ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

○生き急ぎの思想

2010-12-07 14:00:01 | 観想
○生き急ぎの思想

いくら人の寿命が延びたと言っても、その限界点はせいぜい100歳というところだろう。詳細については失念したが、平均寿命が80歳前後とするならば、それ以上生きる人もいれば、そのずっと前に息絶える人もいるわけで、また、別の角度に視点をずらしてみれば、この日本には自殺者が常時3万人程度はいる。あれこれと考えてみると、自分の死に関わることが襲いかかってくる可能性を含めると、生きて活動し得る時間などは、たかだか知れているのに、こと、日々の生活という視点でみると、人間の生活たるや、その殆どが無駄な時間の集積ではなかろうか。

人間にとって、どうしても避けられない生活時間とやらを差っ引いて、その残りの時間は、いったい、自分がこの世界に生きた、という痕跡が刻印出来るような日々なのだろうか。中にはそういう人々もいるに違いなかろうが、たぶん、多くの人々の生きざまなどは、敢えて言葉を選ばずに辛辣に言わせてもらうならば、それは、文化や文明というファクターで粉飾はされているにしても、つまらない日々のルーティーンの繰り返しではないのだろうか。職場に出て、たまたまやりがいがあると感じ得る活動をやれればそれに越したことはないが、生きるための銭金のためにたいしてやりたくもない仕事を強いられて、そこからの解放後に飲むビールの味わいなど、どう控えめにみても、喉の渇きをうるおすために草原の中の水飲み場で水を飲む動物たちと、いったい生の次元で云えば、何が変わるところありや?

事ほど左様に、人間の生の大半は生物学的な生のありようそのものなのであって、生きて、その人なりに意味あると思い、それをなし得たとしても、殆どが歴史という悠久な流れの中で消失して影も形もなくなってしまうものでしかない。歴史上権勢を誇った人間たちの残した文物に関わるものでさえ、後世の時代の評価によって、たとえ、それらが客観的に意義があるにせよ、歴史の闇の中に葬られてしまうこともしばしばだろう。さらに言うなら、歴史の闇に葬った側の権力も、また、同じ運命を辿らないとも限らないのである。しかし、人の営みとはかくも虚しいものなのか、と落胆することなかれ。歴史上、馬鹿げた権力者たちの中には、己れが手にした権力や莫大な資産を永遠に手中にしたいがために、本気で永遠の生命のあり方を模索させたと聞く。あるいは、肉体の死とは別次元に永遠の生命のかたちを求めて、エジプトのミイラ信仰もあるにはあるが、それにしても、名もなき人々の極楽浄土などに対する信仰心も含めて、人間の死が存在の終焉を意味することに対して、いかに人は抗ってきたのかがよく分かる。無論、その本質は、死という無に対する畏れである。人間にとって、無とは、どうしても認めがたい概念性であるらしい。

人間が死すれば無に帰する。無とは、その人間の生きた証を全てゼロにもどし、事のはじまりから、その人間を抹消する思想だ。無論、人間は歴史という幻想なしには生きていけぬから、当然、数少ない人々の、限られた言動は残ることにはなる。しかし、このことと、人の死の本質論とはまったく別次元のことである。死の本質が無そのものであるとするなら、死なば、人間の営みの結果残ったかに見えたことのほぼすべては、死と同様に無に帰すると考える方が無理のない考え方である。そうであれば、いや、そうであるからこそ、人は、病的に自己の死を意識する必要もなかろうが、死が己れの存在の全ての終焉を意味するものであるという認識くらいは、常に頭のどこそこには、置いておく必要はないのだろうか。このような意識化をすれば、凡俗な他者から見れば、死に対する意味と抗うようにして、生の只中で自己のなすべきことを急ぎ足で成し遂げようとせずにはいられないのではなかろうか。それを生き急ぎの生きざまと称してもよいと思う。むしろ、日頃己れの死を忘却して、己れの才能を発揮する努力を怠っているのは、怠慢の極みである。才ある人こそ、生き急ぐ必要はないのだろうか。才能に恵まれぬ人間として、無責任な観想として書き遺す。


推薦図書:「錨を上げよ」(上)(下)百田尚樹著。講談社刊。凡俗な小説です。単に昭和をなぞったに過ぎない物語ですが、庶民風俗の短い歴史の書としての価値はあるかと思います。どうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃