前々回、オーソドックスなインド思想と書いたので、その中でも特に名高い「バガヴァッド・ギーター」を紹介しておきます。
ギーターは「マハーバーラタ」という大叙事詩の一部なのですが、インドはもちろん、現代では世界中でよく読まれているそうです。
ギーターでは、クリシュナが英雄アルジュナに教えを説きます。
一説だけ紹介しておきます。
☆☆☆☆☆
あなたが行うこと、食べるもの、供えるもの、与えるもの、苦行すること、それを私への捧げものとせよ。アルジュナ。
かくてあなたは、善悪の果報をもたらす行為(業)の束縛から解放されるであろう。放擲(ほうてき)のヨーガに専心し、解脱して私に至るであろう。
☆☆☆☆☆
少し説明しておきます。
この文章の「私」とはクリシュナのことであり、この場面でクリシュナは彼の本当の姿である偉大な神としてアルジュナに教えを説いています。
「放擲のヨーガ」とは「行うこと、食べるもの、供えるもの、与えるもの、苦行すること、を神への捧げものとすること」です。
ここで「行為を神への捧げものとする」とは、「行為の結果を捨て、結果に執着せず、行為そのものに専心し、その行為そのものを神に捧げる事」のようです。
「バガヴァッド・ギーター」の日本語版としては、岩波文庫(上村勝彦訳)をおすすめしておきます。
写真は、デリーの有名な寺院のクリシュナです。
ギーターは「マハーバーラタ」という大叙事詩の一部なのですが、インドはもちろん、現代では世界中でよく読まれているそうです。
ギーターでは、クリシュナが英雄アルジュナに教えを説きます。
一説だけ紹介しておきます。
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あなたが行うこと、食べるもの、供えるもの、与えるもの、苦行すること、それを私への捧げものとせよ。アルジュナ。
かくてあなたは、善悪の果報をもたらす行為(業)の束縛から解放されるであろう。放擲(ほうてき)のヨーガに専心し、解脱して私に至るであろう。
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少し説明しておきます。
この文章の「私」とはクリシュナのことであり、この場面でクリシュナは彼の本当の姿である偉大な神としてアルジュナに教えを説いています。
「放擲のヨーガ」とは「行うこと、食べるもの、供えるもの、与えるもの、苦行すること、を神への捧げものとすること」です。
ここで「行為を神への捧げものとする」とは、「行為の結果を捨て、結果に執着せず、行為そのものに専心し、その行為そのものを神に捧げる事」のようです。
「バガヴァッド・ギーター」の日本語版としては、岩波文庫(上村勝彦訳)をおすすめしておきます。
写真は、デリーの有名な寺院のクリシュナです。