「お母さん、お月様がついて来るよ。どうして。」
駅を出た電車がビル街を抜け、収穫を終えた田んぼの中を走っていた時、男の子が問いかけました。
私の前の席に座り、額を窓ガラスに押しつけて外を見ていた少年です。電車が進んでいるのに、いつまでも月が見えなくならないで車窓の同じところにあることを不思議に思ったのです。東の空に満月が上がっていました。
本を読んでいた私は、思わず母親の顔を見ました。
見たところ小学校入学前の子どもにとってのこの不思議な現象をどう教えるのだろうか、と。
月までの距離は約40万キロ、駅を出てここまでが約10キロ、月を横に見て走った距離は、月までの0.0025%。月までの距離に比べたら、電車は移動していないのに等しい。遠くのものほどいつまでも見えている・・・こんな説明が子どもに判るのだろうか。
お母さんは、子どもに肩を寄せ一緒に月を見ながら言いました。
「本当ね、ついて来るわね。・・・あなたはどうしてだと思うの。」
「どうしてだと思う」と聞かれたその子は見ていた月から目を話し、お母さんの方を見て答えました。
「ぼくのこと好きなのかなあ。」
「・・・お母さんもそう思うわ。お月様はあなたのことが大好きだから、いつまでもついて来るのよ。」
息子の肩を抱いて、優しくささやいたお母さん。その子は納得したようにまた「大好きな」お月様を眺めました。
なんて素敵なお母さんなのでしょう。子どもの疑問を、しっかりと受け止めています。その上で、子どもの思いを信じ、子どもに答えを考えさせています。もし子どもが答えられなかったら、お母さんはきっとこの答えに息子を導いたのでしょう。
子どもは、大人が考え付かないような疑問をぶつけてきます。
それに、すべて科学的に答えなくてもいいのです。子どもが本当に納得するような方向に導いてあげることが大切なのです。
きっとこの子は、「大好きなお月様」に愛着を感じたことでしょう。成長するにしたがって、必ずお月様に対し、科学的な見方もできるようになっていくことでしょう。
間もなく電車は駅に到着し、二人は降りていきました。
私は本を読むのをやめ、いつまでもついて来る月を眺めました。