祐さんの散歩路 Ⅱ

日々の目についたことを、気ままに書いています。散歩路に咲く木々や花などの写真もフォトチャンネルに載せました。

・ 選ぶべき候補者/政党が無い というタワゴト

2014-12-12 02:38:09 | 政治
Yahooニュースに白井聡さんの投稿があります。
選挙に対する私たちの姿勢について述べています。現状のレベルの低い政治を認めてきたのは私たちであり、それを変えて行けるのも私たちである。周りの人に話し続けることで、大きな流れを変えて行かねばなりませんね。以下転載します。

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白井聡


「与党300議席を超える勢い」――公示二日後の各紙の一面でこんな言葉が躍っている。こうした数字についての大々的な報道が、いとうせいこう氏が言うような、人々が「ある種の政治不信というキャンペーンによって「無力」さを刷り込まれ」るために行なわれているのか、それとも全く何の確たる意図なしに行なわれているのか、私にはわからない。いずれにせよ予測されるのは、投票率が戦後最低となった前回(2012年、59.32%)を下回るであろうことだ。そして、投票率が下がるほど、組織票を握る与党陣営は有利になる。

メディア上で頻繁に語られる低投票率の理由のもっともらしい説明はいくつもある。いわく、「大義なき解散」、「争点なき総選挙」。どちらの理由づけも本質的に間違っているのだが、現在の国民の気分を何となくそれなりに反映していることも確かだ。

上記二つの理由づけは、おおよそ次のような事情によって説明可能である。まず、解散以前の衆参両院で与党は安定多数を握っている。かつ、安倍首相は「消費増税の延期の決断について国民の信を問う」ことを大義名分としたが、そもそも消費増税の実行については景気条項が存在し、今回の延期の決断はこの条項に従って下されたにすぎない。つまり、首相の言う「争点」は、およそ争点の態をなしていない。

しかも、消費増税そのものは、安倍政権が決めたものではなく、菅・野田民主党政権が決めた事項である。この点で、安倍政権は実に巧妙であると言える。なぜなら、安倍総理の言う「解散の大義」のレトリックに乗ってしまう限り、民主党は対抗不能であるからだ。さらに、同様の構造は、特定秘密保護法や、TPP参加、対中関係の緊張、さらには原発再稼働の問題にさえも当てはまる。少々記憶を呼び起こしてみるだけでよい。これらの重要な事柄はすべて、民主党政権当時に発生した問題であったり、着手された政策にほかならないのだ。ゆえに、民主党は、消費増税問題に代る決定的争点としてこれらの問題を取り上げることもできない。

こうして選挙からは「争点が消える」。その効果は絶大である。選挙は、事実上安倍政治に対する信任投票と化し、安倍政権の政治はトータルに是認されたという外観が出来上がる。この選挙で大勝を収めれば、安倍総理は「信任された」と宣言し、長期政権を目指すことになるだろう。かつそれは、前回の総選挙の実績から類推して、全有権者のせいぜい20%程度の得票によって達成されうるのである。投票率が前回選挙を下回れば、その数字はさらに下降する。全有権者の5人に1人にも満たない人々の支持が、彼らにフリーハンドを得たという自己認識を与えることになる。

ただし、以上の話はすべて、「投票率が予想通り低いならば」ということを大前提とした話である。棄権者たち(白票も棄権と何も変わらない)の多くの言い分は次のようなものだ。「入れたい候補者、入れたい政党がない」。状況がまさにその通りであることは、上に説明してきた次第である。

だがしかし、こうした心情が「だから棄権する」という結論に導かれ、絶望気分に落ち込んでいるのだとすれば、それはタワゴトでしかない。われわれに真の意味で選択肢が与えられていないというのは正しいし、全般的に政治家たちが低劣に過ぎることも事実である。「普通選挙は3年ないし6年に一度、支配階級のどの成員が人民を代表し、かつ踏みにじるかを決定する」ものだというマルクスの警句が、今日以上に当てはまる状況も珍しい。

しかし、「困ったね、情けないね」などと嘆き節に浸っていられるのは、一種の特権にほかならない。戦後の矛盾が本土以上に表面化する沖縄では、本当の意味での「ポスト55年体制」を体現する政治闘争の構図が現れた。「保革の壁を超えた選挙でした、むしろ県民はさきにその壁を超えていて、私たちのほうを待っていてくれた」と翁長氏は当選後に語ったが、それは、彼の地では、民心の変化を政治家たちが察知して新しい政治の枠組みをつくることを強制されたことを意味する。言い換えれば、沖縄では「新基地建設なんて困ったもんだね、どの政治家もあてにならないね」などと言って済ませていられる状況ではないからこそ、民衆は政治家を「啓蒙」し、闘う政治家をつくり上げた、ということである。

総選挙に立候補した者のうち当選可能性がありそうな連中は、ほとんど全部信ずるに値しない連中なのかもしれない。そうならば、本来はまともな候補を自分たちで送り出さねばならなかったのだし、それができないならマシな部類を何とか国会に送らねばならない。

現在の国会の顔ぶれがいかに悲惨であるかここでは十分説明できないが、問題は、第二次安倍政権となってから、とりわけ質の悪い面々が重要な職を与えられるようになっているという憂うべき傾向だ。極右活動家から喝采を浴び熱心に支持されている政治家たちが大臣その他の職に就いているのだから、いまや国家中枢が歴史修正主義にとり憑かれたネトウヨ同然の連中によって占領されていると見られても何の不思議もない。「美しい国」ならぬ「恥ずかしい国」そのものだが、こんな状態を是正するには、これらの輩を国会から駆逐するほかない。そうした決意を大多数の国民がするだけで、ロクでなしどもは公の舞台から居場所を失うはずなのだ。

政治に携わる人々が「使い物にならない」のなら、使えるようにしなければならない。現状で国政政治家たちが使い物にならないのだとすれば、それは彼らがそのような仕事ぶりでも許されているからである。このような緊張感の欠如は、日本人の多くがもうとっくに破綻している戦後の《平和と繁栄》の幻影に惑わされていることから生じているのであろう。戦後の矛盾を最も過酷なかたちで引き受けさせられた沖縄は、逸早くこの幻影から脱出した。平和主義が目に見えて脅かされ、経済的繁栄も刻一刻と失われてきた本土の日本人にとっても、本当は余裕などもはや微塵もないのである。


白井聡
文化学園大学 助教(政治学・社会思想)


1977年、東京都生れ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。政治学者の立場から「いま何が起きているのか」を考え、分析します。私の専門は、政治哲学とか社会思想などと呼ばれる分野です。哲学・思想のプリズムを通して、現実の本質に迫りたいと思います。著書に、『未完のレーニン』(講談社選書メチエ)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社)、『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)、共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社新書)などがある。朝日新聞社「WEBRONZA」寄稿者。

・ 「放射能と戦うブログ」強制閉鎖

2014-12-12 01:07:49 | 雑感
「真実を探すブログ」に、アメーバブログが規制に乗り出しているというものがあります。多くの方が何の連絡も無しに強制閉鎖されているようです。その中で、「ホワイトフード」のブログも閉鎖のようです。今、福島原発事故後の放射能に関するデーターをまとめ公表しているのがホワイトフードですが、そのデーターも見ることが出来なくなりましたね。事実をどんどん隠して行ってしまう・・・・・こんな世の中にした政党はどこだ!
以下転載します。

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アメーバ

12月10日に特定秘密保護法が施行されましたが、この日にアメーバブログがブログの規制に乗り出していた事が判明しました。当ブログもアメーバの予備ブログが事前通告無しで削除され、他にも同じ様な被害にあったという方の報告が相次いでいます。楽天市場等で放射能測定した食品を販売している株式会社ホワイトフードが運営している「放射能と戦うブログ」も12月10日に強制閉鎖され、現在は閲覧も出来ないような状態になってしまいました。

また、ツイッターやフェイスブックなどのSNSで検索してみると、12月10日前後にアメブロを消されたという報告が増加しています。種類などは色々とありますが、いずれも事前の通告などは全く無かったようです。ちなみに、デフォルト設定のままでアフィリエイトなどを一つも貼っていないブログが消されているので、規約違反の可能性は低いと考えられます。

恐らく、アメーバブログ側が自主規制をしたのだと思われますが、何も言わずに強制閉鎖というのはちょっと酷いです。私はバックアップもある上に、複数の避難先があるので対応することが出来ますが、多くの方は何も出来ずにそのまま消されてしまっています。皆さんもアメブロには注意が必要です。
特定秘密保護法で消された可能性があるだけで、他の理由で消された可能性もゼロでは無いです。あとでアメブロに問い合わせなどをしてみます。