今日は何色にしますか?
という質問でオフィスの朝が始まる。
じゃあ緑で。
といえば一袋200個入りのティーバッグの
さして美味しくもない緑茶が出てくる。
赤といえば紅茶だし、茶色といえばほうじ茶だ。
そういえばお茶の色って書くのに
ブラウンなのはやっぱり紅茶の葉の色か
とかふとつまんないことを考える。
そもそもどうしてこの人はいつも
飲み物をカラー指定なのだ。
そして私は緑茶以外飲んだことないのに
なぜ毎朝確認するのだろう。
ほんの些細なことでほんの少し苛々させられるのは
単に波長が合わないからか。
その一切を心にしまって
「ありがとう」と笑顔でカップを受け取る。
ふと、以前読んだ小説にあった
「嫌いな上司のお茶に異物を混入するOL」
という話を思い出す。
この人は私のことを嫌いかな。好きってことはないだろう。
でも私の上司はいつも、Aは私に認められたがっている、という。
誕生日には小さなプレゼントを毎年くれるし
「こないだ教わったビスコッティまた作っちゃいましたぁ」などと
可愛らしい様子で接してくる。
だったら嫌いじゃないんだろう。
半分透き通った緑の水面に何ら異変は無いように思える。
今日も。昨日も。その前も。
チームで仕事をするためには
いくつか必要なことがあるのだが
その中でも特に重要だと思われる
「コミュニケーション能力」に
いささか問題があるのがこのAで
とりわけ同じチームの後輩Bさんとは
些細な行き違いから感情がこじれ
Aの敵意は半端ではなかった。
AにはAなりに
そうする理由があるらしいのだが
周囲の誰から見てもそれが
妄想以外の何物でもなく
一時期は話し合いを設けたり
Bさんが(本当はそうする必要などないのに)
謝罪してみたりしたのだが
一向に状況は改善されず
唯一私が出来たことは
この二人の業務を完全にセパレートさせて
Bさんにかかる被害を最小限に抑える
というものだった。
本来なら私はAに断固としてその攻撃を
辞めさせるべきだ。
それは解っていたものの、バイトとはいえ
社歴が私より長いAへの遠慮もあり
また、戦闘モードではないAは
それなりによく働いていたので
こっそり陰でBさんに謝りながら
その場しのぎを何年もやらかした。
そしてある日起こるべくして事件は起きた。
バレンタインデーにはいつも
可愛らしいパッケージのお菓子を買ってきて
ランチのテーブルに並べるAだが
今年に限ってはみんなが揃って
お昼ご飯を食べられなかった。
午後3時になりお菓子を配って回るAが
私の席に置き、隣のBさんを飛ばし、
前のCさんの席に置いた瞬間
Aのあからさまな悪意と
それを許している自分とに
猛烈な吐き気を感じた。
とにかく一刻も早く
Bさんのフォローをしなければならない。
その日の仕事が終わった後で
私は上司にメールを送った。
事件のこと、それを見て感じたこと、
フォローのために来週Aがシフトでいない日に
外ランチにBさんとCさんを連れて行くことを
許可してほしいということ。
上司も日頃頭を痛めていたので
それは是非やってくれ、ミーティングということで
ランチ代も経費で落としてくれと返事をくれた。
ランチの席でBさんは
もう何年もになるのであの人はああいう人だと
思うことにしてると笑ってた。
嫌な目にも遭うけれど仕事が続けていられるのは
周囲がちゃんとそのことを解ってくれてるからだと言う。
私は、Aをコントロールできない不甲斐なさを詫び
今以上に気をつけて守ると伝えた。
日常に戻った数日後、上司はその上の上司に呼び出された。
Aが大量のメモと共にプリントアウトした私の外ランチ依頼の
メールを持って直訴したのだそうだ。
メモの中身はAが私やBさんや上司に受けた「迫害の記録」で
例えば某年某月某日、帰りに挨拶したのに返事してくれなかった、とか
震災後にBが持ってきた米の小袋を自分にだけくれなかった、とか
残業してたら怒られた、とかいう被害妄想で
それが数年に及ぶ。
驚くべきことにAはそれをまず労務省の相談窓口に
持って行ったのだそうだ。
これをネタに職場の環境改善を指導してもらえないかと
言われた担当者は困惑しながら、
それは上長に言いなさいと答えたらしい。
そしてそれを聞いた上司の上司は
メールの文面に慌てふためき、何とかしなさいよと部下に投げたと。
これを持ってこられた時点で、他人のメールボックスのゴミ箱にあるメールを
勝手に拾って読んだりプリントして社外に持ち出したりする行為を
何故咎めてくれなかったんだろうと疑問は残るが
ともかく上司は分厚い紙の束を預かって戻ってきた。
気分悪いかもしれないけど読む?と渡されたそれをめくりながら
ニコニコしながらお茶を淹れ、仕事をしながら
帰るとこんなものをカリカリとしたためていたのか、と思うと
怒る呆れるを通り越し、哀れで可笑しく、肌寒かった。
やっぱり緑茶には異物が混入していたんだな。
恨みという目には見えない闇が水面を覆っていて
そこからオフィス全体に漂い広がっていたのだ。
Aが辞めた後、うっすらと残る闇を私は毎日のように
拭き清めようとしているが
澱のように溜まった重苦しさはなかなか消えない。
多分それは私が長きに渡り
状況を放置したことに対する罰なんだろう。
以来私はオフィスで緑茶を飲めなくなった。
という質問でオフィスの朝が始まる。
じゃあ緑で。
といえば一袋200個入りのティーバッグの
さして美味しくもない緑茶が出てくる。
赤といえば紅茶だし、茶色といえばほうじ茶だ。
そういえばお茶の色って書くのに
ブラウンなのはやっぱり紅茶の葉の色か
とかふとつまんないことを考える。
そもそもどうしてこの人はいつも
飲み物をカラー指定なのだ。
そして私は緑茶以外飲んだことないのに
なぜ毎朝確認するのだろう。
ほんの些細なことでほんの少し苛々させられるのは
単に波長が合わないからか。
その一切を心にしまって
「ありがとう」と笑顔でカップを受け取る。
ふと、以前読んだ小説にあった
「嫌いな上司のお茶に異物を混入するOL」
という話を思い出す。
この人は私のことを嫌いかな。好きってことはないだろう。
でも私の上司はいつも、Aは私に認められたがっている、という。
誕生日には小さなプレゼントを毎年くれるし
「こないだ教わったビスコッティまた作っちゃいましたぁ」などと
可愛らしい様子で接してくる。
だったら嫌いじゃないんだろう。
半分透き通った緑の水面に何ら異変は無いように思える。
今日も。昨日も。その前も。
チームで仕事をするためには
いくつか必要なことがあるのだが
その中でも特に重要だと思われる
「コミュニケーション能力」に
いささか問題があるのがこのAで
とりわけ同じチームの後輩Bさんとは
些細な行き違いから感情がこじれ
Aの敵意は半端ではなかった。
AにはAなりに
そうする理由があるらしいのだが
周囲の誰から見てもそれが
妄想以外の何物でもなく
一時期は話し合いを設けたり
Bさんが(本当はそうする必要などないのに)
謝罪してみたりしたのだが
一向に状況は改善されず
唯一私が出来たことは
この二人の業務を完全にセパレートさせて
Bさんにかかる被害を最小限に抑える
というものだった。
本来なら私はAに断固としてその攻撃を
辞めさせるべきだ。
それは解っていたものの、バイトとはいえ
社歴が私より長いAへの遠慮もあり
また、戦闘モードではないAは
それなりによく働いていたので
こっそり陰でBさんに謝りながら
その場しのぎを何年もやらかした。
そしてある日起こるべくして事件は起きた。
バレンタインデーにはいつも
可愛らしいパッケージのお菓子を買ってきて
ランチのテーブルに並べるAだが
今年に限ってはみんなが揃って
お昼ご飯を食べられなかった。
午後3時になりお菓子を配って回るAが
私の席に置き、隣のBさんを飛ばし、
前のCさんの席に置いた瞬間
Aのあからさまな悪意と
それを許している自分とに
猛烈な吐き気を感じた。
とにかく一刻も早く
Bさんのフォローをしなければならない。
その日の仕事が終わった後で
私は上司にメールを送った。
事件のこと、それを見て感じたこと、
フォローのために来週Aがシフトでいない日に
外ランチにBさんとCさんを連れて行くことを
許可してほしいということ。
上司も日頃頭を痛めていたので
それは是非やってくれ、ミーティングということで
ランチ代も経費で落としてくれと返事をくれた。
ランチの席でBさんは
もう何年もになるのであの人はああいう人だと
思うことにしてると笑ってた。
嫌な目にも遭うけれど仕事が続けていられるのは
周囲がちゃんとそのことを解ってくれてるからだと言う。
私は、Aをコントロールできない不甲斐なさを詫び
今以上に気をつけて守ると伝えた。
日常に戻った数日後、上司はその上の上司に呼び出された。
Aが大量のメモと共にプリントアウトした私の外ランチ依頼の
メールを持って直訴したのだそうだ。
メモの中身はAが私やBさんや上司に受けた「迫害の記録」で
例えば某年某月某日、帰りに挨拶したのに返事してくれなかった、とか
震災後にBが持ってきた米の小袋を自分にだけくれなかった、とか
残業してたら怒られた、とかいう被害妄想で
それが数年に及ぶ。
驚くべきことにAはそれをまず労務省の相談窓口に
持って行ったのだそうだ。
これをネタに職場の環境改善を指導してもらえないかと
言われた担当者は困惑しながら、
それは上長に言いなさいと答えたらしい。
そしてそれを聞いた上司の上司は
メールの文面に慌てふためき、何とかしなさいよと部下に投げたと。
これを持ってこられた時点で、他人のメールボックスのゴミ箱にあるメールを
勝手に拾って読んだりプリントして社外に持ち出したりする行為を
何故咎めてくれなかったんだろうと疑問は残るが
ともかく上司は分厚い紙の束を預かって戻ってきた。
気分悪いかもしれないけど読む?と渡されたそれをめくりながら
ニコニコしながらお茶を淹れ、仕事をしながら
帰るとこんなものをカリカリとしたためていたのか、と思うと
怒る呆れるを通り越し、哀れで可笑しく、肌寒かった。
やっぱり緑茶には異物が混入していたんだな。
恨みという目には見えない闇が水面を覆っていて
そこからオフィス全体に漂い広がっていたのだ。
Aが辞めた後、うっすらと残る闇を私は毎日のように
拭き清めようとしているが
澱のように溜まった重苦しさはなかなか消えない。
多分それは私が長きに渡り
状況を放置したことに対する罰なんだろう。
以来私はオフィスで緑茶を飲めなくなった。