「はい、これ、昨日巣鴨の友達の所へ行ったお土産」
次のランチの時、アキコさんはみんなに1つずつストラップをくれました。
有名なアニメのキャラによく似ているけれども微妙にかわいくないストラップで、
私はたぶん一生つける機会のなさそうな物です。
それでも「善意なので」受け取らざるを得なくて、「ありがとう」と笑顔を浮かべざるを得ない。
彼女はよくこんなふうに小さなプレゼントをくれます。
不思議なことにこのプレゼントを1つ受け取ってしまうと、続けて差し出された善意も
断りにくくなってしまうのです。
これがアキコさんの『社交術』です。
もともと私がいたはずの場所を魔法のように自分のテリトリーに変えてしまって、
あっという間に座の中心人物になっている。
私はいつの間にかお客さんみたいに、みんなの楽しそうなおしゃべりを
聞いているしかなくなってしまいました。
「うちなんて、毎朝揉みあいよ。トシは学校行かないって言い張るし、
私は『ホントに行かないつもりなの?』って」
アキコさんを見ていると、確かに私は無力な母親だと思えてきます。
アキコさんもこんな私が歯がゆいようです。
トシ君は昔からきかん坊で、いじめられた子供の親から苦情が来ると
アキコさんがこぼしていたこともありました。
うちの息子とはいわば正反対。
同じように力ずくで学校に行かせたら、きっと息子は逃げ場を失って自殺したんじゃないでしょうか。
私がパソコンを禁止した時、手首を切って私の部屋の入口に“I want PC”と血文字で書いた息子です。
命をネタにゆすられては親は手も足も出ません。
うちの息子の扱いの難しさを無視して、熱意のない親みたいに言われても困ります。
そもそも「不登校なんて大したことじゃないのよ」というアキコさんの言葉が本音なら、
なぜ毎朝トシ君とバトルを繰り広げるのか分かりません。休ませればいいんじゃない?
「最初の保護者会の時に、さっそく同じクラスのお母さんたちと友達になっちゃったの。
ライン交換したのがひい、ふう、6人も」
「さすがはアキコさん、積極的ねえ」
「部活は決めたの?」
「担任の先生がサッカー部の担当で、熱心に誘ってくださってね……」
それから、名前もろくに知らない地域の人たちや、アキコさんとスミコさんの親戚のうわさ話。
「ねえ知ってる?Kさんが……」
「そういえばOさんとこのG君が……」
よその子の活躍を黙って聞いているだけのランチはとてもつらいものでした。
今まではスミコさんも同じ立場だったけれど、この春から週に5日高校に通い始めたとのこと。
いきなり一般の高校ではなく、不登校児のための高校ですが、週に5日行くのだからうちの息子とは大きな違いです。
これからはランチの話題の中心は高校生活の報告になるでしょう。
しかも話したいことがどれだけあるのか、いつまでたってもみんなのおしゃべりは終わらないのです。
お店のランチの時間が終わり、店員さんがさりげなくプレッシャーをかけてきてもかまわずに、
4時間近いランチが終わる頃には私はもうへとへとになっていました。
(もう、来るのはやめよう。私にとっては唯一の世間とのつながりだったけど、もう無理だ……)
私はがっくりうなだれて帰途につきました。
次のランチの時、アキコさんはみんなに1つずつストラップをくれました。
有名なアニメのキャラによく似ているけれども微妙にかわいくないストラップで、
私はたぶん一生つける機会のなさそうな物です。
それでも「善意なので」受け取らざるを得なくて、「ありがとう」と笑顔を浮かべざるを得ない。
彼女はよくこんなふうに小さなプレゼントをくれます。
不思議なことにこのプレゼントを1つ受け取ってしまうと、続けて差し出された善意も
断りにくくなってしまうのです。
これがアキコさんの『社交術』です。
もともと私がいたはずの場所を魔法のように自分のテリトリーに変えてしまって、
あっという間に座の中心人物になっている。
私はいつの間にかお客さんみたいに、みんなの楽しそうなおしゃべりを
聞いているしかなくなってしまいました。
「うちなんて、毎朝揉みあいよ。トシは学校行かないって言い張るし、
私は『ホントに行かないつもりなの?』って」
アキコさんを見ていると、確かに私は無力な母親だと思えてきます。
アキコさんもこんな私が歯がゆいようです。
トシ君は昔からきかん坊で、いじめられた子供の親から苦情が来ると
アキコさんがこぼしていたこともありました。
うちの息子とはいわば正反対。
同じように力ずくで学校に行かせたら、きっと息子は逃げ場を失って自殺したんじゃないでしょうか。
私がパソコンを禁止した時、手首を切って私の部屋の入口に“I want PC”と血文字で書いた息子です。
命をネタにゆすられては親は手も足も出ません。
うちの息子の扱いの難しさを無視して、熱意のない親みたいに言われても困ります。
そもそも「不登校なんて大したことじゃないのよ」というアキコさんの言葉が本音なら、
なぜ毎朝トシ君とバトルを繰り広げるのか分かりません。休ませればいいんじゃない?
「最初の保護者会の時に、さっそく同じクラスのお母さんたちと友達になっちゃったの。
ライン交換したのがひい、ふう、6人も」
「さすがはアキコさん、積極的ねえ」
「部活は決めたの?」
「担任の先生がサッカー部の担当で、熱心に誘ってくださってね……」
それから、名前もろくに知らない地域の人たちや、アキコさんとスミコさんの親戚のうわさ話。
「ねえ知ってる?Kさんが……」
「そういえばOさんとこのG君が……」
よその子の活躍を黙って聞いているだけのランチはとてもつらいものでした。
今まではスミコさんも同じ立場だったけれど、この春から週に5日高校に通い始めたとのこと。
いきなり一般の高校ではなく、不登校児のための高校ですが、週に5日行くのだからうちの息子とは大きな違いです。
これからはランチの話題の中心は高校生活の報告になるでしょう。
しかも話したいことがどれだけあるのか、いつまでたってもみんなのおしゃべりは終わらないのです。
お店のランチの時間が終わり、店員さんがさりげなくプレッシャーをかけてきてもかまわずに、
4時間近いランチが終わる頃には私はもうへとへとになっていました。
(もう、来るのはやめよう。私にとっては唯一の世間とのつながりだったけど、もう無理だ……)
私はがっくりうなだれて帰途につきました。