「もしもし?予約したいんですけど。飲み放題つけるとどんなコースがありますかねえ。ふむふむ。なるほど。でもそれならハニトーパックの方が。ですよね。じゃあそれで。」
ハニトー?
電話かけてる後ろでちょっと吹いた。
アラフィフ7人の前にアレが(本物見たことないけど)デーンと
鎮座してる様を思い浮かべる。
「もしかして一人に一個?」とムスメに確かめて
「そんなわけないでしょ」と呆れられる。
遡ること4年、写真友達の書き込みから
ちょっとずつ発覚していった「さだまさしが好き」な人たち。
私?どうかな。曲を作る才能はあると思うけど
何しろ初めての出会いは小学生、父が買って来て聴いてた
「防人の詩」がもう暗澹としていてしんどくて
ぜんたいこの人は何が言いたくて歌ってるんだろうと思ってた。
でも次に父が買って来た「道化師のソネット」の
高らかにサビから始まる歌は好きだった。
いつか、さだまさししか歌わないカラオケやりましょう、と
いう口約束がいよいよ実行されることになって
幹事を買って出た坂本さんが次々と仕掛けていく。
そもそもこの人はイベント屋になりたかったんだよねと
その姿を見てて思い出す。学生んときのバイトもそんな感じで
「ソフトクリーム祭り」の話とか爆笑だったな。
「ソフトクリーム」を題材に歌を作って来て披露する奴らが
どれもこれもひどすぎて、って言いながら
耳にこびりついたそれを何回も歌うもんだから
こっちにも伝染してうるさいったら。
そしてまんまとハマった7人が時間厳守で新宿パセラのエントランスに集まる。
開会の挨拶も待たずしてポーさんが歌い出す。
さだまさしの曲から名付けられた大切なテディベアをふーちゃんがテーブルにおく。
やがてハニトーが運ばれて来る。おお、想定通りじゃないか。
みんな一瞬は「わあ」とか言ってみる。
多分この店で一番写真を撮られないハニトーたちである。
暗くて長い歌を嬉々として歌う人たちがあんまりにも楽しそうで
防人の詩のリフレインをとうとうと歌いあげる人たちがあんまりにも幸せそうで
爆笑してしまう。歌ってる人たちも大笑いしてる。防人の詩だよ?
多感な頃も、大人になったいまも、
カラオケで「さだまさし好きなんだよね」って歌えるチャンスは
なかなかない。「え?あんな暗いの好きなの?変な人」とか
「長いんだけど、もう」とか思われるといやだし。
だけどここはもうベースとしてそれが許される、
いやむしろ歓迎される場所である。
「ライオン歌って〜」と言ったら
「え?あれ長いよ?」ってまゆをひそめるポーさん、
でもその表情の後ろにキラキラが隠しても隠しきれないのは見えている。
ちゃんと歌ってくれたし。なんならみんなで大合唱だし。
今回のことが決まって、慌てて予習したさだまさし。
なるほど、この人の音楽の根っこはクラシックなのね。
多用されてるアルペジオになんとなく馴染みがあるのはそのせいだったか。
育ちの良い人なんだろうな。真面目なんだろうな。
「おもしれえな」と思われるためにたくさん努力したんだろうな。
で、私にとって一番響いたのはとある動画、
石巻のチャリティライブ。
案山子を途中まで歌って急に喋り出す。
「こないだあそこの公民館でやって、「お金はあるか」って歌ったら
一番前のおばあちゃんが「ない」って言うんだよ。
俺もさあ昔お金無くして、30億超える借金して、
でもなんとか何十年もかかって返したんだけど、
だから、お金はさ、無くなってもなんとかなるんだよ。」
上からじゃなく、他人事でもなく、親しみをこめたMCで
会場の空気があったかいのが伝わって来た。
長い年月活躍している歌うたいなだけに
今回集まった人たちは、いろんな時代にいろんな形で
この人にまつわる思い出がある。
楽しいのばかりじゃなく、例えば、
小学校の集まりで案山子を熱唱したら会場がドン引きだったとか
中学の時バンドを組んで歌ったら失敗して大げんかのち解散とか
だから今夜は起死回生のチャンスだったりもしたのだ。
ってそんなに大袈裟でもなかったかもしれないけど
とにかく何十年と外に出ることなかった思いが
部屋の中に放出されてて、それがなんとも言えない面白さになってた。
「大人っていいねー」というコニーさんの台詞が全てを体現してる。
全34曲、トリは「しあわせのかたち」全員合唱。
「しあわせですか、あなた、いま」って問いかけに全員YESだよ。
打ち上げの居酒屋で、次のお題を決めたのは
そうでもしなきゃ燃え尽き症候群に陥りかねないから、
っていうのがこれまた大人ならではの配慮だね。
さあ、予習するぞ。中島みゆき。