くなった。義妹のT枝さんからの差し入れのチーズケーキも無くなり、買い置きのアイスクリームも無くなった。これからはオーソドックスな和食を食べて松のうちを過ごそう。低気圧で不通列車が多くなり、帰りの汽車は函館までだが、兎に角、勤務も有るので函館で別の汽車の便を待つといって汽車に乗った。無事に山形まで帰り着いて欲しい。
私のことが心配で来てくれたのであった。私が、元気に車で迎えたのを会って安心したのだろう、娘からの差し入れのカニを大喜びで孫たちは食べた。二人の食事から急に6人の食事となって、カミさんは大変だった。私は、腰痛のシップ貼りを手伝うくらいだった。
やっと、今日からいつもの食事に戻る。「(孫たちは)来ても嬉し、帰っても嬉し」は、誰の発句なんだろう、ぴったりと当てはまる。留萌からの数の子が残さずに食べられたのは、ニシンのような帰趨本能があるのかもしれない。産卵にやってくる魚種を狙うときには、地元の名産をコマセに入れると良いのであろう。
暮に送られてきた妹たちからのおいしいものは、すべて無くなった。義妹のT枝さんからの差し入れのチーズケーキも無くなり、買い置きのアイスクリームも無くなった。これからはオーソドックスな和食を食べて松のうちを過ごそう。低気圧で不通列車が多くなり、帰りの汽車は函館までだが、兎に角、勤務も有るので函館で別の汽車の便を待つといって汽車に乗った。無事に山形まで帰り着いて欲しい。