父が自殺して1年ほどたったある日、母がふらりと私たち姉妹を訪ねてきました。
その晩は、久しぶりに親子で枕を並べて寝ました。
「Nちゃん、Nちゃん」
夜中に、私を呼ぶ、母の押し殺した声がしました。
閉じたまぶたを不機嫌にこじ開けると、母が謎めいた微笑を浮かべながら、布団に膝をついて私に覆いかぶさってきました。
手には何か黒いボールのような物を持っています。
「これを、耳に、着けなさい」
息だけの声で、一語一語、区切るように言って、黒い物体を持った両手を差し伸べてきました。
「何、それ」
私は思わず身を引きながら言いました。
「どんぶりなの、ラーメンの」
母は照れたようにくすくす笑いましたが、目は真剣でした。
見ると、母の頭の両側にも、どんぶりがくくりつけてあります。
黒いタイツにどんぶりを入れて耳のところに固定し、タイツの脚の部分をあごの下で結んでいるのです。
「ああ、どんぶりか……」
納得しかけましたが、問題はそこではありません。
「なんでどんぶり!?」
キレそうになるのを我慢しつつ、問い返すと、
「確かに重いんだけどね」
と母は顔をしかめました。
「でも、このくらい分厚いほうがいいの。お茶碗とかじゃ効かないのよ」
「いや、お茶碗ならいいとかじゃなくて……」
昔から母は芸術家気取りで奇をてらうようなところがあり、そんな母が私は好きではありませんでした。
眠かった私はその時も、
(また何か変なことを言い出して周りの気を引こうとしてる。相手にしてられないよ)
と思いました。
「そんな物着けたら寝られない。お休み」
寝返りを打って母に背を向けると、姉が隣の布団で、何も知らずに両耳にどんぶりを装着されて平和な寝息をたてていました。
その晩は、久しぶりに親子で枕を並べて寝ました。
「Nちゃん、Nちゃん」
夜中に、私を呼ぶ、母の押し殺した声がしました。
閉じたまぶたを不機嫌にこじ開けると、母が謎めいた微笑を浮かべながら、布団に膝をついて私に覆いかぶさってきました。
手には何か黒いボールのような物を持っています。
「これを、耳に、着けなさい」
息だけの声で、一語一語、区切るように言って、黒い物体を持った両手を差し伸べてきました。
「何、それ」
私は思わず身を引きながら言いました。
「どんぶりなの、ラーメンの」
母は照れたようにくすくす笑いましたが、目は真剣でした。
見ると、母の頭の両側にも、どんぶりがくくりつけてあります。
黒いタイツにどんぶりを入れて耳のところに固定し、タイツの脚の部分をあごの下で結んでいるのです。
「ああ、どんぶりか……」
納得しかけましたが、問題はそこではありません。
「なんでどんぶり!?」
キレそうになるのを我慢しつつ、問い返すと、
「確かに重いんだけどね」
と母は顔をしかめました。
「でも、このくらい分厚いほうがいいの。お茶碗とかじゃ効かないのよ」
「いや、お茶碗ならいいとかじゃなくて……」
昔から母は芸術家気取りで奇をてらうようなところがあり、そんな母が私は好きではありませんでした。
眠かった私はその時も、
(また何か変なことを言い出して周りの気を引こうとしてる。相手にしてられないよ)
と思いました。
「そんな物着けたら寝られない。お休み」
寝返りを打って母に背を向けると、姉が隣の布団で、何も知らずに両耳にどんぶりを装着されて平和な寝息をたてていました。