10月15日(木)
秋空を柄杓で掬って庭に撒く
あきぞらをひしゃくですくつてにわにまく
15年ほども前になるのけれどバスで東京へ出むいたことがあった。思い出してもくたびれる。ただ移動するだけでカーテンを閉められた車内で仮眠していただけだった。深夜バス。終点がどこだったか記憶にない。たぶん東京駅だったろう。まちがっても長く住んでいた長く住んでいた新宿ではなかった。
夕べ2冊の本を読み終えていた。シズコさん・佐野洋子 さるのこしかけ・さくらももこ 72才と52才 で鬼籍に入られたお二人の本だった。読んだと思うのだけれど返すついでに 死ぬ気まんまん・佐野洋子 ももこの話・さくらももこ を借りてくる。<シズコさん>は読んでいて辛かった。4才のアタシが母の手を取ったら ちっ と舌を打ちつなごうとした手をふりほどいた という想い出は辛い。幼児の記憶は執念にもなる。気丈な母も老いるに従い菩薩のようになっていった。というくだりもつらい。今、8人の母の深夜の見まもりをしている。この方たちも子どもを育て上げての ここ なのだ。息子さんがどこぞかの大学教授という母もおいでになる。その母の寝たきりの退位を転がして尿失禁のパットを取り外し取り替える。あたしの母もそうされていたのだろう。他人様の母のことゆえできることであたしの母だったらとてもつらくて出来まい。
老いるは辛い。
忍者の如く町中を自転車で駆け巡っていた母も マスターお母さんがブロック塀に手をついて歩いているよ と聞かされたときは辛かった。
老いてますます、と言うことはあり得ない。どこかでくたびれる。
アタシも普通の自転車に乗ることが怖くなっている。今日ミニサイクルに乗っていて、そうか一輪車にのる気分ではあるまいかと気付いたのだった。乗っている間だ終始バランスを取らないと こける。 そのうち補助輪のある自転車の乗らねばならなくなるだろあう。という予感がしている。辛いね。
畳のへりにつまずいて転倒骨折。という事例も他人事ではなくなった。
歳は取りたかねえなあ。
佐野洋子もさくらももこも、講演でもいいから一度は拝見たかったなあ。車をジャガーにしたのは佐野洋子だよね。あの世で出会った母とまたバトルを繰り返しているのだろうか。
明日は職場の健康診断がある。隣町の奥まで行かねばならない。面倒くさいなあ。アタシのモンダイは胃と腸だ。行きたくねえなあ行かねばならないか。そう言えばエムラさんはどうやって健康管理してるんだろう。
どうしてますか。
隣のバアサンも。
日光時計をベランダ側にする。太陽時計というのだろうか。陽が差していないと動かないらしい厄介な時計だ高かったのだよ。
二連勤明け。アタクシなんぞ生来意志が弱いから拘束されていなければどんどんぐーたらになっていく。仕事していて丁度いいバランスを取っていられるのだった。
厨房メモ。
出掛けるときは小さなカメラを持って出る。撮るものは何でもいいのだ。メモ代わり。スマホはキライでカメラには代用しませぬ。バカだねスマホでいいのに。